第二話 巣の中へ
ブルートリトン号の後部ハッチが開いた。
吹き込んでくる強い風の中、セシリアを背に乗せた暁が、そのまま空へと飛び出していく。
翼を大きく広げ、高度を下げながら戦場へ向かう。
その先では、一体のガニメデが巨体を揺らしながら進んでいた。
「あやつらか。相変わらず面妖じゃのう」
暁が眼下を見ながら呟く。
「もう少し近づけますか?」
「はいよ」
暁は大きく旋回すると、一気にガニメデとの距離を詰めた。
セシリアが杖を構える。
「行きます――グランドフレア!」
放たれた炎の塊が、ガニメデへ向かって一直線に飛んでいく。
だが、直接ぶつかることはなかった。
炎は地上近くで弾けるように広がり、ガニメデ達を取り囲む巨大な円を描いた。
次の瞬間。
大地が震えた。
円状に広がった炎が一斉に立ち上がり、その中心で大爆発が起こる。
遠く離れた戦場にいる者たちにも、その巨大な火柱がはっきりと見えた。
「ドガガ-ーン!」
「ギィィィィィ――ッ!」
炎の中からガニメデの悲鳴が上がった。
巨体が大きく揺れ、そのまま爆炎の中で弾け飛ぶ。
暁はしばらく上空を旋回し、炎が収まっていく地上を確認した。
「やったようじゃの」
「ええ。戻りましょう」
「はいよ」
暁は翼を翻し、ブルートリトン号へ向かった。
◇
「凄ーーーい!」
船内では、結衣が窓に張り付いていた。
「さすがはセシリア様です」
セリナも感嘆したように爆炎の残る方角を見つめている。
「これほどの魔法は、私も見たことがありません」
リーファも驚きを隠せない。
その隣では――。
「んぐ……」
ルカが、おにぎりを口にくわえたまま外を見ていた。
もぐもぐと頬を動かしながら、大爆発の跡を眺めている。
そして、そのさらに隣。
「スピーッ……」
ラピスは透の背で寝ていた。
ガニメデを吹き飛ばすほどの大爆発にもまったく動じず、気持ちよさそうに眠っている。
何とも締まらない船内だった。
◇
しばらくして、暁がブルートリトン号へ戻ってきた。
開かれた後部ハッチから船内へ入り、背に乗せていたセシリアを降ろす。
「お疲れさま。さすがですね」
隆志が声を掛けると、セシリアは軽く首を振った。
「暁さんの背に乗せてもらってですから。訓練と変わりませんよ」
「そうですか。では、作戦通りに行きましょう」
隆志は前方へ目を向ける。
「美琴さん、あそこへ」
「らじゃぁ」
「えええっ?」
隆志が思わず声を上げた。
美琴が少し得意そうに笑う。
「一度、言ってみたかったんですよ」
「母さん……」
透は呆れたように母を見る。
「真白も、らじゃあなのじゃ!」
「あたしも! らじゃあ!」
真白と結衣まで面白がって続く。
そのやり取りを、セリナとリーファが不思議そうな顔で見ていた。
「らじゃぁ……」
ぽつり。
セリナが小さな声で呟いた。
透が振り向く。
「……」
目が合った。
セリナは頬を赤くすると、ぷいっとそっぽを向いた。
隆志は何も気づかなかったことにして、そのまま話を進める。
「ノアちゃん。ガニメデはいないかな?」
「うん。いないよ」
「魔素はどう?」
ノアは目を閉じ、周囲の様子を探る。
「……少し薄いかも」
「分かりました。では、準備を始めましょう」
ブルートリトン号がゆっくりと高度を下げ始めた。
先ほどまでガニメデたちがいた地上へ向けて降下していく。
「先頭は透。続いて結衣、明日華、真白、ノアちゃん。そしてお父さん」
隆志の指示で、それぞれが装備を確認する。
頭には、魔道具の魔素電灯――マジックライトを改良したヘッドセットを装着した。
地下へ入れば、太陽の光は届かない。
「透はカメラをセットしてくださいね」
「分かった」
透はアクションカメラを取り出し、装備に固定する。
「着陸したらハッチを開けます。その前に、一応、地表の熱を確認してください。セシリアさんによれば、それほど高温にはなっていないはずですが、念のためです」
「了解」
そこで結衣が透の背中を見た。
「おニィ、ラピスは?」
そこには、先ほどからまったく起きる気配のないラピスが張り付いていた。
「スピーッ……」
「寝てるから、今回は母さんに預けていくよ。地下は危険すぎるしね」
「そうですね。はい、ラピスちゃん」
美琴が透の背後へ回る。
そして――。
透の背中にぴったりと張り付いているラピスを、両手で抱える。
「ん……」
離れない。
「ラピスちゃん」
「むぅ……」
さらに引っ張る。
ぺりっ。
「……」
ようやくラピスが透の背中から離れた。
美琴は、そのまま眠り続けるラピスを抱きかかえる。
ラピスを透の背から――はがしたのである。
◇
ブルートリトン号が地上へ降り立つと、透たちは全員で外へ出た。
隆志、セシリア、ノーノーが、まず周囲に散らばるガニメデの死骸を確認する。
ノーノーは足元の外殻を杖の先で軽くつついた。
ぶよ、と柔らかく沈む。
「いつもながら、生きてるうちはとんでもない硬度を持つのに、死ぬとふやけて、おまけに臭い。ただの汚物じゃ」
顔をしかめながら鼻を押さえる。
グランドフレアで吹き飛ばされたことで、盛り土の根元にあった入口も大きく崩れていた。
人が立ったまま歩けるほどの穴が、地下へ向かって緩やかに続いている。
内部は螺旋を描くように曲がりながら、さらに下へと伸びていた。
「この大分先に、大きくないやつがいるよ」
ノアが暗闇の先を見つめる。
「数は?」
「固まってるから……分からない」
「分かった。警戒して進もう」
透を先頭に、一行はゆっくりと地下へ足を踏み入れた。
マジックライトの光が、暗い壁を照らしていく。
しばらく進んだところで――。
ギチ。
ギチ、ギチ。
暗闇の向こうから、硬いものをこすり合わせるような音が聞こえてきた。
一行の足が止まる。
「どうやら虫がいるようじゃの」
といいつつ宗玄がニタリとした。
「おニィ、あたしが行く」
結衣が前へ出る。
「一番速いのはあたしだからね」
「分かった。気をつけろよ」
「らじゃぁ」
結衣はそう言うと、暗闇の先へ走っていった。
透は思わず苦笑する。
だが、すぐに表情を戻した。
全員がそれぞれの得物を構える。
やがて――。
「多い、多い!」
結衣が戻ってきた。
「おい!」
「あれ! バッタみたいなやつ!」
結衣は後ろを指さす。
「おニィ、とりあえず薙ぎ払っちゃって!」
「分かった」
透が前へ出た。
曲がり角の先。
そこには、見たことのない魔鋼虫が何十体もたむろしていた。
大きな後脚。
跳躍に適した細長い体。
魔核を運ぶための、キャリアー種。
だが――動かない。
透たちがこれほど近くにいるにもかかわらず、襲いかかってくる様子がない。
「……こいつら」
透が目を細める。
魔核を持たない透たちに反応していない。
複眼はこちらを向いている。
それでも、そこに人間がいるとは認識していないようだった。
魔鋼虫にとって、透たちはただの影。
動いている何かにすぎない。
「飛燕!」
透が天羽乃斬を抜刀し、一閃した。
飛ぶ斬撃が群れを薙ぎ払う。
「ぶしゃぁっ!」
前方にいた数体のキャリアー種が青い血飛沫を上げ、その場に倒れた。
「やった!」
結衣が声を上げる。
「行くよー!」
双刀のファルシオンを抜き、そのまま群れへ飛び込んでいった。
明日華も蒼天の弓を引き絞る。
三本の矢を同時につがえ――放つ。
矢はそれぞれ別の個体へ突き刺さった。
真白はノアの前に立ち、両手を広げる。
「ノアは真白が守るのじゃ!結界」
すっかりお姉ちゃんの顔で、仁王立ちしていた。
一方、透の斬撃を見ていた宗玄が口を開く。
「まだ使いこなせていないようじゃの」
「もうちょっとなんだけどね」
透はそう答えながら、再び群れへ飛び込んでいく。
敵はこちらをまともに認識できない。
透たちからすれば、ほとんど一方的な戦いだった。
わずか数分。
群れていたキャリアー種は、すべて動かなくなった。
「ふぅー」
結衣が双刀を下ろす。
頭から服まで、青い血でべったりだった。
自分の姿を見下ろし、がっくりと肩を落とす。
「私も魔法が使えればなぁ。毎回お風呂だもん」
そして真白を見る。
「真白、クリーンとかの法術使えないの?」
「むむむ……とばっちりなのじゃ」
「私が習ってみようか」
明日華が言う。
「お願い」
結衣が即答した。
「ほら、先へ行くぞ」
透が呆れたように声を掛けた。
◇
さらに地下へと進んでいく。
先頭を歩く透の後ろで、ノアがふいに足を止めた。
「この先の左側に数体いるよ。その先に……小さいのがいっぱい」
「小さいの?」
透が振り返る。
「じいちゃん。小さいのって、卵かな?」
「なんとも言えんな」
宗玄が顎髭を撫でる。
「幼虫を育てる部屋かもしれんぞ」
一行に再び緊張が走った。
武器を構え直し、ゆっくりと先へ進む。
螺旋状の通路を曲がった、その先。
いた。
三体――いや、五体。
レギオン種。
だが、これまで地上で戦ってきた個体とは少し違っていた。
全身を覆う外殻が厚く、ところどころから鋭い棘のようなものが突き出している。
そして、その後方。
何かを守るように通路を塞いでいた。
透が一歩前へ出る。
レギオン種の複眼が動いた。
その瞬間――透は、目が合ったような気がした。
「……こいつらは、さっきのとは違うってことか」
キャリアー種のように無反応ではない。
明らかにこちらを意識している。
「結衣、明日華。注意しろよ」
「分かった」
「はい」
透は天羽乃斬の柄に手を掛けた。
「やる気満々みたいだ」
宗玄は何も言わない。
少し離れた場所から、孫たちの様子を黙って見ている。
透が腰を落とした。
「参る」
一気に飛び出す。
「……参るって」
結衣が吹き出した。
「おニィ……」
明日華も困ったような顔をする。
「兄さま……」
「何処へ行くのじゃ?」
真白まで首を傾げた。
一瞬、透の動きが止まりかける。
「……俺も一度、言ってみようかと」
少し顔を赤くしながら、そのまま踏み込む。
抜刀一閃。
剣閃が走った。
レギオン種の体が斜めにずれ、そのまま二つに分かれた。
「似合わないって」
結衣が笑う。
「・・・・」
透は天羽乃斬を構え直した。
その横を、結衣が駆け抜ける。
「じゃあ、次はあたし!」
双刀のファルシオンを振り抜く。
ガキィィーン!
「うわっ」
結衣の腕が弾かれた。
「おニィ、こいつ硬い!」
「だから気をつけろって言っただろ!」
「ほんとだ。それじゃ――」
結衣は姿勢を低くすると、地面を蹴った。
くるりと体を回転させる。
双刀が低い位置を走った。
一閃。
二閃。
レギオン種を支えていた脚が、次々と切断されていく。
巨体がその場に崩れ落ちた。
「へへーん」
結衣が得意そうに胸を張る。
もっとも、すでに顔まで青い返り血にまみれていて、せっかくの得意顔もよく分からない。
「……」
ノアが一歩下がった。
「……」
真白も少し引いていた。
シュン――。
一本の矢が結衣の脇を抜けた。
「わっ!」
矢はそのまま、別のレギオン種の外殻、そのわずかな隙間へ吸い込まれるように突き刺さった。
脚の付け根。
隆志から、魔鋼虫の急所である可能性が高いと聞かされていた場所だった。
レギオン種の動きが止まる。
その巨体が、ゆっくりと倒れた。
「よしっ!」
明日華が珍しく拳を握る。
狙い通りだった。
その頃には――残っていたレギオン種も、すでに透によって倒されていた。
強い。
あまりにも強い、神代家。
だが、誰も気を緩めなかった。
「……この奥か」
透が近づく。
そこには薄い膜のようなものが張られ、通路の先を塞いでいた。
透が慎重にそれを退ける。
マジックライトの光が、その向こう側を照らした。
「……」
誰も声を出さなかった。
広い空間だった。
壁一面を埋め尽くすように、蜂の巣にも似た無数の穴が並んでいる。
その数――数百。
そして、それぞれの中で。
白い何かが――。
蠢いていた。




