第二十二話 魔導飛行船
街から戻った透たちは、評議会へ出向いていた一行と宿で合流した。
もっとも、全員が揃ったわけではない。
ガルドたちは評議会を終えると、そのまま酒場へ繰り出したらしい。
「まあ、あの人たちらしいね」
透が苦笑すると、セリナも小さく笑った。
一方、ノーノーは宿へ戻るなり、
「確認したいことがある。わしは工房へ戻るぞ」
と言い出し、食事もそこそこにセシリアを伴って魔導工房へ向かってしまった。
結局、宿に残った者たちだけで夕食を済ませ、その日は早めに休むことになった。翌日から、またそれぞれに予定がある。
部屋割りも、これまでとは少し変わった。
透は久しぶりに隆志と男同士、二人で同じ部屋。美琴はセリナ、リーファ、ルカと一緒。結衣、明日華、真白、蒼姫、暁、ノア、ラピスは大部屋を使うことになった。
美琴は部屋へ入ってからも、三人へ余計なことは聞かなかった。
セリナもリーファもルカも、透に対してそれぞれ特別な思いを抱いていることくらい、美琴には何となく分かっている。だが、それを母親である自分が聞き出す必要はない。
ただ寝支度を済ませた頃、美琴が三人へ声をかけた。
「皆さん、明日は何か予定がありますか?」
「私は特にはありません」
セリナが答える。
「私もありません」
リーファも続く。
「私もです!」
ルカが元気よく手を上げた。
「それなら、よかったら四人で街へ買い物に行きませんか?」
三人が顔を見合わせる。
「買い物、ですか?」
「ええ。せっかくですから」
美琴が微笑む。
「はい。ぜひ」
「私もご一緒します」
「行きます!」
三人ともすぐに同意した。
「では、明日は四人でお出かけですね」
それ以上、美琴は何も言わなかった。
ほどなく灯りが消され、部屋は静かになった。
一方、その頃。
透は隣の寝台に横になった隆志へ声をかけた。
「父さん」
「ん?」
「じいちゃん、どうしてるかな」
隆志は少しだけ考えてから笑った。
「お父さんなら、きっと楽しくやっているだろうさ」
「そうかな」
「大丈夫だよ」
隆志は天井を見上げながら言った。
「神代宗玄だからね」
「……それもそうか」
透も笑った。
◇
「ぶわっくしゅーーっ!」
静かな山中に、盛大なくしゃみが響き渡った。
「……誰か噂でもしておるのかの」
宗玄は鼻の下を指で擦った。
「白よ」
「ぶもぉー」
「さて、行くかの」
「ぶもぉ!」
宗玄はひょいと白の背へ乗る。
そして一人と一頭は、何事もなかったかのように再び進み始めた。
◇
翌朝。
朝食の席で、ノーノーが戻ってきた。
「今日は魔導飛行船を見に行くぞ」
開口一番、それだった。
「魔導飛行船?」
結衣が目を輝かせる。
「見たい!」
「私も興味があります」
明日華も反応する。
「真白も行く!」
真白まで手を上げた。
「モモも!」
いつの間にかモモまで加わる。
蒼姫も静かに頷いた。
「私もご一緒いたしましょう」
隆志はノーノーを見る。
「僕も行っていいのかな?」
「むしろ、おぬしには来てもらいたい」
「僕に?」
「地球の機械を知っとる者の意見が欲しい」
「なるほど」
こうして工房へ向かうのは、ノーノー、セシリア、隆志、結衣、明日華、真白、蒼姫、モモ。
一方、美琴は昨日の約束どおり、セリナ、リーファ、ルカと街へ出ることになった。暁も護衛を兼ねて同行する。
そして透は、ノアとラピスを連れて街へ出ることにした。
◇
「美琴様。今日はどちらへ?」
宿を出てしばらくしたところで、セリナが尋ねた。
「まずは食品を扱っているお店ですね」
「食べ物を?」
「ええ」
美琴は楽しそうに街並みを見回した。
「今日は皆さんに、私たちの世界の料理を作ってあげようと思っているんです」
「地球のお料理ですか?」
セリナが興味深そうに聞き返す。
「ええ。こちらで手に入る材料で作れるものになりますけれど」
その横で、ルカの顔がぱっと明るくなった。
「透様の好きなものもですか?」
「そうですねえ」
美琴は少し考えた。
「あの子は好き嫌いがほとんどありませんから。何を作っても美味しそうに食べますよ」
「そうなんですか……」
ルカが何やら真剣な顔になる。
リーファは黙ったまま、その様子をちらりと見た。
美琴はそんな三人を見ながら、何気ない調子で尋ねる。
「ところで皆さん、お若いですけれど、お料理はなさいます?」
「料理……」
セリナが止まる。
「…………」
リーファも黙る。
「…………」
ルカも黙った。
三人の間に、何とも言えない沈黙が流れた。
「あら」
美琴は口元に手を当てる。
考えてみれば無理もない。
セリナはアストレアの王女。リーファもハイエルフの族長の娘。ルカも竜人族の長の娘である。
日常的に台所へ立つ環境ではなかったのだろう。
「透さんは、お料理が得意ですよ」
「え?」
三人がほとんど同時に美琴を見た。
「透様が?」
ルカが一番大きく反応する。
「ええ。結衣や明日華がいますからね。私たちが忙しい時には、透さんが食事を用意してくれることも多かったんですよ」
「兄が妹たちに……」
セリナが少し驚いたように言う。
「透様が作った料理……」
ルカの瞳が輝き始めた。
「お腹いっぱい……」
リーファが、無言でルカを見る。
美琴がくすりと笑った。
「では、今日は皆さんにも手伝っていただきましょう」
「はい」
「分かりました」
「はい!」
「それと――」
美琴は少し楽しそうに続けた。
「帰ったら透さんにも手伝ってもらいましょうか」
「はい」
「はい」
「やったー!」
一人だけ反応が違った。
「では、買い出し開始です」
美琴の言葉に、四人は朝のドワーフの街へ歩き出した。
ちなみに買い物の資金は、昨晩透から預かっている。
これまでの報奨金や素材の代金などで、いつの間にか透は結構な額を持つようになっていた。
『必要な分だけあればいいから』
そう言って、かなりの額を美琴へ渡していたのだ。
お金に執着しないところは昔から変わっていない。
◇
その頃。
透はノアとラピスを連れて、少し静かな通りを歩いていた。
昨日は皆で賑やかに街を歩いた。今日は三人だけだ。
「ノア」
「なに?」
「ちょっと話しておきたいことがあるんだ」
ノアが透を見上げる。
「うん」
透は少し歩いてから、ゆっくり口を開いた。
「俺さ、本当は神代家の子供じゃないんだ」
「……え?」
ノアが足を止めた。
透も立ち止まる。
「血が繋がってないって意味だよ」
「トオル……神代家じゃないの?」
「いや」
透は笑った。
「神代家だよ。俺はそう思ってる」
ノアは黙って透を見ている。
「父さんと母さんが俺を引き取ってくれたんだ。小さい頃から、本当の息子みたいに育ててくれた」
「…………」
「結衣も明日華も、本当の妹だと思ってる。向こうがどう思ってるかは知らないけどね」
透が苦笑する。
「きっと同じだと思う」
ノアが小さな声で言った。
「そうかな」
「うん」
透は少し照れたように頭を掻いた。
「だからさ」
そして、ノアの目を見る。
「血が繋がってるとか、そういうのは俺にはあまり関係ないんだ」
ノアが目を瞬く。
「ノアのことも大切にする。だから安心していい」
「……うん」
ノアが小さく頷いた。
透は今度は足元のラピスを見る。
「お前もだぞ」
「みゃん」
「お母さんから預かったんだからな。ちゃんと守るよ」
「みゃん」
ラピスは透を見上げた。
最近、ラピスはほとんど念話を使わない。言葉を忘れたわけではないらしい。ただ、何かを一生懸命考えているように見える。
透はその小さな頭を撫でた。
「まあ、焦らなくていいさ」
ラピスは目を細めた。
◇
「うわぁ……!」
同じ頃。
結衣は巨大な船体を前に、ぽかんと口を開けていた。
ドワーフの巨大工房。
その奥に据えられていたのは、長い年月眠り続けてきた魔導飛行船だった。
表面は丁寧に磨かれ、ところどころ新しい部品へ交換されている。
「すごい! ぴかぴか!」
結衣が船体を見上げる。
「なんか地球のスペースシャトルみたい!」
「確かに少し似ているね」
隆志も興味深そうに眺める。
「飛行船というくらいだから胴体はずいぶん太いけれど」
「これが空を飛ぶの?」
真白が首を思い切り反らしている。
「予定ではな」
ノーノーが答えた。
「もっとも、今は飛ばん」
「飛ばないの?」
「肝心の部品が足りん」
ノーノーは隆志へ手招きした。
「こっちじゃ」
一行は船体内部へ入り、そのまま機関部へ案内された。
太い配管。
複雑に組まれた魔導回路。
地球の機械とはまったく違う。それでも隆志には、何となく各部の役割が想像できた。
「これが推進用の魔導エンジン?」
「そうじゃ。そしてこっちが――」
ノーノーが、大きな円筒状の装置を示す。
「魔素変換モジュールじゃ」
隆志が近づく。
「魔素をエネルギーへ変換する?」
「大まかにはそういうことじゃ」
ノーノーが装置の一部を指差した。
そこには、何かを収めるための空洞がある。
「ここに本来、特殊な触媒が使われておった」
「今はない?」
「ない。失われた」
ノーノーの顔が険しくなる。
「同じものを作ろうにも、何で出来ていたのかすら分からん。こいつが動かん限り、魔導飛行船はただの大きな箱じゃ」
そのときだった。
「……あれ?」
明日華が小さな声を上げた。
「どうした、明日華?」
隆志が振り返る。
「何か……」
明日華が自分の服のポケットを見る。
「光っています」
「え?」
ポケットの布越しに、確かに光が漏れている。
明日華が恐る恐る手を入れた。
そして取り出したのは――小さな金属片だった。
「わ……」
その金属片は、淡い光を放っている。しかも魔素変換モジュールへ近づけるほど、その光が強くなっていた。
近くにいた工房のマスターが、その金属片を見た瞬間。
「…………!」
顔色を変えた。
「ま、まさか……」
勢いよく明日華へ近づく。
「嬢ちゃん! それをどこで手に入れた!」
「えっ」
明日華が思わず身を引いた。
隆志がすぐ二人の間へ入る。
「落ち着いてください」
「……!」
「娘が驚いています」
「あ……」
工房マスターは我に返った。
「す、すまん。つい……」
「いえ」
明日華も小さく頭を下げる。
工房マスターは改めて金属片を見た。
「嬢ちゃん。それを少しだけ貸してもらえんか?」
「……分かりました」
明日華が金属片を手渡す。
工房マスターは慎重にそれを受け取ると、魔素変換モジュールの触媒が本来収まっていた場所へ近づけた。
瞬間。
ヴン――。
低い振動音が機関室全体へ響いた。
「なっ……!」
金属片の光が一気に強くなる。
同時に、沈黙していた魔導回路へ淡い光が走った。
一つ。
また一つ。
まるで長い眠りから目覚めるかのように、魔素変換モジュールの各部が反応を始める。
「動いた……」
セシリアが呟く。
ノーノーの目が見開かれていた。
「これは……」
工房マスターの手が震えている。
「間違いない。少なくとも、こいつは触媒に反応しておる」
そして再び明日華を見る。
今度は先ほどよりずっと落ち着いた声だった。
「嬢ちゃん。これをどこで手に入れた?」
「ラジェールの露店です」
「露店?」
「はい。店主さんは、何なのか分からない古代の遺物かもしれないと言っていました」
明日華は少し考えてから続ける。
「なんとなく気になったので買いました。二つあります」
「二つ!?」
工房マスターの声が裏返った。
結衣が横から口を挟む。
「明日華、こういう変な物見つけると買っちゃうんだよね」
「結衣ったら」
「でも役に立ったじゃん!」
「もう……」
「おい!」
工房マスターが部下を呼ぶ。
「解析班へ持っていけ! 最優先じゃ! 材質、魔素反応、全部調べろ!」
「はい!」
部下が慎重に金属片を受け取る。
工房マスターは明日華へ向き直ると、その両手をがしっと掴んだ。
「お嬢ちゃん!」
「は、はい?」
「さっきは本当にすまなかった!」
そのまま明日華の手をぶんぶん振る。
「じゃが、もしこれが使えるなら……魔導飛行船が飛ぶかもしれん!」
「は、はい……」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
明日華は完全に困った顔になっている。
「明日華、やったね!」
結衣が嬉しそうに笑った。
「変な物収集癖が役に立った!」
「姉さま、もう!」
「ははは」
隆志も笑う。
だが、その視線はすぐに魔素変換モジュールへ戻った。
「ノーノーさん」
「なんじゃ」
「これが本当に動いたら……この船はどれくらいのものを運べるんです?」
「船の仕様通りなら、人も荷もかなり運べる。速度も地上の移動とは比べものにならん」
「そうですか……」
隆志は静かに考える。
人を運べる。
物資を運べる。
負傷者を後方へ送ることもできる。
地形に左右されず遠くまで飛べる。
そして何より――。
離れて暮らす種族同士を、短い時間で結ぶことができる。
「これは……」
隆志が、巨大な機関を見上げた。
「戦うためだけの船じゃありませんね」
ノーノーが隆志を見る。
「ほう?」
「使い方次第では、パンゲアそのものを変えるかもしれない」
隆志の目の前で、長く沈黙していた魔素変換モジュールが、わずかな光を残していた。
まだ何も決まってはいない。金属片の正体さえ分からない。
それでも。
止まっていた何かが、確かに動き始めていた。




