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KKK  作者: てこ/ひかり
第二幕
14/17

六回裏 退屈

 夕刻。C組のグラウンドではトンボ掛けが行われていた。グラウンド整備は一年の、C組の仕事だ。A組はもちろん、そのまま体育館や別のグラウンドで自主トレを続ける。


 それから、ファールボール回収も。山の夜は早い。日が完全に落ちる前に、草むらに転がったボールを、出来るだけ多く回収しなければならない。グラウンドの状態(コンディション)が悪かったり、ボールの数が少ないと問答無用で鉄拳制裁だから、みんな至って真剣だ。颯汰たち一年は手分けして作業に取りかかった。膝の高さまで伸び切った雑草の中で中腰になり、颯汰は汗だくになりながら必死で白球を探した。


「ねぇ、スマホの件なんだけど」


 背中に背負ったカゴが半分くらい埋まった頃、松尾と堀北が近くにやってきて、雑談タイムが始まった。


「堀北……君。何か思いついた?」

「ん? いや、まだ」

「……そう? 宮若君は?」

「僕は……」


 颯汰は軍手で額の汗を拭いながら首を振った。実際、練習中はそんなこと考えている余裕も無かった。金属探知機にX線なんて、空港の手荷物検査並みの厳しさだ……実はまだ、生まれてこのかた飛行機に乗った事はないんだけれど。


「校門じゃなくてさ。別のところから投げ入れたり出来ないかな?」

「あの塀を? 無理だろ」


 松尾の提案を堀北が早速退けた。山の麓をぐるりと囲んでいる白い壁は、巨大なダム建設の跡地か何かで、軽く100m以上はある。肩の強さには定評のある高校球児たちではあるが、真上に、垂直にボールを投げた場合、届くのはせいぜい高さ100mくらいだろうか。あとちょっと届かない。余談だが、日本一高いダムは富山県の黒部ダムで、堤高186m。総貯水容量No. 1は岐阜県の徳山ダムで、6億6000万立方m、これは浜名湖の約2倍、東京ドーム約532個分である。


「ラジコンか、ドローンで空輸するのは?」颯汰が思いつくまま口にした。

「ああ、ドローンだったら、数kmの高度でも飛べるね。完全に法律違反だけど」

 松尾が顔を綻ばせた。ラジコンもドローンも、航空法で、高度150m以上を超えて飛行させる時は国土交通大臣の許可が必要になる。見つかったら退学どころか完全な犯罪者だが、今のところ一番現実的な方法かもしれない。


「問題は、誰にも見られないようにしなくちゃいけないってことだ」

 堀北が渋い顔を作って唸った。

「真夜中に飛ばせば大丈夫じゃない?」

「どうかな……結構夜中まで素振りしてる先輩とかいるしな。山頂まで飛ばすのはリスクが高いと思う。麓に取りに行くんだったらライトは絶対要る。夜の下山は危険だし……一番良いのは、夜中のうちに壁だけ超えて、保管場所決めといて朝こっそり取りに行くか、だな」

「じゃあ……」

「おーぅ、お前ら!」


 すると突然、雑草の向こうからひょい、と浅黒い顔が現れた。アイツだ。阪木だ。颯汰たちがギョッとして固まっていると、阪木がニヤニヤとこちらに身を乗り出してきた。もしかして、盗み聞きしていたのだろうか?


「そぅ邪険にすんなァ。ワシも混ぜてくれぇ」

「…………」

 颯汰と松尾が不安げに顔を見合わせた。堀北なんかは、あからさまに警戒心を剥き出しにしている。3人はまだ、この阪木を信用していなかった。別部屋だったし、お互い顔は合わせているが、特に仲が良かったわけでもない。


 何より阪木は、確か、先日の入れ替え戦でB組に昇格したばかりだった。二年生が中心のB組……つまり先輩たちにより近い位置にいるということだ。万が一裏切られて、計画を密告されたら元も子もない。


「別に、何も変わらんて。BもCも」

 阪木が大袈裟に肩をすくめて見せた。

「結局、レギュラーだけやん。偉いのは。レギュラー獲って、試合に出らんとなーんも話にならん。後は二軍だろうが三軍だろうが、その他大勢の有象無象と大して変わらんで」

「……レギュラーを狙ってる奴が、俺たちと遊んでる暇あんのか?」

 堀北が眼光鋭く尋ねた。阪木が挑むように目を細めた。

「せやから退屈しとんねんこっちは。なんぼ下で結果残したって、結局ここのチームは年功序列や。過去の栄光で聖域作って、もうとっっっくに衰えとるくせに、知名度(ネームバリュー)でレギュラーの椅子に踏ん反り返っとる老人(ロートル)ばっかやねん。マジで。何のための数字(データ)やねん。そんで、こっちがちょっとでもアピールしたら妬んで憎んで、足引っ張って……アホくさ。この商売、目立ってなんぼやろがい。年齢なんて関係あるかいな」


 阪木が憎々しくそう吐き捨てた。颯汰たちは改めて顔を見合わせた。颯汰は驚いていた。部活動は商売ではないが……ここまで先輩に啖呵を切っている同級生を、彼は初めて見た。先輩とは恐怖の対象だったので、自分は、逆らおうという気にすらならなかったのに。B組で何があったのか知らないが、この阪木も、相当上に不満が溜まっていそうだった。


「……良いのか?」

 堀北がまだ疑ってそうな目を阪木に向けた。

「もし今回の件が成功したら……恐らくニュースにはなる。社会問題になるかもな。しばらく大会には出場停止になるかもしれないぞ。俺たちだって、無事じゃいられなくなるんだ」

「ひひひ。どっちにしろ『もう終わり』なら、ド派手に散った方がオモロイやんけ。いっそ思い切ったことやろうや」


 阪木が心底愉しそうに笑った。颯汰は内心舌を巻いた。自分には到底出てこない考え方だった。世の中にはこんな奴もいるのか。自分なら、ひたすら保身を考えて、隠蔽にだって加担してしまいそうになっていたのに。その破壊衝動が羨ましくもあり、また怖くもあった。


「たとえば……スマホじゃなくてもええやん」

「は?」

 阪木が得意げに鼻の下を擦った。

「ほら、インスタントカメラとか、ポロライドカメラとかあったやろ。昔のカメラで、ネットに繋がってないやつ。あんなんお前、全部プラスチックやんか。スマホより楽に持ち込めるやろ」

「インスタントカメラは電池式だよ。金属探知機に引っかかる」

 松尾が素早く訂正した。どうやら彼は機械に詳しいようだ。

「それに、X線でカメラの形だってバレバレじゃないかな」

「ひひ。やから、分解するんよ」

「分解?」

「そう。部品をバラバラにして持ち込んで、中で組み立てりゃええ。電池の一個や二個ならヨユーで持ち込めるやろうし。どや?」

「……出来るのか?」

 堀北が松尾に尋ねた。松尾がメガネを光らせながら唸った。


「うーん、一応DIYで、木製のピンホールカメラを組み立てたことはあるよ。最近じゃ趣味雑誌の付録で、二眼レフとか、フィルムカメラも組み立てられるんだ。最初からパーツが入ってて、プラモデル工作みたいな感じ。レンズはプラスチックだけど、ネジとかはもちろん金属製で……」

「……バラバラにして持ち込んだら、完成品の形は分からないかもな」

 堀北が唸った。

 颯汰はやったことがないが、半日もあれば余裕で組み立てられるらしい。他にも

プラネタリウムや、

活版印刷機、

高電圧発生装置

なんてものも売ってある。値段からして耐久性は低いかもしれないが、使い捨てと考えれば十分だ。部品がどれだけの数あるか分からないが、4人で分散して持ち込めば、そう難しい話じゃなさそうだった。


「……どうする?」

「二段構えで行こう」

 堀北が皆を見渡して言った。

「スマホとトイカメラ。両方ともやる。どっちかが成功すれば良い。費用的に、手っ取り早く取り掛かれるのはトイカメラだな。早速準備しよう」

「うん!」

「よっしゃ!」


 4人の歓声が、静かに、熱く草むらの陰で響き渡った。颯汰もまた、計画の目処が立って高揚しつつも、胸の奥で一抹の不安が駆け巡るのを感じていた。果たして上手くいくだろうか? それに、仮に無事撮影機材を密輸出来たとして、次の問題がある。先輩たちの、真堂の悪行を盗撮しなければならない。当然、見つかったら終わりである。


 灰色の雲が早々と、右から左へと流れて行き、だんだんとその色を濃くしていった。胃の中のものを戻しそうになる緊張の日々は、まだまだ続きそうだった。

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