表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KKK  作者: てこ/ひかり
第三幕
PR
24/25

十一回表 解決

 がしゃん!

 と音がして、血まみれの床に、真堂が持っていた斧と、それからバールのようなものが落下した。


 何が起きた? 

 分からない。颯汰が恐る恐る目を開けた時、視界から真堂は消えていた。台の上に縛り付けられているため、全体を見渡すことができない。暗がりの中、唯一分かるのは、音だけだ。ついさっきまで颯汰を殺そうとしていた真堂が、足元に蹲って、何とも痛そうな呻き声を上げるのが聞こえてきた。

 どうなってる? 

 状況は? 

 戸惑いながら、颯汰が固唾を飲んで成り行きを見守っていると、鬼の仮面が、にゅっ! と急に顔の前に現れた。


「ひ……っ!?」

「はぁ……はぁ……!」


 呼吸を荒くした鬼が、ゆっくりとその仮面を剥がした。雨と泥に塗れた、古めかしい御面の下から覗いたのは、颯汰の見知らぬ若い女性……少なくとも学校関係者じゃなさそうだ……だった。颯汰は両手足を縛られたまま、怯えながら尋ねた。


「だ……誰……?」

「だから……言ったでしょ……」

「……?」

「誰かがきっと……困った時は、ちゃんと……助けてくれる、って」


 彼女はブツブツと譫言のように、そう呟いて微笑み、やがて颯汰の縛られた縄を解き始めた。だが、その動きは緩慢で、もどかしいくらいに遅々として進まない。顔色から察するに、すこぶる体調が悪く、またひどく熱に浮かされているようだった。


「あ……」

 ようやく縄を解いてもらい、颯汰はよろよろと上半身を起こし、助けに来た女性に頭を下げた。

「ありがとうございます……?」

「…………」

 どういたしまして、と言って笑いたかったのだろう。しかし彼女は苦しそうに大きく咳き込み、声を出せなかった。

「あ、あの……貴方は……?」

「これ、を……」

 颯汰の問いかけを無視して、彼女は残る力を振り絞ってポケットから長方形の薄い箱を取り出した。スマートフォンだった。


「お願い……この中に、動画や写真が入ってるから」

「何……ですか?」

「山を降りて……お願い、みんなを助けて……! まだ捕まってる人がいるの……!」

「で……でも……」


 颯汰はゆっくりとベッドを降りながら……右腕が使い物にならないので、ただそれだけの動きなのに随分と苦労した……困惑した表情で女の人を見た。歳は、20代くらいだろうか? どうしてここが分かったのだろう?


「貴方は?」

「私は……もう無理みたい。動けそうにない……」

 彼女は力が抜けたみたいに床にへたり込んでいた。よく見るとずぶ濡れだ。顔が赤い。長時間雨に降られ、高熱が出ているようだ。颯汰は迷った。片腕の感覚がなくなった颯汰に、彼女を背負って下山する、なんて現実的に不可能だった。もちろん颯汰だって、今すぐにでもここから逃げ出したかった。しかし……年上とはいえ仮にも弱り切った女性を、それに瀕死の堀北や阪木を、こんな現実離れした拷問部屋に置いて行くのは、さすがに彼も気が引けた。


「良い? あなたが、助けを、呼びに行くの」

 上野、と名乗った女性が、迷える颯汰にゆっくりと説いて聞かせた。

「助けが来るまで、私は、隠れてるわ……その中にある、データは、決定的な証拠になる。もうこれ以上、犠牲者を増やさないために……」

「…………」

「早く……急いで! 時間がないの……監督がもうすぐ登ってくる……」

「わ……!」

 颯汰は息を呑んだ。ここまで来たら、もう腹を括るしかない。

「分かりました……!」 

 颯汰はスマートフォンを受け取った。パスワードを教えてもらい、画面を開くと、圏外になっていた。やはり山を降りて助けを呼ぶしかない。

「アドレス帳に、職場の番号が入ってるから……」

 千紘が激しく咳き込んだ。思い出したように、颯汰に鬼の仮面を手渡す。

「……それに家族も。お爺ちゃんに電話して。電波がつながったら、早く」

「分かりました!」

「待て……!」


 颯汰が駆け出そうとしたその瞬間。彼の足を血だらけの手がわし掴みした。真堂だ。颯汰は心臓が止まるかと思った。


「ひ……!」

「けっ……」

 真堂が嗄れ声で嗤った。地の底から響いて来るような、低い声だった。

「結局……()()()()()かよ。ケッ。どいつもこいつも……変わんねぇな。一緒、なんだよ。お前も、俺も……そんで、アレか? その動画を晒して、今度はみんなでカガイシャを叩いて遊びましょうってか? はっ。こりゃ傑作だ。お前らも結局、暴力で……ゲッ」

「行って!」

 真堂の最後の言葉は、残念ながら千紘の渾身の一撃に遮られ、濁音混じりの悲鳴に変わった。


「早く!」千紘が叫んだ。

「は……はい!」


 手の力が緩んだ颯汰は、弾かれたように走り出した。鉄の扉を出ると、狭く、薄暗い廊下が上に向かって続いていた。どうやらここは地下のようだ。学園の下に、こんな地下牢があったのか……地上に出た瞬間、新鮮な空気が颯汰を熱烈歓迎した。雨風は大分弱まっているようだった。ここは……職員室の裏手辺りか。幸い敷地内はまだ完全に停電しているようで、墨を溢したような暗闇の中、颯汰の人影は目立っていなかった。


 立ち止まってる暇はなかった。懐中電灯の直線が、サーチライトのように宙を飛び交う。その下を掻い潜るように、中腰になり、まるで匍匐前進するみたいに颯汰は校庭を進んだ。これだけ斜面がぬかるんだ中、夜の下山はほぼ自殺行為だが……それでも尻込みしているわけにはいかない。颯汰は飛ぶように、ほとんど滑落に近いスピードで斜面を転がり降りた。


 早く。早く。


 途中、どうしても迷った時だけスマートホンのライトを点け。蛍の光のような光源を頼りに、岩場や洞穴を慎重に避けて進んだ。追手は今どこにいるのだろうか? もう真堂たちの部屋にたどり着いたのか、それとも……戸惑いつつも、結局誰とも会わず、校門が近づいてきた。


 ホッとしたのも束の間、校門には大勢の大人たちが詰めかけていた。颯汰は茂みに隠れ、スマホの画面をそっと覗き込んだ。電波はまだ圏外のままだった。やはり麓まで降りなければ、山の中では電波は届きそうもない。そういえば……あの上野という女の人は、なぜ助けを呼んでと言った時に、警察や消防団じゃなく、自分の職場や家族に連絡してと言ったのだろう?


 颯汰は恐る恐る鬼の仮面を被った。そのままゆっくり、ゆっくりと校門に近づいて行く。校門で団子になっていた大人たちも、全員鬼の仮面を被っていた。颯汰の姿に気がつくと、

「おぅ、お疲れ」

「お疲れさん。寒かったろう?」

「あったかいお茶があるから飲んでおいき」

 皆口々に彼を労った。


 捜索中の生徒の1人と勘違いしているのだろう。颯汰は心臓の鼓動が普段の倍くらい忙しく鳴っているのに気がついた。急いでますから、とモゴモゴ言い、逃げるように人混みを掻き分けて行く。


 早く。早く。


「裏切り者は見つかったかい?」

「糞餓鬼共が、絶対許さねえ。半殺しじゃ済まねえからな」

「祭りじゃ、祭りじゃ」

 ドギマギしながら足早に出口に向かうと、

「おい、お前」

 不意に後ろから声をかけられた。


 監督だった。野坊野人。野坊が、パイプ椅子にどかっと座り込んだまま、颯汰に声をかけた。鬼の仮面の下で、颯汰は呼吸を荒くした。


「心配しなくて良いからな」

 野坊が、何を勘違いしたのか、怯えた颯汰を見てニヤッと笑った。

「俺たちがちゃあんと揉み消してやる。なぁに、勝ちさえすれば、大抵のこたぁ見逃してもらえるんだ。ちょろいもんだろ? 高校野球ってのは。へっへっへ」

「…………」

「安心しろ。この街の人たちにとっちゃ、野球は、神様みたいなものなんだからな」


 室内に笑い声が巻き起こった。颯汰は黙って一礼し、そそくさと監督の元を去った。無事校門を過ぎてからも、颯汰は振り返ることなく、足早に斜面を下り続けた。今にも自分の正体に気がついた大人たちがおってくるんじゃないかと思うと、気が気ではなかった。


 ようやく、本当にようやく、麓に辿り着き、町の灯りが見え始めたところで、颯汰は大きく息を吐き出した。恐る恐る後ろを振り返る。追手はいなかった。いつの間にか雨が止んでいる。鬱蒼と生い茂った木々の向こうに、小さくなった校門の灯りが見え隠れしている。


 その上。山をぐるりと囲み聳え立つ巨大な塀の上に、三日月が昇っていた。あの塀の中で過ごした数ヶ月が、颯汰にとっては、もはや遠く昔のことのように感じられた。颯汰は目を細めた。月光の下、何やら塀の上に人影のようなものが見えて、颯汰は目を疑った。まさか。あんな高いところに人がいるはずがない。彼は瞬きを繰り返した。あれは……鬼の仮面?


 鬼と目が合った、気がした。たちまち全身に怖気が来た。颯汰は踵を返し、逃げるように走り始めた。早く。早く。急いで。助けを呼ばなくちゃ。足はすでに棒のようになっていた。それでも、彼はスマホを握り締め、疲れた体に鞭打って走り続けた。いつまでも。いつまでも。再び雨が降り始めた。彼の行先に、黒黒とした曇天が渦巻き始めた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ