第三十八話 秘伝
いったん、会議は休憩となった。
重苦しい空気から解放されるように、広間にいた者たちがそれぞれ席を立つ。
透は父のもとへ歩み寄った。
「父さん」
「ん?」
「父さんの言ってることが的を射ているなら……今までみたいな戦い方じゃ、駄目なんだね」
隆志は少し考えてから、静かに首を振った。
「駄目、とは言えないさ」
「え?」
「地上で大群を相手にするなら、これまでの戦い方は間違っていない。だけど地下の巣は、おそらくそれぞれの個体が通れる程度の空間しかないはずだ。大部隊を送り込んでも、まともに展開できないだろうね」
透は黙って聞く。
「だから、巣の中へ入る戦力そのものは、それほど多くなくてもいいと思う」
「じゃあ……問題は?」
「入り口だよ」
隆志の表情が険しくなった。
「巣を守っている守護種がいるとすれば、そちらの方が厄介だと思う」
「守護種……」
「彼らは命を惜しまない。恐怖も感じない。巣を襲うものが来れば、ただ排除する。それだけだ」
淡々とした口調だった。
だからこそ、その言葉には重みがあった。
「ましてパンゲアの人たちは魔核を持っている。魔鋼虫にとっては敵であると同時に……幼虫の餌にもなる」
「……」
「向こうからすれば、喜んで殺しに来るだろうね」
透は拳を握った。
脳裏に浮かんだのは、傷つき倒れたルカの姿だった。
あの時の光景が、まだ消えていない。
隆志はそんな息子を見つめた。
「透」
「うん」
「これからは、今まで以上に気を引き締めなきゃ駄目だぞ」
「……うん」
短い返事だった。
だが、その意味は十分に分かっていた。
◇
やがて休憩が終わり、会議が再開された。
全員が席へ戻ったところで、国王が隆志へ顔を向けた。
「隆志殿」
「はい」
「先ほどの話について、もう少し意見を伺いたい。よろしいか」
「もちろんです、陛下」
隆志は席を立った。
「まず――たとえ過去の資料が残されていたとしても、我々自身が魔鋼虫について知らなすぎます」
広間が静まり返る。
「これまでの戦いで、ある程度の性質は分かりました。しかし、生態、巣の構造、個体ごとの役割、繁殖方法……分からないことの方が圧倒的に多い」
国王が頷いた。
「ゆえに?」
「そこで、強行偵察を提案します」
広間が僅かにざわめいた。
「幸い、神代家の者は全員、魔核を持っていません」
隆志は一度言葉を切った。
「そして、我が家に加わったノアちゃんも……それに至った経緯は悲劇ではありましたが、魔核を持っていません。それだけでなく、彼女は魔鋼虫を知覚することができます」
「我々が各地のコロニーを回り、調査を行います」
「神代家だけでか?」
「はい。必要であれば、一当てしてみることも考えています」
騎士団長オーギュストの眉が僅かに動いた。
隆志は続ける。
「ですが、まず喫緊の問題は、アストレア近郊に存在すると思われる魔鋼虫の巣を特定することです」
卓上の地図へ視線を落とした。
「昨日の戦いで、地上に出ていた個体はかなりの数を叩いたはずです。現在の巣に残っている戦力は、そう多くない可能性があります」
「つまり、今が好機だと?」
「はい。ただし、いきなり殲滅戦を行うのではありません」
隆志ははっきりと言った。
「まず見つける。そして調べる。そのうえで、どう叩くかを決めるべきです」
国王はしばらく考えたあと、大賢者ノーノーへ視線を向けた。
「大賢者殿。どう思う?」
大賢者は長い髭を撫でながら、ゆっくり頷いた。
「隆志殿の見識……我が国に欲しいほどですじゃ」
隆志が困ったように笑う。
「まずは準備が整い次第、近郊にあるであろう地下巣の発見に尽力していただくべきかと」
続いてオーギュストが口を開いた。
「その間、我々は部隊を再編します」
国王が視線を向ける。
「巣が発見された後、すぐに動けるよう殲滅部隊を編成しておくべきでしょう。地上戦とは異なる装備も必要になるはずです」
「うむ」
国王は大きく頷いた。
「では、その方針で進めよう」
そして隆志たちを見渡す。
「ただし――昨日の今日だ」
国王の口元に僅かな苦笑が浮かんだ。
「神代家には働いてもらいすぎている。二、三日は休養に充てよ」
透たちの間から、小さく安堵の息が漏れる。
「三日後。それでよいか?」
隆志は深く頭を下げた。
「はい。分かりました」
国王が頷く。
「では三日後――アストレア近郊の地下巣を探す」
「はっ」
こうして。
次なる戦いへ向けた、最初の一歩が決まった。
◇
会議を終え、一行は広間を後にした。
城内の廊下を歩いていると、ガルドが隆志の隣へ並ぶ。
「親父さん」
「はい?」
「俺らも役に立てるか?」
隆志は少し考えてから頷いた。
「そうですね。実際に巣を叩くとなれば、やはり問題になるのは入り口を守る守護種でしょうか」
「やっぱり、いると思うか?」
「まだ分かりません。ですが、いると考えて準備しておいた方がいいでしょうね。そして、もし存在するなら――強敵であることは間違いないと思います」
隆志はガルドとライガを見る。
「その時は、ガルド殿やライガ殿にも期待しています」
ライガの口元が吊り上がった。
「いいねぇ」
ガルドも拳を鳴らす。
「腕が鳴るぜ」
そして二人は顔を見合わせた。
「よし、ギルドの酒場へ行くか」
「おうよ!」
「……」
透はその背中を見送りながら、何とも言えない顔をした。
相変わらずである。
◇
パルムは、そのまま魔導飛行船へ向かった。
「夕食には戻るから!」
そう言って手を振るパルムと別れ、透たちは自宅へ戻った。
扉を開けた、その途端。
「とおるー!」
「お帰りなさい、透様!」
ラピスとルカが駆けてきた。
「おんぶー!」
迷いがない。
透は苦笑しながら腰を落とした。
「はいはい」
待ってましたとばかりにラピスが背中へよじ登り、ぴたっと張りつく。
そして満足そうに透の肩へ顎を乗せた。
一方のルカも満面の笑みである。
竜化などしていない。
していないはずなのだが――。
透にはなぜか、見えない尻尾がぶるんぶるんと振られているように見えた。
「今日は、真白とモモと遊んだ」
背中からラピスが報告する。
「そうか。何して遊んだんだ?」
「白の滑り台!」
「……白?」
「うん!」
どうやら宗玄の騎獣、白を滑り台代わりにして遊んでいたらしい。
最近のラピスは、随分と言葉を話せるようになってきた。
まだ幼い言葉遣いではあるが、自分が何をしたのか、何が楽しかったのかくらいなら一生懸命に伝えてくる。
甘えん坊で。
少々あざとい。
だが今では、すっかり皆のアイドルであり、神代家の癒やしでもあった。
そして――。
「ほっほっほ」
宗玄は少し離れたところで、孫たちを眺めながらニコニコしている。
基本的に孫たちが楽しそうなら、それでいい。
危ないじいじであった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
美琴が皆を迎える。
「どうでしたか?」
隆志が答えた。
「三日後に、僕たちだけで魔鋼虫の巣を探しに行くことになったよ」
「そうですか」
美琴は驚きもせず、すぐに頷いた。
そして少し考える。
「では、明日にでも食料の買い出しですね」
「そこ?」
透が思わず聞き返す。
「そこです」
美琴はきっぱりと言った。
「何があるか分からないのですから、食べられる時にきちんと食べられるよう準備しておかないといけません」
そして透とルカを見る。
「透さん、ルカ。明日は食料の買い出しですよ」
「分かった」
「はい、お義母様!」
ルカが元気いっぱいに返事をする。
その時だった。
「透」
宗玄の声がした。
先ほどまで孫たちを眺めて緩みきっていた顔から、笑みが消えていた。
「はい」
透も自然と背筋を伸ばす。
「これより――あの時、お前に授けるはずであったものを教える」
透の目が僅かに見開かれた。
「天剣無限流、宗主に代々伝わる秘伝じゃ」
宗玄は静かに踵を返した。
「あそこの草原へ行くぞ」
「はい」
「あたしたちも行っていい?」
結衣がすかさず尋ねる。
「構わん」
「じゃあ、わたしも」
明日華も続いた。
結局、皆でついて行くことになった。
もちろんラピスは――。
「……降りないの?」
「や」
透の背中に張りついたままだった。
◇
街を離れ、広い草原へ出る。
風が草を揺らしていた。
宗玄は皆から十分に離れた場所まで歩くと、そこで立ち止まった。
腰には、天羽々斬の影打ち。
透は宗玄の正面に立つ。
先ほどまで騒いでいた結衣たちも、今は静かだった。
宗玄が口を開く。
「透」
「はい」
「一度しか見せん」
「はい」
「目を逸らすな」
透の目つきが変わった。
「――はい」
宗玄の右手が柄へ添えられる。
「まずは――飛燕」
次の瞬間。
天羽々斬の影打ちが鞘走った。
――いや。
皆には、そう見えなかった。
ただ。
チン。
納刀の音だけが響いた。
「……え?」
結衣が目を瞬かせる。
百メートルほど先にあった巨大な岩。
その中央へ、一本の線が走った。
ズ――。
上半分がゆっくりと滑り落ちる。
「……は?」
ルカが口を開けた。
だが。
宗玄は、すでにそこにはいなかった。
ただ一人。
透だけが、その動きを追っていた。
――縮地。
宗玄の姿は、切断された岩の前にある。
刀を上段に構えていた。
「天地両断」
一閃。
轟音。
先ほど横一文字に両断された巨岩へ、今度は縦に斬撃が走る。
十字。
それだけではなかった。
岩の下。
大地までが深く切り裂かれた。
そして――。
宗玄の姿が消える。
次の瞬間には、元いた場所へ戻っていた。
刀を静かに構え。
残心。
そして納刀する。
チン。
静寂。
すべては、ほんの数秒にも満たない出来事だった。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も声を出せない。
何が起きたのか。
ほとんどの者には、それすら分からなかった。
ただ一人。
透だけが宗玄を見つめていた。
抜刀。
飛燕。
縮地。
天地両断。
再び縮地。
残心。
納刀。
そのすべてを、透の目は捉えていた。
宗玄も、それを分かっている。
だから説明しない。
もう一度見せることもしない。
「以上じゃ」
「はい」
透は深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
宗玄はただ一言。
「精進せよ」
「はい」
それだけだった。
天剣無限流、第十九代宗主へ。
秘伝は確かに受け継がれた。




