六回表 計画
その日の夜は眠れなかった。
真堂たちの談笑はそれからしばらく続いた。必死の思いで声を殺し、足を忍ばせ部屋に戻った颯汰と堀北は、今しがた見聞きした給湯室での会話を皆に話した。時刻は0時を回っていた。2人とも、興奮気味で話はだいぶ要領を得なかったが、電気の消えた部屋の中、残りの5人が食い入るように聞き入った。
「ど、どうしよう……!?」
一番狼狽えていたのは、さっきまで泣きじゃくっていた松尾である。
「何とかしなきゃ……このままじゃ大変なことになっちゃうよ!?」
松尾は黒縁メガネを外し、赤く腫らした目を何度も擦った。
「その人、助けなきゃ!」
「でも……どうやって?」
暗闇の中、誰かがポツリと呟いた。部屋の中が一気に静まり返った。そうだ。颯汰も何も言えなかった。確かに話を聞く限りでは、今取材に来ているあの若い女性記者に、何らかの危機が迫っている。あの真堂先輩なら、確実に実行するだろう。それは間違いない。
しかし……具体的にどうすれば良いのだろう?
先輩に「やめろ」と言って聞くはずもないし、そもそも一年にそんな発言権はなかった。言った瞬間、殺されてもおかしくはない。三年生に逆らうくらいなら、裸で逆立ちして校庭を100周した方がマシだった。颯汰は想像しただけで身が竦んだ……事実、先輩に逆らい続けた吉常は、非業の末路を遂げたではないか。
「……もう寝なきゃ」
誰か……この声は伊賀だろう、そばかす顔の、臆病で、いつも何かにビクビク怯えているヤツだ……がそう呟き、のそのそと布団に潜り込む音が聞こえた。それが合図だったかのように、他の面々も、黙って布団に潜り込む。残された颯汰と、堀北と、そして松尾が黙って顔を見合わせた。
7人部屋だったが、うち4人は、今回の件に消極的だった。というか関わり合いたくないみたいだった。彼らを誰が責めることが出来るだろう。颯汰でさえ、自分で見聞きしていなかったら、「怖いなぁ」で流していたかもしれない。実際、怖い。下手に藪を突いて、次に殺されるのは自分かも知れない。
あぁ……そうだ。颯汰は胃がズシンと沈むのを感じた。吉常は、殺されたんだ。表向きは自殺と言うことになってるが、いやさらに表の表向きは、治療中ということになっているが、彼は、殺されたも同然じゃないか。どうして……颯汰は初めて吉常と会った時、彼と話した言葉を思い出していた。
部活動って、こんなに命懸けでやらなくちゃいけないのか?
野球で失敗したら、犯罪者のように叩かれて殴られて、殺されなくちゃあいけないのか?
たった一度のミスも許されないんだったら、だったらもう、人間はスポーツを止めて、AIにでもやらせれば良い。少なくとも、死ぬようなことじゃない……。
「……証拠が必要だな」
気がつくと颯汰は、はらはらと涙を溢していた。3人の中で一番冷静な堀北が、低い声でポツリと呟いた。
「証拠がないと、どうしようもねぇ。そんな事実はなかったって、お偉いさんから握り潰されて終わりだろ。録音か、映像が要る」
「でも……」
松尾が顔を歪めた。緑茂高が、敷地内での撮影禁止、スマホ持ち込み禁止なのは周知の事実である。聞くところによると、麓の巨大な鉄の校門では、守衛が24時間体制で見張っていて、中では金属探知機やX線検査を行っているらしい。颯汰も見た。今年は3名だった。毎年数名が、こっそりスマホを校内に持ち込もうとして、探知機に引っかかり停学や退部処分を受けている。
「どうやって……」
「……とにかく、寝よう。明日考える」
そう言って堀北はゴロリと横になった。しかし、そう悠長に事は運ばなかった。次の日。眠たい目を擦りながら早朝練習に向かうと、ちょっとした騒ぎが起こっていた。A組で、真堂先輩が練習を休んだと言うのだ。
「え?」
颯汰は耳を疑った。一応、A組ともなると自由度は上がる。レギュラークラスの体調管理や練習内容は個人個人に委ねられている。もちろん、練習をしないとその分誰かに追い抜かれ、立場が危うくなるのだから、休む人は滅多にいない。颯汰は真堂が練習を休んでいる姿を一度も見たことがなかった。むしろ、誰よりも早くグラウンドに来て、誰よりも遅くまで残っている。野球に関してだけは、真面目な人だと思っていた。
さらに深く話を聞いてみると、どうやら真堂先輩は、山を降りて麓に出かけているらしい。何の用事かは分からないが、
「でも、あの人の父親って、確か有名な政治家だろ?」
「え? そうなの?」
誰かが噂話を、また別の誰かから聞いて、颯汰に得意げに話して聞かせた。
「そうだよ。んで、緑茂教の幹部でもあるんだって。だから誰も逆らえねーのよ。もちろん、そんな後ろ盾なくなって、あの人は実力で全員黙らせてんだけどさ」
「じゃあ……」
「おおかた金をせびりに行ってんじゃねーかって噂だよ。だって、高校生が普通、酒やらタバコやら買えないもんな。でも、あの人は特別なんだよ。真堂はこの町じゃ特別なんだ……」
彼はその噂で納得していたようだが、颯汰は、別のことを考えていた。昨日立ち聞きしてしまったあの話……一抹の不安が彼の胸をよぎった。
「どうする?」
早速堀北と松尾を呼んで、颯汰は聞いたばかりの話を聞かせた。全く、噂話というのはこうやってどんどん原型を失って、あれよあれよという間に広まって行くのだろう。しかし、話さずにはいられなかったのだ。校庭の隅で、堀北は顔をしかめた。
「どうする、たって……俺たちが練習サボるわけにも行かねーだろ?」
その通りだった。当然一年に、C組にそんな自由はない。自由度の度合いで、どちらが上かを、優劣をしっかりと叩き込まれる仕組みになっている。改めて考えてみると妙なシステムだ。近代において人間は基本的に不自由だった。
「でも、今すぐ動かないと、あの人が……」
「とにかく」
松尾の言葉を遮って、堀北が声をひそめて言った。
「自分に制御できることに集中しよう。出来ないことまで、あれこれ悩んだってどうしようもねぇ。とにかく、今はスマホだ。どうにかして学校にスマホを持ち込む。これだけに集中するんだ」
「それは……」
「……うん」
颯汰と松尾は顔を見合わせて頷いた。さすが、堀北は有名なシニア・リーグでキャプテンをやっていただけの事はある。何だかどっかの名言のパクリっぽかったが、落ち着いた物腰で、彼の言葉には説得力と安心感があった。
「なんやテメーら? そんな隅でコソコソコソコソ」
すると突然、背後から甲高い声が飛んできて、颯汰たちは飛び上がった。振り返ると、すぐ近くで阪木……あの妙な方言を使う、浅黒い肌の少年だ……がニヤニヤしながらこっちを見ていた。会話を聞かれていたのか? 颯汰たち3人に一気に緊張が走った。その様子を見て、阪木がより一層唇の端を釣り上げた。
「何やオモロそうな計画企んどるやないの。ワシも混ぜてーや。ちょうど退屈しとったんや」




