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KKK  作者: てこ/ひかり
第一幕
10/12

五回表 警報

 妙な胸騒ぎがして、千紘は思わず目を覚ました。


 真夜中だった。静かだった。物音と言えば、窓の外から、耳馴染みのない野鳥の鳴き声が聞こえてくるくらいだ。ここは……千紘は目を瞬かせた。自分の部屋ではない。煉瓦館の隣にある客室に、彼女は泊まっていた。


 そうだ。千紘は上半身を起こし、軽く頭を振った。私、取材に来てたんだっけ……何だか嫌な夢を見ていた気がするが、何にも思い出せない。いつの間にか背中にびっしょりと寝汗を掻いている。暑くはない。山の夜は、むしろいつもよりひんやりと肌寒さを感じるほどだった。時計を見ると、2時35分。草木も眠る丑三つ時ってやつだ。


 暗がりの中、千紘は右手を伸ばし、充電中のスマホを手に取った。たちまち輝き始めた四角い画面に目を細めながら、よろよろとベッドから這い出す。喉が渇いた。とりあえず、何か飲みたい。トイレにも行きたいし、それにこの汗……まさか泊まるとは思ってなかったから、着替えなんて持ってきていない。飲みかけのペットボトルで喉を鳴らしながら、千紘は小さく肩を落とした。


 そっと部屋の扉を開けると、廊下は、部屋以上の静寂と暗闇に包まれていた。スマホのライトを起動させ、千紘は部屋の外へと足を踏み出した。トイレは、ちょうど廊下を突き当たった角にある。


 夜の学校……建物の造りはおよそ学校らしくなかったが、学校には違いない……は静まり返っていた。千紘は小学生の頃、夏休みに友達と数人で、こっそり夜の学校に忍び込んで肝試しをしたことがある。まさかその時は、学校側が警備会社と契約して侵入者を容赦無く通報するなんて思いも寄らなかった。校門をよじ登った瞬間、けたたましい警報音が校庭に鳴り響き、千紘たちは心臓が喉から飛び出るほど驚いた。皆蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、中にはへたり込んで泣き出してしまう子もいた。


 後日監視カメラの映像にバッチリと千紘たちの間抜けな姿が映っていて、親や教師からこれでもかと言うくらい怒られた。おかげで今でもトラウマである。千紘なんかはいまだに、幽霊よりも警報器の方が怖いと信じている。


 トイレを済ませ、部屋に戻る途中で、昨日の応接室の前を通り過ぎた。そういえば……昨日目撃したあの保護者は、どうなったのだろう? 確か自分の子供に会わせてくださいと泣き叫んでいたが……何かあったのだろうか?


 分からない。千紘がふと窓の外を見上げると、いつの間にか雨は止んでいた。雲の切れ間から星が見える……それに隣の宿舎の、3階の一室だけ、明かりが点いていることに気がついた。他の部屋は全部消灯していて、周囲は真っ暗だったから、余計目立っていた。窓の向こうから煌々と漏れ出す四角い白い光は、まるでそこだけ空中に浮かび上がっているかのようだった。


 誰か、生徒でも起きているのだろうか? 勉強? まさか、こんな時間に素振りでもしてるの? ぼんやりと窓の外を見上げていると、不意に明かりの向こうから人影が現れた。千紘は一瞬固まった。黒い人影は……決してそんなはずはないのだが……何だか千紘の方を見ているような気がして、思わずドキリとした。


 千紘は窓の外に目を凝らした。少し距離があって分かり辛いが、闇夜に浮かぶ人影は、確かに頭に2本のツノのようなものが生えている気がした。お面でも被っているのだろうか? 

だが、何のために? 

何でこんな時間に?? 

分からない。頭の中の疑問符は増え続けて行く。そうしているうちに、フッ、と人影は部屋の中に姿を消した。


 ……まさか、こっちに向かってるんじゃないでしょうね?


 そんなはずはないと分かっていても、千紘は背中に冷たいものが走り、身体が身震いするのを感じた。どちらにせよゾッとしない話である。千紘は小走りになって、慌てて自室へと戻った。部屋に鍵をかけロックを下ろし、念の為、窓が開いていないかどうか確かめる。カーテンをそっと開くと、思いがけないものが目に飛び込んできた。


「何、これ……?」


 千紘は思わず声を漏らした。窓の外に、いつの間にか紙が挟まっている。どうやらメッセージカードのようだ。ライトを当てると、部屋の中からメッセージが読み取れた。


『今スグ ココカラ 逃ゲロ』


 カードには角ばった文字で、そう書かれていた。千紘はいよいよ恐怖した。自分に霊感はない……占いやスピリチュアルは好きだが、幽霊の類は正直、信じていない。それよりもこれは、この紙は、確かに現実に存在しているものだ。つまり誰かが、生きている誰かが書いたということだ。そのことが何より恐ろしかった。


「誰が……?」


 千紘は呆然としながら呟いた。まさか、あの3階の人影ではあるまい。混乱の中、素早く窓を開けて、紙を回収した。それからしっかりと窓の鍵を閉める。今にもあのツノの生えた人影が外に現れそうな気がして、急いでカーテンを閉めた。


 それから布団にくるまっても、結局千紘は、朝まで眠れることはなかった。


 午前5時。


 雨はすっかり上がっていた。生徒たちがグラウンドをランニングする声が聞こえてきて、千紘は諦めて布団から這い出した。つい数時間前の出来事が、まるで夢の中の出来事のように感じる。しかし、彼女の手元にはあのメッセージカードが確かにあった。誰かが自分を脅している。千紘は生唾を飲み込んだ。理由は分からないが、それだけは確かだった。


 手早く化粧を済ませ、千紘は部屋を抜け出した。ひどくお腹が空いてきた。どこかに売店はないかと探したが、あいにくどこも、開店は10時からのようだった。仕方なく自販機でコーヒーを買って空腹を誤魔化していると、向こうから、野坊監督が足早にやってくるのが見えた。


「おはようございます、上野さん」

「あら監督。おはようございます」

「困りますよ上野さん」


 監督は困惑気味に上野を眺めた。


「敷地内を勝手に彷徨いてもらっちゃあ。ご存知の通りここは緑茂教の施設でもありますから。信徒以外は立ち入り禁止の箇所も少なくないんです」

「ごめんなさい。でも……」

 一瞬、千紘はあの脅迫文のことを監督に相談しようかと思ったが、踏みとどまった。もしかしたらその脅迫文を出したのは、目の前にいるこの監督かも知れないのだ。

「……何か?」

「いえ……それより監督。私、もうちょっと取材を続けたいんですけど」

「え?」

 野坊が、今度はあからさまに迷惑そうな顔をした。その瞬間、千紘は悟った。この監督は何かを隠している。何か、自分みたいな部外者には知られたくないようなことを。記者の勘……というにはあまりにも経験が浅すぎるかもしれないが、少なくともあの脅迫文は、その何かに関連しているような気がしてならなかった。


「だって、やっぱり半日みただけじゃあ。せめて後数回、ほらあの、真堂君にももっとお話聞きたいですし」

「しかし……」

「もちろんご迷惑じゃなければですけど」

 でも、記事は信徒の皆様も目を通すでしょうし、もしかしたら開祖様もご覧になるかもしれません。皆様野球が大好きですし、緑茂高の野球部の記事は注目度が高いでしょう。なのにあまりに内容が薄すぎたら、返って失礼に当たるのではないでしょうか?

「……分かりました」

 千紘が口から出まかせでゴネていると、野坊の方が渋々折れた。

「ですが、何でもかんでも自由に取材というのはさすがに許可できません。こっちにも練習がありますから。立ち入り禁止区域には入らないこと。それから、数日後に見学やインタビューのスケジュールを立てます。少し時間をください」

「分かりました」

 

 千紘は頷いた。もしかしたら脅迫の主が……あの仮面の人影の正体が分かるかもしれない。


「それまでは……」


 ランニングの集団が掛け声を上げながら、二人のそばを通り過ぎていった。空は青い。野坊は汗を拭きながら、ようやく笑顔を取り戻した。


「学校内で過ごしてもらっても構わないですし、何なら町へ降りてみてはどうですか? そりゃあ田舎ですがね、少し行けば映画館だって近いし、温泉だってある。良い町ですよ」

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