第三十一話 出撃
魔導飛行船の船内では、持ち帰った資料を皆で整理しながら、少しずつ検証が進められていた。
操縦系統。
機関部。
船内設備。
そして、まだ用途の分からない魔導装置の数々。
誰もが手分けして資料を確認していた、その時だった。
「セリナ!」
慌ただしく飛び込んできたモモの声に、セリナが顔を上げる。
「アストレアから! 魔鋼虫との戦闘を開始するって!」
「……戦闘を?」
船内の空気が一変した。
「国王からだった。魔鋼虫の群れがアストレアに向かって移動を始めたから、エルフたちと合流して、大地溝帯の荒れ地で迎え撃つって」
今回は、それだけの報告だった。
アストレアまでは距離がある。
そのため、いくつものピクシーの里を経由して伝えられてきた連絡らしい。
まだピクシーネットワークは十分に整備されているとは言えず、遠距離になるほど伝えられる情報量も限られる。
今後、改善しなければならない課題の一つだった。
だが――今は、それよりも。
隆志が静かに立ち上がった。
「行きましょう」
皆の視線が集まる。
「アストレアが戦うのであれば、僕たちの力も必要でしょう」
「そうじゃな」
ノーノーも迷うことなく頷いた。
透が工房長へ振り返る。
「工房長、この船……行けますか?」
工房長は少し考え、やがて大きく息を吐いた。
「何とかなるでしょう」
そして後ろにいた数人のドワーフへ目を向ける。
「念のため、機関士を何人か乗せます。それと――こいつも連れていってください」
「こいつじゃないよ!」
一人の小柄なドワーフが前へ出た。
「僕はパルムです」
「こいつはわしの孫でな。里でも一、二を争う魔導技術者じゃ」
「へえ……」
透は思わずパルムを見る。
「よろしく、パルムさん」
「うん。よろしく」
その返事を聞いた瞬間。
透の胸の中に、喜びが込み上げた。
――おお。
――ついに。
――やっと男の仲間が増えた……!
「あの、あにさま」
隣から明日華の声がする。
「ん?」
「パルムちゃんは女の子ですよ」
「…………え?」
透はゆっくりとパルムを見る。
「だって……僕って」
「女の子です」
明日華がきっぱりと言った。
「…………」
透は肩を落とした。
――なんだろう。
――この感じ。
――前にもあったような……。
「デジャブった……」
「?」
事情の分からないパルムだけが首を傾げていた。
「さぁ、行こうぜ!」
そんな空気を吹き飛ばすように、ガルドが大声を上げた。
「退屈とはおさらばだな!」
「おうよ!」
隣ではライガも拳を打ち合わせている。
二人とも完全に戦う気満々だった。
こうして出撃の準備は、慌ただしく進められていった。
◇
「操縦は僕がやりましょう」
操縦席へ座った隆志が言った。
「基本的な操作については、先ほど一通り見せていただきましたから」
「では、私が副操縦席に入りますね」
美琴が隣の席へ座る。
それぞれが指定された席につき、船内の扉が閉じられていく。
機関室ではドワーフの機関士たちとパルムが、最後の確認を行っていた。
隆志が操縦桿へ手を置く。
「では――行きます」
スロットルをゆっくりと操作する。
低い振動とともに船体が浮かび上がった。
「おおお……!」
誰ともなく声が上がる。
巨大な船体が、ゆっくりと地面から離れていく。
やがて魔導高速飛行船はドワーフの里を抜け、そのまま上昇を開始した。
「意外と揺れないな」
ガルドが感心したように周囲を見回す。
「すごい……!」
結衣も窓へ張り付くように外を眺めている。
普段から空を飛ぶこと自体には慣れている結衣たちでさえ、巨大な船が空を進む光景には感動を隠せなかった。
「方角は?」
隆志が尋ねる。
美琴は資料と計器を見比べる。
「先ほどの資料を見る限り……これが方位を示す装置のようですね」
丸い盤面の上で、光の針が揺れている。
「もう少し南へ向けてください。そこから、ほぼ真っ直ぐです」
「分かりました」
船はゆっくりと針路を変えた。
眼下には山々が広がっている。
その景色が、少しずつ後方へ流れていった。
◇
一方、機関室。
パルムは計器を睨みながら首を傾げていた。
「……おかしいですね」
「どうした?」
機関士の一人が尋ねる。
「もっと速度が出るはずなんです」
現在の速度は、およそ時速二百キロ。
十分に速い。
だが、資料に記されていた性能には届いていなかった。
パルムは機関部の周囲を歩き回る。
「えっと……ここじゃなくて……」
ガチャ。
ガチャガチャ。
「あ」
一本の操作レバーを見つけた。
「これですね」
パルムは目を輝かせる。
「このギアを――こっちへ」
ガコン。
機関音が変わった。
パルムはすぐに艦内連絡管を手に取った。
「隆志さん!」
『はい』
「もう少しスロットルを上げてみてください!」
『分かりました』
操縦席で、隆志がゆっくりとスロットルを引く。
直後。
船体の奥から響いていた機関音が、一段高くなった。
「お……?」
窓の外を流れていく景色が、一気に速くなる。
速度計の数字が上がっていく。
二百。
二百五十。
三百。
そして――。
「三百キロ……」
美琴が目を見開いた。
なおも船体には大きな揺れはない。
「すごいですね……」
セリナが窓の外を見つめた。
だが、その表情には喜びよりも不安が浮かんでいた。
「これなら……戦闘に間に合いそうですか?」
隆志は速度計と航路を確認する。
「この速度を維持できれば、五、六時間ほどでしょう」
そしてセリナへ穏やかに笑った。
「十分、間に合いますよ」
「……はい」
セリナは胸元で手を握った。
故郷では、すでに戦いが始まろうとしている。
間に合ってほしい。
一人でも多く。
助けられるように。
隆志はしばらく前方を見つめたあと、美琴へ声をかけた。
「美琴さん、操縦を代わってもらえますか?」
「ええ、分かりました」
「僕は皆と、到着後の方針を決めておきます」
隆志が席を立ち、美琴が操縦席へ移る。
魔導飛行船はさらに速度を上げながら、一路アストレアへ向かって飛び続けていた。
その先で――。
すでに人類と魔鋼虫との新たな戦いが始まろうとしていた。
◇
その頃――。
グランドワイズを抜けたアストレア軍は、北西へと進路を取り、大地溝帯を目指して進軍していた。
先頭を進むのは、騎士団長オーギュストをはじめとする騎士団の精鋭たち。
その傍らには魔法師部隊の指揮官たちが並び、周囲を警戒しながら歩を進めている。
その後方には主力部隊。
さらに支援部隊、救護部隊、輜重部隊が続く。
総勢、およそ二千。
現在のアストレアが動かせる戦力を集めた、大部隊であった。
彼らが目指しているのは、大地溝帯にほど近い荒れ地。
そこでエルフから派遣された三百名の援軍と合流し、アストレアへ向かって移動を続ける魔鋼虫の群れを迎え撃つことになっていた。
だが、今回のアストレア軍は、以前の戦いとは違う。
魔鋼虫との戦いを経験し、その恐ろしさを知った。
そして、生き残ったからこそ得られたものがある。
情報だった。
先頭近くには、魔法師を中心とした防御部隊が配置されている。
その役目は、飛行種への備え。
前回の戦いでは、上空から襲いかかる飛行種によって部隊が混乱させられた。
今回は違う。
飛行種を確認した場合、即座に複数の魔法師が結界を展開し、上空からの攻撃を防ぐ。
その内側には、対魔鋼虫用に用意された兵器部隊が続いていた。
車輪のついた台座に固定された、移動型の小型バリスタ。
通常の矢では傷一つ付けることの難しい魔鋼虫の甲殻を撃ち抜くため、威力を重視して作られたものだ。
さらに――。
魔導爆裂砲改。
これまで得られた魔鋼虫の情報をもとに改良された魔導兵器も、複数が運び込まれている。
まず遠距離から、その二つで敵の勢いを削る。
そこを突破してきた魔鋼虫には、騎士団を中心とした主力が当たる。
その手に握られているのは、魔鋼虫の甲殻を貫くために作られた特殊エストック。
斬るのではない。
硬い甲殻の継ぎ目を狙い、一点を貫く。
魔鋼虫という敵に合わせ、戦い方そのものを変えたのである。
そして、その後方には奇妙な機械が何台も並んでいた。
大きな金属製の腕を持った、今回初めて実戦投入される装置だった。
目的はただ一つ。
魔鋼虫を――ひっくり返す。
どれほど強固な甲殻を持っていても、腹側まで同じとは限らない。
ならば、強引に転倒させて弱点をさらけ出させればいい。
単純な発想だった。
だが、その単純さゆえに有効な可能性があった。
転倒した個体には、特殊エストックを装備した部隊が一斉に襲いかかる。
さらに、その後ろには魔法師部隊。
使用するのは、ファイヤー・バレット。
ただし、以前のように広範囲へ放つことはしない。
効果範囲を意図的に狭め、威力を集中させる。
周囲の魔素を必要以上に消費せず、確実に敵一体、あるいは少数を仕留めるための戦い方だった。
そして両翼。
そこには騎獣に跨った機動部隊が展開している。
正面から敵を受け止めるのではない。
戦場を駆け回り、突出した個体を狙い、味方が崩れそうな場所へ急行する。
必要ならば敵の側面へ回り込み、注意を引きつける。
攻撃。
防御。
支援。
救護。
そして機動。
これまで得られた魔鋼虫との戦闘記録をもとに、可能な限り役割を分担した。
これが――。
今のアストレアが用意できる、総力だった。
騎士団長オーギュストは騎獣の上から、長く続く隊列を振り返った。
二千の兵。
その後ろには、彼らが守るべき国がある。
家族がいる。
子供たちがいる。
そして前方には――。
かつて人類を滅亡寸前まで追い込んだ敵がいる。
オーギュストは再び前を向いた。
「進め!」
号令が響く。
アストレア軍は歩みを止めない。
決戦の地――大地溝帯へ。
人類はもう、ただ襲われるだけではなかった。




