悪魔の罠
「セレステさん、何故ここへ来たのですか?」
「はい、マーガレット様の指示でございます。ミラさんが戦いに加わっておりますので、怪我人が出た場合に備えなさいと」
「成る程、お陰で助かりました。改めてお礼を言わせてもらいます。ありがとう」
「悪魔族の弱点が、慈愛の光だと言う事もマーガレット様から教えていただきました。それで、ジングージ様の宝珠も許可無く持って来てしまいました。お許し下さい」
「いや、問題有りません。それにしても、良く悪魔族が居る事が判りましたね?」
「私には判りませんが、教皇様とマーガレット様のお二人が、それまで見えなかった何か邪悪な存在が突然見えたと仰られ、もしやと……」
「邪悪な存在……。神眼・真眼は、悪魔族をも見破る事が出来るのですね。凄い……」
「はい、教皇様もマーガレット様も、初めて見たと仰っていました」
俺が聖女セレステと話をしていると、孤児院の建物から聖騎士達によって助けられた孤児や修道女達が出てきた。
どうやら全員が無事だったようで何よりだ。
そして、サクラも幻術を解いて姿を現し出てくる。
その後ろからは聖騎士二人によって一人の神官服を着た男が捕縛されて出て来た。
彼が本事件の首謀者、治癒院のトレディア院長だろう。
トレディア院長は既に、ミラとセレステによる周辺回復治癒のお陰で、悪魔アナクロンによって貫かれた身体は既に治っていた。
しかし、白い神官服は真っ赤な血液で染まっており腹部には大きな穴も見える。
俺は聖騎士に両脇をしっかりと支えられているトレディア院長へ尋ねた。
「貴方が、トレディア院長ですね。自分は、ジョー、ジョー・ジングージと言います」
「……はい……。貴方が"女神様に選ばれし者"、いや女神様の使徒様ですね?」
「そうです。幾つか質問させて下さい。先ず最初に、どうして悪魔族と結託していたのですか?」
「わ、私は悪魔族とは知りませんでした。あいつは私の……、私の妹コルディアに化けていたのです!」
「妹さんに化けていたと……」
「主様、私は女の姿をした悪魔族が、その身体を突き破り姿を現したのを目撃しました」
俺の側で聞いていたサクラが、悪魔族アナクロンが姿を現す現場を見ていたと言う。
「そうか。以前の悪魔族イニットと同じだったか……。トレディア院長、残念ながら貴方の妹さん……コルディアさんは、悪魔族アナクロンによって既に殺されています」
「えっ!? コルディアは殺されたと? そんな……。嘘でしょう?」
「残念ながら間違いないでしょう。悪魔族は人族に化けるため、その身体を食い中に入り込み、姿形を乗っ取るのです」
「そ、そんな……。コルディアが食われたなんて……」
トレディア院長の顔は青ざめ、涙が頬を流れる。
そして、がっくりと項垂れ倒れそうになるのを、両脇の聖騎士がしっかりと支えた。
かなりの精神的なショックを受けたようだが、今は心を鬼にして聞かねば成らない。
「辛いのは良く判りますが、今は聖都の危機なのです。貴方が悪魔族と知らずにコルディアさんから聞いた事を思い出してください。コルディアさん、いや悪魔族アナクロンは貴方にどんな事を言ったかを詳しく教えて下さい」
「……はい。数ヶ月前からコルディアが急に私へ仕事の助言をするようになったのです」
「どんな助言ですか?」
「治癒院を訪れる患者を選別して治癒すれば効率が上がるとか……」
「具体的には?」
「治癒院を訪れる患者には、お布施をしてもらい、その金額によって治癒の順番を変えると言う事です」
「成る程、そのお布施の一部を自分の懐に入れていたと言う事ですね」
「……はい」
「そして、そのお布施、いや賄賂をデボネア大司教へ渡して、治癒院の院長になったと言う訳ですか」
「仰るとおりです。貴族の患者は、多額のお布施をしてもらえるので……申し訳ありませんでした」
「その他、何か助言は有りませんでしたか? 何処かへ逃げようとか……」
「……特に逃げようとかは……言っておりませんでした」
「そうですか。他には覚えていませんか?」
「いや、特には……」
「何でも構いません、些細な言葉でも思い出してください」
悪魔族アナクロンが仕掛けた罠に関する情報は、現状では全く何か判らない。
それが何なのかを知るには、些細な情報を積み重ねて行く必要がある。
最も、悪魔族アナクロンが本当の事を言う筈は無く、嘘ばかりであっても何かヒントになる事を言っていないかを知りたかった。
正直、アナクロンが死ぬ間際に言った聖都へ仕掛けた罠そのものが嘘である可能性も大きいのだが。
もしも罠を仕掛けた事が本当だったら、聖都が危険なので調べない訳には行かない。
「……コルディアは、1ヶ月ほど前から聖都を離れていて、先日帰ってきたばかりなのに……」
「聖都を離れていた? 何処へ行っていたのですか?」
「北の保養地です。私も何度か行っております」
「その保養地とは?」
「温泉が湧き出ており湯治の施設があるので、聖都へ治癒に訪れる患者達も良く行きます」
「そうですか。北の保養地へ1ヶ月ほど行っていたのですね」
「はい。聖都の民であれば、誰もが行きます。定期馬車も運行されています」
「判りました。他に何か思い出したら、聖騎士の方々へ直ぐに必ず伝えてください」
「……はい。申し訳ありませんでした……私が悪魔に踊らされたために……」
「貴方も大事な妹さんを殺された被害者ですが、罪は罪です。裁きは教皇が下すでしょうから、しっかりと罪は償ってください。デボネア大司教と共に」
「はい……」
トルディア院長は、聖騎士によって連れられて行った。
しかし、重要な情報が得られた。
北の保養地へ1ヶ月もの間、悪魔族アナクロンは一体何しに行ったのだろうか。
悪魔族であるアナクロンが湯治の為に行ったとは到底思えない。
何らかの別な理由があって、北の保養地まで行ったに違いない。
北の保養地までの距離は、馬車で一日を要する。
俺はスマートフォンを取り出しマップ表示を起動した。
聖都から北へ延びる街道の先に、その保養地はあるらしい。
位置的には真北では無く北東に有り、更に北は山脈がある。
また、大きな樹海も広がっており、その手前にあるのが保養地だ。
近隣に大きな湖でもあれば、そこを破壊して聖都を水攻めするとかを考えたが、大きな湖は見えない。
では、火山でも爆発させるのか。
しかしマップ上では、大きな活火山らしき山も見えない。
北の山脈も火山らしき火口を持っている山はなく、険しい岩山のようだ。
だとすると、北東に広がる樹海が怪しい。
距離からすれば、ヘリコプターで偵察してきても良いが、現時点で俺達が聖都を離れたりするのは危険だ。
ヘリコプターより高速で飛行可能な、指揮者ゴーレムと飛行装置で偵察に行って貰うか……。
待てよ……、指揮者ゴーレムか。
俺は無限収納から、4体の偵察者ゴーレムを取り出した。
そして、指揮者ゴーレムに乗り込んでいるロックと飛行措置に乗り込むミラへ、アーティファクトのヘルメットで連絡をする。
『ロック、ミラ。孤児院の空き地へ着陸してくれ』
『了解です、ジングージ様。指揮者ゴーレムを切り離しますか?』
『いや、そのままで良いよ。ロック、偵察者ゴーレムを4体出したので、着陸したら眷族化してくれ』
『了解です。何処を偵察させるのですか?』
『北の保養地とその周辺だ』
『了解しました。直ぐに飛ばします』
『頼むよ』
孤児院の空き地へゆっくりと指揮者ゴーレムが着陸する。
そして、直ぐに巨体をしゃがみ込ませて、4体の偵察者ゴーレムへゆっくりと慎重に指で触れて行く。
指揮者ゴーレムの巨体から比べると、小さく華奢な偵察者ゴーレムを不用意に指揮者ゴーレムで触れば壊れてしまう。
指揮者ゴーレムの管理下となった偵察者ゴーレムは、しゃがんだ姿からすくと立ち上がり、背中の両翼を広げた。
背中の両翼には、俺が赤いスプレーで描いた日の丸が鮮やかだ。
その姿はガーゴイルそのものだが、翼に日の丸が有るだけで随分と印象が変わった。
そして厳つい顔の両眼は、青緑色に輝いている。
『ロック、直ぐに北の保養地へ向けて飛ばしてくれ』
『はぃ、ジョーさん。全て同じ進行方向で構ぃませんか?』
『いや、少しづつ方角をずらそう。1体は街道に沿って北上。1体は北の山脈を目指してくれ』
『了解です、残りの2体は?』
『樹海が広いので、そこへ2体飛ばしてくれ』
『了解しました。偵察者ゴーレム発進させます』
ロックの命令で4体の偵察者ゴーレムが、北と北東へ向けて飛んでいく。
両翼に描かれた日の丸が無ければ、それは魔物に間違えられても仕方がない姿だ。
いや、悪魔族の姿にも似ているので、小さな悪魔族と間違えてしまいそうだ。
ひょっとすると、古代人達は悪魔族の姿を真似て偵察者ゴーレムを作ったのかもしれない。
元の世界のガーゴイルの姿も、悪魔や魔物がモチーフだったと聞いている。
『よし、それじゃ神殿へ一時帰還しよう』
『了解です』
『了解しました、ジングージ様。神殿へ戻ります』
「全員、96式装輪装甲車へ搭乗!」
「「「「「了解!」」」」」
「セレステさんも、自分達と一緒に帰りませんか?」
「えっ、よろしいのでしょうか、勇者様の鉄の箱車に乗せていただいても……」
「構いませんよ。宝珠をお持ちのお二人も一緒にどうぞ。それ、結構、重いですよね」
「「有り難うございます……使徒様の御心のままに」」
「それでは、皆さんも乗り込んで下さい」
「「「はい」」」
ギルさん達"雛鳥の巣"の三人と、テンダーのおっさんにも96式装輪装甲車へ乗り込むように頼む。
テンダーのおっさんは何か言いたげな様子だったが、何も言わずに96式装輪装甲車へ乗り込んでしまう。
いつものテンダーのおっさんと違い、なにか不気味な感じがする。
しかも、何故かとても嬉しそうなのだ。
その嬉しそうな様子は、とても嫌な予感しかしない。
さて、悪魔族アナクロンの仕掛けた聖都を滅ぼす罠の正体とは何なのだろうか。
偵察者ゴーレムが何か情報を映し出してくれれば良いのだが。
いや、全てが悪魔族アナクロンが、俺達を困惑させるために、苦し紛れに吐いた嘘であれば良いのだが、彼奴らは侮れないのも事実だ。
姑息な手段を用いて聖都へ攻撃を仕掛けてくるやもしれない。
そんな不安を抱きながら、ナークの操縦する96式装輪装甲車で教皇やマーガレット司教の待つ神殿へと俺達は戻るのだった。




