第二十一話 評議会と空の散歩
神代家の話し合いが行われた後、ドワーフ評議会から、新たな呼び出しが届いた。
今回、評議会へ向かったのは六人。
隆志、美琴、そして肩に乗る八咫烏の暁、ノーノー、セシリア、セリナ、リーファである。
本来ならば獣牙族の族長代理であるライガも出席する立場なのだが――。
「決まったら従う。面倒ごとは任せた!」
そう言い残し、ガルドと共に意気揚々と街へ消えていった。
どうやら目的地は、マイスターベルケンでも名の知れた武具工房らしい。
「……族長代理とは、いったい何なのでしょう」
セリナが呟いた。
ノーノーが肩をすくめる。
「ライガですからね」
その一言で、なぜか全員が納得した。
一方の透も、
「父さんたちがいるなら大丈夫だろ」
と、評議会については隆志たちへ任せることにした。
結衣、明日華、真白、ノア、ラピス。そしてルカたちと共に、街へ繰り出している。
◇
評議会場。
前回と同じ円卓を囲み、ドワーフの重鎮たちが席についていた。
議長バルガス・グランベルが、ゆっくりと口を開く。
「結論から申し上げよう」
室内が静まる。
「我々マイスターベルケン評議会は、魔鋼虫の殲滅について、全面的に協力する」
セリナが静かに頭を下げた。
「感謝いたします」
「礼を言うのはこちらでもある。魔鋼虫が再び活動を始めたのであれば、これはアストレアだけの問題ではない。この世界に生きる者すべての問題です」
重々しい言葉だった。
九百年近く眠っていた災厄。それが再び動き始めている。
もはや誰か一つの国や種族だけで対処できる問題ではなかった。
そこでノーノーが立ち上がる。
「では、改めてご紹介します」
隆志と美琴へ手を向けた。
「こちらが神代隆志さん。そして美琴さんです。透さんたちのご両親にあたります」
室内に小さなどよめきが起こった。
先日の説明で、神代家がこの世界とは異なる場所――地球から来た人間であることは伝えられている。
隆志は立ち上がり、一礼した。
「神代隆志です。よろしくお願いいたします」
美琴も静かに頭を下げる。
「妻の美琴です」
簡単な挨拶が終わると、バルガスが隆志を見る。
「ノーノー殿から聞いております。魔鋼虫への対策について、ご意見があるとか」
「はい」
隆志は頷いた。
「まず最初に申し上げたいのですが、私たちは魔鋼虫について、まだ知らないことが多すぎます」
円卓に並ぶ者たちが隆志へ視線を向ける。
「戦う前に、敵を知る必要があります」
隆志は卓上に広げられた地図へ目を落とした。
「まず行うべきは、強行偵察です」
「強行偵察?」
「はい。魔鋼虫がどこにいるのか。どれほどの規模なのか。どのような個体で群れが構成されているのか。それを可能な限り正確に調べます」
隆志は指を一本立てる。
「群れの規模」
二本目。
「個体の種類」
三本目。
「移動範囲と活動状況」
さらに続ける。
「そして可能ならば、巣やコロニーの位置、周囲の地形、退路まで確認します」
ドワーフたちが黙って聞いている。
「その情報をもとに、魔鋼虫を個体ごとに分類します。それぞれの特徴、攻撃方法、防御力、弱点を調べ、それに適した対抗策を考える」
「なるほど……」
誰かが呟いた。
「同時に監視網も必要です」
隆志は続けた。
「いつ活動を始めても分かるようにする。敵の動きを把握しながら、こちらは戦力を整える」
武器。防具。食料。医薬品。輸送手段。通信手段。そして戦う者たち。
「必要な物資を揃え、各種族の戦力を把握し、役割を決める。実際に攻撃するのは、その後です」
評議員の一人が腕を組んだ。
「ずいぶん慎重じゃな」
隆志は頷く。
「相手のことが分からない以上、慎重すぎるくらいでいいと思っています」
そして少し間を置いた。
「幸い、偵察については私たち神代家が協力できます」
「神代家が?」
「はい」
隆志は自分たちを指した。
「どうやら魔鋼虫は、私たち地球から来た人間をうまく認識できないようです」
これまで何度か確認されている、神代家の特殊な性質。
魔鋼虫から視認されにくい。
それは偵察という目的において、極めて大きな利点だった。
「もちろん絶対に安全だとは考えていません。しかし、他の方々より接近できる可能性は高い」
セシリアも頷く。
「まず情報を集める。私も賛成ですわ」
セリナも続いた。
「アストレアとしても、偵察には全面的に協力します」
「我らエルフも同様です」
リーファが答える。
方針は固まりつつあった。
問題は一つ。
バルガスが口を開く。
「しかし、広範囲を調べるとなれば移動手段が必要になるのう」
「そこなんです」
隆志も頷いた。
「地上を移動するだけでは時間がかかりすぎます。できれば空から移動できる手段があればいいのですが」
その言葉に、円卓の一角に座っていたドワーフが、ゆっくりと顔を上げた。
魔導工房を束ねる男だった。
「……一つ、ございます」
「ほう?」
バルガスが見る。
「何じゃ?」
男は少し考えてから答えた。
「魔導飛行船です」
部屋が静まり返った。
ノーノーが目を見開く。
「魔導飛行船!?」
「正確には、千年ほど前に造られたものです」
魔導工房長は続けた。
「現在も二隻が格納庫に保管されています」
「飛べるんですか?」
隆志が尋ねる。
「船体そのものは特殊鋼材で造られております。驚くほど保存状態がよく、構造にも大きな損傷はありません」
そこで男の顔が曇った。
「しかし、機関部が動きません」
「原因は?」
「魔素変換モジュールです」
ノーノーの表情が変わった。
「変換モジュール……」
「はい。機関へ魔素を供給するための中核装置です。しかし、その内部で使われていた触媒が何なのか、現在では分からなくなっている」
「記録もないのですか?」
「残っておりません」
千年前。
魔鋼虫との戦争によって、多くの技術と記録が失われた。
飛行船だけが残り、それを動かす最後の鍵だけが消えてしまった。
隆志は腕を組んだ。
「現物を見ることはできますか?」
「もちろんです」
魔導工房長が頷いた。
「ただし、今日はもう遅い。格納庫の確認は明日にしてはいかがでしょう」
バルガスも頷いた。
「そうするとしよう」
こうして、この日の評議会は一度終了することになった。
魔鋼虫との戦い。その第一歩は、戦うことではない。
敵を知ること。
そして、そのために必要となる翼が、千年の眠りから目覚めようとしていた。
◇
その頃、街へ繰り出した透たちは、久しぶりに気楽な時間を楽しんでいた。
透のことが大好きな結衣と明日華。真白にノア、ラピス。そして、その少し後ろでは、透とルカが並んで歩いている。
「あれ見て、おにぃ!」
「あにさま、あちらのお店も面白そうですよ」
「とおるん、こっちにも何かあるのじゃ!」
あれやこれやと声が飛び交い、実に賑やかだ。
そんな中。
ぐうぅぅ――。
妙に大きな音が響いた。
透が足を止める。
「……今のは」
「透様」
ルカが、少し恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「お腹が空きました」
「もう?」
透は苦笑する。
すると真白が、ぴくりと鼻を動かした。
「むっ。あっちから甘い匂いがするのじゃ!」
その言葉に、いつの間にかちゃっかり付いてきていたモモまで反応する。
「甘いの?」
「するのじゃ!」
「……分かったよ。じゃあ、あそこへ入ろうか」
透たちは、真白が見つけた甘味処へ入ることになった。
そしてしばらくして。
「…………」
「…………」
結衣と明日華が、揃ってルカを見つめていた。
テーブルの上には、食べ終えた皿が次々と積み上がっている。その大半がルカのものだった。
「ルカねぇ……」
「なに?」
「そんな細いのに、太らないの?」
「え?」
ルカがきょとんとする。
明日華も小さく頷いた。
「私も不思議です」
透が苦笑しながら口を挟む。
「多分、竜人族は代謝量が俺たちとは比べ物にならないくらい高いんだよ」
「代謝?」
「簡単に言えば――燃費が大分悪い」
「透さまーー!」
ルカが頬を膨らませる。
「あははは」
透が笑う。
もっとも、ルカは文句を言いながらも手を止めてはいない。しっかり次の甘味を口へ運んでいた。
店を出たあと、結衣がふと思い出したように言った。
「そういえば、ルカねぇ」
「なに、結衣ちゃん?」
「竜の姿って……見せてもらえる?」
「結衣」
透がすぐにたしなめる。
ルカにとって、竜の姿はただの変身ではない。まして背に誰かを乗せることには、特別な意味がある。
結衣もそのことは分かっているらしく、少し申し訳なさそうにした。
だが、ルカはにこりと笑った。
「いいよ」
「ほんと?」
「うん。せっかくだし、昨日の広場へ行こう」
そうして一行は、街の外れにある広場へ向かった。
広場の中央へ進んだルカが、振り返る。
「じゃあ、いくよー」
次の瞬間。
眩い光がルカの身体を包んだ。
人の姿が光の中へ溶け、その輪郭が急速に大きくなっていく。
光が消えたとき。
そこには、美しい銀色の鱗を持つ巨大な竜が立っていた。
「すごい……!」
結衣が目を輝かせる。
「綺麗……」
明日華が思わず呟いた。
「わぁ……」
ノアも目を丸くしている。
「みゃん」
ラピスも小さく鳴いた。
真白に至っては、
「おおおー!」
と両手を上げて喜んでいる。
ルカが大きな身体を少し低くした。
「結衣ちゃん、明日華ちゃん」
「なに?」
「乗ってみたい?」
結衣が驚く。
「えっ、いいの?」
「はい。私たちが乗ってもよろしいのですか?」
「うん」
ルカは嬉しそうに答えた。
「透様の妹だから、いいよ」
透が少し心配そうに見る。
「本当にいいのか?」
「はい」
ルカは迷いなく答えた。
まず結衣が恐る恐る背へ乗る。
「真白も行く!」
真白がすぐに結衣の背中へしがみついた。
「真白、ちゃんと掴まってろよ」
「だいじょうぶ!」
「明日華ちゃんもいいよ」
「ありがとうございます、ルカさん」
明日華も慎重に背へ乗った。
ノアとラピスは透のそばに残る。
その様子を見ていた蒼姫が、静かに一歩前へ出た。
「では、私もご一緒いたしましょう」
そう言った瞬間、蒼姫の身体が光に包まれ、みるみる姿を変えていく。
現れたのは、巨大な八咫烏。
ルカが目を見開いた。
「えっ!?」
そして思わず声を上げる。
「蒼姫さんって、鳥だったの!?」
「そこからなのか……」
透が呟いた。
蒼姫は少し困ったように首を傾げる。
「鳥ではないのですが……鳥なのでしょうか」
「どっちなんですか!?」
ルカがますます混乱する。
その姿は巨大だったが、竜となったルカはさらに大きい。蒼姫のおよそ1.5倍ほどはある。
「じゃあ、いくよ!」
ルカが翼を大きく広げた。
風が巻き起こる。
次の瞬間、銀の竜と八咫烏が並んで空へ舞い上がった。
「わああああ!」
「姉さま、あまり身を乗り出しては――!」
「真白、重いって!」
「落ちたら困るのじゃ!」
賑やかな声が空から降ってくる。
透は地上からそれを見上げていた。
楽しそうに飛ぶルカ。その背で笑う結衣と明日華。結衣にしがみつく真白。その横を悠々と飛ぶ蒼姫。
透自身も、つい笑みを浮かべていた。
しばらくして二人はドワーフの里の外へ飛び出し、ひとしきり空の散歩を楽しんだあと、再び広場へ戻ってきた。
「すごかったー!」
「本当に素晴らしかったです」
「もう一回なのじゃ!」
着地するなり、またわいわいと騒ぎ始める。
そこでルカが透を見る。
「透様も」
「俺?」
「はい。それと、ノアちゃんとラピスちゃんも」
透が少し迷う。
「ノアとラピスもいいのか?」
「あたりまえです」
ルカは当然のように答えた。
「家族ですから」
「…………」
透が何とも言えない顔をする。
だが、ノアを見るとすぐに表情を和らげた。
「ノア、しっかり掴まっているんだよ。ラピスも」
「うん」
「みゃん」
最近、ラピスはあまり念話を使わなくなっていた。何かを一生懸命考えているようにも見える。
「じゃあ、ルカさん。よろしく」
「はい!」
嬉しそうに答えたルカの尻尾が、ぶるんぶるんと揺れる。
その様子に透がまた苦笑する。
今度はルカの背に透、ノア、ラピス。一方、蒼姫の背には明日華、結衣、真白が乗った。
再び二つの大きな影が空へ上がる。
しばらくの遊覧飛行を終え、全員が満足した頃、一行は広場を後にした。
「ルカねぇ、すごかった! かっこよかった!」
結衣が嬉しそうに言う。
「ルカ姉様は、竜のお姿もとても綺麗です」
明日華まで、すっかり姉扱いである。
「えへへ」
ルカは素直に喜んでいる。
透だけが、微妙な笑みを浮かべていた。
「…………うーーーん」
「透様?」
「……いや、なんでもない」
「?」
ルカは首を傾げる。
透はそれ以上何も言わなかった。
「さあ、宿へ帰ろうか。父さんたちも、そろそろ戻ってきている頃だろう」
「うん!」
「はい」
「帰るのじゃ!」
一行は再び賑やかに歩き始めた。
そのときだった。
ぐっーー。
全員の足が止まる。
ゆっくりと視線が、一人の少女へ集まった。
ルカが少し恥ずかしそうにお腹を押さえる。
「……透様」
「まさか」
「お腹が空きました」




