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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第三十三話 絶望と希望

 土煙が戦場を覆っていた。


 人の怒号。

 魔鋼虫の鳴き声。

 魔法が炸裂する音。

 バリスタの弦が弾ける音。


 すでに戦場は、敵味方が入り乱れる乱戦となっている。


 それでもアストレア軍は崩れていなかった。


 訓練してきた戦い方は通用している。

 小型種ならば倒せる。

 飛行種にも対処できる。


 犠牲を出さずに済む戦いではない。


 それでも――戦える。


 そう思い始めた、その時だった。


 ドン――。


 地面が揺れた。


 土煙の向こう。

 巨大な影が動いた。


「……来るぞ!」


 兵士の一人が叫ぶ。


 やがて、煙の中からその姿が見え始めた。


「なんだ……あれは……」


 一体ではない。


 二体。

 三体。


 さらにその後ろからも姿を現す。


「十……いや……」


 数えることすら難しい。

 十数体はいる。


 これまで相手にしていた魔鋼虫とは明らかに違う、巨大な個体。


 分厚い甲殻。

 大地を踏み砕く脚。


 小型種を押し退けるように、ゆっくりと前進してくる。


 オーギュストが即座に叫んだ。


「バリスタ隊!」


「はっ!」


「大型を狙え! まだ距離があるうちに止めろ!」


「了解!」


 バリスタが一斉に向きを変える。


「放て!」


 ドンッ!

 ドンッ!

 ドンッ!


 太い矢が大型個体へ向かって飛んだ。


 命中。


 続けて何本もの矢が甲殻へ叩きつけられる。


「魔導爆裂砲!」


「照準、大型種!」


「撃て!」


 轟音。


 光が走った。

 次々と大型個体へ直撃する。


 爆発。


 土煙が巻き上がり、その姿を覆い隠した。


「……やったか?」


 誰かが呟いた。


 兵士たちが煙の向こうを見つめる。


 やがて――。


 ドン。


 音がした。


 ドン。


 再び、大地が揺れる。


 オーギュストの表情が変わった。


「まさか……」


 土煙の中から、巨大な影が現れた。


 一体。


 その後ろからもう一体。


 さらに一体。


 止まっていない。


「無傷……?」


 兵士の声が震えた。


 バリスタの矢は弾かれている。

 魔導爆裂砲を受けた甲殻にも、わずかな傷しか見えない。


 十数体の大型個体が、何事もなかったかのように前進を続けていた。


 オーギュストは考える。


 どうする。


 何を使えば、あれを倒せる。


 バリスタは駄目だ。

 魔導爆裂砲も通用しない。


 特殊エストック――。


 いや。


 そもそも、あの巨体へ接近できるのか。


 転倒装置。


 無理だ。


 小型種を想定して作ったものでは、あれほどの巨体をひっくり返すことなどできない。


 魔法は。


 今ここで大規模な魔法を使えば、周囲の魔素を大量に消費する。

 味方まで動けなくなる。


 ならば――。


「……くそっ」


 答えがない。


 今のアストレア軍には、あれを倒すための――決定的な力がない。


 ふと、一人の少年の姿が脳裏をよぎった。


 神代透。


 あの少年なら。

 あの剣ならば――。


 そこまで考えて、オーギュストは首を振った。


 いない者を頼ってどうする。


 今、この場にいる兵を生きて帰すこと。

 それが自分の役目だ。


 大型個体は、すでに前線が見えるところまで迫っていた。


 その一体が大きく身体を持ち上げる。


「グアアアアアアア――ッ!」


 空気が震えた。


 腹の底まで響く雄叫び。


 それだけで、最前列の兵士たちが思わず足を止めた。


「う……」


「なんだよ、あれ……」


「こんなの……どうやって……」


 先ほどまであった勢いが消える。


 勝てる。


 そう思い始めていた兵士たちの心へ、恐怖が入り込んでいく。


 さらに大型個体が一歩進んだ。


 ドン――!


 地面が揺れる。


 オーギュストは決断した。


「撤退――!」


 一瞬、周囲の兵士たちが耳を疑った。


 オーギュストはもう一度叫ぶ。


「全軍、撤退! 一旦下がれ!」


「騎士団長!」


「聞こえなかったか! 下がれ!」


 勝てない。


 少なくとも、今ここでは。


 ならば兵を失う前に退く。


 それが、今の自分にできることだった。


「防御部隊は結界を維持!」


「騎獣隊! 前線の兵を回収しろ!」


「救護部隊を先に下げろ!」


「バリスタ隊、牽制を続けながら後退!」


 命令が次々と飛ぶ。


 兵たちが動き始める。


 撤退は敗北ではない。


 生きて戻れば、もう一度戦える。


 だが――。


 オーギュストには分かっていた。


 このままでは、いずれ追いつかれる。


 そしてもう一つ。


 本来ならば、ここで合流するはずだった援軍。


 三百のエルフたち。


 彼らと合流する前に魔鋼虫と接敵してしまった。


 それもまた、大きな誤算だった。


 オーギュストは迫る大型種を睨みつける。


 十数体。


 その後ろには、なお無数の小型種。

 空には飛行種。


 ここで全軍を失うわけにはいかない。


「急げ! 隊列を崩すな!」


 兵士たちが後退を始める。


 大型の魔鋼虫は、それを追うように歩みを速めた。


 ドン。

 ドン。

 ドン。


 その足音が。


 少しずつ。


 確実に。


 近づいてきていた。



      ◇



 ――アストレア軍が魔鋼虫と接敵する、少し前。


 グランドワイズ関門。


 いつものように兵士たちが街道を行き交う人々を確認していた、その時だった。


「……ん?」


 一人の兵士が目を細めた。


 遠くから、何かがやって来る。


 最初に聞こえたのは音だった。


 ドドドドドドドド――!


「なんだ?」


「騎獣か?」


 いや。


 そんなものではない。


 地面が揺れている。


 街道の向こうから、土煙を巻き上げながら巨大な白い何かが猛然とこちらへ向かってくる。


「で、でかいぞ!」


「なんだ、あれ!」


 やがて、その姿がはっきりと見えた。


 真っ白な巨体。

 巨大な頭部。

 そこから伸びる三本の角。


 そして、その背には――。


 一人の老人が乗っていた。


「関門だぞ!」


「止まれ!」


 兵士たちが慌てて街道へ出る。


「と、と、と、止まれぇぇぇ――!」


「はぁ?」


 老人――宗玄が前を見る。


「なんじゃ?」


 だが。


 白は止まらない。


 ドドドドドドドド――!


「うわああああ!」


「避けろ!」


 兵士たちが左右へ飛び退いた。


 その間を、白い巨獣が猛烈な速度で駆け抜けていく。


 ドドドドドドド――!


 宗玄はちらりと後ろを振り返った。


「すまんのう!」


 それだけ言うと、すぐに前を向く。


「ほれ、ハク! もう少し急げ!」


「ブオオオオッ!」


 白――ハクが雄叫びを上げ、さらに速度を上げた。


 宗玄には急ぐ理由があった。


「早う行かんとのう」


 透たちは、もう先へ行っているはずだ。


 そして何より――。


「真白たちが待っておるからの」


 じいじとして。


 孫達を待たせるわけにはいかない。


「行くぞ、ハク!」


「ブオオオ!」


 ドドドドドドドド――!


 白い巨獣は、そのまま荒れ地の彼方へと消えていった。


 あとに残されたのは、舞い上がる大量の土煙と――。


 呆然とする関門の兵士たちだけだった。


「…………」


「…………」


 しばらくして、一人がぽつりと呟く。


「なんだったんだ……今の」


 隣の兵士が、土煙の消えていった方向を見つめる。


「……三角竜サンダーギアス、だよな?」


「白かったぞ」


「人、乗ってたよな?」


「爺さんだったな……」


「…………」


 再び沈黙。


「報告……するか?」


「……何て?」


「知らん」


 因みに三角竜サンダーギアスとは、S級魔獣である。


 草食ではあるが、興奮するとその三本の角から雷撃を放ち、街一つを壊滅させることができる。


 災害級に指定されている魔獣である。



      ◇



 その時。


「まずい!」


 戦線の一部が乱れた。


 小型種への牽制に手間取った部隊が、後退のタイミングを逃したのだ。


 大型の魔鋼虫が迫る。


「下がれ! 早く!」


 だが間に合わない。


 巨大な脚が持ち上がった。


 兵士たちをまとめて踏み潰そうとしている。


「くっ……!」


 オーギュストが騎獣の向きを変えようとした、その時だった。


 後方から――。


 ドドドドドドドドド――!


 巨大な足音が聞こえてきた。


「なに……?」


 振り返る。


 地面が揺れている。


 しかも、凄まじい速度で何かが近づいてくる。


 オーギュストの額を、一筋の汗が流れた。


「……挟まれたか」


 もし後ろからも魔獣が来たのであれば、逃げ道がなくなる。


 だが。


「なんだなんだぁ!」


 聞こえてきたのは、妙に元気な老人の声だった。


「あっぶねぇのう!」


 ドドドドドドドド――!


「どいてくれぇぇぇ――!」


「なっ……!」


 兵士たちが慌てて左右へ飛び退く。


 土煙の中から飛び出してきたのは――巨大な白い魔獣だった。


 全身を真っ白な体毛に覆われた巨体。


 頭部には三本の巨大な角。


 災害級の魔獣。


 サンダーギアス。


 その背には、一人の老人が跨っていた。


 銀髪。

 奇妙な装束。

 腰には剣。


「誰だ……?」


 オーギュストがそう口にした時には、白い巨獣はすでに彼らの横を駆け抜けていた。


「ハク!」


 老人――宗玄が叫ぶ。


「そのまま行けぇ!」


「ブオオオオオオッ!」


 ハクが咆哮した。


 大型の魔鋼虫が迫っていた。


 だが、ハクは止まらない。


 真正面から突っ込む。


「お、おい!」


 オーギュストが思わず声を上げる。


 激突。


 ドゴオオオオン――!


 凄まじい音が戦場に響いた。


 大型の魔鋼虫の巨体が大きく横へ弾かれた。


「な……」


 兵士たちが口を開けたまま固まる。


 バリスタでも止まらなかった。


 魔導爆裂砲でも止められなかった。


 それを、白い三角竜が体当たりで吹き飛ばした。


「ほいっと」


 宗玄の手が腰へ伸びる。


 剣が抜かれた。


 一閃。


 大型種の脚へ鋭い斬撃が走った。


 巨体が傾く。


「邪魔じゃ!」


 そのままハクが駆け抜ける。


「……なんなんだ、あれは」


 オーギュストは呆然とした。


 白い三角竜。


 その上に銀髪の老人。


 大型の魔鋼虫へ躊躇なく突っ込んでいった。


 状況を理解しようとする。


 しかし。


「団長!」


 今度は別の兵士が空を指差していた。


「西の空!」


「今度は何だ!」


 半ばやけくそになりながら、オーギュストは西の空を見上げた。


「…………」


 何かが飛んでいる。


 鳥ではない。


 飛行種でもない。


 ましてや、見たことのある魔獣でもない。


 巨大な物体。


 船。


 そう呼ぶしかない形をしたものが、空を飛んでいた。


「あれは……」


 オーギュストの口が開く。


「なんだ……?」


 周囲の兵士たちも、次々と空を見上げる。


 見たこともない飛行物体が、凄まじい速度で戦場へ近づいてくる。


 そして。


 その腹部が開いた。


「……開いた?」


 次の瞬間。


 そこから何かが飛び出した。


「なっ――」


 巨大な翼。

 長い尾。

 青みがかった銀色の身体。


 空を舞う、その姿。


「ドラゴン……?」


 誰かが呟いた。


 おとぎ話の中でしか聞いたことのない存在。


 ドラゴン。


 しかも。


 その背に誰かが乗っている。


 オーギュストは目を凝らした。


「…………まさか」


 見覚えがあった。


 あの姿。


 あの剣。


「神代……透?」


 間違いない。


 ドラゴンの背に跨っているのは、神代透だった。


「ルカ! 前へ!」


「はいっ、透様!」


 銀色の竜――ルカが翼を大きく打った。


 一気に高度を下げる。


 戦場へ。


 大型の魔鋼虫たちへ向かって。


「…………」


 オーギュストは、しばらく何も言えなかった。


 地上では。


 白い三角竜に乗った銀髪の老人が、大型の魔鋼虫へ突撃している。


 空には。


 見たこともない巨大な飛行船。


 そこから、おとぎ話に出てくるドラゴンが飛び出してきた。


 そして。


 その背には神代透が乗っている。


「……なんだ、これは」


 意味が分からない。


 我々は助かったのか。


 いったい何が起きている。


 あの老人は誰だ。


 あの白い魔獣は何だ。


 なぜ船が空を飛んでいる。


 なぜドラゴンがいる。


 なぜ神代透がその背に乗っている。


 考えた。


 オーギュストは一生懸命考えた。


 そして――。


「……もういい」


 考えるのをやめた。


 理解できないものは仕方がない。


 少なくとも。


 一つだけ分かる。


 彼らは――味方だ。


「神代殿だ!」


 誰かが叫んだ。


「神代殿が来たぞ!」


「援軍だ!」


「助かった!」


 戦場の至るところから歓声が上がった。


「うおおおおおお!」


「まだ戦えるぞ!」


「押し返せ!」


「アストレアを守れぇ!」


 絶望に沈みかけていた兵士たちの顔に、再び光が戻っていく。


 逃げるだけではない。


 まだ戦える。


 まだ守れる。


 絶望の中へ――。


 希望がやって来た。


 地上を爆走する、白い巨獣とともに。


 そして。


 空を駆ける銀色の竜とともに。


 ただ――。


 歓喜に沸く兵士たちの中で。


 オーギュストだけは、しばらく呆然と空を見上げていた。


「…………」


 白い三角竜。


 謎の老人。


 空飛ぶ船。


 ドラゴン。


 神代透。


「……本当に、何が起きているんだ……」


 戦場は歓喜に包まれていたが――。


 騎士団長オーギュストの頭の中だけは、完全に混乱していた。

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