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8-9.Viande 朝引き地鶏の香草焼き 大地の慈愛と人の情熱が詰まった蕪とともに

 さぁ――勝負の時間だ。


 重厚な扉が開かれる。金具の擦れる低い音が、まるでワインのコルクにスクリューが入っていく音のようだった。そう、それはコース料理の幕が上がる合図だ。


 王城の厨房に隣接した、晩餐会用の小広間。そこが本日の勝負の会場である。天井は高く、白の壁に並ぶ燭台とシャンデリアには昼だというのに蝋燭が灯され、その炎が磨き上げられた銀器やグラスの縁にちらちらと反射していた。


「よく逃げずに来たものだな! その点は褒めてやろう! だが――」


 会場に入るなり、待ち構えていた第三王子ルイ=オーギュストが、勝ち誇ったような顔で安い挑発を投げかけてきた。


 王子としてはパルマンティエ商会を使った盤外戦術(嫌がらせ)が完璧に決まり、俺が絶望で憔悴しきっていると思ったのだろう。


 俺たちが昨日市場を駆けずり回っていたことも聞いているのかもしれない。


 だが俺は立ち止まり、扇子で口元を隠してにやりと『不敵な笑み』を浮かべてみせた。


(残念だったな。俺はすこぶる快調だぜ)


「…………ッ!?」


 俺があまりにも余裕たっぷりだったためか、王子()は完全に言葉を失い、黙り込んでしまった。


 俺は王子を無視して、会場の中央へと視線を向けた。


 そこには、真新しい純白のテーブルクロスが掛けられた長テーブルと、五つの豪奢な椅子が設けられている。


 今回の勝負の判定を下す『審査員席』だ。

 すでに着席している審査員は五人。並び順に、


 一、ソフィー・ド・ラ・ヴァロワ伯爵令嬢。

 二、ベアトリス・ド・ルロワ侯爵夫人。

 三、アンリ=シャルル第二王子。

 四、アルベール・ド・モンフォール公爵。

 五、オーギュスタン・ルヴァン男爵。


 審査員の顔ぶれは、事前にアルフォンスが入手した情報通りだ。


 まず、アルベール・ド・モンフォール公爵は、自身も王家の血を引きながら第三王子ルイ=オーギュストの母親の兄にもあたる。つまり、伯父と甥の関係だ。

 第三王子の母は正妃ではないが、その家格の高さゆえに正妃と勝るとも劣らない扱いを受けている。隣国の侯爵家出身である第二王子の母よりも政治的基盤が強く、「第一王子たる王太子に次ぐ王位継承権は第三王子にするべき」と推す声もあるほどだ。

 言うまでもなく、公爵はガチガチの王子側の審査員だ。


 続くオーギュスタン・ルヴァン男爵は、宮廷の官吏を纏める長だ。元々第三王子付きの養育係の一人だったらしく、今でも親交が深いらしい。ズブズブの王子側の審査員と言える。


 そしてソフィーは……考えなくても辺境伯()側だ。もしここでソフィーが王子の料理に票を入れたりしたら、おじさんはショックで厨房の隅で泣く。

 それにしても、元気そうでホッとした。父親の伯爵が側に付いていたことも大きかったのだろう。


 問題は、残りの二人だ。


 第二王子アンリ=シャルル。……正直、この食えない人物がどういうつもりで審査員に名乗りを上げたのか、見当もつかない。第三王子と表立って不仲というわけでもないので、尚更腹の底が読めない。


 そして彼が隣に座らせているベアトリス・ド・ルロワ侯爵夫人。彼女は、第二王子がねじ込んで加えた審査員で、高名な『美食家(ガストロノーム)』であるという。食の評価に関して一切の妥協がなく、忖度をしないことで有名らしい。つまり、完全な中立と言えるだろう。


 元々第二王子とルロワ侯爵夫人の席は王子派の審査員が座るはずだったという。


(アンリ=シャルル殿下、ナイスアシスト……! グッジョブと心より叫びたいぜ!)


 さらに驚いたことに、会場には観客(ギャラリー)の貴族たちも多数詰めかけていた。第二王子が面白がって勝負のことを言いふらした結果だろう。観客席にはヴァロワ伯爵の姿も見えた。


「これより、ルイ=オーギュスト殿下と、セリーヌ・ド・ヴァン=ルージュ辺境伯令嬢による、料理勝負を行います!」


 司会役が高らかに宣言した。この司会の手配も第二王子の差配らしい。もしかしてあの第二王子、とんでもないイベント好きなのか?


「まず殿下側のお料理から始め、その後、お口直し(グラニテ)を挟んだ後に、辺境伯令嬢側のお料理が出されます」


 その司会の言葉に、ルイ=オーギュストはニヤニヤとした顔を隠そうともしていなかった。


「なるほど。殿下は『先』を選んだというわけですね」


 コイントスか何かで公平に順番を決めるのかと思ったが、そんなことをする気もないらしい。


「お嬢様、先に料理出す方が有利なのですか?」


 俺の呟きに、隣に控えるマルグリットが首を傾げる。


「そうね。やはり人間には『空腹』がどんな調味料よりも優れているでしょうね」


 そう、空腹という名のスパイスに勝るものなどない。だが、王子の行動も想定内で、驚きはない。


「卑怯な……! 公平に決めるよう、抗議するべきでは!?」


 マルグリットが小声で憤ったが、俺は扇子を広げて口元を隠す。


「好きにさせましょう。その方が、負けた時のショックが大きいでしょうから。それに……」


「それに……?」


「コース料理ではメインディッシュは後に来るものです」


 扇子の陰でニヤァと口角を吊り上げた。


「お嬢様。お顔が、その……とても悪そうな顔をしておられます」


「それは何よりです。私は殿下がお望みの『悪役令嬢』ですから、このくらい悪い顔をしておかないと」


「あくやく、れいじょう……?」


 マルグリットが、わけがわからないという顔でパチクリと瞬きをした。


(フッ……『悪役令嬢』は日本で大人気なジャンルなんだよ)


 王子よ、今は勝ち誇ってるがいいさ。

 物語で、悪役令嬢はいつだって王子をボコボコにするものだからな!

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