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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第三十九話 神代家Ⅳ

 夕食を終えたあと。


 神代家の居間には、久しぶりに家族だけが集まっていた。


 もっとも、完全に神代家だけというわけではない。


 ラピスは当然のように透の背中へ張りついている。


 ルカは珍しく早々に眠ってしまった。


 本人はただ眠いだけだと言っていたが、ここ最近、妙に眠る時間が増えている。


 その身体では今、少しずつ変化が始まっていた。


 真の竜へ至るための――覚醒の兆し。


 リーファはピクシーの村へ向かっている。


 これから必要になるであろうピクシーネットワークの整備について話をするためだ。


 パルムは、


「船にいる方が落ち着くんだ」


 と言い残し、魔導飛行船へ戻っていった。


 ノーノーもまた、何やら確かめたいことがあるらしく船へ向かった。


 セリナとセシリアも、それぞれ自室へ戻っている。


 そしてガルドとライガは――。


「まだ帰ってこないね」


 結衣が呆れた顔をする。


「冒険者ギルドで飲んでいるのでしょう」


 明日華がため息をついた。


「……あの二人は放っておいていい」


 透が言った。


 隆志が苦笑する。


「まあ、明日には帰ってくるだろうね」


「明日なんだ……」


 そんな他愛もない会話が一段落した頃だった。


 透が、ふと宗玄へ目を向ける。


「そういえば、じいちゃん」


「なんじゃ」


「ばあちゃんって、どんな人だったんだ?」


 宗玄の動きが止まった。


「……母さんか」


 隆志が小さく呟く。


 美琴も宗玄を見る。


 しばらくして、宗玄はゆっくりと息を吐いた。


「そうじゃな。お前たちにも、そろそろ話しておくか」


 その声に、結衣と明日華も姿勢を正した。


 宗玄は少し昔を懐かしむように目を細める。


「静はな――橘樹御門家の第百十五代宗主じゃ」


「たちばな……みかど?」


 透が首を傾げる。


 美琴が答えた。


「私の本家です」


「母さんの?」


「ええ」


 橘樹御門家。


 神代家よりもさらに古くから、この国で退魔を担ってきた一族。


 その始まりがいつだったのか、正確な記録すら残っていないほど古い家だという。


「橘樹御門家の宗主は、代々女じゃ」


 宗玄が続けた。


「巫女としての資質が強く、特に法力に優れた娘が宗主を継ぐ」


「じゃあ、ばあちゃんも?」


「うむ。あやつは別格じゃった」


 宗玄の口元が僅かに緩む。


「若い頃から、とんでもない法力を持っておってな。わしと二人で、あちこち退魔のお役目をこなしたものじゃ」


「じいちゃんとばあちゃんが?」


「そうじゃ」


 若き日の宗玄と静。


 剣を振るう神代家の宗主と、法術を操る橘樹御門家の宗主。


 二人はともに各地を巡り、魔を祓い、妖を討ち、ときに封じた。


 そんな日々を重ねるうちに、二人はいつしか恋仲となった。


「その頃に父さんが生まれたの?」


「そうじゃ」


 宗玄は隆志を見る。


「隆志は、わしと静の実の子じゃ」


「そこは知ってるよ」


「そうか」


「そこ、疑ったことないからね?」


 隆志が困ったように笑った。


 少し空気が和らぐ。


 そこで美琴が話を引き継いだ。


「橘樹御門家は今、宗主が空位なのです」


「え?」


「静お義母様が長く不在にされているので、本来なら、あとを継ぐ者が必要なのですけれど……」


 美琴が結衣と明日華を見る。


 二人は揃って嫌な予感でもしたような顔になった。


「もしかして……」


「はい」


 美琴はにっこりと微笑んだ。


「あなたたち二人のどちらかに、と本家では期待しているようですよ」


「ええーっ!?」


 結衣が声を上げる。


 明日華は額へ手を当てた。


「初耳です……」


「まだ決まった話ではありませんよ」


「よかったぁ……」


「まあ、二人が結婚する頃には、そういう話も出てくるかもしれませんけれど」


「先送りされただけじゃん!」


 結衣の悲鳴に、皆が笑った。


 透も笑っていたが、そこでふと疑問を覚える。


「でもさ」


「なんですか?」


「ばあちゃんが百十五代宗主なんだろ?」


「ええ」


「だったら、ばあちゃんは今どこにいるんだ?」


 居間が少し静かになった。


 宗玄は腕を組む。


「隆志と美琴さんが結婚して、しばらくした頃じゃったかの」


 静はある日、


 ――少し長いお役目になります。


 そう言い残して神社を離れたという。


「それから帰ってきてないの?」


「うむ」


「連絡は?」


「たまにな」


「たまにって……」


「あやつは昔からそういう女性じゃ」


 宗玄は豪快に笑った。


「自分でやると決めたら、誰が止めても聞かん」


 隆志が苦笑する。


「そこは、お父さんもあまり人のことは言えないと思うけど」


「なんじゃと?」


「いえ、何でも」


 美琴がくすりと笑った。


 だが透には、もう一つ気になることがあった。


「じゃあ……俺は?」


 その一言で、空気が変わった。


 宗玄が透を見る。


「あの日じゃ」


「……あの日?」


「お前が神社の山門に置かれていた日じゃよ」


 透は黙った。


「お前を包んでいたおくるみを見た時に分かった」


「何が?」


「静じゃ」


 宗玄は即答した。


「あやつがお前を寄越したんじゃと、すぐに気づいた」


「どうして?」


「名前じゃよ」


 宗玄が目を細める。


「おくるみに書かれておった――『透』」


「……」


「あの字は静のものじゃ」


 宗玄の答えに迷いはなかった。


「何十年、一緒におったと思うておる。間違えるものか」


 透はしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくり口を開く。


「じゃあ……ばあちゃんは、俺が誰なのか知ってるってこと?」


 宗玄は答えなかった。


「俺がどこから来たのかも?」


「……おそらくな」


「じゃあ、なんで俺を神社に?」


「知らん」


「じいちゃんでも?」


「知らん」


 きっぱりと言われた。


 透は思わず頭を掻く。


「なんだよ、それ……」


「わしも聞きたいわ」


 宗玄は鼻を鳴らした。


「赤ん坊を一人、山門へ置いていきおって。次に会ったら、まず説教じゃ」


「そこなんだ」


「当たり前じゃ」


 宗玄は不機嫌そうに言ったが、その顔にはどこか懐かしそうな色があった。


 結衣が尋ねる。


「おじいちゃん、寂しくないの?」


「なにがじゃ」


「おばあちゃん、ずっと帰ってきてないんでしょ?」


「まあの」


 宗玄はしばらく考え――。


「そのうち、ひょっこり帰ってくるじゃろ」


「そんな適当な……」


「静じゃからな」


「説明になってないよ」


「はっはっは!」


 宗玄は豪快に笑った。


 どうやら、それで十分らしい。


 透はまだ納得できない顔をしている。


「でも俺、ばあちゃんに会ったことないんだよな?」


「ない」


「なのに俺の名前を書いたのがばあちゃんで……ばあちゃんは俺のことを知っている」


「そうなるの」


「……何者なんだよ、俺」


「知らん」


「またそれかよ」


「静が帰ってきたら、自分で聞け」


「いつ帰ってくるんだよ」


「知らん」


「じいちゃん!」


 また笑いが起きた。


 宗玄はそんな孫たちを見渡しながら、やがて話を変えた。


「まあ、お前たちが妙なことに動じん理由は、少しくらい分かったじゃろ」


「どういう意味だよ」


「そんな血を受け継いでおるということじゃ」


「血で決まるの?」


「そういう意味ではない」


 宗玄の声が少しだけ真面目になった。


「素質というものはある。じゃが、持って生まれただけの力など大した意味はない」


 透を見る。


 次に結衣、明日華を見る。


「鍛えて、学んで、自分のものにして初めて力になる」


「……はい」


 三人がそれぞれ頷いた。


「まあ、魔鋼虫に平気で突撃していく辺りは、やっぱり血かもしれんがの」


「どっちだよ」


 美琴が口元を押さえて笑った。


 また少しだけ空気が和む。


 そして宗玄は、今度は神代家そのものについて語り始めた。


「神代家の初代宗主も女性じゃった」


「え?」


 透が驚く。


「じいちゃんたちって男が継ぐんじゃないの?」


「それは二代目からじゃ」


「初代は?」


「五百年ほど生きたとも伝えられておる」


「人間じゃないだろ、それ」


「だから人外だったんじゃないかとも言われておる」


「本当に?」


「さてな。何百年も昔の話じゃ。どこまでが事実で、どこからが伝説かなど誰にも分からん」


 宗玄は肩をすくめる。


「ただ、橘樹御門家の初代宗主とは知り合いじゃったそうじゃ」


 二つの古い退魔の家。


 一方は法力によって魔を祓う一族。


 もう一方は、やがて剣によって魔を討つ一族へと変わっていった。


「神代家が今の形になったのは二代目からじゃ」


「天羽々斬?」


「そうじゃ」


 宗玄が頷く。


「二代目が天羽々斬を授かって以来、神代家は剣をもって魔を討つ家となった。それ以降は男が宗主を継ぐことが多くなった」


「なるほどね……」


「そして、神社があの場所にあるのにも理由がある」


 皆が宗玄を見る。


「あ、それ、お母さんから聞いた」


「そうか、聞いておったか」


「うん」


 神社。


 真白。


 蒼姫。


 父と母。


 じいちゃん。


 そして、自分。


 その全部が、長い長い歴史の先にあった。


 透は黙って宗玄の話を聞いていた。


 その夜、宗玄は久しぶりに昔の話をした。


 若い頃の退魔の仕事。


 静との出会い。


 二人で失敗した話。


 命からがら帰ってきた話。


 隆志が幼かった頃の話。


 結衣と明日華は時々笑い、隆志と美琴はどこか懐かしそうに耳を傾けていた。


 やがて話が一区切りついた頃。


「……すぅ……」


 透の背中から、小さな寝息が聞こえた。


「ラピス、寝てる」


 結衣が覗き込む。


「ずっとじゃ」


 宗玄が笑った。


 ラピスは透の背中にぴったりと張りついたまま、すっかり夢の中だった。


 銀色の耳が、ときおりぴくりと動く。


「重くないの?」


「全然」


 透が小さく笑う。


 ラピスの頬は透の肩に寄り添い、安心しきった顔をしていた。


「そういえば、おばあちゃんって、どんな人だったの?」


 結衣が改めて尋ねた。


「そうだな。母さんは美琴さんに似ているかな。普段は物静かで優しい人だよ」


 隆志が答える。


「そうですね。私は今でも大好きです。とても可愛がっていただきましたし、奉納の舞もそれは素晴らしいものでした」


 美琴も懐かしそうに微笑んだ。


「でも一度怒らすと……なぁ、隆志」


 宗玄が意味ありげに笑う。


「……そうだね」


 隆志も苦笑した。


「お義父さん、隆志さん……」


 美琴の静かな声に、空気が一気に冷えた。


「では、今日はこのくらいにしましょうか」


 美琴が言った。


 家族はそれぞれ立ち上がる。


 明後日になれば、また戦いへ向けた準備が始まる。


 けれど今夜だけは。


 遠い昔から続く家族の話を聞きながら、穏やかな夜が過ぎていった。

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