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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第四十三話 新たなる船出

 強行偵察を翌日に控えた、その日の午前。


「隆志殿、ルカのことを頼みます」


「帰られるのですか?」


「ええ。今回はあたしの事情で里を飛び出してきましたからね。具体的に魔鋼虫との戦いが始まった時には、あたしたちも参戦させてもらうよ。里へ戻って、話を決めておきます」


「ありがたいですね。その時は、よろしくお願いします」


 エリーゼとルカは住民の目を避けるように、渓谷の方へ歩き出した。


 人目のない場所まで来ると、二人は軽く抱擁を交わす。


「ルカ、透さんを信じるんだよ。お前の思いが、すべての鍵だからね」


「はい、おばあしゃま」


 いつの間にか、ピクシーのミミが二人のそばに来ていた。


「どうする? 里へ帰るかい?」


「うん。ミミも一緒に帰るよ」


「じゃあ、行くよ」


 エリーゼは竜化すると、渓谷沿いに飛び上がり、そのまま空の彼方へ消えていった。


       ◇


 その頃、神代家の面々は屋敷の居間に集まっていた。


 窓の外では、ラピスと真白、それにノアが白と遊んでいる。


 白の大きな背中によじ登っては、その身体を滑り台代わりにして滑り降りる。白も嫌がる様子はなく、庭に腹をつけたまま、好きにさせていた。


 そんな光景を眺めていた透が、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば父さん。家のこと、どうしたの?」


「家?」


「俺や結衣たちの学校とか、父さんの仕事とか。神社もあるだろ」


「ああ、そのことか」


 隆志は納得したように頷いた。


「透たちの学校については、美琴さんの実家に少し動いてもらったんだ。急な転校ということにしてある。結衣と明日華も同じだよ」


「転校扱いなんだ」


「ええ」


 美琴が穏やかに続ける。


「私の本家は、昔から退魔に関わってきた家ですからね。今でも社会にはそれなりの繋がりがあります。お母さんのこともありますし、普通ではない事情が起きたことくらいは察してくれています」


「詳しいことまでは?」


「話していません。でも、深く詮索はされませんでしたよ」


「そっか……」


 透は小さく息を吐いた。


「それで父さんの会社は?」


「辞めたよ」


「え?」


 あまりにも軽く言われて、透は隆志を見る。


「いつ戻れるかも分からないからね。退職金も出たし、こっちへ来る準備に使わせてもらった」


「思い切ったな……」


「家族全員いなくなるんだから、今さら仕事でもないだろう?」


「まあ……そうだけど」


 結衣が手を挙げた。


「じゃあ神社は?」


「神社は、美琴さんの本家から若いご夫婦に来てもらって、預かってもらった」


「そうなんだ……」


 結衣は少しだけ遠い目をした。


「みんな、どうしてるかなぁ」


「寂しいのか?」


 透が聞く。


「うーん……」


 結衣は少し考えた。だが、すぐにいつもの笑顔になる。


「家族みんないるから、そんなに寂しくないかな。それにさ」


 ぐっと身を乗り出す。


「ファンタジー世界だよ? エルフだよ? ドラゴンだよ? 魔法まであるんだよ? こんな経験、普通は絶対できないじゃん!」


「結衣姉らしいですね」


 明日華がくすりと笑った。


「明日、命懸けの偵察に行く人間とは思えないな」


「おにぃが言う?」


 結衣は首を傾げた。


「私はね、怖いよ」


 不意にそう言った。


「明日のこと?」


 美琴が尋ねる。


「うん。虫は気持ち悪いし、死ぬかもしれないって考えたら、やっぱり怖い」


 そこで結衣は自分の胸に手を当てた。


「でもさ……なんか変なんだよね」


「何が?」


「怖いのに、ちょっと興奮してる」


「お姉ちゃん……」


「いや、本当に。戦いたいってわけじゃないんだけどさ。身体の奥がムズムズするっていうか」


「私も……少し分かります」


 明日華が小さく呟いた。


 宗玄がそれを聞いて、にやりと笑う。


「隔世遺伝かのう」


「え?」


「静の血じゃ」


「おばあちゃん?」


「そういう家系ですからね」


 隆志が苦笑する。


「退魔師というのは、魔を前にして震えてばかりでは務まらないからね」


「ええー……」


 結衣が何とも言えない顔をした。


「わしなど最高じゃぞ!」


 宗玄が豪快に笑い出す。


「こちらへ来てから若返ったように力が漲っておる! しかも、あのでかい虫を遠慮なく斬ってよいのじゃぞ! 血が騒ぐわい! がはははは!」


「おじいちゃん……」


 結衣が一歩引いた。


「楽しみすぎでしょ」


「何を言う。あれだけ斬り応えのある相手は、そうそうおらんぞ」


「やっぱり、うちの家族おかしいよ」


「今さらですか、お姉ちゃん」


 明日華がさらりと言う。


「わしにとっても、こちらは住みやすいの」


 暁が口を挟んだ。


「地球では、わしらも色々と隠さねばならんかった。だが、ここではその必要もない。それに――昔のような力が戻ってきたようじゃ」


「昔?」


「長く生きておれば、色々あるということじゃ」


 それ以上は答えず、暁は笑った。


 蒼姫も静かに頷く。


「確かに、この世界は私たちにとって暮らしやすいですね」


「でも、戦わなくちゃいけない」


 結衣の言葉に、隆志が頷いた。


「そうだね」


 そして、子供たち一人一人の顔を見る。


「これから先、もっと大変になると思う。でも、何より命を大事にしよう。勝つことより、生きて帰ることを優先する。それだけは忘れないでほしい」


「はい」


 明日華が素直に頷いたあと、少し笑った。


「でも、お父様もやはり武闘派ですよね」


「僕が?」


「はい」


「お父さん、戦闘になると結構前に出るもんね」


 結衣も頷く。


「……否定できないな」


 隆志が苦笑した。


「凄い家族じゃな」


 暁が呆れたように言うと、居間に笑い声が広がった。


 透はその中で、もう一度窓の外へ目を向けた。


 地球とはまるで違う世界。


 星も月もない空。


 魔法があり、魔獣がいて、エルフや獣人、ドワーフや竜人が当たり前のように暮らしている。


「俺は……」


 透の声に、皆が振り向く。


「何だろうな。この世界に呼ばれたような気がするんだ」


 自分でも、うまく説明できなかった。


「最初からずっと。ここに来たこと自体はとんでもない話なのに、不思議と嫌じゃない」


「そりゃそうでしょ」


 結衣が突然にやにやし始めた。


「おにぃ、こっち来てからモテモテだし」


「は?」


「お嫁さんまでできたしねー」


「なっ……!」


 透が言葉を詰まらせる。


 明日華まで口元を押さえて笑った。


「兄さまは、昔からモテたと思うのですけれどね」


「明日華?」


「それなのに、彼女いない歴イコール年齢でしたから」


「…………」


 反論しようとした。だが、反論材料が一つもない。


「おにぃ、黙った」


「うるさいな!」


 再び笑い声が広がった。


 その様子を見ながら、隆志も笑っている。


 ――ただ。


 隆志には、この世界へ来てからずっと感じている、小さな違和感があった。


 あまりにも、人にとって都合がいい。


 生き物が暮らせる大地。


 魔素という力。


 異なる種族でありながら、意思を通わせることのできる者たち。


 まるで――。


 誰かが、人が暮らすために用意した世界のような。


 だが、今それを口にする必要はない。


 隆志は何も言わず、笑っている家族を見つめていた。


       ◇


 午後。


 隆志は出掛ける準備を整えていた。


「僕は船の方へ行ってくるよ」


「最終確認?」


 透が尋ねる。


「うん。ノーノーさんやセシリアさんたちと、明日の予定を詰めてくる」


 明日から始まるのは、魔鋼虫のコロニーへ向けた強行偵察。


 これまでとは違う。


 敵が来るのを待つのではない。


 こちらから敵の領域へ踏み込むのだ。


 隆志は玄関を出る前に振り返った。


「それと皆。強行偵察と言っても、一日で帰って来られるとは限らない。そのつもりで準備しておいてください」


「分かりました」


 美琴が頷く。


「はーい!」


 結衣が元気よく手を挙げた。


 隆志が玄関へ向かう。


「お父さん!」


「ん?」


 振り返った隆志へ、結衣が満面の笑みで親指を立てた。


「ブルートリトンだからね!」


「……うん」


 一瞬だけ間があった。


 それから隆志は、少し照れくさそうに笑った。


「そうだったね」


       ◇


 その日の午後。


 結衣と明日華は、セリナを伴って街へ出ていた。


「ペンキ、ですか?」


「うん!」


 結衣が大きく頷く。


「青いやつ!」


「白もあれば欲しいですね」


 明日華が付け加える。


 セリナは二人の顔を交互に見た。


「何に使うのですか?」


「秘密!」


「秘密です」


「……?」


 二人揃って答えられ、セリナは首を傾げる。


 やがて三人が向かった先は、明日の出発を待つ魔導高速飛行船だった。


 船体の周囲には整備用の足場が組まれ、パルムをはじめとするドワーフの技術者たちが、最後の点検を続けている。


「ここがいいよね」


「ええ。ここなら離れていても見えます」


 二人は船体中央付近を見上げる。


 結衣が刷毛を握った。


「じゃあ私が『ブルー』って書くから、明日華は『トリトン』ね」


「待ってください、お姉ちゃん」


「なに?」


「曲がったらどうするのですか?」


「大丈夫、大丈夫!」


「その根拠のない自信は、どこから来るのですか……」


 二人が言い合っていると、


「何してるの?」


 船体の点検口から、ひょこっとパルムが顔を出した。


「あ、パルムさん!」


 結衣が嬉しそうに刷毛を掲げる。


「船に名前を書くの!」


「名前?」


「ブルートリトン!」


「ああ、昨日決めたやつだね」


 パルムはするすると足場を降りてきた。


 結衣が持ってきた紙を見せる。


 そこには地球の文字で、


 BLUE TORITON


 と書かれていた。


「こんな感じ!」


「ふーん」


 パルムはしばらく眺めたあと、結衣へ手を伸ばした。


「貸して」


「え?」


「ボクが書くよ」


 刷毛を受け取ると、パルムは迷いなく船体へ線を引き始めた。


 結衣と明日華、セリナが見守る。


 一本、また一本。


 やがて青い船体の側面に、大きな白い文字が浮かび上がった。


 ――BLUE TORITON。


「おおー!」


 結衣が歓声を上げる。


「上手です!」


 明日華も素直に感心した。


 文字の大きさも間隔も揃い、船体の流線形に合わせて僅かに角度まで調整されている。


 結衣が直接書いていたらどうなっていたか――それは考えない方がよさそうだった。


「さすがドワーフ……」


「こういうのも仕事だからね」


 パルムが少し得意そうに胸を張る。


 セリナは船体を見上げ、静かに微笑んだ。


「ブルートリトン号……」


「うん!」


 結衣は満足そうに腰へ手を当てる。


「これで決まり!」


 翌朝、この船は北へ向かう。


 誰も見たことのない、魔鋼虫の領域へ。


       ◇


 そして翌朝。


 神代家の一行は王城へ向かった。


 今回の目的は、魔鋼虫との戦闘ではない。


 偵察。


 敵の正体を知るための戦いだった。


 王城の会議室には、今回の参加者たちが集まっている。


 神代家。


 ノア。


 ラピス。


 ルカ。


 セシリア。


 ノーノー。


 パルム。


 リーファ。


 そして、セリナ。


 壁には北方の地図が大きく広げられていた。


 ノーノーが杖の先で、アストレア北方を示す。


「今回、我々が捜索するのは、先日の戦いでアストレアへ侵攻してきた魔鋼虫の巣になる」


 杖先がさらに北へ動く。


「これだけの大群じゃ。移動した跡まで完全に消すことはできないじゃろ。空から探せば、進路を辿ることはそれほど難しくないはずじゃ」


「行き先は?」


 隆志が尋ねる。


「現時点では推測になるが――」


 ノーノーの杖が止まる。


「ミドルパンゲア大地溝帯。その中のどこかじゃ」


 室内の空気が僅かに張り詰めた。


 北と南を隔てる巨大な断裂。


「まずは飛行しながら、地上の状況を確認する」


 ノーノーが説明を続ける。


「そして、存在するはずの魔鋼虫の巣を見つけることじゃ」


「最優先は情報収集ですね」


「その通りだ」


 ノーノーの表情が厳しくなる。


「そして――可能であれば、地下に存在すると考えられる巣の調査を行う」


「地下……」


 結衣が呟く。


「隆志殿の異世界の知識によれば、地下にも巣があるのではないかということです」


 セシリアが、地図の横に置かれた旧パンゲア時代の資料を開いた。


「昔の資料には、地下の巣について詳しい情報は書かれていません。しかし、一連の魔鋼虫の群れの動きを考えると、どこかに、それも遠くない場所に巣が存在しなければ説明がつきません」


「これからの掃討戦に向けて、魔鋼虫の生態を知ることが喫緊の課題じゃ」


 ノーノーが答えた。


「無理に踏み込むつもりはありません。今回の目的は、あくまで調査です」


 隆志が言う。


 そして、一度言葉を切った。


「ただし」


 全員を見る。


「規模が小さく、十分に勝算があると判断できた場合に限り――」


 隆志の目が鋭くなった。


「その巣を殲滅します。もし幼体か卵があれば、捕獲します」


 誰も声を上げなかった。


 偵察。


 だが。


 そこは、人類が九百年もの間踏み込めなかった魔鋼虫の領域。


 何が待っているのか。


 誰にも分からない。


 隆志が皆を見回す。


「一つだけ確認します」


 そして静かに告げた。


「調査よりも、殲滅よりも、優先するものがあります」


 一拍。


「全員で、生きて帰ることです」


 透が頷く。


 美琴も。


 結衣も。


 明日華も。


 そこにいる全員が頷いた。


 王城の外。


 朝日に照らされた青い船体に、白い文字が浮かんでいた。


 ――BLUE TORITON。


 戦闘艦ブルートリトン号。


 その初航海が、始まろうとしていた。


 第三部完

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