第二十四話 古き坑道へ
魔導飛行船を飛ばすために必要な触媒。
明日華が持っていた金属片を解析した結果、それが二種類の鉱石を組み合わせて作られたものだということが判明した。
一方は、現在でも比較的容易に手に入る。問題は、もう一方だった。
かつてドワーフたちが採掘していた希少な鉱石。現在ではほとんど使われなくなり、備蓄も残っていない。
ならば、もう一度掘ればいい。話だけなら簡単だった。
ところが、その鉱石が眠っているのは、長年放棄されていた古い坑道の最深部近く。人の出入りが途絶えて久しい坑道は、今では完全にダンジョンと化していた。
魔獣が棲みついているのである。
特に厄介なのが、鉱石そのものを食べるというメタルドラゴン。
体長五~八メートル。縄張り意識が強いうえ、複数で群れを作る。坑道内に何頭いるのかも分かっていない。
ほかにも吸血獣。そして鉱石を酸で溶かして食べる粘体獣、アシッド・ペーストが確認されていた。
採掘を再開するためには、まず坑道内の安全を確保しなければならない。
そこで魔導工房から正式に討伐依頼が出された。
◇
「それが新しい武器ですか?」
坑道へ向かう途中、透はライガが肩に担いでいる武器を見た。
「ああ。なかなかいいだろ?」
ライガが得意げに笑う。
太い柄の先から鎖が伸び、その先には無数の棘が生えた鉄球が取り付けられている。
武器工房へ何度も通い、ガルドと相談しながら作らせた特注品だった。
これまでの武器よりも攻撃範囲が広く、遠心力を利用すれば凄まじい破壊力を生み出せる。
さらに両腕には、新しいガントレット。こちらも通常品ではない。
魔鋼虫の硬い外殻を叩き割るため、特別に強化されたものだった。
「今日はこいつらの試し斬り――いや、試し殴りだな」
「壊すなよ」
ガルドが笑った。
「そっちこそ、その大剣折るんじゃないよ」
「誰が折るか」
二人とも妙に楽しそうだった。
今回坑道へ入るのは、透、結衣、明日華、真白、セリナ、リーファ、ガルド、ライガ。そしてノア。
ルカと蒼姫、暁、ラピスは宿で留守番となった。
セシリアも参加していない。
坑道内部の魔素量がどの程度なのか分からない以上、攻撃魔法を使うのは避けるべきだという判断だった。
魔法を使用するとしても支援系のみ。
もっとも――。
「これだけいれば、十分すぎるよな」
ライガが呟く。
「過剰戦力だろ」
ガルドも同意した。
◇
坑道へ入る前、隆志から一つ提案があった。
「透」
「何、親父?」
「今回は、ノアちゃんの索敵能力を確認しておいた方がいいと思うんだ」
「索敵?」
「うん」
隆志はノアを見る。
「坑道の中は視界が悪いでしょう。曲がり角も多いし、岩壁の向こうを見ることもできない。でもノアちゃんは魔核を感じ取れる」
透もすぐに意味を理解した。
「ああ……なるほど」
「これから魔鋼虫との戦いだけでなく、こういう場所へ入ることもあるだろうからね。ノアちゃんがどの程度まで察知できるのか、一度きちんと確かめておいた方がいいと思う」
「分かった」
そして坑道では、ノアを先頭近くへ置くことになった。
もちろん、一人ではない。左右をライガとガルドが固める。
「危険を感じたら逃げるんだよ」
ライガが声を掛ける。
「うん」
「俺たちがいるからな」
ガルドも続ける。
ノアは小さく頷いた。そのすぐ後ろを透たちが進む。
◇
坑道へ入って間もなく、ノアが突然足を止めた。
「いる」
一行も止まる。
「どこ?」
透が尋ねた。
ノアは暗い通路の先を指差した。
「あっち。二つ」
「距離は?」
「そんなに遠くない」
透たちには何も見えない。
リーファが耳を澄ませる。
「……確かに、何か音がする」
「当たりか」
ガルドがニヤリとした。
慎重に進む。
そして曲がり角を抜けたところで――。
ぶよぶよとした半透明の塊が二体、岩壁へ張り付いていた。表面から垂れ落ちた液体が、岩をじゅう、と音を立てて溶かしている。
「アシッド・ペーストだ」
ガルドが言った。
その中央部には、小さな核が見えている。
「核を潰せばいいんだな」
透が刀へ手を掛ける。
しかし、その横からライガが一歩前へ出た。
「ここはあたしにやらせな」
新しい棍を構える。
鉄球が鎖の先で揺れた。
「せぇ……のっ!」
振り抜く。
鉄球が唸りを上げて飛んだ。
ドゴン!
粘体が弾け飛ぶ。その奥にあった核まで、一撃で粉砕された。
「おお」
透が思わず声を漏らす。
「いいねぇ、これ!」
ライガは上機嫌だった。
もう一体はガルドが仕留める。
こうして坑道探索は始まった。
◇
だが、拍子抜けするほど順調だった。
「右に一つ」
「分かった」
「もう少し先に三つ」
「了解」
ノアが敵の位置を知らせる。
待ち伏せも奇襲も成立しない。見つけた魔獣を、透たちが次々に倒していく。
吸血獣が天井から飛びかかれば、透が一閃。
粘体獣が現れれば、核を狙って破壊する。
結衣と明日華も危なげなく敵を仕留めていった。
「……散歩みたいになってきたな」
ガルドが呟く。
「いいじゃないか。楽な方が」
ライガが答える。
普通の魔獣なら、倒されると体内の魔核が魔石へ変化する。それは街へ持ち帰れば売ることができる。
そして――。
「みつけたー!」
討伐隊の後ろでは、真白が大忙しだった。
ころりと転がった魔石を拾い上げ、腰のポシェットへ入れていく。
「真白、あんまり離れるなよ」
「はーい!」
また一つ。
「これもー!」
また一つ。
「いっぱいー!」
完全に魔石拾い係となっていた。
◇
途中、一行は広くなった場所を見つけて休憩を取った。
簡単な軽食を広げる。
真白が取り出したのは――。
「おいなりさん!」
昨日作ったおいなりさんだった。
「あむっ」
幸せそうに頬張る。
「持ってきてたのか」
透が笑う。
「だっておいしいもん」
「それ何個目?」
「わかんない!」
「……食べ過ぎるなよ」
真白は聞いているのかいないのか、二つ目へ手を伸ばしていた。
短い休憩を終え、一行はさらに奥へ進んだ。
坑道は少しずつ深くなっていく。
そして最下層が近づいた頃。
それまで軽い調子で歩いていたノアの足が止まった。
表情が変わる。
「……大きいのがいる」
全員が武器へ手を掛ける。
「いくつ?」
透が聞く。
ノアは目を閉じた。
「三つ……」
少し間を置く。
「違う」
「増えた?」
「六つ」
一同の空気が変わった。
「全部大きい?」
「うん」
ガルドとライガが顔を見合わせる。
「来たな」
「ああ」
メタルドラゴンだった。
◇
少し進んだところで、岩壁の向こうから重い足音が響いた。
ズン。
ズン。
そして暗闇から巨大な頭部が姿を現す。
全身を硬質な鱗に覆われ、その背には岩石のような鉱物がいくつも突き出している。
「でかいな……」
透が呟いた。
一頭。
二頭。
さらに奥から次々に現れる。
六頭。
メタルドラゴンは一行を見つけた瞬間、一斉に威嚇の声を上げた。
「グォォォォォッ!」
「来るぞ!」
背中の鉱石が持ち上がる。
「散開!」
透の声。
「ノア、下がれ!」
「うん!」
ノアが後方へ走る。
「セリナさん!」
「はい!」
セリナが真白の前へ出て結界を張る。
次の瞬間。
ドガガガガガガッ!
メタルドラゴンの背中から放たれた鉱石が、散弾のように飛来した。
岩壁へ突き刺さり、床を砕く。
いくつかがセリナの展開した結界へ激突した。
ガンッ!
ガガンッ!
「真白、ここから出ないでください!」
「はい!」
その声を背に――。
「とりゃあぁぁぁっ!」
ライガが飛び出した。
鉄球を大きく振り回す。
鎖が唸る。
そして。
ドゴォン!
メタルドラゴンの頭部へ直撃した。
硬い鱗ごと――頭部が爆散する。
「……すげぇな」
ガルドが一瞬だけ目を丸くした。
「いいだろ、これ!」
「なら俺も!」
別のメタルドラゴンが突進してくる。
「うりゃあっ!」
ガルドの大剣が横薙ぎに走った。
前脚を叩き斬る。
巨体が前のめりになった。
そこへ――。
ヒュッ!
リーファの矢。
正確に眉間へ突き刺さる。
メタルドラゴンの頭が大きく跳ね上がった。
「上から来る!」
ノアの声。
透は見上げることすらしなかった。
抜刀。
一閃。
天井から飛びかかってきた吸血獣が、空中で真っ二つになる。
「助かった、ノア!」
「うん!」
その間にも戦闘は続く。
ガルドとライガの間を、小さな影が駆け抜けた。
「結衣!」
「任せて!」
双刀ファルシオン。
結衣が低く潜り込み、メタルドラゴンの前脚を左右から斬り裂いた。
「ギャァァァッ!」
巨体が崩れる。
「明日華!」
「はい!」
蒼天の弓が引き絞られる。
放たれた矢が、前のめりになったメタルドラゴンの眉間へ吸い込まれた。
ドンッ!
頭部が爆ぜる。
「……相変わらずすげぇな、嬢ちゃんたちは」
ガルドが感心したように言う。
「頼もしいねぇ」
ライガも笑う。
一方。
「とおるん」
「ん?」
真白はちゃっかり透の近くへ移動していた。
「真白、結界の中にいろって言われただろ」
「だいじょうぶ」
「大丈夫じゃない」
透に襟首を掴まれ、そのままセリナのところへ戻される。
「むぅ」
「むぅ、じゃない」
そんなやり取りをしている間に、残るメタルドラゴンも数を減らしていった。
そして最後の一頭。
「こいつで最後!」
ライガが武器を放り出す。
「おい?」
ガルドが目を向ける。
「こっちも試す!」
両腕の強化型ガントレットを構えた。
突進してくるメタルドラゴンへ、真正面から踏み込む。
「おらぁぁぁぁっ!」
拳が頭部へ叩き込まれた。
轟音。
硬い鱗が砕け――。
そのまま頭部が吹き飛んだ。
巨体が地響きを立てて倒れる。
静寂。
ライガは拳を見下ろした。
「……こいつもいいな」
「気に入ったみたいだな」
ガルドが呆れたように笑った。
◇
「ノア」
透が呼ぶ。
ノアは目を閉じ、周囲へ意識を広げる。
しばらくして――。
「もういないよ」
「本当か?」
「うん。動いてる魔核は感じない」
ガルドが周囲を見回した。
「ここが坑道の最深部みたいだな」
「じゃあ、これで終わりか」
透が刀を納める。
セリナが皆を見回した。
「怪我はありませんか?」
誰も答えない。
代わりに全員が笑った。
無傷。完全勝利だった。
「さあ、引き上げるか」
ガルドが大剣を背負う。
「ああ」
ライガは新しいガントレットを眺めながら満足そうに頷いた。
「こいつも試せたしな」
そしてニヤリとする。
「今日も酒がうまいぞ」
「そうだな」
ガルドも笑う。
「一風呂浴びてから行くか」
戦闘そのものは危なげなく終わった。
だが――。
返り血や魔獣の体液を浴びた一行は、揃いも揃って酷い有様だった。
「……確かに、まず風呂だな」
透が自分の服を見下ろした。
そして、その後ろでは。
「ふふふ」
真白が満面の笑みを浮かべていた。
腰には二つのマジックポシェット。
本来ならかなり物が入るはずなのだが、その両方がぱんぱんになっている。
中身はすべて魔石だった。
「いっぱい」
「全部拾ったの?」
結衣が聞く。
「うん!」
真白は胸を張る。
魔石は売れる。そのことは真白もすでに聞いていた。
「これだけあったらね――」
にこにこしながら、二つのポシェットを抱える。
「甘いの、いっぱい買えるのじゃ!」
「……全部使う気か?」
透が聞いた。
「うん!」
「即答かよ」
一行の笑い声が、静かになった坑道へ響いた。
◇
その日の夕方。
討伐隊は無事、ドワーフの里へ帰還した。
魔導工房へ赴き、坑道最深部までの魔獣を掃討したことを報告する。
「最深部まで確認しました。少なくとも、こちらが通った範囲にはもう魔獣はいません」
透の報告を聞き、工房の者たちは大きく息を吐いた。
これで採掘隊を送り込める。
失われていた希少鉱石を、再び掘り出すことができる。
そして、その鉱石が手に入れば――。
魔導飛行船を動かすための触媒が作れる。
いよいよ。
空を飛ぶための最後の準備が始まろうとしていた。




