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KKK  作者: てこ/ひかり
第三幕
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23/25

十回裏 容量

「俺はよ……やっぱ人それぞれ容量(キャパ)って決まってる気がするんだよな」


 醒めた眼でこちらを見下ろしながら、真堂がポツリとそう呟いた。


(うつわ)、って言い換えても良いかも知れねぇ。人の器。分かるだろ? 何にも気にしない人もいりゃ、こんなことで怒るのって人もいる。でも、何でもかんでもなみなみ注いでたら、誰だってそのうち溢れかえっちまうよな。人ぞれぞれ限界が、人生の容量(キャパ)が決まってるんだ」


 真堂の血だらけの手が、まだ生暖かい温もりが、颯汰の足に触れた。颯汰はもはや、怖がることすら忘れていた。その鼓膜にはまだ悲鳴が……堀北と阪木の絶叫がこびり付いている。カタカタと、どこかで音がする。その音が、自分の奥歯が鳴っているのだと颯汰が気がついたのは、随分と時間が経ってからだった。


「勘違いするなよ。別に器が大きい方が偉いとか、そんな話じゃねぇ。大切なのは()()()()()()()()ってことなんだ。喜びも、悲しみも、自分の容量(キャパ)以上に受け取ることは出来ない……だから何かを手にいれるためには、自分の中の何かを捨てなくちゃあならないんだ」

「ひっ……!?」

「野球が上手くなるために……」


 ゴゴゴ……と、遠くで地鳴りのような音がする。外はまだ雨が降り続いているのだろうか? 真堂の右手で、銀色のメスが光を反射してギラリと輝いた。2人分の出血で、池のようになった赤黒い床の上を、若き執刀医がジャブジャブと音を立てて歩く。


「俺も色んなものを捨ててきた。犠牲にしてきた。土日に練習は当たり前、ゴールデンウィークも、夏休みも、盆も正月も……練習、練習、練習練習練習練習、練習だ。みんなが遊んでる時、休んでる時、寝てる時……人と同じことやって、人より上手くなるはずないもんな」

 

 楽しくなさそう……という言葉を、颯汰は済んでのところで飲み込んだ。そこまで行くともはや修業に近い。きっと彼は楽しいから野球をやってるのではないのだろう。じゃあ何のために、そこまで犠牲にして、野球をやっているのだろう? 恐らく将来プロになって手にする、莫大な契約金や名声のためだろうか? 真堂が颯汰の顔を覗き込んだ。その表情は笑っているのか、それとも泣いているのか。颯汰には良く分からなかった。


「だからよ、これは野球部あるあるかも知れねぇが……」

 真堂が自嘲気味に洟を啜った。

「俺には世の中のことがさっぱり分からねぇ。流行りの音楽も、食い物も服も、人気の芸能人や配信者どころか、総理大臣の名前すら知らねぇ。俺には、俺の器の中には、野球しかねぇんだよ。野球が上手くなるしかなかったんだ。勝つしかなかったんだ。じゃないと……」

「……?」

「でもな」


 真堂の目が暗く光った。


「やっぱ……いるんだよな。自分より上手い奴ってのは。どうしても。そんな奴を押し退けて、蹴落として、壊して」

 颯汰の右腕に激痛が走り、彼は思わず叫び声を上げた。見ると、腕に銀色のメスが突き刺さっていた。彼は目を丸くした。

「壊して、壊して、壊してッ!」

 真堂は、何度も何度も刃物を振り上げ、颯汰の腕にその切先を力強く突き立てた。鋭利な先端が皮膚を突き破り、肉を、骨を削り取り。動脈を掘り当てたのだろう、血飛沫が勢い良く暗がりに舞う。最初はビリビリと、電流を押し当てられたみたいな痛みが走っていたが、そのうちに右腕の感覚がなくなってきた。あぁもう、一生右腕は使い物にならないだろうな。恐怖と絶望の最中、颯汰は頭の奥の方で、自分でもおかしなくらい冷静にそう思った。


「そうして……憎まれて嫌われて、自分だけが生き残らなきゃならねぇ。それが勝負の世界ってやつだ」


 はぁ、はぁと、大きく肩で息をしながら、真堂が飛び出た目を血走らせた。尋常(まとも)じゃない。壊れているのは先輩の方じゃないか。颯汰は呆気に取られていた。まだこれが、自分の身に起きているこれが、本当に本当の現実だと信じられなかった。今に夢から覚めて、またいつも通り朝練が始まるんじゃないだろうか。あ、その前に掃除と洗濯と、朝ご飯の準備をしなきゃ。全く変な夢を見たもんだ……。


「本当……馬鹿馬鹿しいよな」

 真堂がフッと嗤った。

「スポーツマンにスポーツマンシップなんか求めるなっての。何が礼儀だよ。何が紳士だよ。俺たちの考えてることなんて、大概『一位になりたい』だの『誰よりも強くなりたい』だの、もっとドロドロした、獣じみた、エゴの塊じゃねぇかよ。なのになんでこんな部活動ばっか、教育の一環だの道徳的な人格形成だの、イチイチお高く止まった大人に目ェつけられるんだか」


 おっと。逃げようとしても無駄だぞ。


 残った左腕で、両足で必死に縄を振り解こうとする颯汰を見て、真堂が唇の端を釣り上げた。


「叫んだって無駄だ。ここは山の上……誰も助けなんてこねぇよ。お前ももう知ってんだろ?」

「あ……あ……!」

 嗤いながら真堂が得物を斧に持ち替え、両腕でゆっくりと振り被った。その狙いは、颯汰の胸に、心臓にぴったり定められている。たちまち震えがきた。夢じゃない。現実だ。これは現実なんだ。


「大人は誰も助けてくれない。教師だって、警察だって『見て見ぬふり』。『いじめはなかった』、『暴力はなかった』。これが現実だ。けけけ。ここじゃ野球のためなら、勝利のためなら、犯罪だって許されんだよ」

「あ……あぁああ、あああ……!!」

「けけ、けけけ、けけけけけ……!!」


 斧が颯汰の心臓目掛けて振り降ろされる。颯汰は目を瞑り、思わず涙ぐんだ。死ぬ。助けて。誰か助けて……!


「たすっ……助けてぇっ! 誰かぁっ!?」

「無駄だって言ってんのがッ、分かんねぇのかこのボゲッ!!」


 その時だった。暗がりから鬼の仮面を被った何者かが飛び出してきて、真堂に飛び付いた。

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