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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第十話 災厄迫る

 グランドワイズ渓谷の古い遺跡を出た後、一行は周辺に残っていた魔物を討伐しながら帰路についた。


 遺跡の奥で見つけた石塔。


 そこに刻まれていた文字。


 出雲神代大社。


 その言葉が、透の頭から離れなかった。


 この世界にあるはずのない日本語。


 しかも、神代という名まで含まれている。


 偶然。


 そう片付けるには、あまりにも出来過ぎていた。


「透」


 前を歩くガルドが声を掛ける。


「ぼうっとするな。足元を見ろ」


「あ、すみません」


 透は我に返った。


 渓谷沿いの道は狭く、片側は切り立った崖になっている。


 足を踏み外せば無事では済まない。


「考え事か?」


「少し」


「遺跡の文字か」


 ガルドの問いに、透は頷いた。


「あれは俺の世界の文字です」


「そうか」


 ガルドは短く答えた。


 それ以上、余計なことは聞かなかった。


 武骨だが、気遣いのできる男だった。


 王都へ戻る途中にも、魔物は何度か姿を見せた。


 小型の獣型魔物。


 硬い甲殻を持つ虫に似た魔物。


 空を飛ばない鳥型の魔物。


 いずれも危険ではあったが、ガルドとセリナがいれば対応は難しくなかった。


 そして、透もまた戦った。


 天羽乃斬は抜かず、ギルドから借りた片刃剣を使う。


 見える線をなぞる。


 ただそれだけで、魔物は確実に倒れた。


 ガルドはそのたびに眉をひそめる。


「便利な目だな」


「便利と言っていいのか分かりません」


「少なくとも戦場では役に立つ」


 ガルドは倒れた魔物の胸部を裂き、拳ほどの結晶を取り出した。


 淡く光るそれを、透は不思議そうに見つめる。


「それが魔核ですか?」


「ああ」


 ガルドは頷いた。


「魔物の魔核はギルドが買い取る。魔導具の燃料にもなるし、加工すれば武具や薬にも使える」


 セリナが補足する。


「大きさや純度によって値段は変わります。魔物討伐が冒険者の主要な収入源である理由ですね」


「なるほど……」


「もちろん、毛皮、牙、骨、甲殻、肉なども買い取り対象になります」


 セリナが言う。


「薬草採取や素材採取の常時依頼もあります。危険の少ない依頼も多いので、新人冒険者はそうした仕事から始めることが多いです」


「つまり、働き口はあるわけですね」


「はい」


 セリナは微笑んだ。


「透さんの食い扶持は、十分に確保できると思います」


 それは妙に現実的な言い方だった。


 透は苦笑する。


 異世界に来た。


 魔法がある。


 エルフやドワーフがいる。


 自分の身体は変質し、謎の線まで見える。


 それでも、生きていくには食べなければならない。


 食べるには働かなければならない。


 そこだけは、どの世界でも同じらしかった。


 ◇◇◇


 王都アストリアへ戻った一行は、まず冒険者ギルドへ向かった。


 依頼の完了報告。


 討伐した魔物の魔核と素材の買い取り。


 遺跡内部の簡単な調査報告。


 受付の職員たちは手際よく素材を確認していく。


 透にとっては初めての報酬だった。


 革袋に入った硬貨を受け取った時、少しだけ胸の奥が温かくなる。


「これが、俺の稼ぎ……」


 思わず呟く。


「そうだ」


 ガルドが笑った。


「冒険者としての初報酬だな」


 透は革袋を見つめた。


 金額の価値はまだよく分からない。


 だが、自分の力で得たものだという実感はあった。


「これなら、少しは自分でやっていけそうです」


「少しどころではないと思いますよ」


 セリナが静かに言った。


「透さんの戦闘能力であれば、討伐依頼には困らないでしょう」


「買いかぶりすぎです」


「いいえ。事実です」


 その言葉には、聖女としての冷静な判断があった。


 その後、ギルド長バルドの部屋へ呼ばれた。


 バルドは机の向こうで腕を組み、ガルドからの報告を聞いていた。


「遺跡最奥の大型魔獣を討伐。同行者に大きな負傷なし。新人のトオルが複数の魔物を単独で処理。しかも妙な斬撃で急所を正確に断った、か」


 バルドは透を見た。


「本当に新人か?」


「登録は昨日です」


「そういう意味じゃねえ」


 バルドは頭を掻いた。


「オーギュストから聞いてはいたが、どうやら大げさではなかったらしいな」


 透は困ったように笑うしかない。


「ただ、無理はするな」


 バルドの声が少し低くなった。


「力がある奴ほど、最初に自分の限界を見誤る。冒険者で一番多い死因は慢心だ」


「はい」


 透は素直に頷いた。


 宗玄にも似たようなことを何度も言われていた。


 強さに酔うな。


 生きて帰ることを第一に考えろ。


 その教えは、この世界でも変わらない。


「で、遺跡の件だが」


 バルドは報告書へ目を落とした。


「文字が一つ見つかっただけか」


「はい」


 セリナが答える。


「内部は湿気が多く、劣化が激しく進んでいました。壁面の紋様もほとんど読み取れません」


「古い祭祀施設か。まあ、そんなもんだろうな」


 バルドは書類に印を押す。


「一応、ギルドからも調査隊を出す。ただし、今は関門の件で人手が足りねえ。すぐには無理だ」


 関門。


 その言葉に、セリナの表情がわずかに曇った。


 透はそれに気付いたが、今は深く聞かなかった。


 ◇◇◇


 その夜。


 透は王城へ戻り、セリナとノーノーに遺跡の石塔について尋ねた。


 場所は東棟の一室。


 机の上には、透が描いた文字の写しが置かれている。


 出雲神代大社。


 ノーノーは丸眼鏡を掛け直し、その文字をじっと見つめていた。


「ふむ」


「読めますか?」


「読めん」


 即答だった。


「じゃが、おぬしには読めるのじゃな」


「はい。俺の世界の文字です」


 透は指で文字をなぞる。


「出雲神代大社。俺の国にある地名と、俺の家の名前が含まれています」


「イズモ……」


 セリナが小さく呟いた。


「何か心当たりがあるんですか?」


「この地方には、古い時代の名として、IZUMOという呼称が残っています」


 透の胸が跳ねた。


「IZUMO……?」


「はい。ですが現在の国名ではありません。アストレア王国がこの地へ移り住むより以前、古い地図にそう記されていたのです」


「古い地図?」


 ノーノーが頷く。


「エルフ族の古地図じゃ。あやつらは寿命が長い。千年を生きる者もいる。そのため古い記録の保存に関しては、人族より遥かに優れておる」


「そこに、この地方がIZUMOと?」


「そうじゃ」


 ノーノーは机の上に別の古い地図を広げた。


 王城の資料庫から持ち出してきたものらしい。


 羊皮紙のような地図には、この世界の地名が細かく記されている。


 その極東。


 現在のアストレア王国がある一帯。


 そこに確かに、見慣れない文字でIZUMOと書かれていた。


「出雲……」


 透は呟いた。


 日本の出雲。


 神代神社の本宮。


 そしてこの世界のIZUMO。


 偶然。


 そう言うには、また一つ重なり過ぎた。


「アストレアの民がこの地へ移ってきた時、先住民はいなかったと伝わっています」


 セリナが説明する。


「古い遺跡は点在していましたが、人が住んでいた痕跡はほとんどありませんでした」


「では、その出雲神代大社という場所も、何のためにあったのか分からないと」


「はい」


「おぬしの世界の文字と同じものは、他の地域では発見されておらん」


 ノーノーが言う。


「今のところ、その遺跡だけじゃ」


 透は黙り込んだ。


 分かったことは少ない。


 むしろ、謎は増えた。


 この世界は本当に自分とは無関係なのか。


 なぜ日本語があるのか。


 なぜIZUMOという名が残っているのか。


 なぜ自分はここへ来たのか。


 答えは出ない。


 だが少なくとも、この世界と自分の世界の間に、何らかの繋がりがある。


 透はそう感じていた。


 ◇◇◇


 数日後。


 透は王城を出ることにした。


 もちろん、アストレア王国の保護を拒むわけではない。


 セリナやノーノーの協力も必要だ。


 だが、いつまでも王城の客室で世話になるわけにはいかなかった。


「住む場所を探したいんです」


 透がそう切り出すと、ノーノーはすぐに頷いた。


「ならば、ちょうど良い家がある」


「ちょうど良い家?」


「うむ。わしの知り合いの持ち家でな。王都の東区にある」


 そうして紹介された家は、透の想像より遥かに大きかった。


 庭付き。


 二階建て。


 部屋数多数。


 小さな倉庫と、鍛錬に使えそうな広い裏庭まである。


「広すぎませんか?」


「気にするな」


「家賃は?」


 ノーノーが提示した額は、明らかに安かった。


「安すぎませんか?」


「気にするな」


「気になります」


「知人価格じゃ」


 透は不安になったが、背に腹は代えられない。


 冒険者としての収入も入った。


 王城に居続けるよりは、自分の生活の場を持つ方が良い。


「では、お借りします」


「うむ」


 ノーノーは満足そうに頷いた。


 だが、問題はその後だった。


 引っ越し初日。


 荷物といっても、透の私物はほとんどない。


 天羽乃斬。


 借り受けた衣服。


 簡単な日用品。


 それだけだった。


 だから準備はすぐに終わるはずだった。


「邪魔するぞ」


 最初に現れたのはガルドだった。


 大きな荷袋を背負っている。


「ガルドさん?」


「近くに用があった」


「その荷物は?」


「寝袋だ」


「泊まる気ですか?」


「広い家だろう」


 答えになっていなかった。


 

 さらにノーノーは最初から住む気だった。


「わしの研究部屋はどこじゃ?」


「ありません」


「では作ろう」


「作らないでください」


 そして夕方。


 最後に扉を叩いたのはセリナだった。


「お邪魔します」


「王女様まで……」


 透は額に手を当てた。


「どうして皆さん来るんですか」


 セリナは少し困ったように微笑む。


「その……様子を見に」


 エリシアが横から言う。


「ついでに夕食も」


「本音が出ましたね」


 結局、その夜の台所に立ったのは透だった。


 王都で買った肉と野菜。


 香草。


 固いパン。


 鍋。


 使い慣れない調理器具に少し戸惑いながらも、透は簡単な煮込みを作った。


 ガルドは無言で三杯食べた。


 ノーノーは味について長々と分析したうえで、さらにおかわりした。


 セリナは上品に食べながらも、明らかに嬉しそうだった。


「美味しいです」


「ありがとうございます」


「透さんは料理人にもなれそうですね」


「俺は冒険者になったはずなんですが」


 皆が笑った。


 透もつられて笑う。


 知らない世界。


 知らない家。


 けれど、不思議とその食卓には温かさがあった。


 神代家とは違う。


 だが、これはこれで悪くない。


 そんなふうに思えた自分に、透は少しだけ驚いていた。


 ◇◇◇


 時は流れた。


 セリナは信託の巫女として何度も大神殿へ向かった。


 だが、あの日以来、神託は降りていない。


 災厄の正体も分からないまま。


 刻限だけが近付いていた。


 災厄襲来まで、残り一か月。


 その間、透はガルドと依頼をこなしながら、王都での暮らしに少しづつ慣れていった。


◇◇◇


 王国は魔物の大群を想定し、グランドワイズ関門を防衛拠点として急ピッチで整備を進めていた。


 外壁の補強。


 矢倉の増設。


 魔法砲台の設置。


 食料と水の備蓄。


 騎士団と兵士の配置転換。


 王都では不安を煽らぬよう情報は制限されていたが、関門では誰もが慌ただしく動いていた。


 グランドワイズ関門。


 大渓谷を越える唯一の陸路を塞ぐ、王国西方の要所。


 ◇◇◇


 災厄襲来のまで数日と迫った夕刻。


 グランドワイズ関門の見張り櫓に、一人の兵士が立っていた。


 西方を見張る。


 風が強い。


 遠くの地平線が揺らいで見える。


「砂煙か……?」


 最初はそう思った。


 だが違った。


 黒い。


 地平線の一部が、黒く蠢いている。


 兵士は望遠鏡を覗き込んだ。


 次の瞬間、顔から血の気が引いた。


 黒い外殻。


 赤い複眼。


 無数の脚。


 それが大地を埋め尽くすように迫っていた。


 一体ではない。


 十でもない。


 百でもない。


 数えきれない。


 兵士は震える手で警鐘を掴んだ。


 カン、カン、カン、カン。


 鋭い鐘の音が関門に響き渡る。


「敵襲!」


 声が裏返る。


「西方より未確認の大群接近!」


 兵士は喉が裂けるほど叫んだ。


「黒い群れだ!」


 関門が一瞬で騒然となる。


 遠く西方。


 地平線の彼方で、無数の赤い光が瞬いていた。


 千年の時を越えた災厄が。


 ついに、アストレア王国へ辿り着こうとしていた。

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