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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第四十話 それぞれの一日

 翌朝。


 神代家の朝は、いつもと変わらず賑やかに始まる――はずだった。


「ルカ?」


 透が声を掛ける。


「……はい、透様」


 返事はあった。


 だが、いつもの元気がない。


 食卓に並べられた朝食にも、ほとんど手をつけていなかった。


 あのルカが、である。


「具合悪いのか?」


「少し……身体が重いだけです」


「熱は?」


「ありません」


 ルカは笑おうとした。


 だが、その笑顔にもいつもの勢いがない。


 透の眉間に皺が寄る。


「今日は俺も――」


「大丈夫です!」


 ルカが少しだけ強い声を出した。


 そして、すぐに申し訳なさそうな顔になる。


「今日は皆さん、買い出しがありますから」


「でも」


「本当に大丈夫です。モモさんにお願いして、おばあしゃまに聞いてみます」


「エリーゼさんに?」


「はい」


 竜人であり、真竜でもある祖母ならば、この身体の変化について何か知っているかもしれない。


 透はまだ納得していない様子だったが、美琴が静かに言った。


「透さん」


「……母さん」


「ルカさんがそう言っているのですから、まずは任せましょう」


「うん……」


 そう答えながらも、透の視線は何度もルカへ向いていた。


     ◇


 朝食を終えると、それぞれが今日の予定へ向けて動き始めた。


 宗玄は、白を連れて草原へ向かうことになった。


 理由は単純である。


「庭の草がなくなってる!」


 結衣が叫んだ。


 白が食べ尽くしたのだ。


「仕方ないのう。この間の草原にでも行くか」


「真白も行くー!」


「よしよし、行くか」


「わーい!」


 こうして宗玄、結衣、真白、そして白は草原へ。


 ガルドとライガは、


「ちょっと身体動かしてくるわ」


「あのデカブツとまたやり合うかも知れねえんだろ」


「そうだな、じいさまに負けてらんねえからな」


 よく分からない理屈を残し、冒険者ギルドへ向かった。


 隆志は集めた資料を抱え、王城にいるノーノーのもとへ。


 セシリアはフェリスとリネットを連れ、地下探索に必要となる魔道具の準備へ入った。


 二人にはまだ、これまでの魔鋼虫との戦いについて十分な説明ができていない。


 魔鋼虫とは何か。


 魔核を狙う習性。


 魔素を持たない神代家。


 そして、これから挑む地下巣。


 装備を整えながら、セシリアが二人へ一つずつ説明していくことになった。


 セリナは神殿へ向かう、後で合流すると言って。


 リーファはリリアの知り合いがいるフェアリーの森へ。


 そして買い出しへ向かうのは、美琴、透、明日華、蒼姫、暁、ノア。


 もちろん――。


「おんぶー」


 ラピスもいる。


「はいはい」


 透が腰を落とすと、ラピスは慣れた様子で背中へよじ登った。


「よいしょ」


 ぴたっ。


 今日も定位置である。


     ◇


 一方。


 ルカはモモのもとを訪ねていた。


「モモさん」


「なあに?」


「あの……お願いがあるんです」


 いつものルカとは違う。


 モモもすぐに気づいた。


「ルカ、元気ない?」


「はい……」


 ルカは胸元へ手を当てる。


「ここ何日か、身体が変なんです」


「変?」


「眠くて……身体が重くて。それに、急に熱くなったり」


 うまく説明できない。


 病気という感じとも違う。


 けれど、確実に自分の中で何かが起きている。


「おばあしゃまに聞きたいんです」


「エリーゼさん?」


「はい」


 モモは頷いた。


「聞いてみる」


 小さな瞳を閉じる。


 ピクシー同士をつなぐ共感の網。


 遠く離れた仲間から仲間へ。


 言葉が渡っていく。


 しばらくして。


「返事きた!」


「本当ですか?」


「うん」


 モモが笑う。


「エリーゼ、自分で来るって」


「えっ」


 ルカが目を見開いた。


「ここまで?」


「うん!」


「でも、竜人の里からですよ?」


「真竜だから大丈夫だって」


 ルカの祖母、エリーゼ。


 真竜となった彼女は、通常の竜人とは比較にならない速度で空を飛ぶことができる。


 全盛期ほどではないが、全力ならば時速三百キロほど。


 ただし、ずっと飛び続けられるわけではない。


 途中で休息と――何より食事が必要になる。


「ピクシーの村から一人、案内に連れて行くって」


「案内?」


「ピクシーは仲間がいる方向が分かるから」


 東へ。


 仲間の気配を頼りに飛び続ければ、アストレアへ辿り着ける。


 途中で何度か休息し。


 大量の食事で燃料補給しながら。


「十二時間くらいだって」


「十二時間……」


「夜には着くだろうって!」


 ルカはほっと息を吐いた。


「おばあしゃま……」


 胸の奥にあった不安が、少しだけ軽くなった。


     ◇


 その頃。


 草原では――。


 白がのんびりと草を食んでいた。


 むしゃ。


 むしゃ。


 むしゃ。


「……すごい食べるね」


 結衣が呟く。


「身体が大きいからの」


 宗玄は木陰へ腰を下ろしていた。


 その膝の上には真白。


 久しぶりの特等席を独占している。


「おじいちゃん」


「なんじゃ?」


「いい天気だねぇ」


「そうじゃの」


 風が草原を渡っていく。


 白は相変わらず草を食べている。


 真白は宗玄の膝の上で目を細める。


 結衣も木にもたれかかりながら空を見上げた。


「こういう日がずっと続けばいいのにね」


 宗玄は何も答えず。


 ただ、穏やかに笑った。


     ◇


 一方、市場。


「透さん」


「……ん?」


「透さん」


「え?」


「聞いていましたか?」


「ごめん」


 透は完全に上の空だった。


 美琴はそんな息子を見て、小さく息を吐く。


 仕方がありませんね。


 そんな表情だった。


 その背中では、ラピスがご機嫌で揺られている。


「とおるー」


「ん?」


「おんぶ、たのしい」


「そっか」


「うん!」


 透が少しだけ笑った。


 それを見て、美琴も表情を緩める。


「さて」


 美琴は市場を見渡した。


「こちらでは、どんなものがあるのかしらね」


「母様、買いすぎないでよ」


 明日華が言う。


「必要なものを買うだけですよ」


「母様の必要なものって多いから……」


 その時。


「遅くなりました!」


 聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、セリナがこちらへ駆けてくる。


「セリナ?」


「神殿の用事が早く終わりましたので、お手伝いします」


 美琴の顔が明るくなる。


「まあ、助かります」


「この辺りの市なら、よく知っていますので。何でも聞いてください」


「それは心強いですね」


 美琴はさっそく買い物袋を持ち直した。


「では、まず香辛料のお店を」


「はい。こちらです」


「それから保存の利く野菜と、お肉と――」


「母さん」


「なんですか?」


「何日行くつもりなの?」


「何が起こるか分かりませんから」


 美琴は当然のように答えた。


 セリナがくすりと笑う。


 明日華は小さくため息をつき。


 ノアは珍しそうに市場の露店を眺め。


 蒼姫と暁はその上空をゆっくりと旋回していた。


 そして透は。


「……ルカ、大丈夫かな」


 また小さく呟く。


 背中のラピスが、透の肩へ頬を寄せた。


「ルカ、だいじょうぶ」


「……そうだな」


「うん」


 根拠などない。


 それでも。


 その一言に、透は少しだけ救われた。


 買い物は、まだ始まったばかりだった。


        ◇


「さて、行ってくるよ」


 エリーゼはそう言って、旅支度を整えた。


「お母さん、ルカのこと、よろしくお願いします」


 見送りに出たミュゼリアが、少し心配そうに言う。


「ああ、分かっているよ」


 エリーゼはいつもの調子で頷いた。


「それに、あの子の体の変調についても……少し心当たりがある」


「本当ですか?」


「まだ何とも言えないけどね。直接見れば、たぶん分かるさ」


 そう答えたエリーゼへ、ミュゼリアは大きな包みを差し出した。


「これを」


「ずいぶん用意したねぇ」


 中には大量のパンと乾燥肉。


 それに、駄獣の皮を加工して作られた大きな水袋が入っている。


「途中で何があるか分かりませんから」


「ありがたく貰っておくよ」


 エリーゼは荷物を受け取ると、傍らでふわふわと浮かんでいた小さなピクシーへ目を向けた。


「ミミもよろしく頼むよ」


「うん!」


 元気よく答えたミミが、エリーゼの肩へちょこんと座る。


 やがてエリーゼは里から少し離れた場所へ移動すると、その姿を巨大な竜へと変えた。


 陽光を浴び、白銀の鱗が眩いほどに輝く。


 真竜エリーゼ。


 九百年前、人類とともに魔鋼虫と戦った竜が、再び翼を広げる。


『それじゃあ、行ってくるよ』


 力強く大地を蹴った。


 巨大な翼が風を巻き起こし、白銀の巨体が一気に空へと舞い上がる。


 目指すは――アストレア。


 エリーゼはミミを伴い、東の空へ飛び立った。


        ◇


 大地溝帯を越えてから、およそ二時間。


 遠くに大きな都市が見えてきた。


『あれが神殿都市ミルファかい?』


「うん、そうだよ!」


 人目につく場所へ降りるわけにもいかない。


 エリーゼは街道から大きく外れ、小高い丘の陰へ降り立った。


 竜の姿から人の姿へ戻ると、荷物を下ろす。


「いやぁ、こっちは結構、人が住んでいるんだねぇ」


 水袋から水を飲みながら、エリーゼは周囲を眺めた。


「大地溝帯の南へ来たのは初めてだからね。こんなに町や村があるとは思わなかったよ」


「ピクシーたちはね、人や亜人が住んでいるところに生まれるんだよ」


 パンの欠片を抱えていたミミが言った。


「へぇ。妖精ってのは、そういうものなのかい」


「うん。それでね、ミミたちは遠くにいても、みんなとお話できるの」


「そりゃあ便利だ」


 エリーゼは感心したように笑った。


「おかげで今回は助かったよ」


 荷物の中から、小さなクッキーを一枚取り出す。


「ほら、ご褒美だ」


「わーい!」


 ミミは両手でクッキーを抱え、嬉しそうに頬張った。


 その姿を見ながら、エリーゼもパンと乾燥肉で簡単に腹を満たす。


 しばらく休んだところで、立ち上がった。


「どれ、行くかい」


「うん!」


 エリーゼは空を見上げる。


「じゃじゃ馬娘が、しょぼくれて待ってるからね」


 口ではそう言いながらも、その表情には孫を案じる祖母の色が滲んでいた。


 再び真竜へと姿を変え、空へ舞い上がる。


 神殿都市ミルファを越え、さらに東へ。


 途中、ラザールを過ぎた先にある小さなオアシスで一度休憩を挟み、エリーゼは一路アストレアを目指した。


          ◇


 その途中だった。


『……ん?』


 エリーゼの翼が、わずかに傾いた。


 地上に妙なものが見えた。


 荒れた大地。


 抉られた地面。


 焼け焦げた跡。


 そして――。


『ミミ。少し降りるよ』


「どうしたの?」


『確認したいものがある』


 エリーゼは静かに高度を落とした。


 地上へ降り立つ。


 そこには戦いの痕跡が残っていた。


 砕けた甲殻。


 黒く焼け焦げた巨大な脚。


 そして、見覚えのある異形の死骸。


 エリーゼの表情から、それまでの柔らかな笑みが消えた。


「……これは……」


 ゆっくりと、その死骸へ近づく。


 間違えるはずがない。


 九百年前。


 自分たちから、多くのものを奪った存在。


 ケン・アストレアとともに、何度も死線をくぐり抜けて戦った敵。


 あの日々が、一瞬にして脳裏へ蘇る。


 燃える街。


 崩れる城壁。


 空を覆う飛行種。


 地平を埋め尽くす黒い群れ。


 そして――。


 剣を手に、自分の背に立っていた男の姿。


『エリーゼ、行くぞ!』


 懐かしい声が、耳の奥で聞こえた気がした。


「……ケン」


 エリーゼは目を閉じる。


 ほんの少しだけ、その場に立ち尽くした。


 やがて目を開き、足元の死骸を見下ろす。


 その瞳には、先ほどまでとは違う鋭い光が宿っていた。


「また……こいつらが出てきたのかい……」


 ミミは何も言わず、エリーゼの肩にそっと寄り添った。


 東の空を見据える。


 その先には、アストレアがある。


 そして――ルカがいる。


「……急ごうか」


「うん」


 白銀の翼が、再び大きく広がった。



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