8-12.Viande 朝引き地鶏の香草焼き 大地の慈愛と人の情熱が詰まった蕪とともに
長テーブルは片付けられ、審査員たちが一列に立ち並ぶ。
その前にアルフォンスとマルグリットを従えた俺と、取り巻きのエティエンヌとギヨームを従えたルイ=オーギュスト王子が並んで立った。
そして、審査員たちがどちらの皿に票を入れるか、その表明の順番がくじ引きによって決められた。
「それでは、最初の判定をお願いいたします! ベアトリス・ド・ルロワ侯爵夫人!」
司会の声に呼ばれ、ルロワ侯爵夫人が一歩前へと出る。
「まずは、このような素晴らしい美食の場に参加できたことを光栄に思います。そして、至高の一皿を生み出した両シェフに感謝いたしますわ。……さて、どちらの皿を選ぶか。これほど難しく、悩ましい問いはありません。ですが……『鴨のポワレ』」
その言葉を聞いて、第三王子が「勝った」とばかりに得意げに肩を揺らす。
「そう。もしこれが、他国の外交使節をもてなす一皿であるというならば、私は間違いなく殿下の『鴨のポワレ』を推すことでしょう。それほどまでに王道にして、格の高い完璧な一皿でした。……しかし」
夫人はそこで言葉を区切り、真っ直ぐに俺を見た。
「この勝負は、『ヴァロワ伯爵令嬢のための一皿』を決めるもの。肉の二皿目ということで、食べる側の胃袋を思ってあえて重いソースを外し、素材の極致で勝負したヴァン=ルージュ辺境伯令嬢の『食べる側への思い遣り』こそが、勝者に最も相応しいと存じます。よって、私が選ぶのは――『鶏胸肉の香草焼き』です!」
わぁぁぁぁぁっ!! と、観衆から大きなどよめきと、割れんばかりの拍手が湧き上がる。
拍手が鳴り止まぬ中、夫人はふと微笑んで俺に問いかけた。
「……この素晴らしい鶏肉には、滑らかに裏ごしした『じゃがいものピュレ』がとても合いました。これほどまでに軽やかで滑らかなピュレは初めてです。さぞ念入りに裏漉しされたのでしょうね」
ピクッ、と俺の肩が跳ねる。
俺はドレスの裾を持って精一杯のお辞儀を見せた。
「さすがですわ、侯爵夫人。ソースがない理由まで見抜いていらっしゃったとは。お見それいたしました。ピュレもお口にあったようで安堵いたしました」
(じゃがいもを親の仇くらいに潰してやったからな!)
そんな俺を見て、横に立つ第三王子が、激しくこちらを睨みつけてくる。
「では第一票は辺境伯令嬢側へ! 次に……アルベール・ド・モンフォール公爵閣下。お願いいたします!」
前に出たのは、第三王子の伯父の公爵。ガチガチの王子派だ。これは間違いなく、王子への一票だろう。
第三王子が「頼む」とばかりにコクリと頷くと、モンフォール公爵も力強く大きく頷き返した。
「ふむ。私は、『鶏胸肉の香草焼き』が相応しいと思う!」
だよな。これで俺側に一票、王子側に一票か。
……うん?
今、なんて言った?
思わず隣に立つ王子を見ると、奴は顎が外れんばかりに口をあんぐりと開けて固まっていた。
「次の票も辺境伯令嬢側へ! で、では次にオーギュスタン・ルヴァン男爵閣下!」
王子は慌てて、元養育係である男爵へと必死の片目アピールを送る。
そのあからさまな仕草を見て、ズブズブの関係であるはずの男爵は、穏やかな微笑みで返した。
「私も、『鶏胸肉の香草焼き』です。まさに食の革命と言うべき、誠に素晴らしい一皿でした!」
そうだろうそうだろう。なんたってズブズブの養育係……。
……あれ?
「おおっとォォォッ!? 驚きです! なんということでしょう、この時点でヴァン=ルージュ辺境伯令嬢側に三票が集まってしまいました!」
え、え?
ガチガチ(公爵)とズブズブ(男爵)も、俺に票をくれたの!? なんで!?
「お、伯父上! 話が違うではないか!」
ついに第三王子が、公爵に向かって喚き散らした。
「話? なんのことだ?」
公爵も王家の血を引く王族の一員。怒りに我を忘れた甥に敬語は使わないようだ。
「伯父上はいつだって僕に『何でも言うことを聞いてやる』と言っていたではないか!」
「ふむ。だからお前の言うことを聞いて、わざわざこのような場にも出たではないか。これ以上、何が不満なのだ? それにだ」
公爵は腕を組み、キリッと厳しい顔付きをした。
「あの鶏肉と蕪は、私に新しい境地を開いてくれたのだ。偏見は己の目を曇らせる……あの一皿が、まさに私の蒙を啓いてくれたのだよ!」
王子の肩がワナワナと震える。
「オーギュスタン! お前も……! いつだって僕を支えると言ったではないか!」
「もちろん、その言葉に嘘はございませんとも、殿下。私の『誠実』をもって、これからも殿下を正しくお支えする所存です。この鶏と蕪を使った食文化の発展は国に、引いては殿下のためになります!」
ズブズブなはずの男爵が、一点の曇りもない笑顔でキッパリと言い放つ。
……これは、あれか?
第三王子は事前の根回しなど一切せずに、「身内だから無条件で味方してくれるだろう」と思い込んで、この実直な人間たちをただ審査員として呼んできただけってことか?
それにこの二人、例え王子が直接頼み込んだとしても、味の評価を曲げるような不正は絶対に嫌いそうだぞ……。
(もしかしてこの国の上層部、案外めちゃくちゃしっかりしてるのでは……?)
「お、お嬢様。あっさりと勝ってしまいましたよ?」
振り向くと、背後のマルグリットが、信じられないとでも言いたげな表情をしていた。
「それほどまでに鶏肉と蕪が美味しかったのでしょう」
アルフォンスが安堵した声で頷いた。
それもある。
だが一番は……『鴨肉のポワレ』は貴族たちにとって『何の変哲もない、いつもの一皿』でしかなかったのだ。つまり、食べ飽きるくらい食べてきた料理。そこに、見たこともない新鮮なアプローチの料理を出す。そう、これぞ空腹のスパイスに対抗する『目新しさ』という武器だ。これは後攻の方が圧倒的に効く。
だが、侯爵夫人だけでなく王子派の審査員にまでそれが突き刺さるとはな。
「こ、これで勝負が決まってしまいましたが……アンリ=シャルル殿下。いかがいたしましょう。次は殿下の番でございますが……」
司会が困惑しながら促すと、第二王子は肩をすくめた。
「これではせっかくの催しが白けてしまったな。結果が確定した状況で私が票を入れても、何の面白みもない。……そうだ、こうしよう」
第二王子が司会を呼び寄せ、何やら耳打ちをする。
それから、言葉を失っていた弟を見て、ふふっと微笑んだ。
「わ、わかりました! では、ソフィー・ド・ラ・ヴァロワ伯爵令嬢。判定をお願いします! ……なお、第二王子殿下のご提案により、特別ルールとして『伯爵令嬢の票は五票分』とし、この最終票の行方で勝負が決まるものといたします!!」
会場がさらに大きなどよめきに包まれ、審査員たちは第二王子に視線を集めた。
「と言うわけだ。セリーヌ嬢、構わないかい? ソフィー嬢のための勝負だ。彼女が勝者を決めるのに相応しいと思うのだが」
(バラエティ番組の「最後のクイズは一万点!」かよ!!)
しかし、第二王子としてはせっかくのイベントだ。少しでも盛り上げたいんだろう。どうせ勝ちは揺るがないのだから、この食えない王子の気持ちを逆撫ですることもないだろう。
(まぁ、ソフィーが俺の料理以外を選ぶわけもないしな)
俺はこくりと頷き、同意した。
「あ、兄上……!」
第三王子が、まるで宴会がドタキャンされた店に突然飛び入りの団体客が来た時の店長のような、潤んだ目で兄の王子を見た。
馬鹿な。第二王子が自分に助け舟を出してくれたとでも思っているのか?
え……?
いや、いくらなんでもソフィーが俺以外に票を入れるわけがない。なのに、どうして第三王子は勝てる気でいるんだ……?
(もしかして……何かのフラグ?)
俺は嫌な予感がして、ソフィーを見た。
ソフィーはガチガチに緊張してカタカタと震え、耳まで真っ赤に紅潮させていた。
そしてなぜか、第三王子の方をじっと見つめているではないか。
えっ?
そうだ。よく考えたら、この世界は『乙女ゲームの世界』かもしれないのだ。
(嘘だろ!? まさかここでヒロインが本来の攻略対象に惹かれるシナリオ補正の強制力が発動したとか言わないよな!?)
俺の心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
そして、ソフィーがゆっくりと一歩前に出て、震える唇を開いた――。
「殿下……」




