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8-2.Viande 鹿ロースのロティ 低温のコンフィ仕立て

「……はい、陛下。お初にお目にかかります。ソフィー・ド・ラ・ヴァロワでございます」


 ソフィーの声は僅かに震えてはいたが、言葉をつっかえることもなく、しっかりと紡がれた。


「そう緊張せずとも良い。面をあげよ」


「はい、陛下」


「其方は、ルイと恋仲であるのか?」


「いいえ……畏れ多いことでございます。セリーヌ様と婚約を結ばれている殿下と恋仲になるなど、あるはずもございません」


「しかし、二人でいるところを目撃されておるぞ」


「恥ずかしながら、殿下に無理に連れ出されたことは事実でございます。しかし、決して恋仲ではございません」


「嘘だ! ずっと僕を見ていたじゃないか! セリーヌにそう言えと脅されているんだろ、ソフィー!」


「殿下、おやめください」


 喚き散らす王子は、傍に控えていた侍従に無理やり抑え込まれた。


 勘違いを拗らせると大変だ。しかし王子殿下は、よっぽどソフィーのことを好きらしい。同じ男(体は女だが)として、好きな女性を想う気持ちはわからなくはない。だが、無理な客引きで得た客は、決して常連客にはならないのだ。


「ふむ……。それで、セリーヌ嬢。ソフィー嬢に嫌がらせをしたという件はどうなのだ?」


「それも事実無根でございます。ただ、私を慕う者がソフィー様を侮り、陰口を言ったことは私の不徳の致すところでございます。ですが、直接の嫌がらせを行った者は、王子殿下を慕う者がソフィー様への嫉妬から行ったものでした」


「嘘をつけ!」


「こちらに、証言書もございます」


 俺は懐から数枚の書類を取り出し、侍従に手渡した。それはあの雪解けのお茶会の後、令嬢たちと手分けして学園の皆に聞き込みを行い、犯人を探し出して書かせたものだった。


「ふむ。であれば、こちらもセリーヌ嬢に非はないな。……ルイが早合点の挙句に、己の婚約者を公の場で侮辱したことになる」


 国王は書類を一瞥し、これ以上ないほど深いため息をついた。


「辺境伯。どうだろう、この件、水に流してもらう訳にはいかぬものかな」


 国王の妥協の打診に対し、沈黙を保っていた親父さんが鋭い眼光を光らせ、ついに重い口を開いた。


「陛下。すでに申し上げたとおり、我が愛娘を無実の罪で侮辱されてまで、王家に輿入れさせる気はございません。我がヴァン=ルージュ家は、武門の誉れ高き家であると自負しております。こればかりは、決して引く訳には参りません」


 静かだが、大地の底から響くような絶対的な拒絶。


「で、あるか……。あいわかった」


 国王は目を閉じ、そして、玉座の間に響き渡る声で厳かに宣言した。


「第三王子ルイ=オーギュストと、セリーヌ・ド・ヴァン=ルージュの婚約は、ここに解消するものとする!」




 ◇




「セリーヌぅぅぅ! 会いたかったぞぉぉぉ!」


 謁見の間から王宮の控室に入るなり、いきなりむさ苦しい大男(親父殿)に力いっぱい抱きしめられた。


「ちょ、お父様! おやめください!」


 そうだ! おっさん(俺)がおっさん(親父殿)に抱きつかれた図を想像してみろ! おえええええ。


「やめぬ! お前はちっとも我が家へ帰って来ぬではないか! 俺がどれだけお前に会いたかったと! それに此度のこと、お前がどれだけ辛い思いをしたかと思うと、抱きしめずにはおれぬのだ!」


 痛い痛い! 頬擦りをするな! 髭で顔が削れるだろうが!


「お父様! いい加減になさってください! ヴァロワ伯爵閣下もいらっしゃるのですよ!」


 あ、今の悲痛な叫びは俺だけじゃないぞ。多分、奥底に眠るセリーヌ自身の気持ちも完全に乗ってた。


 親父さんはその言葉でピタリと頬擦りをやめた。


 そしてソフィーの方へ二人して顔を向けると、ヴァロワ伯爵は涙ぐみながら、静かにソフィーの抱きしめていた。

 ソフィーが王子とのことを黙っていたことを謝罪して、伯爵は黙って娘を抱き寄せたのだ。何と美しい光景だろうか。


「なんだ、我らと同じことをしているではないか!」


「圧力と絵面が全然違うううううううううう!!」




 ◇




「ヴァン=ルージュ辺境伯閣下、この度は娘がまことに……」


 ヴァロワ伯爵が、親父さんに向かって深々と頭を下げる。


「いやいや、頭を上げられよ、ヴァロワ伯爵。話を聞く限り、悪いのはすべて殿下だ」


 やれやれ。親子の抱擁がひと段落し、ようやくまともに会話ができそうだ。


 謁見の席で調印も終わり、無事に婚約解消の手続きは終わった。まっすぐ屋敷に帰るか、王都の美味いものを少し満喫するか、悩むところだ。


 学園は休んでいるが、出席日数が少なくなった分は学年末試験の合格最低点が引き上げられるだけで、少し休みを増やしても特に問題はなさそうだ(セリーヌの優秀な頭脳なら)。


「お父様、今後のことは……」


 俺が尋ねると、親父さんは丸太のように太い腕を組んだ。


「うむ。特に決まったことはないゆえ、まずは無事に学園を卒業することだな。元々、俺はセリーヌを嫁に出すのには反対だったのだ! 陛下が是非にと仰るから仕方なく折れたが、本心はお前を他所に嫁に出すつもりなどないぞ!」


 いいのか、貴族がそれで。政略結婚が普通じゃないのか?


「私のことはわかりました。……殿下から、正式にソフィー様と婚約をしたいと申し入れはあるでしょうか?」


「ふむ……王族の正妻としては、家格の面で難しいのではないかな……ああ、失礼、そんなつもりでは……」


「いえ、本当のことでございますので……」


 気まずそうに目を逸らす親父さんに、ヴァロワ伯爵はハンカチで汗を拭いながら苦笑した。


「まぁ、難しいことは後だ! お前はまずは楽しく学園生活を送るが良い! そうだ、なんならセリーヌ、ソフィー嬢を我が家の嫁に貰うのはどうだ? 男にお前をやるのは気に食わんが、麗しいソフィー嬢なら大歓迎だぞ?」


 ブファーーー!


 この親父は何を言ってるんだ! 一応この国に法律的に認められる同性婚はないぞ!


 そりゃ俺も、得体の知れない貴族の男に抱かれるくらいなら、可愛くて良い匂いのするソフィーの方が……って俺も何を言ってるんだ! 

 俺は三十八歳のおっさんだぞ! ダメだダメ。絶対ダメ。事案だ!


「んん〜? セリーヌ、お前、どうして顔が真っ赤なのだ?」


「もう! 知りませんわ!」


 コンコンコンコン!

 俺が両手で熱くなった顔をパタパタと扇いでいると、控室の扉が慌ただしくノックされた。


「入れ」


 親父さんの声に、執事のアルフォンスがスッと部屋に入ってきた。しかし、その顔にはいつもの冷静さが欠けている。


「先触れがございました。……まもなく、ルイ=オーギュスト殿下がこちらにお越しになるそうです」


 その報に、和やかだった控室の空気が、一瞬にして凍りつく感覚を俺は覚えた。

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