罠の正体
神殿に戻った俺達は、事の顛末を教皇とマーガレット司教に報告した。
怪我人が無かった事に安堵するマーガレット司教。
いや、一人だけ犠牲者が居た。
悪魔族アナクロンに殺されたトレディア院長の妹、コルディアさんだ。
教皇は、部下の神官達へ直ちにトレディア院長とデボネア大司教の取り調べを命じる。
その場に居たデボネア大司教は頭を垂れ一言だけ言う。
「申し訳ありませんでした……」
教皇は何も言わずにデボネア大司教を見ていた。
聖騎士達に連れられてデボネア大司教は、部屋の外へと連れ出されて行く。
しかし、これで一件落着と行かないのが厄介だ。
悪魔族アナクロンの残した脅しとも言える罠の真偽。
嘘であってくれれば良いのだが、それを早急に確かめねばならない。
飛ばした偵察者ゴーレムが目標の北の保養地や樹海、更にその先にある北の山脈まで到着するには、あと2~3時間位は要するだろう。
その間は何もすることが出来ないのだが、教皇にお願いして聖都内にアナクロンが何か残して居ないかを聖騎士や神官を総動員して調べて貰う事にする。
どんな些細な事でも構わないので、住民の協力も得て調べて貰おう。
特にアナクロンの犠牲になったコルディアさんの住居や周辺は、徹底的に念を入れて調査してもらい、近隣の住人からの事情聴取も行って貰うように頼む。
スタリオン教皇は、俺の具申に対して快く聖騎士達へ調査を命じてくれた。
更に、俺達"自衛隊"や"九ノ一"、"雛鳥の巣"の面々とテンダーのおっさんには神殿内の部屋を自由に使って欲しいと申し出てくれる。
確かに聖都へ到着してから休み無しだったので、少々腹も空いてきたので、食事を頂くことにした。
食事が終わる頃には偵察者ゴーレムも、それぞれの目標地点へ到着するだろう。
俺達は神殿内の大食堂へ案内され、そこで休憩と共に食事をとる。
「ジョー、お前がまさか"女神様の使徒"だったとはな……」
「ギルさん、俺自身も知らなかったのですよ。正直、今でも信じられません」
「どう言う事だ?」
「自分が初めてスベニの街でマーガレット司教にお会いした時、そのことを告げられたのです」
「マーガレット司教が?」
「はい。マーガレット司教の神眼・真眼には、"女神様の加護"や"女神様の祝福"が見える事はご存じですよね?」
「ああ、それは俺も知っているぜ」
「それで自分には、その両方が有ったのです。そして両方を持っている者は、勇者コジローさんと同じで"女神様の使徒"なんだと教えられました」
「成る程な。まあ、ジョーの使う爆裂魔法は、勇者コジロー様と同じだしな。納得だぜ」
「ふん、それは小僧……ジョーが、勇者コジローと同じ国から来たからじゃぞい」
「テンダー会長……それは、どういう意味だ」
「儂は、小僧の使うキカンジュー……爆裂魔法を見た時から気がついておったわい」
「あの鉄壁のゴライアスとの戦いか?」
「そうじゃ。儂は勇者の残した鉄の箱車を良く知っておるからな。とは言え、実際にキカンジューの爆裂魔法を見たのは初めてだったがな」
「そうだったのか……。まあ、"女神様の使徒"だろうが二代目勇者だとか、そんな事はどうでも良いぜ。ジョーは、俺達の命の恩人である事には、違いねぇからな」
「はい、自分はジョー・ジングージで、ギルさんやテンダーさんの友人ですよ」
「そうだよな、はははは……」
「そう言う事じゃぞい。儂は小僧……ジョーと会ってから楽しくてしょうがないぞい。長生きはするもんじゃわい……」
ギルさんとテンダーのおっさんが大きな声で笑い出す。
それに釣られるようにして、俺達三人の話をだまって聞いていた"雛鳥の巣"のガレル君とハンナさんも笑い出して言う。
「ジョー兄さんは、やっぱりジョー兄さんだよね~」
「そうだとも、ジョーの兄貴は、俺達の兄貴で命の恩人さ」
「ありがとう、ハンナさん、ガレル君。これからも何時もどおりで頼むね」
「「もちろんさ」」
「ガレル、ハンナ。ジョーが"女神様の使徒"だと言う事は、俺達だけの秘密だ。誰にも言うなよ」
「判ったよ~、リーダー」
「リーダーの命令なら口が裂けても言わねぇ」
「ジョー、この事はここに居る俺達しか知らないのか?」
「はい。後は、自分と同じ"女神様の使徒”であるカーティス・オブライエン少佐も知っています」
「えっ! あの男も"女神様の使徒"だったのか!?」
「はい。彼もそうです。だから鉄の箱車にも乗り、爆裂魔法も使うのです」
「お前と同じ国の出身だったのか……」
「いいえ、同じ国ではありませんが……。彼は南の大陸出身で、自分とコジロー大尉は北東の島国出身です」
「そうか、見た目の容姿が随分と違っていたからな。成る程な……納得だぜ」
「さて、そろそろ偵察者ゴーレムが、目標地点の上空まで飛行した頃合いですから、指揮者ゴーレムで確認してみましょう」
「儂も行くぞい」
「俺も行こう」
「はい。4体の偵察者ゴーレムを飛ばしたので、俺とロックだけよりも人数が居た方が良いでしょう。お願いします」
「「任せておけ」」
「それじゃ、ロック行こうか」
「はぃ、行きましょぅ」
「他の者は、ここで休憩していてくれ。何かあればハンディー・トランシーバーで連絡を入れるから。それと、聖騎士のギャラン隊長から聖都内の情報があったら、教えてくれ」
「「「「「はい!」」」」」
神殿前の"白の広場"で待機状態の指揮者ゴーレムへ、俺達四人は乗り込む。
胸の観音開きの扉が閉まり、ロックが操縦席へ腰を掛けると同時に空間投影ビューアが表示される。
メイン・ビューアには、"白の広場"の様子が映し出され、その両脇に二つ表示されたサブ・ビューアには偵察者ゴーレムから送られてきた映像が映し出された。
「ロック、偵察者ゴーレムの高度を下げてくれ。特に樹海の上空を飛行中のゴーレムを頼む」
「はぃ。高度を下げます」
樹海上空を飛行する二体の偵察者ゴーレムが高度を下げると、樹海に生い茂る木々の一本一本までもが視認できた。
同様に北の保養地の上空を旋回している偵察者ゴーレムからの映像では、宿泊施設や露天風呂の様子までもがハッキリと識別できる。
どちらの映像も、特に異常は感じられない。
北の保養地では、人々の様子も見えたが何ら変わった様子は無い。
一方、北の山脈を目指して飛行している偵察者ゴーレムは、未だ山脈まで到着しておらず山脈が大きく映し出されているだけだった。
「ジョー、山脈の上空に何か飛んでいるぞ」
「えっ? たしかに何か黒いのが沢山見えますね……。何でしょう?」
「……小僧、あれはワイバーンの群だぞい」
「テンダーさん、思い出しました。しかし、群で飛んでいるのは初めて見ました」
「元々ワイバーンは群で行動するんだ。ジョーが以前倒したワイバーンは群から出た、はぐれワイバーンだったからな」
「そうなんですか。では、特に異常ではないのですね?」
「いいや、小僧……ジョー。この時期に山から下りてくるのは変だぞい。しかも群が大きすぎるぞい」
「ロック、北の山脈へ向かっている偵察者ゴーレムの速度を上げてくれ」
「はぃ。全速力で飛ばします」
北の山脈を目指して飛行している偵察者ゴーレムの速度を上げ、ワイバーンの大群を目指す。
とその時、樹海の上空を飛行している偵察者ゴーレムが、樹海の異変を捕らえた。
樹海の奥へと飛行していた1体の偵察者ゴーレムが送ってきた画像。
そこに映し出されている画像は、なんと山が動いている様子だった。
「まさか、山が動いているなんて……」
「ジョ、ジョー! あ、あれは巨亀の魔獣、クールマだ!」
「クールマ?」
「そうだ、あまりに巨大すぎて、山と間違えてしまう魔獣だ……動いているのは、俺も初めて見た」
「本来クールマは大人しい魔獣なんじゃがな……儂も何度か背中へ乗った事があるぞい。生え替わって古くなり剥がれた甲羅が良い素材なんじゃ……」
「亀って、あんな大きな亀……。しかも背中には木まで生えてますよ」
「だから山と間違えるんだ。果てしなく生きる魔獣だから、背中に積もった土に木や草が生えちまうんだとさ」
「クールマの動きも変じゃぞい。あんなに早く動く事は絶対に無いぞい」
「……しかも、動いている方向には聖都があるな……。悪魔族の仕掛けた罠とは、クールマに聖都を襲わせる事だったのかもな」
「ジョーさん、樹海の上空に居るもう一体の偵察者ゴーレムの映像を観て下さい!」
ロックの指示した映像には、樹海の外れに近い草原に魔物の大群が映し出されていた。
魔物は一種類ではなく、ゴブリン、オーク、そしてオーガを始め、樹海を根城にしているあらゆる魔物が大群となって進行していた。
ワイバーンとは違う飛行型の昆虫魔物も飛んでいる。
そしてその進行方向も、巨亀クールマと同じ聖都へ向かっていたのだ。
「巨亀クールマに追い立てられて樹海を出てきたのでしょうか?」
「いや、違うな。魔物達ならクールマの進む側面へ逃げる筈だ。ましてや樹海から大群で出てくる事など考えられないぜ」
「見ろ、小僧……ジョー。ワイバーンの大群も同じだぞい。こっちへ飛行してくる。偵察者ゴーレムを逃がさないと落とされるぞい」
「ロック、北の山脈へ飛行中の偵察者ゴーレムの高度を下げて……いや、着陸させて上空を監視させてくれ」
「はぃ。偵察者ゴーレムを着陸させます!」
「これが、悪魔族アナクロンの仕掛けた罠の正体か……」
「どうやら、魔物暴走を仕掛けられたようじゃな」
「魔物暴走……過去にもあったのですか?」
「伝承には残っておるぞい。一夜にして国が跡形も無く消え、住人は全て食い尽くされ、逃げ延びたのは女神の祝福を持った数人だと伝えられておる」
「俺もガキの頃に聞かされたぜ。まさか、本当に魔物暴走が起こるなんて信じられねぇぜ」
スタンピード。
元居た世界でも、それは家畜の暴走などで起こる。
その理由は不明だが無秩序な集団暴走をスタンピードとも言う。
今回、悪魔族アナクロンが仕掛けた聖都を滅ぼす罠が、まさか魔物によるスタンピードだったとは。
偵察者ゴーレムの送ってくる映像からは、その数も数え切れないが千の単位ではなく万の単位だ。
しかも、動く山のような巨大な亀の魔獣クールマや、空飛ぶ魔物ワイバーンの大群までも居る。
この未曾有の危機をどうする。
直ぐに聖都の住人を避難させるべきか。
当然、俺達"自衛隊"は迎撃体勢を取らねばなるまいが……。
兎に角、俺の一存では決められない。
スタリオン教皇に判断を仰ごう。
俺はロックに指揮者ゴーレムの胸の扉を少し開けてもらい、手にしたハンディー・トランシーバーで、神殿にいる仲間達へアナクロンの仕掛けた罠の詳細を知らせるのだった。




