十一回裏 サヨナラ
海岸沿いのグラウンドは、選手たちの声で活気に溢れていた。
「すいません監督、お忙しい時に」
20代くらいの若い女性がぺこりと頭を下げると、男は白い歯を浮かべて笑った。日に焼けて真っ黒になった、筋肉質の爽やかな男だった。
「全く構いません。全てオープンにするというのが、我が部の方針ですから」
「大会が近いですよね。出来れば意気込みと……」
女性はメモを片手に少し逡巡した。
「……それから、どうして取材嫌いの貴方が、今回インタビューを受けようと思ったのですか?」
「…………」
男はしばらく返事をしなかった。2人の目の前を、ランニングしていた下級生の集団が、威勢の良い掛け声を上げて通り過ぎていく。若者たちはカメラの前で、心なしか緊張した面持ちだった。集団の最後尾が過ぎ去ったころ、男はようやく重たい口を開いた。
「……我々が学生だった時代に比べ、生徒の数は今や半減しています。少子化は結局止められなかった。高校野球は……いや、野球だけじゃない、日本のスポーツ界は、現在多大なる逆境の最中にあります」
流れる雲の下を、海鳥が気持ち良さそうに羽ばたいている。空は快晴だった。
「部活動の地域移行や、連合チームなどで頭数だけは何とか保っていますが、それもいつまで持つのやら」
「…………」
「限りある時間と人数の中で、長年培った伝統を、できるだけ良いものを継承していきたい。私たちは野球で育てられた。だから今度は子供達を野球で育てる番です。それが私たちの使命なんです」
「貴方がかつて在籍していた緑茂高校は……」
女性は言葉を選びながら、慎重に尋ねた。
「数十年前、非常に凄惨な集団暴行事件が起きました。部活動と体罰について、どうお考えですか?」
「……行き過ぎた指導は時に人を傷つける。あの事件は、当事者としていまだにトラウマというか、私も胸が苦しいです」
男は天を仰ぎ、顔を歪めた。
「でも、だからこそ、スポーツの楽しさを伝えて行きたい。嫌な部分、苦しい部分だけじゃないって知って欲しいんです。我々の学校では、校舎の至る所に監視カメラを設置しています。24時間監視下に置かれ、生徒の一挙手一投足を撮影、録画しています。死角はありません」
女性はチラとグラウンドに設置されたカメラを見上げた。ポールの先に設置されたカメラが、小さなモーター音を上げてゆっくりと首を横に振っていた。
「暴力の追放はこれからの指導者の命題だ。この地域クラブでは一切の暴力はありません。その身に愛を受けて育てば、人を愛する人間に育つでしょうし、逆に殴られて育てられれば、いずれ人を殴る人になるかもしれない。子供は大人の鏡ですから」
「誰かに助けられた経験がある人は、いずれ誰かを助けたいと思ってくれるかもしれません。私たちが大切にしているのは『笑顔』と『感謝』です。この2つだけはいつでも忘れるな、と生徒たちには言い聞かせています。どんな窮地でも笑っていろ、と。それからまだ野球ができることへの感謝を忘れるな、ですね」
「定期的に健康診断を行い、生徒たちの全ての数値を細かく把握しています。これからは科学的トレーニングの時代だ。闇雲にやっても意味がない。努力と根性でどうにかしようとするのではなく、大切なのは、数字を知り、自分の限界を知ることです」
「緊急搬送用のヘリポートもあって、何かあったら海外にだって一直線です。万が一に備えて、地下には手術室もあるんですよ。良かったら見学していきますか?」
「ええ。もし良ければ」
女性の言葉に、長身の男が白い歯を浮かべ、日焼けした右手を差し出した。空は澄み切っていた。白球が高々と舞い、部員たちの歓声がより一層大きくなった。
「改めて、ようこそ。赤池地域野球クラブへ。監督の真堂英輔です。一緒に甲子園を目指しましょう!」
完




