表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KKK  作者: てこ/ひかり
第二幕
PR
19/25

九回表 洞穴

「はぁ……はぁ……!」


 颯汰と堀北は、土砂降りの山の中を、息を切らして駆け上がっていた。警備員にカバンの中身を見咎められて、2人は辛くも塀の中に、松尾と阪木は塀の外に逃げ出した。その途端、地震速報みたいな警報が山中に鳴り響き、一体どこに隠れていたのか、わらわらと大勢の警備員が飛び出してきた。


「はぁ、くそ……っ! もっとゆっくり、慎重にやれば良かったんだ。なのに……はぁッ……アイツが急かすから!」


 颯汰の後ろで堀北が悪態を吐いた。2人は山道を逸れ、木々に覆われた斜面を出鱈目に登っていた。チラと振り返ったが、幸い警備員の姿は見えない。さすがに毎日トレーニングしている分、しばらく追いつかれる心配はなさそうだ。

 とはいえこっちは完全に袋小路だった。出口は、麓に降りる門はさっきの一つしかない。仕方なく2人は山を登った。しかし、このままではもうすぐ、校舎にたどり着いてしまう。きっと校内にも、違反した4人が逃げ出したという連絡は行ってるはずだ。


「どうしよう……!?」

「とにかく……一旦……休ませてくれ!」


 堀北が苦しそうに喘いだ。もう数十分は走り続けている。山の中腹に、熊が冬眠で使っていそうな横長の洞穴を偶然見つけ、2人は急いでその中に転がり込んだ。

「はぁ……はぁ……っ!」

「はぁ……!」

 洞窟は高さが1mほどしかなく、立つことは出来なかったが、疲労を感じていた颯汰と堀北は喜んで横になった。ひんやりとした岩肌が火照った体を冷却していく。今にも胸を突き破らんとばかりに悲鳴を上げていた心臓が、ようやく休める喜びに震えた。


 洞窟の中は暗かった。明かりは、入り口から少量差し込むだけで、何とも心許ない。中は余計に雨音が目立ち、奥からごうごうと唸る風の音も相まって、なんとも不気味な音響空間になっていた。走っていた時は焼石でも飲み込んだみたいに熱くてしょうがなかったが、いざ立ち止まると、たちまち雨と汗で体が冷え、一気に全身に寒気が来た。紫色になった唇を震わせながら、颯汰は隣にいた堀北に尋ねた。


「これからどうする……!?」

「こうなったら……先公の、スマホをいただこう」

「え?」


 颯汰は思わずぽかんと口を開けた。堀北は額に滴る汗を拭いながら、静かに息を整えた。

「だってそうだろ? 下には降りられない。このまま天辺まで登ったら校舎しかねぇ。逃げ場がねぇなら、誰かに助けを呼ぶしかない」

「でも……」

「生徒は禁止でも、教師ならスマホくらい持ってんだろ。ソイツを一台掻っ払って、嘘でも何でも吐いて警察を呼ぶ」

「それは……」

 颯汰は目を泳がせた。


 確かに教師ならスマホの一台や二台、持っていることだろう。しかし、大抵の人はポケットに入れているか、もしくは首からぶら下げているんじゃないだろうか。ましてやこの緊急事態、そんな都合良く、机の上に置きっぱなしにしている人がいるとも思えない。


 と言うことは、奪うことになる。


 颯汰はたちまち気分がずっしり重くなるのを感じた。今までスリの経験なんてあるはずもなく、まさか無抵抗で渡してくれる人などいる訳がない。向こうには顔も割れている。作戦の難易度はかなり高い気がした。こう言うのは阪木の方が得意そうだ。そういえば、阪木と松尾は無事逃げ仰せただろうか? 


「俺はもう懲り懲りなんだ」

 堀北が、ひどく疲れた顔をして吐き捨てた。

「何で野球しに来ただけなのに、こんな刑務所紛いの、拉致監禁暴言暴行の憂き目に遭わなきゃいけないんだよ。阪木じゃないが、もう全部、世間にぶち撒けてやろう。ウチの野球部が如何に腐ってるか。構うもんか。警察沙汰になったら、困るのはあっちだ」


 颯汰は黙って、自分に言い聞かせるように、ゆっくりと頷いた。どっちみちここにいたら、見つかるのは時間の問題だ。殊勝に頭を下げても、処罰は免れまい。乗りかかった船だ。他に方法もない、ような気がした。


「やろう」

「やろう」


 そう言うことになった。洞穴から這い出ると、束の間、雲の切れ間から夕陽が覗き込んでいた。やるなら今しかない。2人は疲れた体に鞭打って、ゆっくりと、急な斜面を登り始めた。


 山の夜は早い。登ってるうちに、あっという間に周囲は真っ暗になった。世間には果敢にも真夜中に登山を敢行する『ナイトハイク』なんて趣味もあるが、現地人の颯汰からすれば、夜の山ほど危険な場所もない。視界は悪いし、獣は彷徨いてるし、それにこの雨じゃ、いつ足を滑らせて滑落するか分からない。殊更、松尾と阪木の無事を祈りながら、2人はようやく蛍光灯の灯りが溢れる我が学び舎へとたどり着いた。


 幸いにも、他の生徒たちはまだ『夜練』に駆り出されているところで、周囲には人影らしき人影は見当たらなかった。颯汰と堀北は顔を見合わせた。


「脱走者が出たんで、しばらく自主練してろとでも言われたんだろうな」

 堀北がホッとしたように頷いた。さすがの彼も緊張しているらしい。

「こっちだ」

 2人は忍び足で職員室へと向かった。校舎の中に入って万が一誰かと鉢合わせしないよう、裏に周り、迂回して北側から職員室に近づいた。幸い鍵はかかっていなかったが、中には誰もいなかった。電気を点けるわけにもいかないので、暗がりの中、2人は音を立てないように、手探りで机の上を物色した。だが……案の定……探しても探しても、目当てのものは見つからなかった。空振りだ。ワンストライク。


 また雨が強くなってきた。遠くの方で雷が鳴る。窓の外で、大粒の雨が激しい音を立てて滴り落ちて行く。

「無線機だ」

 稲光に照らされながら、堀北が怖い表情で、唸るように呟いた。

「放送室に、災害用の無線機があったろ。それを使って麓に連絡するんだ」

「でも……」

 颯汰は不安げに濡れた髪を撫で付けた。放送室は3階、三年生の住む部屋の近くにあった。いくら出払っているとはいえ、誰かに鉢合ったら一巻の終わりだ。そもそも颯汰には無線機を扱う知識すらなかった。あぁ、こんな時に松尾がいてくれたら……。


「急ごう。ぐずぐずしてると、みんなが戻ってくる」

 悠長に考えている暇はなかった。堀北がキーケースから放送室の鍵を抜き取った。職員室を飛び出て、窓から見えてしまわないよう、半腰になって廊下をジリジリと進む。普段なら10分もかからずたどり着くはずの距離が、やけに遠く、1分1秒が非常に長く感じられる。雷が近くに落ちてすごい音を立てた。停電してしまわないと良いが。そもそもこんな悪天候の中、無線機はちゃんと使用できるのだろうか?


「そういや堀北、無線機使えるの?」

「いや……」


 それっきり、2人は無言になった。そもそも無線機に触れるのは教師か幹部候補生だけで、部員には普段放送室に入る権限すらなかった。唯一入れるのは掃除の時くらいだった。それでも万が一無線機を壊してしまえば、何十万と損害賠償を請求されるのは目に見えてるから、誰も入りたがらなかった。


「やるしかねぇだろ」

 堀北が振り返らずに颯汰を鼓舞した。

「諦めんなよ。最後のアウトを取るまでは、何が起きてもおかしくねぇんだ」

「……っくしゅんっ!」

 寒さに耐え切れず、颯汰は思わずくしゃみをした。その時だった。


「あ……」


 廊下の角から、同部屋の伊賀が顔を覗かせていて、2人は氷のように固まった。見つかった。一瞬、時間が止まったかのように思えた。どうしてこんなところに……伊賀は幽霊にでもあったかのように、目を丸くして、あんぐりと口を開けながらこっちを見つめていた。追い込まれた。これでツーストライク。


「あ……」

「伊賀。伊賀」


 暗闇でも分かるくらい青い顔をして、今にも叫び出しそうな伊賀を何とか宥めすかそうと、堀北が必死に囁きかけた。とにかく、ファールでも何でも良いから粘って粘って、時間を稼がなくては。


「頼む。見逃してくれ。今はヤバいんだ……」

「あ……あ……」

「なぁ。同じ部屋の仲間だろ? 頼むから先輩にチクるのは……」

「あ……あぁああ、ああああああああ!!!」


 まるで甲子園のサイレンみたいな甲高い悲鳴が、雷にも負けないくらい、廊下に大音響で轟く。颯汰は思わず目を瞑った。参った。これでバッターアウト……いや、試合終了か?


「見つけた! 見つけたぁ!」

「……宮若。お前、放送室に行け。俺が囮になる」

「え?」


 横を見ると、堀北が覚悟したような笑顔で、颯汰に放送室の鍵を投げて寄越した。それから伊賀の首根っこを捕まえると、躊躇なく投げ飛ばした。

一本背負い!

あまりにも鮮やかな柔道技だった。颯汰があっけに取られているうちに、堀北は慣れた動きで寝技に持ち込んで、素早く伊賀を絞め落とした。可哀想に伊賀は、あっという間に白目を剥いて気絶してしまった。


「野球部辞めたら、柔道部に入ろうかな。『逆ドカベン』だ。へへ」

 全てが終わった頃、颯汰はまだ、目の前で何が起きたのか把握しきれていなかった。彼が口をぱくぱくとしていると、堀北が照れたように笑った。

「行け。お前の足なら大丈夫だろ」

「え……で、でも」

 颯汰は泣き出しそうな目で堀北を見た。自分のせいだ。自分がくしゃみなんてするから……。

「ごめ……! ぼ、ぼぼほ僕……!」

「……誰かがミスしたら誰かがカバーする。それが野球だろ?」

「堀北……!」

「行け!」


 堀北の言葉に背中を押され、颯汰は弾かれたように階段を駆け上がり始めた。雨音が、遠雷が、まるで地鳴りのように校舎を揺らした。 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ