↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/146

第三十四話 総力戦


 オーギュストが考えることを放棄する――少し前。


 魔導高速飛行船は、ついに戦場へ到達していた。


 操縦席の前方に広がる光景を見て、隆志が表情を引き締める。


「もう始まっていますね」


 荒れ地には無数の魔鋼虫。


 その前方には、後退しながら応戦するアストレア軍の姿が見える。


 ガルドが窓の外を睨んだ。


「押されてるじゃねえか」


「あのでかい奴らか」


 ライガも目を細める。


 小型種の群れの中に、明らかに異質な大型個体が何体も見えていた。


 透はそれを確認すると、すぐに立ち上がった。


「父さん、俺が出ます」


 隆志は一瞬だけ透を見る。


 そして頷いた。


「分かりました。無理はしないように」


「うん」


 透が振り返る。


「ルカ、頼む」


「はい!」


 ルカが満面の笑みを浮かべた。


「透様とのランデブーですね!」


「違うけど」


「……違うのですか?」


「戦闘だからね」


「むぅ」


 少し不満そうなルカを見て、結衣が笑う。


 隆志は戦場を見ながら指示を出した。


「透とルカさんは先に出て、前線周辺の敵を少し減らしてください」


「分かった」


「僕たちは一度、アストレア軍の後方へ着陸します。ガルドさんたちを降ろしてから、飛行船で支援に回ります」


「おう!」


 ガルドが大きく拳を握る。


「私とセシリアさんもオーギュスト騎士団長と合流します」


 隆志は続けて皆を見る。


「結衣たちはどうします?」


「あたしは地上に降りて戦う」


「真白も」二人が即答した。


「なら、結衣達はあたしが守るよ」


 ライガが笑う。


「勝手に前へ出るんじゃないよ」


「分かってるって!」


「本当かねえ」


「明日華は?」


 隆志が尋ねる。


 明日華は暁を見る。


「私は蒼姫と空から援護します」


「そうですね」


 暁の視線がリーファへ向く。


「リーファとやら」


「はい?」


「お主、風を使うのであろう?」


「ええ」


「ならば、われの背に乗れ。共に戦おうぞ」


 リーファは少し驚いたあと、笑顔で頷いた。


「お願いします」


「うむ!」


 暁はどこか嬉しそうだった。


 隆志がノアを見る。


「ノアちゃんは、僕と一緒に魔鋼虫の様子を見てもらえる?」


「うん!」


「強い個体がいたら、すぐ教えてね」


「分かった!」


「わしも空から魔鋼虫の群れを観察するとしよう」とノーノー。


 そして。


「ラピスはお留守番ね」


 美琴がそう言って、小さなラピスの頭を撫でた。


 ラピスはじっと透を見ていた。


「…………」


「ラピス?」


 透が首を傾げる。


 その時だった。


「ラピは……まだ戦えないけど」


「……え?」


 皆が一斉にラピスを見る。


 今。


 喋った。


 ラピスは透を見つめたまま続けた。


「透に、フェンリルの加護をあげる」


 直後。


 ラピスの身体が淡い光に包まれた。


「わっ……」


 その光がふわりと広がり、透の身体へ流れ込んでいく。


 透の全身が一瞬、白銀の光に包まれた。


「これは……」


 透は自分の手を見る。


 身体の奥から力が湧いてくるような、不思議な感覚があった。


 周囲の皆も驚いたまま言葉を失っている。


「ラピス……喋れたの?」


 結衣が目を丸くする。


 ラピスは胸を張った。


 透はしゃがみ込み、その頭を優しく撫でる。


「ありがとう、ラピス」


 尻尾がぶんぶんと振られた。


「みゃん!」


「…………」


 透は苦笑した。


 言葉を話せるようになっても。


 興奮すると、やっぱりいつものラピスだった。


     ◇


「後部ハッチ、開けます!」


 パルムの声。


 船尾のハッチがゆっくりと開いていく。


 激しい風が船内へ吹き込んだ。


「行きます!」


 ルカが走る。


 そして――。


 飛び出した。


 空中へ身を躍らせた瞬間、その身体が光に包まれる。


 人の姿が一気に巨大化した。


 翼が広がる。


 尾が伸びる。


 青みを帯びた銀色の鱗が陽光を反射する。


 竜化。


「透様!」


「おう!」


 透もハッチから飛び出した。


 落下する身体。


 その下へルカが回り込む。


 透は竜の背へ着地した。


「よし!」


「行きますよ!」


 ルカが翼を大きく打つ。


「突撃ーーーっ!」


「だから速いって!」


 銀色の竜が一気に戦場へ向かって降下していった。


     ◇


 戦場へ近づいた透は、地上に奇妙なものを見つけた。


「……ん?」


 白い巨体。


 魔鋼虫の群れの中で、何かが暴れている。


「……まさか」


 近づくにつれ、その姿がはっきりしてきた。


 真っ白な体毛に覆われた巨大な三角竜。


 その背には――。


「じいちゃん!?」


 宗玄だった。


 ハクが大型の魔鋼虫へ突っ込み、激しく身体を揺らしている。


 まるでロデオだった。


「じいちゃん! 何してんの!?」


「ん?」


 宗玄が空を見上げる。


「おお、透か!」


「元気そうじゃの!」


「元気だけど!」


 こんな戦場で交わす会話ではない。


 宗玄は嬉しそうに笑った。


「真白たちはどうした?」


「あっちの船にみんないるよ! 元気だよ!」


「そうかそうか!」


 宗玄の顔が一気に明るくなる。


「それならよかったわい!」


 その間にもハクは暴れている。


 大型の魔鋼虫へ角を叩きつけ、一匹を押し倒した。


「ところで透!」


「何!?」


「こいつらは害虫でよいんじゃな?」


「まあ……そうだけど!」


「斬ってよいんじゃな?」


「え?」


 宗玄は腰の剣へ手を掛けた。


「こっちへ来てからのう……」


「うん」


「何やら斬りたくて斬りたくて仕方がないのじゃ」


「…………」


 透の顔が引きつった。


「えーーーー……」


 完全に引いた。


「じいちゃん」


「なんじゃ?」


「味方は切らないでね」


「分かっとるわい!」


 本当に大丈夫だろうか。


 透は一抹の不安を覚えた。


 その時。


 宗玄が前方を指差した。


「よし、ハク!」


 剣を抜く。


「突撃ーーーっ!」


「ブオオオオオオッ!」


 白い巨体が再び魔鋼虫の群れへ突っ込んでいく。


「…………」


 透はしばらくその背中を見送った。


「ここにもいた……」


「何がです?」


「突撃って言う人」


 ルカが嬉しそうに翼を動かす。


「では私たちも!」


「いや」


 透は前方を指差した。


 大型の魔鋼虫。


 その中でも、ひときわ巨大な個体がいる。


「ルカ」


「はい!」


「あいつを叩くぞ」


「はい!」


 ルカが大きく息を吸う。


「突――」


「突撃はいいから」


「ムムム……」


「行くぞ!」


「はい!」


 ルカは翼を大きく広げた。


 銀色の巨体が加速する。


 その背で、透が天羽々斬へ手を掛ける。


 地上では、白きサンダーギアスに跨る宗玄。


 空では、銀竜ルカに跨る透。


 二人の剣士が――。


 大型の魔鋼虫へ向かっていた。


        ◇


 その頃。


 魔導高速飛行船はアストレア軍の後方へ降下していた。


 船体が地面すれすれまで高度を落とすと、後部ハッチが開く。


「よし、行くぞ!」


 真っ先に飛び出したのはガルドだった。


 続いてライガ、結衣、真白。


 そしてセリナとセシリアも地上へ降り立つ。


 そこへ騎獣に乗った一人の男が駆けてきた。


「姫様!」


「オーギュスト!」


 アストレア騎士団長オーギュストだった。


 セリナたちの姿を確認すると、安堵したように息を吐く。


「姫様たちでしたか……助かりました」


「よう!」


 ガルドが片手を上げた。


「ずいぶん、やられてんじゃねえか」


「ガルドか。そう言うな」


 オーギュストは苦笑する。


「これでも、やれるだけのことはやっている」


「まあ、俺の出番を残してくれたのはありがてぇがな」


 ガルドは大剣を担ぎ直した。


「前線へ行く。騎獣を貸してくれ」


「分かった」


「あたしにも頼むよ」


 ライガが言う。


 オーギュストが彼女を見る。


「お主は?」


「ライガさんは獣牙族の次期族長さんだよ」


 結衣が答えた。


「獣牙族の……」


 オーギュストが驚く。


 その横から、結衣も手を上げた。


「私にも鳥型の騎獣いない?」


「結衣殿まで行かれるのですか?」


「うん!」


 迷いのない返事だった。


 オーギュストは一瞬だけ考えたが、すぐ部下へ振り返る。


「おい! 三人に騎獣を!」


「はっ!」


 騎獣が連れてこられる。


 ガルド、ライガ、結衣がそれぞれ跨った。


 真白は結衣の後ろへひらりと乗る。


「じゃあ行ってくる!」


「気をつけて!」


 セリナの声を背に受けながら、三騎は戦場へ向かって走り出した。


「騎士団長」


 セリナがオーギュストを見る。


「私も救護隊に入ります」


「姫様が?」


「そのために来ました」


「……助かります」


 オーギュストは深く頷いた。


「私は魔法師隊へ行きます」


 今度はセシリアが杖を手にする。


「分かりました。案内を!」


 こうして彼女たちも、それぞれの戦場へ向かった。


     ◇


 最前線では――。


「ほれ、ハク! 次じゃ!」


「ブモォォォォ――!」


 宗玄とハクが暴れ回っていた。


 大型の魔鋼虫にも匹敵する巨体を持つハクが、真正面から魔鋼虫へぶつかる。


 角で突き上げる。


 巨体で押し倒す。


 踏みつける。


 そして、その背では宗玄が剣を振るっていた。


「そこじゃ!」


 一閃。


 天羽々斬・影打ちから放たれた斬撃が大地を走り、数十匹の小型魔鋼虫をまとめて薙ぎ払った。


「おじいさま!」


「ん?」


 聞き慣れた声に、宗玄が空を見上げる。


 蒼姫の背に乗った明日華が飛んでいた。


「おお、明日華か!」


 宗玄の顔がほころぶ。


「元気にしておったか!」


「はい、おじいさま!」


「そうかそうか!」


 そう言いながら、宗玄はまた剣を振るう。


 斬撃が飛び、別の魔鋼虫が吹き飛んだ。


「宗玄殿!」


 今度は別の声。


「おお、暁殿か!」


 暁の背にはリーファが乗っている。


 宗玄は目を細めた。


「可愛らしい嬢ちゃんを乗せておるのう」


 リーファが少し身を乗り出す。


「リーファと申します。おじいさま」


「うむ!」


 宗玄は満足そうに頷いた。


「この害虫どもを、早いところ何とかせんとのう!」


 その間にもハクは止まらない。


「そりゃ、ハク! 次じゃ!」


「ブモォォォ!」


 すでに真っ白だった体毛は、魔鋼虫の青い体液を全身に浴びて大変な有り様になっていた。


「……ハク、あとで洗わんとのう」


「ブモォ!」


 そこへ。


「おじいちゃーん!」


「じぃじー!」


「おおっ!」


 宗玄が振り返る。


 結衣と真白を乗せた騎獣が、こちらへ向かって走ってきていた。


「結衣! 真白!」


 宗玄の顔が、戦っている時とは別人のように緩んだ。


「わしの可愛い孫たちが勢揃いじゃな!」


「おじいちゃん、その子なに?」


 結衣がハクを見上げる。


「そんなちっこいのに乗っておらんで、こっちへ乗れ!」


「うん!」


「真白も!」


「わーい!」


 二人は騎獣から飛び降りると、ひらりとハクの背へ飛び乗った。


 宗玄の後ろへ結衣。


 さらにその後ろへ真白。


「おっきいね!」


 真白が目を輝かせる。


「じぃじ、この子どうしたの?」


「うむ。拾った」


「そうかー」


 結衣も特に疑問を抱くことなく頷いた。


「名前は?」


「白と書いてハクじゃ」


「ハク?」


「うむ。今はこんなじゃがな」


 青い体液まみれのハクを見ながら宗玄は言う。


「真白と一緒で、もともとは真っ白な毛並みでの。それでハクじゃ」


「そっか!」


 真白がハクの背を撫でる。


「ハク、よろしくね!」


「ブモォォ!」


「喜んでる!」


「をぉー!」


 戦場とは思えないほど楽しそうだった。


     ◇


 その横へ、二騎の騎獣が駆けてきた。


「なんだい、ありゃ……」


 ライガが目を丸くする。


 ガルドもさすがに呆れたようにハクを見た。


「ありゃサンダーギアスだぞ」


「サンダーギアス?」


「災害級の魔獣だ」


「…………」


 その災害級の魔獣の上で、結衣と真白が楽しそうに手を振っている。


「ライガさーん!」


「結衣!」


 ライガが叫ぶ。


「誰だい、その爺さん!」


「おじいちゃん!」


 その瞬間。


 宗玄がまた剣を振った。


 飛ぶ斬撃。


 数匹の魔鋼虫がまとめて切り裂かれる。


「…………」


 ライガは黙った。


 ガルドも黙った。


 やがてガルドがぽつりと言う。


「いやいや……とんでもねえな」


「何がだい?」


「神代家って、どうなってんだ?」


「知らないよ!」


 その間にもハクは前へ進み続けている。


 ガルドは大剣を握り直した。


「まあ、俺たちも負けてらんねえな!」


「そうだね!」


 ライガが笑う。


 大型の棘鉄球鎖棍を振り回す。


「これが魔鋼虫かい!」


 遠心力を乗せた鉄球が、小型の魔鋼虫へ叩き込まれる。


 ドゴンッ!


 硬い甲殻ごと地面へ叩き潰された。


「硬いが――」


 ライガが獰猛に笑った。


「硬いだけだね!」


「はっ! 言うじゃねえか!」


 ガルドも大剣を振り下ろす。


 甲殻へ刃が食い込み、そのまま力任せに叩き切った。


「次ぃ!」


 ハクと宗玄。


 ガルド。


 ライガ。


 そしてアストレアの騎士たち。


 押されていた前線が、少しずつ前へ戻り始める。


     ◇


「いいですか!」


 魔法師隊では、セシリアが杖を構えていた。


「広範囲へ撃ってはいけません!」


 周囲の魔法師たちが彼女を見る。


「狙いを絞るのです。魔素を無駄に消費せず、一体ずつ確実に!」


 セシリアが杖を向ける。


「ファイヤー・ショット!」


 バシュッ!


 細く収束した炎が飛んだ。


 魔鋼虫の脚、その関節部分を正確に撃ち抜く。


 片側の脚を失った魔鋼虫が地面へ倒れた。


「今です!」


「おおっ!」


 待っていた騎獣隊が一斉に殺到する。


 特殊エストックが甲殻の隙間へ突き込まれた。


「倒したぞ!」


「次です!」


「さすがセシリア様!」


 魔法師たちも次々と狙いを定める。


 戦い方が変わる。


 ただ力をぶつけるのではない。


 魔法で動きを止め。


 騎士が仕留める。


 互いに補い合う戦いだった。


     ◇


 そのさらに後方。


「重傷の方はこちらへ!」


 セリナの声が響いていた。


 運び込まれてきた兵士の横へ膝をつく。


「大丈夫です」


 両手をかざす。


「ヒール」


 柔らかな光が傷口を包んだ。


「次の方を!」


「はい!」


 次。


 また次。


 負傷兵が途切れることなく運ばれてくる。


 それでもセリナは止まらなかった。


「姫様……」


 傷を癒された兵士が、呆然とセリナを見る。


「ありがとうございます……」


「まだ戦いは終わっていません。今は休んでください」


「癒やしの聖女様だ……」


 誰かが呟いた。


 その言葉が救護所の中に広がっていく。


「聖女様……」


「姫様が来てくださった」


 セリナは何も答えない。


 ただ、次の負傷者へ手を伸ばした。


 一人でも多く。


 一つでも多くの命を。


 それが彼女の戦いだった。


     ◇


 上空。


「ルカ! あいつだ!」


 透が指差した。


 魔鋼虫の群れの奥。


 ひときわ異質な個体がいる。


 その周囲には、飛行種をはじめ多くの魔鋼虫が集まっていた。


「あいつが指令獣だ!」


「はい!」


「でも、周りの奴らが邪魔だ。先に――」


「兄さま!」


 明日華の声が飛ぶ。


 蒼姫が透たちの横へ並んだ。


「私たちが露払いをします!」


「明日華!」


「その隙に行ってください!」


「分かった!」


「私もやります!」


 反対側から暁。


 その背にはリーファがいる。


「リーファ!」


「任せて!」


 二人が同時に弓を構えた。


 明日華の蒼天の弓。


 そしてリーファの弓。


「行きます!」


 矢が放たれる。


 一射。


 二射。


 三射。


 空を埋めようとしていた飛行種が、次々と射抜かれて落ちていく。


「蒼姫!」


「はい!」


「暁!」


「心得た!」


 二羽の八咫烏が翼を広げる。


 炎。


 法術によって生まれた炎が空を走った。


 指令獣へ続く道を塞いでいた魔鋼虫たちが、まとめて薙ぎ払われる。


「透様!」


「今だ!」


 ルカが翼を打った。


 一直線に指令獣へ向かう。


 距離が縮まる。


 透は天羽々斬へ手を掛けた。


 あと少し。


 その時だった。


 指令獣の頭部がこちらへ向いた。


「……!」


 口が開く。


 次の瞬間。


 液体が噴き出した。


「透様!」


 ルカが咄嗟に身体を捻った。


 直撃は避けた。


 だが――。


「うっ!」


「ルカ!」


 右の翼へ液体がかかった。


 ジュッ――。


 嫌な音がする。


 銀色の翼が焼けるように爛れていく。


「くっ……!」


 ルカの身体が大きく傾いた。


 その瞬間だった。


 透の中で――。


 何かが変わった。


 音が消えた。


 風も。


 叫び声も。


 魔鋼虫の動きも。


 すべてが――遅い。


 時間そのものが止まりかけているように見えた。


 ルカの翼を伝う液体。


 爛れていく鱗。


 苦痛に歪むルカの顔。


 それらすべてが、ゆっくりと透の目に映っていた。


 透は何も言わなかった。


 ただ。


 天羽々斬を抜く。


 ルカの背を蹴った。


 跳躍。


 指令獣との距離が、一瞬で消える。


 一閃。


 そして――。


 透は地上へ降り立った。


 天羽々斬を振り抜いた姿勢のまま、静かに残心する。


 ゆっくりと刀を鞘へ戻す。


 チン――。


 鍔鳴り。


 その音が響いた瞬間。


 指令獣の巨体が――斜めにずれた。


 上半分が滑る。


 そして、大地へ落ちた。


 ズズゥゥン――!


「ルカ!」


 透はすぐに振り返った。


 傷ついた翼では飛び続けられない。


 ルカが地上へ降りる。


 人の姿へ戻ると、その場に膝をついた。


 透が駆け寄る。


「ルカ! 大丈夫か!」


 ルカはうっすらと目を開いた。


「えへへ……」


 いつもの笑顔を浮かべる。


「大丈夫……だよ……」


 そのまま。


 こてん。


「ルカ!」


「任せよ!」


 暁が舞い降りた。


 すぐに法術を発動する。


 柔らかな光がルカの右腕から肩にかけてを包んでいく。


 酸による傷が少しずつ癒えていった。


「……大事ない」


「本当?」


「うむ。傷は深くない。竜化を解いたのも良かったのであろう」


「良かった……」


 透が大きく息を吐いた。


 その時だった。


「ぐぅぅぅ~~」


「…………」


 ルカのお腹が盛大に鳴った。


「むにゃ……」


「……ルカ?」


「お腹が……減ったぁ……」


「…………」


 眠っている。


 透はしばらくルカを見つめた。


「寝言は寝て言えっていうけど……」


 思わず苦笑する。


「本当に寝ながら言う奴、初めて見たよ」


     ◇


 少し離れた場所。


 宗玄はハクの背から、その一部始終を見ていた。


 後ろには結衣と真白。


「おじいちゃん、おにぃすごかったね!」


「うむ」


 宗玄が静かに頷く。


 先ほどまでの孫馬鹿な表情とは少し違っていた。


 剣士として。


 そして師として。


 透の一閃を見ていた。


「透のやつ……」


 口元がわずかに上がる。


「無の境地へ、手が届き始めたようじゃの」


「ブモォォ」


 ハクが答える。


「お主にも分かるか?」


「ブモォ!」


「そうかそうか!」


「じぃじ、ハクとお話できるの?」


「なんとなくじゃ!」


「すごーい!」


     ◇


 指令獣が倒れた。


 その影響はすぐに現れた。


 魔鋼虫の動きが乱れる。


 それまで一つの意思を持つかのように動いていた群れが、統制を失った。


「今だ!」


 オーギュストの声が戦場に響く。


「全軍反転! 押し返せ!」


「おおおおおおっ!」


 アストレア軍が前へ出る。


 今回は――逃がさない。


 一匹たりとも。


 ここで殲滅する。


 大型の魔鋼虫も、宗玄とハクを中心に次々と倒されていった。


 透もルカを安全な場所へ運んだ後、再び掃討戦へ加わった。


 結衣は二本のファルシオンを抜く。


「行くよ!」


 宗玄の見守る中、小型種へ駆け出した。


 右。


 左。


 二本の刃を使い、脚を切り、甲殻の隙間へ刃を滑り込ませる。


「ほう」


 宗玄が満足そうに目を細めた。


「結衣も神代の血を受け継いでおるということか」


 空では明日華と蒼姫。


 暁とリーファ。


 飛行種を一匹ずつ確実に仕留めていく。


 地上ではガルドとライガが暴れ回る。


 魔法師隊ではセシリアが指揮を執り。


 後方ではセリナが負傷者を癒やし続けた。


 それぞれが。


 それぞれの場所で。


 自分にできる戦いを続けた。


 やがて――。


 戦場から魔鋼虫の姿が消えていった。


     ◇


 上空を旋回していた魔導飛行船の中から、ノアが地上を見渡していた。


「ノアちゃん」


「うん」


「魔鋼虫は見えますか?」


 ノアはしばらく周囲を見回す。


 岩陰。


 谷間。


 隠れている個体がいないか、目を凝らす。


 そして。


「ううん」


 首を振った。


「この辺には、一匹もいないよ」


「そうですか」


 隆志がゆっくりと高度を下げる。


「終わったみたいですね」


     ◇


 戦場を、一人の少年が歩いていた。


 背中にはルカを背負っている。


 透だった。


 眠っているルカの腕が、透の首へ回されている。


「むにゃ……」


「…………」


「おいしい……」


「何食べてるんだよ」


「透様……おかわり……」


「長いな、寝言……」


 透は苦笑した。


 だが。


 少しだけ表情が曇る。


 右腕には治癒の跡が残っている。


 自分を乗せていたために、ルカは傷ついた。


 あの時。


 もっと早く気づいていれば。


 もっと早く動けていれば。


 傷つけずに済んだかもしれない。


「……ごめんな」


 小さく呟く。


 だが背中から返ってきたのは。


「むにゃ……おにぎり……」


「…………」


 透は思わず笑った。


「帰ったらいっぱい食べような」


     ◇


 やがて、魔導飛行船がゆっくりと戦場へ着陸した。


 機関音が低くなり、後部ハッチが開く。


 隆志が降りてくる。


 周囲を確認した後、救護所へ向かった。


 そこには、最後の負傷者を治療しているセリナがいた。


「セリナさん」


 セリナが振り返る。


「隆志様」


 隆志は穏やかに微笑んだ。


「確認が取れました」


 一度、戦場を見る。


「このあたりの魔鋼虫の殲滅は完了です」


「……そうですか」


 セリナは目を閉じた。


 そして。


 ゆっくりと息を吐いた。


「よかった……」


 その一言に、すべてが込められていた。


 こうして――。


 アストレアへ迫っていた魔鋼虫の群れの殆どが討ち取られた。


 多くの者が力を合わせ。


 それぞれにできることを尽くし。


 絶望から始まった戦いは――。


 人々の勝利で幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。