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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第二十三話 おいなりさん

 買い出しを終えた美琴が宿へ戻ると、中庭から楽しげな声が聞こえてきた。


「ラピス、こっちだぞ」


 透が軽くボールを投げる。


 その先へ、銀色の小さな影が一目散に駆けていった。


「わあっ、ラピス速い!」


 ノアが嬉しそうに声を上げる。


 ラピスは転がるボールへ飛びつくと、得意げに咥えて戻ってきた。


「はいはい。よくできました」


 透が頭を撫でてやると、ラピスは尻尾をぶんぶんと振った。


 そんな光景を見て、美琴は思わず微笑んだ。


「楽しそうですね」


「あ、母さん。お帰り」


「ただいま戻りました」


 美琴が荷物を抱えたまま中庭へ入ったところで、ちょうど宿の入口がまた騒がしくなる。隆志たちも戻ってきたらしい。


「とおるーん!」


 真っ先に飛び込んできたのは真白だった。


「真白もー!」


「モモもー!」


 続いてモモまで飛び出してくる。


 二人はそのまま迷うことなくボール遊びへ突撃していった。


「おいおい」


 透が苦笑する。


 どうやら魔導飛行船の見学は、真白とモモには少々退屈だったらしい。


「お帰り」


 透が戻ってきた皆へ声を掛ける。


「ただいま戻りました」


 セリナが少しだけ遠慮がちに答えた。


「……ただいま」


 リーファも続く。


「ただいまです、透様ー!」


 ルカだけはいつも通り元気いっぱいだった。


 その様子を美琴は静かに見ていたが、何も言わずに微笑んだ。


「透さん」


「ん?」


「今日は皆で料理を作りたいと思います。手伝いをお願いします」


「分かりました」


 すると、ボールを抱えていた真白が勢いよく振り返った。


「真白は油揚げが食べたいーー!」


「はいはい」


 美琴は笑う。


「ちゃんと作りますからね」


「やったー!」


「では、厨房を借りてきますね」


 皆、それぞれ思うところはある。


 けれど今日は難しい話はなしだ。せっかく家族が揃ったのだから。


 神代家の家庭料理を、皆で食べる。


 ただ、それだけの日にしたかった。


     ◇


 幸いなことに、米は手に入った。


 神殿都市ミルファでは水稲栽培が行われており、ドワーフの里にも交易品として運び込まれているという。アストレア南部でも米は作られているらしい。


 しかも餅米まであり、南方では餅も保存食のひとつとして食べられているという話だった。


「思ったより何とかなりそうですね」


 美琴は厨房を見渡した。


 宿の厨房は広く、大人数の料理にも十分対応できる。


「厨房を貸してくださるそうです。魔導コンロもありますから、調理しやすそうですね」


「へえ……」


 透が魔導コンロを覗き込む。


 見た目こそ地球のガスコンロとは違うが、火力の調整もできる。料理をする分には、それほど困らなそうだった。


「それでは調理班は厨房へ」


 美琴が宣言する。


 そして隆志たちへ振り返った。


「時間が来たら、食器を用意してくださいね」


「分かりました」


 隆志が笑う。


「料理、期待しています」


「ふふ。任せてください」


 今日の主役は――お稲荷さんだった。


 もちろん真白のためである。


 もっとも、この世界で豆腐から油揚げを作るところから始めていては、夕食には間に合わない。


 そこで役に立ったのが、地球から持ち込んだフリーズドライの油揚げだった。しかも業務用。


 美琴が持ってきた袋の中には、かなりの量が入っている。


「今日は百個作りましょうか」


「百個!?」


 透が振り返った。


「多くない?」


「これだけ人数がいるんですよ?」


 美琴は当然のように答える。


 確かに、今の一行であれば百個くらいは消えてしまいそうだった。


 まずは米を一升。


 炊き上がった米へ酢、砂糖、塩を合わせ、手早く酢飯にしていく。


 油揚げはすでに味付きなので、戻せばそのまま使える。


「では、こちらへ詰めてください」


 美琴の前に並んだのは、セリナ、リーファ、そしてルカ。


「私たちが、ですか?」


 セリナが目を丸くする。


「はい。難しくありませんよ」


 美琴が一つ実演してみせる。


 適量の酢飯を取り、軽くまとめて油揚げへ詰める。


「こんな感じです」


「なるほど……」


 セリナが真剣な顔で頷いた。


「やってみる」


 リーファも手を伸ばす。


「あたしもやります!」


 ルカはすでにやる気満々だった。


「ではお願いしますね」


 三人は並んで、お稲荷さんを作り始めた。


 そして――ほどなくして、三人の性格が見事なまでに現れ始めた。


 セリナのお稲荷さんは、形がきれいに揃っていた。酢飯の量もほぼ均等。油揚げの口も丁寧に閉じられ、店に並んでいてもおかしくないほど上品な仕上がりである。


「……さすがセリナさんですね」


 美琴が感心すると、セリナは少し照れた。


「こういう細かな作業は嫌いではありませんから」


 一方、リーファのお稲荷さんは小ぶりだった。


「リーファさん、少し小さくありませんか?」


「……食べやすい方がいいと思って」


「ああ、それはいいですね」


 確かにリーファや子供たちには食べやすそうだ。


 そしてルカは――。


「できました!」


 自信満々に差し出した。


 酢飯が見事にはみ出している。


「……ルカさん」


「はい!」


「少しご飯が多いですね」


「そうですか?」


「油揚げが苦しそうです」


 隣でリーファがぽつりと言った。


「えっ」


 ルカは自分のお稲荷さんを見る。


 ぱんぱんだった。


「……いっぱい入ってた方がおいしいですよ?」


「まあ、それも間違いではありませんね」


 美琴は笑った。


「細かいことは気にしないことにしましょう」


「はい!」


 その横では、透が豚汁作りを任されていた。


 大きな鍋に肉と野菜をたっぷり入れる。味噌は地球から持ってきたものだ。


「味噌も、今ある分はいいですけど……」


 透が鍋を混ぜながら呟く。


「すぐ無くなりますね」


「ええ」


 美琴も頷く。


「いずれ現地で作れるようにしないといけませんね」


 神代家の食卓は、やはり日本食が基本だった。


 正月になれば家族総出でおせちを作る。雑煮も食べる。普段の食卓にも味噌汁や煮物、焼き魚が並ぶことが多い。


 パンゲアで暮らしていくのなら、日本の味をこちらでも作れるようにしていかなければならない。


 それはきっと、これからの課題になるだろう。


     ◇


 夕暮れ時。


 料理が出来上がる頃になると、ノーノーとセシリアも戻ってきた。


「おお、何だかいい匂いがするのう」


「これは……初めて嗅ぐ香りですね」


 さらに少し遅れて、ガルドとライガも帰ってきた。二人の手にはしっかりと酒瓶がある。


「おう! 地酒を仕入れてきたぞ!」


「今日は飲むぞ!」


 ライガが豪快に笑った。


「ほどほどにしてくださいね」


 美琴が釘を刺す。


「分かってる分かってる!」


 どう見ても分かっていない返事だった。


 宿から大きなテーブルを借り、中庭へ並べる。


 料理も次々と運ばれてきた。


 山盛りのお稲荷さん。大鍋いっぱいの豚汁。ほかにも簡単な野菜料理や漬物代わりの品が並んでいる。


「うわぁぁぁ!」


 真白の目が、お稲荷さんを見た瞬間に輝いた。


「油揚げー!」


「真白、まだですよ」


「うぅー……」


 伸ばしかけた手を美琴に止められ、真白はしょんぼりする。


 皆が席へ着く。


 美琴はテーブルを見渡した。


 神代家。


 セリナ。


 リーファ。


 ルカ。


 ノア。


 ラピス。


 そして、この世界で出会った仲間たち。


 ずいぶん大きな食卓になったものだ。


「今日は、我が家の家庭料理を作りました」


 美琴が皆へ言う。


「セリナさん、リーファさん、ルカさんにも手伝っていただきました」


 三人の前には、それぞれが作ったお稲荷さんが並んでいる。


「では――」


 皆が手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます!」


 声が重なった。


 真白は待ってましたとばかりにお稲荷さんを取った。


「あむっ!」


 頬いっぱいに頬張る。


 もぐもぐ。


 そして――。


「おいしーーー!」


 満面の笑みになった。


「とおるん! これおいしい!」


「良かったな」


「もう一個!」


「ゆっくり食べろって」


 ガルドは豚汁を大きな器で飲んでいた。


「へぇ……結構うまいな、これ」


 具を一つ口へ運ぶ。


「このスープも具だくさんでいいじゃねえか」


「豚汁っていうんです」


 透が答える。


「ブタジル?」


「とんじるです」


「どっちなんだ?」


「……どっちでもいいです」


「ははは!」


 ライガはお稲荷さんを一口で頬張った。


「おお! 甘いのに飯なのか! 面白いな!」


「酒にも合うぞ、これ!」


「本当か?」


 すぐに酒盛りが始まる。


 セシリアはお稲荷さんを興味深そうに眺めていた。


「穀物を酢で味付けし、甘辛くした豆の加工品で包む……なるほど。面白い料理ですね」


 ノーノーはそんな分析など気にも留めず、すでに二つ目へ手を伸ばしていた。


「うまければよいのじゃ」


「先生……」


 ノアも小さなお稲荷さんを両手で持って食べている。


「おいしい……」


 その足元ではラピスが期待に満ちた目で透を見上げていた。


「ラピスはこっちな」


 味付けしていない肉を別に用意してある。


 ラピスは嬉しそうに尻尾を振った。


「真白ちゃん、それ私が作ったものですよ」


 セリナが言う。


「ほんと?」


「はい」


「おいしいー!」


 セリナの表情がぱっと明るくなった。


「こっちは?」


「それは私」


 リーファが答える。


「ちっちゃくて食べやすいー!」


 リーファも少しだけ嬉しそうに笑った。


「じゃあこれは?」


 真白が、今にも破裂しそうなお稲荷さんを持ち上げる。


「あたしです!」


 ルカが胸を張る。


「おっきい!」


「いっぱい食べられます!」


「やったー!」


「ほら、やっぱりいっぱい入ってた方がいいんですよ!」


 ルカは勝ち誇った。


 美琴はその光景を見ながら、くすりと笑った。


 上品なお稲荷さん。


 小さなお稲荷さん。


 酢飯がはみ出したお稲荷さん。


 形は違っても、味は同じだ。


 いや。


 もしかすると、少しずつ違うのかもしれない。


 作った人の性格も。


 食べる人の好みも。


 育ってきた場所も。


 皆それぞれ違う。


 それでも同じ食卓を囲むことはできる。


「母さん」


 透が隣から声を掛けた。


「ん?」


「なんか……家みたいだな」


 美琴は一瞬だけ目を丸くし――やがて穏やかに笑った。


「ええ」


 中庭には笑い声が絶えない。


 酒を酌み交わす者。料理について語る者。お稲荷さんを奪い合う者。


 真白とモモが大騒ぎし、ノアが笑い、ラピスがその周りを走る。


 セリナも。


 リーファも。


 ルカも。


 いつの間にか遠慮することなく、その輪の中にいた。


 パンゲアへ来てから、いろいろなことがあった。


 戦いもあった。


 知らなければならないことも、これから向き合わなければならないことも山ほどある。


 けれど。


 今夜くらいは、それでいい。


 大勢で食卓を囲み。


 笑って。


 食べて。


 語り合う。


 そんな、ごく普通の夕食。


 神代家の食卓は、いつの間にかずいぶん賑やかになっていた。


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