ナイトメア
今日は、俺の誕生日だ。
小さな頃から、家族と一緒にささやかなパーティーを開くのが、我が神宮司家の仕来りとなっていた。
父や母、そして祖母に妹の5人家族なのだが、一昨年からは俺の付き合っている彼女――恋人と言うのが、何となく恥ずかしいのだが――も一緒に祝ってくれている。
既に、母が料理の準備をしているのだが、未だ終わらない様だ。
父はと言えば、何時もと変わる事無く、居間のソファーでコーヒーを飲みながらTVを観ている。
祖母は、母と一緒に俺の大好物、ぼた餅を沢山作っている様で、小豆を煮る臭いがキッチンから漂って来た。
妹は、俺へのプレゼントを買うと言って、俺の恋人、瞳と一緒にショッピング・モールへ出かけたのだが、未だに帰って来ない。
俺も一緒に行こうかと言ったのだが、「お兄ちゃんは、家に居て。あたしと瞳姉さんだけで良いから」と言って、同行を拒否されたのだ。
まあ、女の買い物に付き合うと、本当に時間を持て余してしまうので、俺は家に居る事に。
瞳は、笑って妹と一緒に「それじゃ、丈くん、行って来ます」と俺に手を振ってから、出かけて行ってしまった。
俺も、居間のソファーに座り、父と一緒にTVを観ているのだが、父の好きな推理ドラマは、どうも俺の好みでは無い。
TVのチャンネルを変えたい気持ちを抑え、俺もコーヒーを飲む。
もう、瞳と妹が買い物に出かけてから、かれこれ2時間近くが経過した。
やはり、女の買い物は長い。
しかも、若い女の二人連れでは、通常の買い物よりも更に長い時間を要するのは、男なら誰でも予想出来るだろう。
目的の買い物だけではなく、ウィンドウ・ショッピングに要する時間や、お喋りの時間がプラスされるからだ。
まあ、多少パーティーの開始時間が遅れても、今は春休み中なので、遅くなっても問題は無い。
夜遅くなった場合には、瞳は泊まって行けば良いのだ。
既に、何度か我が家に泊まった事もあり、妹の部屋で妹と一緒に寝るのが定番だ。
瞳の家でも、その辺りの事情は良く心得ており、親同士も仲が良いので問題にはならない。
夜遅くに帰宅するよりも、我が家へ宿泊した方が安心出来ると言ってくれる。
俺も我が家も、瞳の両親が信頼してくれているので、それはとても有り難い事だ。
父が観ている推理ドラマは、誰が観ていても、犯人はゲストで出演している女優だと判ってしまう程に、単純なストーリーなのだが、物語は漸く主人公の刑事が謎解きを開始仕始めた。
と、その時、臨時ニュースの警告音と共に、TV画面の上部へテロップが表示された。
『本日、午後18時頃、○×市のショッピング・モールで、武装テロリストによる銃撃が発生!』
『死傷者が多数発生している模様です』
『現在、警察と交戦中との情報があり、近くの方は近づかない様にして下さい』
「えっ!」
俺は、そのテロップがその後も数回表示されたのだが、驚きのために飲みかけのコーヒーカップを手にしたまま、身体が硬直してしまう。
父も、直ぐにドラマを放映している民放チャンネルから、公共放送へとチャンネルを切り換える。
すると、画面にはアナウンサーが、先ほどのテロップと同じ内容を、神妙な顔つきで原稿を読みながら報じていた。
アナウンサーの後ろには、ヘリコプターからの空撮映像が表示されており、俺の住む街のショッピング・モールが、映し出されている。
既に、日が落ちているので、暗闇の中にショッピング・モールの灯りと共に、ショッピング・モールの一部が火災を起こしている映像だ。
「母さん! 大変だ! 琴と瞳が行っているショッピング・モールが!」
俺は、キッチンで料理中の母親へ大声で告げた。
そして、直ぐにポケットから携帯電話を取り出し、瞳の自宅へ電話をかける。
「ツー、ツー、ツー」
瞳の自宅は、お話中だった。
一端、携帯電話を切り、少し間を置いてから、もう一度ダイヤルしてみる。
そして今度は、直ぐに電話は通じた。
「もしもし、星鳥さんのお宅でしょうか? 神宮司です」
「……じ、神宮司くん? 瞳が、瞳が……」
「お母さん、どうしたのですか? 瞳さんが、どうかしたのですか?」
「今ね、警察から連絡があったの……私達これから、市立病院へ行くのよ」
「市立病院へですか? 瞳……さんに、何か有ったのですか?」
「詳しい事は教えてくれなかったの。市立病院へ至急来るようにって。神宮司くんは一緒じゃなかったのね」
「はい、妹の琴が瞳さんと一緒でしたが……」
「琴ちゃんが一緒だったの? 兎に角、私達は市立病院へ行くので、神宮司くんも来てくれる?」
「判りました。直ぐに行きます。市立病院で会いましょう」
「そうね、それじゃ市立病院で」
警察から、瞳の自宅へ連絡があったのか……。
俺が携帯電話を切ると、既に父が家の電話で通話中だった。
どうやら、俺が携帯電話で、瞳のお母さんと通話中に、家の電話にも何処かからか電話が有った様だ。
父は、「はい」、「はい」、と相づちだけを打っている。
そして、最後に「判りました、直ぐに伺います」と言って、電話を切った。
「父さん、何処から?」
「警察からだ。琴が、市立病院へ運ばれたので、直ぐに来てくれと連絡してきた」
「えぇ! 琴も市立病院へ……。瞳も同じ市立病院へ運ばれて、星鳥のお母さん達も、これから市立病院へ行くんだって」
「そうか、私らも急いで行こう。お母さん、留守を頼みます」
父は、そう言うと、母と共に自室へと行く。
市立病院へ行くため、着替えに行ったのだろう。
俺は、着替えの必要も無いので、上に羽織るジャンパーを取りに、二階の自室へと急ぐ。
ジャンパーをクローゼットから取り出し、直ぐに羽織ってから一階へと下りると、既に父と母も上着を羽織っており、出かける用意を済ませている。
俺達三人は玄関から、ガレージへと向かい、車に乗り込む。
祖母も心配そうに玄関から出てきて、俺達の車が発車するのを見送ってくれた。
車で30分ほど走り、市立病院へと到着し、駐車場へ車を止めて、市立病院の受付フロアへと急ぐ。
受付フロアの玄関は、何時もならばそうは混み合って居ないのだが、今日は違って居た。
報道関係者と思われる人々で、病院の玄関は人垣で見えない程混み合っている。
TVカメラや、写真撮影のフラッシュも光っており、騒然としていたのだ。
病院の入り口には、警察官が立っており、報道陣達を牽制している。
俺達一家は、そのまま病院の玄関を潜ろうとしたが、婦人警察官に遮られた。
父が、婦人警察官へ警察から電話が有った件を伝えると、何やら名簿の様な紙を調べ、父に名前を尋ねる。
父が「神宮司です」と答えると、婦人警察官は、「神宮司さんですね、免許証を拝見できますか?」と言う。
父は、ポケットから財布を取り出し、収納してある免許証を婦人警察官へ見せる。
婦人警察官は、免許証を確認すると「確かに。では中へどうぞ」と言い、俺達三人を中へと招き入れてくれた。
俺達は、病院の受付まで行き、名前と警察から連絡の有った旨を伝えると、受付の女性が305号室へ行けと言う。
俺は更に、「妹と一緒に居た星鳥さんの病室は?」と尋ねると「お隣の306号室です。既にご両親が来ております」と教えてくれる。
直ぐに、エレベーターまで行き、3階へと上がってから、目的の305号室へ向かう。
父がドアをノックしてから、「どうぞ」と言う女性の声を聞き、ドアを開けて入室する。
病室には、看護婦の方が一人居り、そしてベッドに寝かされて居た妹の琴が、俺達を観ると同時に「お母さん、お父さん、お兄ちゃん・・・」と言って、そのまま泣き始めてしまった。
どうやら、意識不明の重体と言う訳では無かった様で、一安心だ。
すると、琴が泣きながら俺に言う。
「ひっく、ひっく……お兄ちゃん、瞳さんが、瞳姉さんが、あたしを助けてくれたの。でも、でも、それで瞳さんは……えぇーん、ごめんなさい……えぇーん」
「琴、どうしたんだ、訳がわからないよ。瞳がどうしたんだ?」
俺の質問には答えられず、妹は泣きじゃくっている。
もの凄く、嫌な予感が頭を過ぎった。
俺は、直ぐに病室を出て、隣の306号室へ行き、静かにドアをノックした。
少しだけ間を置いてから「……どうぞ」と星鳥のお父さんの声が聞こえたので、俺はドアを開けて「失礼します」と言い瞳の居る病室へと入る。
病室のベッドの脇では、星鳥のお母さんが、泣き崩れて居た。
そして……ベッドには、瞳が横たわっていたが、顔には白い布がかけられている。
「嘘だろ……瞳……嘘だよな……」
「……神宮司くん、手術したけど、駄目だったんだ……さっき、息を引き取ったよ……」
「嘘でしょ、お父さんまで……嘘ですよね?」
「瞳の顔を見てやってくれ。大勢の子供達を、自分の身の危険を顧みず助けたそうだよ」
星鳥のお父さんが、瞳の顔にかけられていた白い布を外すと、そこには瞳の安良かで穏やかな顔が現れた。
「うわぁーーーーーっ!」
俺は、瞳の横たわるベッドの脇で、瞳の既に冷たくなっている顔の手を触れると、悲しみ、そして怒りが込み上げ、その場で叫び声を上げてしまった。
そして、瞳の顔が涙で見えなく成る程に泣き続けるしか出来なく、その場に崩れ落ちてしまう。
何故、何故、瞳が死ななければならないのだ。
武装テロリスト? 何のためのテロ行為なのだ。
誰のための、テロ行為なんだよ……。
俺は、そのまま朝まで瞳の亡骸が横たわるベッドの脇で泣き続けた。
そして、通夜、葬儀を悲しみと怒りの渦巻く中、瞳との別れを呆然としながらも行う。
瞳の遺灰を、星鳥家の墓へ納骨する際、俺は誓った。
瞳が我が身を犠牲にしても守った、琴を初めとする大勢の子供達の命。
その瞳の遺志は、俺が引き継ぐ。
罪な無き民を、侵略やテロから守る事を、俺の生涯の勤めとする事を。
「ジングージ様、大丈夫ですか?」
「ジョーさん、目を覚まして下さぃ」
「ジョー兄い、起きてよ」
「ジョー様、大丈夫でしゅか?」
「……ジョーさん……」
「「「「「主様、ご無事ですか?」」」」」
「ジョーさま、ケサラが判りますか?」
「コロニがしんぱい、パサラもしんぱい」
俺は、仲間の声で意識を取り戻し目を開くと、皆が俺を覗き込んで居た。




