駄目元
俺がAH-64Dアパッチ・ロングボウの前席へ搭乗するのを待っていたナークは、直ぐにコクピットのキャノピーを閉じて離陸を開始する。
ジェットタービン・エンジンの回転音が高くなり、ふわりと機体が浮き上がった。
そのまま上昇を続けて、スタンピードの集団が進行していくる方角へ向けて飛行を開始する。
その時だった。
搭載している無線機から雑音混じりの音声が聞こえて来たのだ。
『……ジョー……聞こ……るか? ……ザッ……こちらギ……聞こえる……ギル……ザッ』
声の主は、どうやらギルさんのようだが、距離が遠いので通話が途切れ途切れだ。
無線機のスケルチを開くと、無線機からは雑音だけが聞こえ始める。
通信用の周波数は、予めギルさんへ渡したアマチュア無線用トランシーバーの144.48MHzに合わせてある。
しかし、ギルさんに渡したハンディー・トランシーバーの送信出力は1Wと小さい。
そのため、こちらまで電波が届かないのだ。
俺は、こちらからの送信を試みる事にした。
『ギルさんですか? こちらはジョーです。途切れ途切れで聞きにくいので、出来れば北の城壁の上に移動するか、神殿の一番高い塔へ昇ってから再度、通信をしてみてください。どうぞ』
『了……解だ。……少し……移動……どう……ザッ』
『お願いします。このまま待機しています』
一体、聖都で何が起こったのだろうか。
何か緊急を要する事でなければ、ギルさんから通信をして来る事など無いはずだ。
「ナーク、高度を上げてくれ」
「……了解。上昇する」
ナークがそう応えるとアパッチの高度が上昇していく。
こちらの高度が上がれば通信状態はより安定するだろう。
そのままホバリング状態のまま、その場でギルさんからの通信を来るのを待つ。
そして暫く上空で待機していると、再び通信が入って来た。
今度はハッキリと通信内容が聞こえるので、再びスケルチの調整を行う。
『ジョー、聞こえるか? こちらはギルだ。どうぞ……ザッ』
『ギルさん、今度は良く聞こえます。どうぞ』
『今、北の城壁の物見塔へ上がった。ここなら大丈夫そうだな。おっと、それでな、大変なものが聖都で見つかったんだ。どうぞ……』
『大変なもの? それは何ですか? どうぞ』
『それがな、なんとクールマの子供だ。どうぞ……ザッ』
『えっ! クールマの子供? それは聖都を襲っているのですか? どうぞ』
『いいや、まだ卵から生まれたばかりだ。聖騎士達が発見した時は卵だったんだが、調べていると卵が割れて産まれたそうだぜ。どうぞ……ザッ』
『卵から生まれたんですか……。大きさは? どうぞ』
『2メートル近く有るそうだ。今は、聖騎士達が監視しているが危険は無さそうだとよ。どうぞ……ザッ』
『了解です、ギルさん。聖騎士達へ絶対にクールマの子供へ危害を加えないように伝えて下さい。そして、出来ればそのクールマの子供を、"白の広場"まで馬車で運んで貰えるように頼めますか? どうぞ』
『判った。どうやら、考えは同じようだな。この子供がクールマが聖都へ向かって来ている原因だと思うか? どうぞ……ザッ』
『恐らくそうでしょう。魔物のスタンピードとは無関係だと思いますが、普段は大人しいクールマが聖都へ進行してくるのは、十中八九その子クールマでしょう。どうぞ』
『判った。俺は直ぐに戻ってギャラン隊長へ伝えてくる。ジョーは一度、こちらへ戻ってくるか? どうぞ……ザッ』
『スタンピードへの攻撃をもう一度行ったら、直ちに自分だけ聖都へ戻ります。どうぞ』
『了解だ。そんじゃ待っているぜ。頼んだぞ。……ザッ』
『了解です。以上、通信終了』
巨大亀の魔獣クールマの生態は全く知らない。
俺の知っている亀と同じ生態であれば、その産む卵の数はとても多い筈だ。
たった一個の卵を奪われた位で、親亀がそれを取り戻す為に卵の有る場所へ向かってくるなどあり得無いと思う。
だがしかし、クールマは子亀を取り戻すために聖都へ進行してきていると思われる。
ならば、子亀を返してやれば進行を止めて、樹海へ戻ってくれる可能性は大きい筈だ。
その根拠は……。
昔観た怪獣映画や劇場版アニメの設定では、全てそれで丸く収まっていた。
巨大な蛾の怪獣。
巨大な団子虫の大群。
その他にも、似たような設定の特撮映画やアニメが多い。
これらは、もしかするとこの世界から転生した人々によって、前世のかすかな記憶から脚本が作られた可能性も否定は出来ない。
兎に角、試してみる価値は十分に有る筈だ。
「よし、ナーク。スタンピード集団へ向かって飛行してくれ」
「……了解。……親クールマ、子が戻れば帰る?」
「判らないけど、そうなら有り難いな。駄目元ってやつだよ」
「……駄目元? どんな意味?」
「駄目で元々って事だ。何もやらないよりも、やって駄目なら仕方が無いって事さ」
「……判った。上手く行けば良いね」
「ああ、そうだな。さあ、スタンピードへの攻撃を再開しよう」
「……了解。皆にもクールマを攻撃しないように伝えておいた方が良いのでは?」
「そうしよう」
俺は直ちに地上戦闘車両と指揮者ゴーレムへ向けて通信を行う。
『地上攻撃隊、全員へ指示する。クールマへの砲撃はするな。繰り返す、クールマへの砲撃は絶対にするな』
『了解したよ。ギルさんの通信は聞こえなかったけど、ジョー兄いの通信は聞こえたよ。送れ……ザッ』
『そうか、アン。そう言う事なんだ。送れ』
『ベルも了解でしゅ。子クールマを誘拐するなんて卑怯でしゅ! 送れ……ザッ』
『本当に悪魔族は卑劣な事をするな。頼んだよベル。送れ』
『『『『『主様、"九ノ一"全員、了解しました。送れ……ザッ』』』』』
『みんな、頼んだよ。送れ』
『小僧……ジョー。クールマは数百年に一度、卵を一個だけ産むと伝えられておる。それを盗まれたら、大人しいクールマも怒り狂うだろう。……ザッ』
『テンダーさん、そうなんですか。了解しました。では、宜しくお願いします』
『ジョーさん、ロックです。守護者ゴーレムへも、クールマへは攻撃をするなと命令しました。送れ……ザッ》
『ロック、有り難う。まだクールマはスタンピード集団のかなり後方だけど、注意だけはしてくれ。あの巨体だから、守護者ゴーレムでも踏みつぶされたら完全に壊されるぞ。送れ』
『はぃ、ジョーさん。クールマが見えたら、後退するよぅに命じます。送れ……ザッ』
『頼んだよ。以上、通信終了』
暫くアパッチ・ロングボウで飛行して行くと、地上でスタンピードへ砲撃を続行している戦闘車両や、魔法攻撃を行う守護者ゴーレムの姿が見えてくる。
既にスタンピード集団の数は激減しており、その数は当初の半分、いや1/3程度まで数が減っている。
戦闘車両も集団の中で魔物を踏み潰しながら砲撃を行っているし、指揮者ゴーレムも巨大な魔剣を振り下ろしながら魔物を殲滅して行く。
守護者ゴーレムも同様に魔物を文字通り蹴散らし、火炎弾や風刃を飛ばして魔物を攻撃中だ。
10式戦車と16式機動戦闘車の砲撃の邪魔にならぬよう、高度を保ちながらハイドラ70ロケット弾による攻撃を開始。
ヘルファイアは、クールマへの攻撃用に搭載してきたのだが、今となってはハイドラ70ロケット弾を積んできた方が良かったと少し後悔した。
ヘルファイアの破壊量は大きいので、出来るだけ巨大な魔物の集団を狙って発射する。
特にスタンピード後方の集団は、昆虫型の魔物が多いので、そいつらを狙う。
進行速度の遅い巨大な芋虫の大群は、見るからに気持ちが悪い。
その巨大な芋虫の大群へヘルファイアが着弾すると、芋虫は体液を爆散させながら吹き飛んで行く。
正直グロテスクだ。
虫嫌いなのもあるが、気持ちが悪くなる光景だ。
しかし、こんな事で怯んでいる訳には行かない。
あんな巨大な芋虫では、10式戦車と16式機動戦闘車などの戦闘車両ですら飲み込まれてしまいそうなのだ。
十数匹の巨大な芋虫が吹き飛ぶ。
すると、その吹き飛んだ芋虫の死骸を、地面にぽっかりと穴が開き中から巨大な魔物が出てきて食い始めた。
見た目は、土竜にそっくりだ。
なんと地上だけは無く、地中からも魔物が進行してきている。
既に朝日が昇り始めており、その光を浴びると巨大土竜は、直ぐに地中へと潜って行く。
どうやら、光には弱いようだ。
逃がすものか。
巨大土竜の潜った穴へ向け、ヘルファイアを再び発射する。
巨大な穴の中へヘルファイアが命中すると巨大土竜の身体が粉々に飛び散って行く。
巨大土竜は、あの一匹だけとは思えないが、地中まではロングボウ・レーダーでは探査出来ない。
目標地点を地上攻撃部隊へ送り、砲撃を依頼する。
直ぐに、10式戦車と16式機動戦闘車による砲撃が開始されるが、巨大土竜に当たっているかは不明だ。
しかし、巨大芋虫の集団は、確実に仕留めている。
俺も残りのヘルファイアを全弾発射し、スタンピード集団の最後尾の魔物を撃退した。
ハイドラ70ロケット弾も、再び全て撃ち尽くしたので、このまま聖都まで帰還する事にする。
地上部隊へ聖都まで戻る旨を通信し、ナークへ聖都へ向かうように指示。
地上部隊の残存砲弾は、まだ十分な数量があると言うので、このままスタンピード集団への攻撃を続けるようにも伝えた。
こうして俺とナークを乗せたAH-64Dアパッチ・ロングボウは、急ぎ聖都へと向かって飛行するのだった。




