8-8.Viande ◾️◾️◾️◾️◾️の香草焼き 大地の慈愛と人の情熱が詰まった◾️とともに
「ミュジニ!? どうしてここに!?」
俺は『見知った顔』――ヴァロワ伯爵家の菜園を預かる女性、ミュジニの元へと全速力で駆け寄った。彼女の隣には、護衛と馬車の御者を務めたであろう伯爵家の騎士が一人、長旅の疲労を滲ませながら立っている。
「おはようございます、セリーヌ様! 実は朝早くに着きすぎちゃって、お屋敷の前をうろうろしていたら、以前お越しになった時にご挨拶したことのある見張りの騎士様が、中に入れてくれたんです!」
ミュジニは、王都の辺境伯邸の玄関前だというのに全く物怖じせず、小柄な顔に、いつもの人懐っこい笑みを浮かべた。
「い、いえ、そうではなくて……」
彼女はヴァロワ家の使用人だ。そもそも王都にいること自体がおかしいのだ。
「セリーヌ様が、王宮の料理人と勝負をなさると聞いて! よろしければ私が育てた食材をお使いになるかと思って、馬車を飛ばして持ってきたんですよぉ!」
一週間前に伯爵夫人に状況を知らせるために送った早馬。その報告を耳にし、居ても立っても居られなくなったのだという。
「勝負は『明日』ですよね? 前日の朝にお持ちすれば、仕込みにちょうどいいかなと思いまして、一昨日出発したんです!」
えっへん、と誇らしげに胸を張るミュジニ。
その後ろで、俺とマルグリットがそっと顔を見合わせた。マルグリットが深々とため息をつき、指でこめかみを押さえる。
「……ミュジニさん。勝負は『今日』です」
「ええーーっ!? わ、私、日付間違えた!?」
ミュジニは両手で口を押さえ、ポカンと間抜けな声を上げた。
「そ、それじゃあ……もう仕込みの時間に間に合いませんよね……? 私、お役には立てませんでしたか……」
シュンと、萎びれた野菜のように落ち込むミュジニ。だが、俺は鼻息を荒くして捲し立てた。
「い、いいえ! ミュジニ、その食材を……すぐにその食材を見せてちょうだい!!」
俺の剣幕に驚いた辺境伯家の騎士が慌てて荷馬車を屋敷の玄関先まで引いてきた。
荷台に乗っていたのは、大きな竹籠の中で元気いっぱいに鳴く鶏。そして、鮮度を保つためにわざわざ木箱に土ごと植えられたままの野菜と香草の数々。麻袋の中には、立派な玉ねぎとじゃがいもがぎっしり詰まっている。
俺は震える手で木箱に近づき、緑の葉の根本を掴んで、勢いよくズボッと引き抜いた。手でバサバサと黒い土を払う。
ちょうど東の空から上がってきたばかりの朝の光が、俺の手元をパッと照らし出した。
それは――真っ白な、真珠のように艶やかで、大きな『蕪』だった。
はち切れんばかりの水分を湛え、大地の愛とミュジニの情熱が限界まで注ぎ込まれた、まぎれもない最高の蕪。
俺はじっと、その蕪を眺めた。手から伝わる、ずっしりとした命の重み。瑞々しい土と緑の匂いが、鼻腔をスッと抜けていく。
食材探しの時、もちろん蕪のことは頭にあった。だが、蕪はこの世界で貴族たちには「庶民の食べ物」として見下されている。審査員が貴族ばかりの料理勝負において、蕪はそぐわないのではないかと、俺自身が選択肢から除外してしまっていたのだ。
だが、この蕪を見ればそんな思い込みは一瞬で消し飛んだ。
この宝石を、一体誰が馬鹿にできると言うのだ。
その瞬間、ポタッと。
俺の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。朝の光が、その雫をキラリと弾く。
昨夜の絶望の涙ではない。料理人としての魂を救われた、歓喜の涙だ。
「セ、セリーヌ様!? ど、どうしましょう、私、何かとんでもない失礼をしてしまいましたか!?」
「……いいえ、いいえ!」
俺は泥のついた蕪を持ったまま、ミュジニの小さな身体を力いっぱい抱きしめた。
「ひゃっ!? セ、セリーヌ様!?」
「ありがとう……! 本当に、本当にありがとうっ……!」
――コケッ!
こんな感動的な場面に、鶏の鳴き声が間の抜けた茶々を入れる。
俺はミュジニから身体を離し、指で涙を拭いた。
「この素晴らしい野菜たちと……それに最高の鶏も! 海よりも深く、天よりも高い感謝をいたしますわ!」
「大袈裟ですよ〜、セリーヌ様ったら」
ふふっ、とミュジニが照れ臭そうに笑う。
「鶏は、煮込み用の親鶏と、お肉が柔らかい雄の若鶏を両方持ってきました!」
「完璧です、ミュジニ。今回は若鶏だけ使わせていただきます……さて、時間もありませんわね。早く『絞めて』しまいましょうか。少し可哀想だけれど」
俺がスッと目を細めて呟くと、後ろに控えていたマルグリットがビクッと肩を揺らし、おずおずと右手を挙げた。
「あ、あの、お嬢様? 『絞める』……とは、いったい……?」
「決まっておりますわ」
俺はコッコと鳴く籠の鶏を見て、口角を上げた。目がキラリと光ったかもしれない。
「鶏の首を◾️って血抜きし、熱湯に浸けて羽を▲り取って、⚫︎⚫︎を素早く掻き出すのですわ! 最高に新鮮な『朝引き地鶏』の完成ですわね!」
「――ひっ!?」
マルグリットは短い悲鳴を漏らし、白目を剥いて後ろへ倒れ込みそうになったところを、アルフォンスにギリギリで支えられていた。
(……おかしいな。マルグリットを絞めた覚えはないぞ?)
パタンと気絶したメイド長を見下ろしながら、俺は心の中でそっと首を傾げた。




