↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/143

第九話 出雲の痕跡

 王都を発つ、少し前のこと。


 冒険者ギルドの裏手には、広い獣舎が設けられていた。


 獣舎といっても、そこにいるのは馬ではない。


 騎獣。


 パンゲアで広く使われている、移動用の魔獣である。


 人に馴れ、鞍をつけて人や荷物を運び、時には戦場へ出ることもあるという。


 透は柵の向こうを眺め、思わず足を止めた。


「……馬ではないんですね」


 そこにいたのは、見たこともない生き物ばかりだった。


 大型の鳥に似たもの。


 爬虫類を思わせるもの。


 四本の太い脚で、重々しく歩く獣。


 二足で素早く動き回る、細身の騎獣。


 どれも地球の動物に似ているようでいて、まったく違っていた。


「馬もいないわけではありませんが、長距離の移動には騎獣の方が向いているのです」


 セリナが説明した。


 彼女は慣れた様子で、二足歩行の大型猛禽類に似た騎獣へと歩み寄る。


 翼はあるが、空を飛ぶためのものではないらしい。


 大きく力強い脚。


 鋭く尖った嘴。


 見るからに気性が荒そうだったが、セリナが手を伸ばすと、その騎獣は大人しく首を下げた。


「セリナ様は、その騎獣ですか?」


「はい。以前から乗り慣れていますから」


 一方、ガルドは大型の四足獣へ向かった。


 筋肉質な体格をした、地竜にも似た巨大な騎獣である。


 背には、大きく頑丈な鞍が取りつけられていた。


「俺は、こいつだ」


 ガルドがその太い首を叩くと、騎獣は低く唸った。


 だが、怒っているのではない。


 主人の呼びかけに応えるような声だった。


 その時、獣舎の奥から唸り声が聞こえた。


 透が視線を向ける。


 そこには、一頭だけ異様なほど目立つ騎獣がいた。


 細身の身体。


 長く伸びた尾。


 地面を捉える鋭い爪。


 二本の後ろ脚で立つ姿は、地球でいう小型恐竜――ラプトルに近い。


 他の騎獣より一回り小さいが、その分、動きは明らかに速そうだった。


 柵の中を落ち着きなく歩き回り、近づいた飼育員へ牙を剥いている。


「あれは?」


 透が指を差すと、ギルドの職員が顔を引きつらせた。


「あ、あれは、やめておいた方がいいですよ」


「気性が荒いんですか?」


「荒いなんてものではありません。乗り手を選ぶというか……ほとんど誰も乗せないんです」


「名前は?」


「ラウルです」


 ラプトル型の騎獣――ラウルが、透を見た。


 赤茶色の瞳が細くなる。


 威嚇。


 明らかに、そうだった。


 だが透は、不思議と恐怖を感じなかった。


 真白が機嫌を損ねた時の方が、よほど面倒だ。


 透は柵へ近づいた。


「透さん、危険です」


 セリナが心配そうに声をかける。


「大丈夫です」


 根拠はなかった。


 それでも透は、そう答えた。


 ラウルが低く唸る。


 透は急な動きを見せず、ゆっくりと手を伸ばした。


 次の瞬間。


 ラウルが牙を剥き、勢いよく首を伸ばした。


 職員が悲鳴を上げる。


 だが、透は退かなかった。


 わずかに身体をずらす。


 ラウルの噛みつきが、空を切った。


 透はそのまま手を伸ばし、ラウルの首筋に触れた。


「落ち着け」


 短く言い聞かせる。


 ラウルの動きが止まった。


 まるで今初めて、目の前にいる透という人間を認識したかのように。


 しばらく、互いに睨み合う。


 やがてラウルは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。


 だが、透の手を拒みはしなかった。


「……乗れるのか?」


 ガルドが呟く。


 透は柵の中へ入り、鞍へ足をかけた。


 ラウルが大きく跳ねる。


 だが、透の身体は鞍から離れない。


 神代神社で鍛え上げられた体幹。


 そして、この世界へ来て変化した身体能力。


 その二つが噛み合い、暴れる騎獣の動きへ自然に追従していた。


「よし」


 透が手綱を引く。


 ラウルが、もう一度激しく跳ねた。


 それでも透は落ちない。


 数度にわたって身体を振り、透を振り落とそうとした後、ラウルは諦めたように歩き始めた。


「……本当に乗りこなした」


 職員が呆然と呟いた。


 セリナは胸を撫で下ろす。


「無茶をしないでください」


「すみません」


 透は苦笑した。


 だが、ラウルの背は悪くなかった。


 むしろ、かなり速そうだ。


 こうして一行は、それぞれの騎獣に乗り、王都を出発した。


     ◇


 グランドワイズ渓谷へ向かう道は、王都から西へと延びていた。


 整備された街道を進むにつれ、石造りの家々は次第に少なくなり、やがて周囲には草原と岩場が広がり始める。


 遠くにそびえる巨大な山脈。


 その手前には、大地を切り裂くような深い渓谷があるという。


 今回の目的地は、その渓谷を流れる川に沿って進んだ先にある、古い遺跡だった。


「今日中には着かない」


 ガルドが前方を見ながら言った。


「途中で野営するぞ」


「野営……」


 透にとっては、初めての経験だった。


 山中での鍛錬は何度も経験している。


 だが、旅の途中で行う本格的な野営は別物だ。


 日が傾き始めた頃、一行は街道から少し外れた岩場で、野営の準備を始めた。


 ガルドは周囲の安全を確認すると、手際よく薪を組み、焚き火の準備をする。


 セリナは魔法を使い、野営地の周囲に簡易的な結界を張った。


 やがて火をおこし、夕食を作る段になった。


 だが、誰も料理を始めようとしない。


 透はしばらく二人の様子を窺った後、セリナへ視線を向けた。


「もしかして、料理は……」


「得意ではありません」


 セリナが、少し気まずそうに答えた。


(王女様が、料理をするわけないか)


 透はしばらく考え、袖をまくった。


「俺が作ります」


「料理ができるのですか?」


「基本的なものなら」


 神代家では、食事の準備を手伝うのは当たり前だった。


 結衣や明日華の弁当作りを手伝ったこともある。


 真白がつまみ食いをしないよう見張りながら、味噌汁や煮物を作ったこともあった。


 もちろん、この世界の食材は見慣れないものばかりだ。


 だが、肉と野菜と塩があれば、何とかなるだろう。


 透は保存肉を薄く切り、野菜に似た根菜を刻んだ。


 鍋に水を入れ、肉と根菜、少量の塩と香草を加える。


 火加減はセリナに頼むことにした。


「もう少し、火を弱くしてください」


「このくらいでしょうか?」


「はい。そこでお願いします」


 セリナの魔法によって、焚き火の火力が安定する。


 しばらくすると、鍋から食欲を誘う香りが立ち始めた。


 ガルドが鼻を動かす。


「悪くない匂いだ」


「料理もできるのか」


「家で手伝っていただけです」


 やがて、簡単な肉と根菜のスープが出来上がった。


 透は器にスープを注ぎ、二人へ手渡す。


 セリナが一口飲んだ。


 その青い瞳が、わずかに見開かれる。


「美味しいです」


「本当ですか?」


「はい。とても」


 透は、少し安心した。


「これは助かるな」


 ガルドも満足そうにスープを口へ運ぶ。


「今後も頼む」


「俺が料理係ですか?」


「適材適所だな」


 ガルドが、さも当然であるかのように答えた。


 透は苦笑した。


 だが、悪い気はしなかった。


 誰かの役に立てる。


 その感覚は、今の透にとって少しだけ救いでもあった。


     ◇


 夜。


 焚き火の炎が静かに揺れている。


 空には、星がなかった。


 月も存在しないらしく、焚き火の光が届かない場所には、どこまでも深い闇が広がっている。


 日本の夜空とは、まるで違っていた。


 それでも、火を囲んで過ごす時間だけは、どこか懐かしく感じられる。


 透は天羽乃斬を傍らに置き、静かに目を閉じた。


     ◇


 翌日。


 一行はグランドワイズ渓谷の奥へと入った。


 左右にそびえる切り立った崖。


 街道の脇を流れる、激しい川の音。


 霧のように宙を舞う水しぶき。


 一歩足を踏み外せば、命はないだろう。


 その険しい川沿いの道を進んだ先に、目的の遺跡はあった。


 苔むした石柱。


 崩れ落ちた石壁。


 半ば地中へ埋もれた階段。


 長い年月、誰にも顧みられることのなかった場所。


「ここです」


 セリナが言った。


「古い時代の祭祀施設だと考えられています。ただ、詳しいことはほとんど分かっていません」


「中は危険だ」


 ガルドが背負っていた大剣を抜いた。


「気を抜くな」


 一行は、遺跡の内部へ入った。


 地下へと続く石の階段。


 肌にまとわりつくような湿った空気。


 壁に生えた苔が、淡い光を放っている。


 先頭はガルド。


 その後ろを透が進み、最後尾をセリナが守る。


 階段を降りていくと、石の隙間から小型の魔獣が這い出てきた。


 鋭い牙を持つ、獣型の魔物だった。


「来るぞ」


 ガルドが、透をかばうように前へ出る。


 魔獣が地面を蹴り、勢いよく飛びかかった。


 透は反射的に動いた。


 天羽乃斬は抜かない。


 腰に差した、借り物の片刃剣を抜く。


 魔獣の首元に、一本の線が見えた。


 その線をなぞるように、剣を振るう。


 一閃。


 魔獣は声を上げることもなく、地面へ倒れた。


 ガルドの動きが止まる。


「速いな」


「今の動き、見えましたか?」


 セリナが尋ねた。


「ぎりぎり、な」


 ガルドは苦笑した。


「新人の動きではない」


 透は剣を下ろす。


「昔から、剣の稽古はしていました」


「それだけではないでしょう」


 セリナの目が、興味深そうに細められる。


 透は返答に困った。


 自分自身でも、先ほどの動きが普通ではないことは分かっていた。


 その後も、遺跡の中では何体かの魔物が現れた。


 ガルドが正面から攻撃を受け止める。


 透はその脇を抜け、敵の隙を縫うように動き、確実に急所を斬った。


 戦いは危なげなく進んでいく。


 だが、仲間たちが透へ向ける視線には、明らかな驚きが混じっていた。


 特にガルドは、何度も透の剣の動きを観察している。


「本当にCランクから始めるのか?」


「まだ登録したばかりですから」


「そういう問題なのか?」


 透は苦笑するしかなかった。


     ◇


 やがて一行は、遺跡の最奥へと辿り着いた。


 そこは、広大な地下祭壇だった。


 天井は高く、中央には円形の石造りの台座がある。


 壁には、意味の分からない古びた紋様が刻まれていた。


 そして、台座の前には巨大な魔獣がいた。


 四本の脚を持つ獣。


 岩のように硬そうな皮膚。


 頭部から伸びる二本の角。


 その全身には、赤黒い魔素がまとわりついている。


「大型だな」


 ガルドが大剣を構えた。


「正面は俺が抑える。セリナ様は支援魔法をお願いします」


「分かりました」


 セリナが杖を構える。


 透も静かに剣を抜いた。


 巨大な魔獣が咆哮を上げた。


 地下空間全体が震える。


 次の瞬間、戦闘が始まった。


 ガルドが真正面から魔獣の突進を受け止める。


 凄まじい衝撃。


 ガルドの足元で、床石が砕け散った。


 セリナが魔法を唱え、ガルドへ防御の加護を重ねる。


 透は魔獣の動きを見極めようと、慎重に間合いを取った。


 線は見えている。


 だが、魔獣の身体は分厚く硬い皮膚に覆われ、動きも激しい。


 簡単には狙えない。


 無理に踏み込めば、巨大な身体に巻き込まれる。


 透は焦らなかった。


 宗玄の声が、脳裏に蘇る。


『迷いは剣を鈍らせる』


 呼吸を整える。


 心を静める。


 魔獣が頭を低くし、ガルドへ向かって突進した。


 その瞬間、魔獣の身体がわずかに浮いた。


 前脚の付け根。


 そこに一本の線が走る。


「そこだ」


 透は地面を蹴った。


 一気に間合いを詰め、線へ向けて剣を振り抜く。


 斬撃。


 魔獣の前脚から力が抜け、その巨体が大きく傾いた。


 体勢を崩したところへ、ガルドの大剣が叩き込まれる。


 だが、魔獣は倒れなかった。


 怒り狂ったように角を振り回し、前脚で地面をえぐる。


 戦いは長引いた。


 何度も攻撃をかわし、互いに死角を補い、少しずつ魔獣へ傷を負わせていく。


 やがて、巨大な魔獣の動きが目に見えて鈍り始めた。


「今だ!」


 ガルドが叫ぶ。


 ガルドの大剣と、透の斬撃が同時に魔獣へ入った。


 魔獣は低く唸り、祭壇の前へ崩れ落ちた。


 しばらく身体を痙攣させた後、完全に動かなくなる。


「終わったか」


 ガルドが大きく息を吐いた。


 セリナはすぐに二人へ駆け寄り、傷の有無を確認する。


 幸い、大きな怪我はなかった。


「予想していたより、手強かったですね」


「まあな」


 ガルドは大剣についた血を払い、背中へ戻した。


 透は剣を納めながら、改めて周囲を見回した。


 地下祭壇。


 古びた石壁。


 苔に覆われた柱。


 その一角に、小さな石塔が立っている。


 長い年月によって苔むし、半ば崩れかけていた。


 だが、石塔の表面に刻まれた文字だけは、妙にはっきりと残っている。


 透は何気なく、その文字へ目を向けた。


 そして、息を呑んだ。


「……え?」


 そこに刻まれていたのは、透にとって見慣れた文字だった。


 漢字。


 日本語。


 この世界に存在するはずのない文字。


 苔の隙間から覗く石塔の表面には、確かにこう刻まれていた。


『出雲神代大社』


 透の背筋に、冷たいものが走った。


「どうして……」


 声が震える。


「どうして、この世界に日本語があるんだ……?」


 誰も答えられなかった。


 地下祭壇に、重い沈黙が落ちる。


 神代透は、ただ石塔を見つめていた。


 異世界パンゲア。


 その名も知らぬ古代遺跡の最奥で。


 透は初めて、自分が生きていた世界と、この世界とを繋ぐ痕跡を見つけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。