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KKK  作者: てこ/ひかり
第一幕
6/9

三回表 伝統

 スマホがあれば……。


 この高校に入学して以来、颯汰は常々そう思わざるを得なかった。

 それがあれば、彼らの悪行を、暴力沙汰の数々を録画・撮影出来たのに。


 だが前述の通り、緑茂高の校則で、《敷地内にスマホ及び撮影・録画出来る機材の持ち込みは禁止》されていた。確かにスマートフォンは未成年にとって危険や誘惑も多いだろう。しかし、いざと言う時どっちが頼りになるかと言うと、それは訳知り顔の大人より……親や先生より、ましてや法律や警察なんかより……断然スマホの動画の方に違いない。


 中には、いじめや暴力の動画を拡散するべきではない、と言う人もいる。確かにAIで、いくらでもフェイク動画が作れる時代だから、真実(ほんとう)は被害者なのに加害者側として広まってしまう……なんて事件も起きるかもしれない。私刑は良くない、という人もいる。確かにその通りだ。それは一理ある、と颯汰も思っている。


 しかし……世の中には『助けて』と叫んでも助けてもらえなかった人が、一体どれだけいるだろう。むしろ誰にも相談できず、泣き寝入りするしかなかった人がどれだけいるだろう。


 スマホがあれば……しかし、今颯汰の手元には、そのスマホすらなかった。もっとも、持っていたとしても冷静に撮影なんて出来る状況でもなかったが。


 歓迎会の話に戻そう。


 会場は、和気藹々(わきあいあい)としていた。もちろん一年生を除いて。穏やかに談笑する上級生たちの間で、颯汰たちはひたすら沈黙し、目の前の料理を信じられないと言った顔で凝視していた。

 全員で虫の入った料理を完食する……確かに先輩はそう言った。それがこの部のルールだと。


 ()()()()()()()()()()。この体育会系の上下関係というのが、中にはピンと来ない人もいるかも知れない。一応知らない人に説明しておくと、上級生というのは天皇や神に近い。

三年天皇

二年平民

一年奴隷

、なんて言葉を聞いたことがある人もいるかも知れない。先輩の命令は絶対で、逆らうと殴られても文句は言えない。なんで? と言われても、最初からそう決まっているのだ。

先輩より遅く起きてはいけない、とか。

一年生から三年生に直接話してはいけない、とか。

返事は「はい!」か「ありがとうございます!」だけ、とか。

軍隊式……と言われると、軍隊に入ったことがないので分からないが、きっとそうなのだろう。もちろん、今ではナンセンスだし、そうじゃない体育会系もたくさんあるということは念を押しておく。


 だが少なくともこの高校の野球部で、一年は奴隷に等しかった。それをこの歓迎会で、彼らは嫌というほど分からせられることとなった。颯汰は目の前の茶碗をじっと見つめた。米粒の間に豆のように埋まっているのは、確かにコオロギだった。死んでいる……はずなのだが、心なしか脚がピクピクと蠢いている。さらにその隣の汁物の中には、でっぷりとした芋虫が浮いている。思わず嗚咽を吐きそうになって、彼は慌てて目を逸らした。


「あの……」


 向こうの席で、颯汰と同じ一年の、名前も知らない誰かがおずおずと手を挙げた。丸眼鏡に坊主頭の、純朴そうな少年だった。

「これ……本気ですか?」

 丸眼鏡が口元をヒクつかせながらそう尋ねると、会場がシーン……と静まり返り、一斉に彼に視線が送られた。丸眼鏡はちょっと驚いたように顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに肩を縮こまらせた。すると、その斜め向かいに座っていた背の高い一年が、(おもむろ)に立ち上がった。


「……意味が分かりません」


 静かな声だったが、その声は会場に良く響き、颯汰の耳にもはっきりと聞こえた。吉常だ。彼には分かった。歓迎会の前に話しかけてくれたアイツ。吉常が無表情のまま、睨むようにして吐き捨てた。


「だってこんなの……あまりにもおかしいじゃないですか」

「何だぁテメー!」


 その途端、まるで示し合わせたかのように先輩たちが一斉に立ち上がり、彼の元へと集まってきた。人混みに飲まれ、吉常はあっという間に見えなくなってしまった。ただ声だけが、心臓が縮み上がりそうになる罵声だけが、颯汰の鼓膜を震わせた。


「何だその態度は!?」

「命令に逆らうってのか!?」

「僕は食べません」

「あぁ!?」


 たちまち空気が変わった。毅然(きぜん)とした態度を取る吉常を、彼よりさらに大柄な先輩たちが囲んだ。次の瞬間……何かが打つかるような音……颯汰の位置から直接は見えなかったが、恐らく蹴られた……やがて先輩たちの足の隙間から、吉常の顔が、苦悶に歪んだ彼の顔が現れた。


「テメ、誰にモノ言ってんだゴラァッ!!」


 そこからはもう、タコ踊りでもするみたいに、鰹節が踊ってるみたいに、先輩たちの足が吉常の顔目がけて乱れ飛んだ。颯汰も含め、一年は驚きのあまり動けず、全員顔面蒼白になった。何名かが止めに入ろうと腰を上げかけたが、

「良いから、食え!!」

 振り返った三年の怒号に、全員雷に打たれたような顔で、急いで料理をかっ込み始めた。こうなったらもう、気持ち悪いとか言ってられない。颯汰はヤケクソになって箸を口に運んだ。


 食用コオロギや幼虫の類は、見た目さえ乗り越えれば、エビやナッツのようなクリーミーな味がするという。木の中にいる幼虫は美味いが、土の中にいるのはどうしても臭みが消えないのでおすすめできない……とはいえ今の颯汰には、味わって食べている余裕などなかった。中々飲み込む勇気が出なかったから、無理やり水で胃の中に流し込もうとコップを手に取った。しかし……


「ぶぇっ!?」


 たちまち口の中に苦味が広がり、喉の奥がカァーッと熱くなって、彼は思わず咳き込んだ。それを見た二年がニヤリと笑った。

「酒だよ」

「さ……酒!?」

 颯汰は目を白黒させた。透明な液体の中身は、日本酒だった。それもかなりキツイ……冗談じゃない。颯汰は頭がくらくらしてきた。未成年者の飲酒なんて、一発で部活動停止、大会辞退になるレベルの不祥事じゃないか。


「それがウチの伝統だ」

 

 三年の真堂が、皆を見渡して当然のように言った。颯汰たちが呆然としていると、同じ三年生が囃し立てた。

「なぁに、誰かがチクらない限りバレやしないさ。何せここは、山の奥だからな……バレなきゃ犯罪じゃねぇんだよ。なぁお前ら?」


 誰も返事しなかった。出来なかったのだ。一年に用意された水分は、皆日本酒だった。昆虫飯を完食する……何か飲もうと思ったら、酒しかない。飲まなきゃ良いじゃないかと言う人は、目の前に昆虫食がないから、そんなことが言えるのだ。一年生が七転八倒する様子を見て、上級生たちが手を叩いて大笑いした。

「オイお前、コイツの分も食ってやれ」

 やっとの思いで半分食べたと思ったら、真堂が床で伸びている吉常を指差し、近くにいた颯汰に命令した。颯汰は涙目になりながら真堂を見上げた。真堂が面白そうに笑った。

「何だよ、もう酔っ払ったのか? そんなに嬉しいか?」


 自分が酒を飲むと顔が赤くなる体質だということを、颯汰は高校一年の時に知った。


 全員が完食するまで、たっぷり三時間はかかった。食事が終わると、三年の号令で皆自分の名札を持ち、グラウンドに皆で移動した。山の夜は早い。暗くなるのが早い。薄暗いグラウンドの中央では、キャンプファイヤーや護摩行で見るような、巨大な炎が燃え盛っていた。その脇に、監督と思しき黒い人影が見える。


「入部おめでとう」


 歓迎会での出来事を知ってか知らずか、監督が朗らかに一年生に話しかけた。もちろん誰も、返事をするものはいない。


「皆、名札は持ってるな。じゃあそれを、この火の中に投げ入れるんだ」


 歓迎会で席に置いてあった自分の名札。それを今度は、巨大な火柱の中に投げ入れろと言う。


「捧げよう」

 監督がにっこりと笑った。

「捧げよう、自分の人生を。野球に捧げよう。君たちは一旦、ここで死ぬんだ」

 誰も返事をしなかった。出来なかったのだ。やがて1人、また1人ゆっくりと、ゾンビみたいに火柱に近づいて行って、自分の名札を投げ入れた。颯汰もまた、フラフラと、中央の巨大な炎に引き寄せられた。肌を焦がすような熱さに思わず目を細める。アルコールが回っているのか、何だか思考が安定しない。

「捧げよう。オヤタマサマに」

 声がした。まるで頭の中から声が響いてくるような感じだった。


 灼熱の眼前、不意に、ヒヤリとした山の風が颯汰の頬を撫でた。名札を投げ入れた時……火の粉舞う眩い光の向こうに、彼は確かに見た。何者かが、いるはずのない何者かが、炎の中からジッと彼を見つめているのを。

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