グラウンド整備
「人間の体を部品の寄せ集めとしてはならない」
という有名な言葉を残したのは、1984年、アメリカで臓器移植法が可決された時、後のクリントン政権の副大統領、アル・ゴア議員だ。
犯罪組織の主な収入源は
「武器」
「麻薬」
「人身売買」
である。今日の世界では、ごく一部の国を除いて、血液を売る、臓器を買う、奴隷売買……といった行為は禁止されている。体を売ることは世界的な悪になった。その代わりに出来上がったのが、血液銀行やドナーカードのような、慈愛と善意に溢れた、あくまで自発的な、無償の奉仕精神による利他的行為である。
しかしその無償の愛こそが、皮肉にもこの世界の闇をより一層深いものにしている。
犯罪組織にしたら、現行の血液・臓器収集システムは実入りの良い稼ぎ場だ。今や世界人口は70億を超えた。人間の肉体……原材料は基本的に無料で手に入る。しかし当然、買う方は手術代がかかる。利益率、なんていうとちょっと小難しく聞こえるかもしれないが、要するにただ同然で手に入れたものを、何百万・何千万もの大金で売り叩くことが出来るのだ。
そして被害者は訴えることもできない。臓器を売るのは犯罪だから、捕まるのはむしろ被害者の方である。こうして、悪質な斡旋業者に騙されて、安い契約金で(もちろん実際は全額支払われない)臓器を売り、警察に届けようにも泣き寝入りするしかない人も少なくない。
どうして臓器を売るのか? それはもちろん、生きていくためには金が必要だからだ。何より高く売れるからだ。1978年に世界で初めて体外受精が成功して以来、全世界で毎年50万人以上、日本でも約8万人の『試験管ベイビー』が誕生していることをご存知だろうか? とある調査では、不妊治療のための卵子提供や代理母出産などに志願する理由の約9割は「お金が欲しいから」である。
ところが愛は無償で無くてはならないと言う。正規の販売ルートが無いから、お金が欲しい人は結局、非合法な手段、ブラック・マーケットを頼る他ない。世界中の貧困層にとって、800ドルは一生かかっても手に入らない大金であり、そしてその800ドルで売った卵子や腎臓は、富裕層に大体2万〜8万ドルで販売される。
もちろん、売る方も当然分かっている。これが犯罪で、詐欺だということは。しかし、臓器を売らないと生きていけないのだ。何なら売れればまだ良い方で、現実は人身売買目的の殺人も後を絶たない。余談だが、ユニセフによると世界中に1日2.15ドル以下(極度の貧困状態)で暮らしている人は6億3000万人いて、そのうち約半数の3億超が未成年の子供である。
※宗教や思想信条の理由もある。とある地方では、血が出てしまうと体が弱くなるという土着信仰があり、中々血液が集まらない。それでも手術では輸血が必要になるので、医者も、非合法な手段で集めざるを得なくなる。その結果どうなったか。現地では人々が犯罪組織に誘拐・監禁され、毎日死ぬ寸前まで採血され続けた……なんて、B級ホラー紛いの事件まで実際に起きている。
もう一つ、この愛すべき慈善行為の問題点として、「匿名性」が挙げられる。
プライバシー保護の観点から、基本的に、移植を受ける側は提供者の素性を明かされることはない。少なくとも今の医療倫理での主流の考えはそうなっている。
しかしこの匿名性こそが、犯罪組織の格好の隠れ蓑になっているのだ。
余談だが筆者はこの間、愛車を手放した。中古車を売る際には事故歴や故障箇所、傷の痕をくまなく調べられ、また書面に嘘偽りなく記入しなければならない。あるいは、あなたは今、夕食の献立を考えている。スーパーに行くと肉や魚が並び、そしてそのパッケージには当然「国産」だったり「アメリカ産」だったり表記がしてある。
しかし臓器移植は、プライバシー保護ゆえに、無償の愛ゆえに、産地が明かされることはない。果たしてその腎臓がどこの誰のものだったのか、どんなおぞましい手段で調達されているのか、受ける側に明かされることはない。
犯罪者にとってこれほど有難いことはないだろう。誤魔化し放題、産地偽装し放題なのだ。中には、臓器と車や食べ物を一緒にするなよ、と言われる方もいらっしゃるかもしれない。全く持ってその通りである。今や人間の臓器は車や食べ物以下の扱いなのだ。
耳が痛い話かもしれないが、実は日本は国際的には、人身売買の受け入れ大国として知られている。日本の「外国人技能実習制度」は米国務省に現代の「奴隷制度」、「強制労働」として認知され、実際に報告書に載っている。中には低賃金での長時間労働、トイレに行くたびに罰金を貸す、逃亡防止のための強制貯金といった違法行為が報告された。
日本では05年に刑法が一部改正され、第226条「人身売買罪」が導入された。令和5年に誘拐・人身売買の認知件数は526件、令和6年は588件であった。臓器移植や強制労働・売春以外にも、偽装結婚など、近年より手口が複雑・巧妙化している。
こんな美しく平和な国に限って、奴隷産業や人身売買なんてあり得ない……なんて認識からまずは改めるべきかも知れません……ね。
(文・上野千紘)




