聖都の危機
「状況を詳しく教えてください。人質の人数は?」
俺の質問にギャラン隊長が言う。
「どうなんだ?」
すると現場の責任者らしき聖騎士が直ぐに応える。
「はっ! 孤児院で働いている修道女が5名。加えて孤児達が20名と聞いております」
「25名もの人が人質か……。厄介ですね、使徒様」
「ギャラン隊長、立て籠もり犯人のトレディア院長は、"女神様の祝福"を持っていますか?」
「いや、申し訳ございませぬ。その辺りの事は存じません。誰か知らぬか?」
ギャラン隊長の質問に、一人の修道女が口を開く。
「トレディア院長は、"女神様の祝福"は持っておりません。神術も使えません」
「貴女は?」
「私は、治癒院で働いております者でございます」
「成る程、なら大丈夫か……。孤児院で働いている修道女の方々はどうでしょうか?」
すると別の修道女が口を開く。
「中に居る者は、"女神様の祝福"を持っておりません。しかし、子供達の中には数人持っている子がおります。まだ覚醒はしておりませんが……」
「そうですか、有り難うございます」
よし、これなら中の状況を調べるために、サクラが幻術を用いて姿を消して入り込める。
"女神様の祝福"を人質の孤児達が持っていなければ、ケサラに実体化を解いて調べてもらう事も出来たのだが。
俺の考えを既に察したサクラは、俺の命令を待っている様子だ。
「サクラ、危険な任務だけど、頼めるか?」
「勿論でございます、主様。この状況では、私以外では偵察を行う事は不可能です」
「そうなんだけど、不安要素も捨てきれないんだよ」
「何か、有るのでございましょうか?」
「本当にトレディア院長が黒幕なのかどうかさ。更に裏で糸を操っている者が居るんじゃないか?」
「……悪魔族ですか?」
「ああ、そうだ。彼奴らは人の姿へ化けることが出来る。彼奴らなら、幻術を破る事も出来るんじゃないかって懸念もあるんだよ」
「もしもそうならば、その時は直ぐに脱出します。ミラさんの援護を頂ければ、それも可能でしょう」
「……そうだな。ミラには、周辺回復治癒を発動する準備をしてもらっておくか」
「はい、そうであれば脱出も可能ですし、人質の方々を全員は無理かもしれませんが、脱出させる事も可能でしょう」
「よし、その作戦で行く。ミラ、ロック聞いていたとおりだ。指揮者ゴーレムを下降させて、ミラの周辺回復治癒が有効になる距離まで近づいてくれ」
『了解です。下降して準備します』
『僕も了解です。ミラ、頼んだよ』
『うん、お兄ちゃん、任せておいて』
ミラはそう答えると、女神様への祈りの言葉を呟き始めた。
同時にロックは、指揮者ゴーレムをゆっくりと孤児院の屋根の上へと下降を始める。
当然ながら、孤児院の窓からは死角となって見えない角度での行動だ。
「では、主様、私も行きます」
「頼んだ。気を付けてな」
「はい」
サクラの姿は返事と同時に消えた。
「ケサラ、危険は感じないか?」
「感じませんです」
「少しでも感じたら、直ぐに教えてくれ」
「判りましたです」
俺は背嚢から双眼鏡を取り出し、孤児院の窓を覗く。
窓は全て開けられている。
しかし、窓の側に人影は見られない。
俺はハンディー・トランシーバーのハンドセットを手にし、PTTボタンを押して尋ねた。
『アン? スコープから窓の中の様子はわかるかい? どうぞ』
『どの窓にも人の姿は見えないよ。部屋の奥に居るんだと思うよ。どうぞ……ザッ』
『了解。そのまま監視して待機してくれ。どうぞ』
『判ったよ。……ザッ』
俺よりも目が良いアンも、人影を発見出来ていない。
トレディア院長は、外の様子を窺ってはいないということか。
随分と用心深い奴だ。
既に孤児院を包囲している聖騎士達の中には、弓を構えている聖騎士も居る。
加えて魔法使い……神術使いも居るのだから、当然と言えば当然だけど。
指揮者ゴーレムは孤児院の屋根の上まで降下してきた。
そして、屋根に触れない距離でホバリング態勢へと移行。
よし、これでトレディア院長が悪魔族だったとしても、ダメージを与える事ができる。
後はサクラが状況を把握してくれるのを待つだけだ。
サクラからは何の連絡も無い。
ハンディー・トランシーバーを持ってはいるが、声を発する事でトレディア院長に気づかれたら元も子もない。
ここはじっと我慢して、サクラの偵察内容を戻って来てから聞くしか無いのだ。
しーんとした孤児院からは、何の音も聞こえてこないし、周囲を包囲している聖騎士達も無言だ。
聞こえてくるのは、風の音だけ。
既に、サクラが姿を消してから10分ほど経っただろうか。
体感時間では、既に30分以上経過したように感じる。
腕時計の秒針がゆっくりと時を刻む。
そして更に10分ほど経った時、孤児院から突如大きな叫び声が聞こえてきた。
「ギャー! た、助けてくれ!」
声は明らかに男の声。
その叫び声に続いてケサラが叫ぶ。
「危険が生まれました!」
そして直ぐにサクラからの無線連絡。
『主様、悪魔族です!』
『えっ! トレディア院長が悪魔族だったのか? どうぞ』
『違います! あっ、逃げます!』
サクラからの通信と共に、孤児院の屋根が吹き飛ぶ。
そして、屋根を吹き飛ばした主が、蝙蝠のような両翼を広げて上空へと舞い上がる。
『アン、奴を撃て!』
『うん!』
同時にアンの対物狙撃銃バレットM82A3の発射音が轟く。
いや、正確には上空へと舞い上がる悪魔族の翼が吹き飛ぶと同時に発射音が聞こえた。
『ミラ、周辺回復治癒だ!』
『はい!』
ミラの乗る指揮者ゴーレムの背中にドッキングしている飛行装置が目映い光を発する。
「グギャー!」
上空へ舞い上がろうとしてしていた悪魔族は、片翼を吹き飛ばされて錐揉み状態で地上へと落下して行くと同時に、ミラの発動した周辺回復治癒の光に包み込まれ、激しい叫び声を上げた。
落下していく悪魔族に対し、アンが二射目を放つ。
バレットM82A3から発射された銃弾は、悪魔族の身体を見事に貫く。
「グォー!」
悪魔族は再び叫び声を上げながら、そのまま孤児院の手前の地面へと落下。
「全員、発砲開始!」
俺の命令と同時に、89式小銃を構えていた"自衛隊"と"九ノ一"が悪魔族へ向かって発砲を開始。
更に重機関銃M2を構えていたマユも、悪魔族へ向けて容赦なく銃撃を行う。
地上でのたうち回る悪魔族は、その身体に銃弾を受けながらも、まだ絶命はしていない。
しかし、その動きは徐々にゆっくりとなって行き、やがて静かになった。
だが、悪魔族イニットとの戦闘経験から眼前の悪魔族が未だ絶命していない事は明白だ。
俺は、89式小銃を構えて悪魔族へと近づく。
「おい、お前は何故ここにいる?」
「……」
「答えろ!」
「お前が我が同胞のイニットを殺した、新しき"女神に選ばれし者"か?」
「そうだ。お前が聖都に居る理由を答えろ」
「ふん、我らを害する聖女を抹殺するためだ」
「成る程、判りやすい答えだな。しかし、それは許さない」
「ククク……。もう遅い。聖都には、二人の聖女が揃っている。しかもお前もな……」
「何? それはどういう事だ?」
「我が仕掛けた術で、間もなく聖都は跡形もなく消え去るのだ」
「術? 何を仕掛けたんだ?」
「それは言えぬ。フフフフ……、我が術を破る事はできん」
「言え!言わなければイニットと同じ末路だぞ」
「構わぬ。我はイニットと同時に生まれた悪魔族アナクロン。お前達に復讐を誓ったのだから本望だ」
「イニットの兄弟か……。自爆しようとしても無駄だぞ」
「ふん、聖女が次の攻撃準備をしているか……。ならばさっさと殺すが良い。だが、聖都は滅亡する。そしてお前達と聖女二人も死ぬのだ。グッ、グッ、グッ……」
そこまで悪魔アナクロンは言うと、その身体を膨らませ始める。
悪魔イニットの時と同じ自爆モードだ。
直ぐに悪魔アナクロンから距離を取ると同時に大声で叫ぶ。
「一斉射撃だ!」
銃を構えた仲間達が間髪を入れずにトリガーを引き絞る。
激しい銃撃音がこだまし、悪魔アナクロンの身体が崩れ始め砂のように成っていく。
そして、その砂の中には以前の悪魔イニットと同じく、黒いスライムが蠢く。
俺は直ぐにミラへ連絡を取ろうとした時、俺の背後から声が発せられた。
「回復治癒!」
その回復治癒術の発動と同時に、黒いスライムは消滅して、後にはピンポン球サイズの漆黒の魔結晶が残された。
俺は声の主を見るため振り返ると、そこには聖女セレステが居た。
彼女の両脇には、巨大な光の宝珠を抱えるように支える修道女の姿も見える。
「お役に立てたでしょうか? 使徒様」
「ええ、助かりました、セレステさん」
そう応えると聖女セレステはにっこりと微笑む。
俺は目礼を返してから、悪魔アナクロンが残した漆黒の魔結晶を拾い、無限収納へと仕舞い込む。
それにしても、悪魔アナクロンの仕掛けた聖都を滅ぼす罠が気になる。
俺は、再びサクラへ向けてハンディー・トランシーバーで尋ねた。
『サクラ、人質の人達は無事か? どうぞ』
『はい、主様。全員無傷でございます。どうぞ……ザッ』
『トレディア院長は? どうぞ』
『悪魔族に身体を貫かれましたが、ミラさんの回復治癒で、一命を取り留めております。どうぞ……ザッ』
『了解。直ぐに、聖騎士の方々に人質を救助してもらうから、その場所でトレディア院長を見張っていてくれ。どうぞ』
『了解いたしました。主様』
少し離れた場所にいるギャラン隊長に、人質を救助するよう依頼すると、直ぐに大勢の聖騎士達が孤児院へとなだれ込んで行く。
黒幕だったトレディア院長が生きているから、悪魔アナクロンが何を企んでいたのか聞けるかもしれないが、詳細を悪魔アナクロンが話していたかどうかは不明だ。
それにしても、本当の黒幕が悪魔族だったとは、本当に此奴らは厄介な奴らだ。
一体、どんな仕掛けをして聖都を壊滅させようと言うのだろうか。
何れにしても、悪魔アナクロンの仕掛けた罠から、聖都を守りきらねばならない事だけは判りきっていた。




