大空のスカウト
やはり、俺の予想したとおり、青緑の魔結晶は、重力を操る事が出来たのだ。
このガーゴイルもどきの石像は、恐らく自分の体重を青緑の魔結晶で制御し、背中の翼を用いて飛行する事が可能なのだろう。
これで、赤、緑、青の三原色の魔結晶に加えて、青緑、黄、赤紫、そして白を加えた7色の魔結晶が持つ魔法効力が判明した。
赤が火、緑が風、青が水のR・G・Bの魔結晶は判りやすい。
広く知られて黄色の土と、サンダースさんが持っていた赤紫の雷――恐らく雷そのものでは無く電気だろう――も数は少ないが、一部の人は知っていた。
そして、白の光の魔結晶も、治癒を司る事も広く知られているし、使い手は少ないが活用されている。
しかし、まだまだ魔結晶の謎は多い。
悪魔族の残した黒い闇の魔結晶に関しては、今回発見した青緑の魔結晶同様、全く情報は得られていないし、今回の青緑の魔結晶に関しても、これまでは全く情報は無かったのだ。
「それでロック、ガーゴイルもどきの正式な名前は判った?」
「はぃ。偵察者ゴーレムです」
「なるほど、判りやすい名前のゴーレムだね。操作は、もう出来る?」
「大丈夫です。飛ばしてみましょぅか?」
「うん、やってみよう」
「はぃ」
ロックは、そう返事をすると、眷属化した偵察者ゴーレムをしゃがんだ姿勢から、直立姿勢へと変える。
更に石で出来ているとは全く思えない程、滑らかな動作によって、背中の両翼を一瞬で大きく広げた。
身体に比較すると、その翼は長く大きい。
偵察者ゴーレムは、少しだけ膝を折ると、勢いよくジャンプをする。
そして、そのまま上空へと舞い上がった。
空間投影の画面には、守護者ゴーレムの視線で見えている風景が、サブ・ビューアの小さな空間映像に鮮明に表示されている。
指揮者ゴーレムの視線である、大きなメイン・ビューアには、既に大空の彼方まで上昇した偵察者ゴーレムの姿が小さく見えるだけだ。
「ロック、映っている映像なんだけど、小さな画面と大きな画面で入替って出来ないのかな?」
「映ってぃる画面の入替ですか? 今まで、そんな事を考ぇもしませんでした。やってみます」
ロックがそう言うと、瞬きをする程の間で、サブ・ビューアとメイン・ビューアの画像が入れ替わって表示される。
「出来ました……。こんな事も出来るのですね。こぅ言ったアーティファクトの機能って、ジョーさんは何故、知ってぃるのですか?」
「ああ、俺の居た世界では、複数の画面が表示されている場合、大抵は切り替えが出来る様になっているんだよ。だから、もしかしてって思ってね。それにしても、アーティファクトと言うか、古代文明って凄いな」
「成る程、そぅだったのですか。ジョーさんの居た世界は、古代文明と同じ位、凄い世界だったんですね。ジョーさんが召喚する装備とアーティファクトは全く違いますけど、僕らの想像を超ぇている点は同じですから」
「俺にしてみると、アーティファクトの方が凄いと思うよ。考えるだけで操作が出来るゴーレムなんて、まだ空想の世界の代物だからね。それじゃ見易くなったので、少し飛行させてみてよ。古代遺跡都市の方へ飛ばしてみてくれないか」
「はぃ。移動させてみます……でも飛んでぃると、方向感覚が判らなくなりますね」
確かにロックの言うとおり、偵察者ゴーレムから送られて来る映像だけでは、方角が全く判らないので、制御が難しいだろう。
俺もドローンを操るのが趣味だったので、これは良く判る。
少しでも知っている風景が見えたり、ドローンの姿が見えている範囲であれば、好きな方向へ飛行させる事は容易いのだが、ドローンからの映像だけで制御するのは難しい。
元の世界であれば、GPSによってドローンの位置が常時把握出来ていたので、ある程度は好きな方向へ移動させる事も出来たが、偵察者ゴーレムにはGPS機能が無い。
俺は、胸ポケットからスマートフォンを取り出し、MAP表示を起動する。
起動したMAP表示の画面上には、俺とロックが居る位置を示す◎印と○印が表示され、他のメンバーを表示する○印も表示されている。
このゴッド・ポジショニング・システムが、偵察者ゴーレムにも使えれば良いのだが、それは叶わない。
MAP表示の北の方角には、移動する○印が重なって多数表示されている。
この移動している重なって表示されている○印は、アン達の乗る96式装輪装甲車だ。
「ロック、少し偵察者ゴーレムを上昇させて、空中停止して下を見ながら回転してみてくれ」
「はぃ。やってみます」
ロックは、そう言うと偵察者ゴーレムの視点を少し下げて、地上の様子を映し出す。
そして、映し出される映像が、ゆっくりと地上の様子が右から左へと移って行く。
偵察者ゴーレムが、ホバリングをしながら、地上の様子を映し出して居るのだ。
少し映像が回転して行くと、偵察者ゴーレムから送られてくる画面が、古代遺跡都市の城壁を映し出した。
「古代遺跡都市の方角が判りました」
「そうだね。目標が見つかれば、後は、その方向へ飛行して行くだけだよ」
「はぃ、この方角が北なのですね。方角が判れば良いのですが、そぅ念じても表示されません」
「うん、この地図表示を一緒に見ながら操縦してみてくれ。何も無いよりは良いだろう」
「そぅですね。イサドイベでの帝国艦隊を迎撃する際も、送られてくる画面の位置表示だけでしたから苦労しました」
「ああ、慣れないとね。あっ、アン達の乗る96式装輪装甲車が見えてきたね」
「そぅですね。既に古代遺跡都市へ入っていたのですね。ぁぁ、地図表示でも同じですね。何となく偵察者ゴーレムの視点と、地図表示の位置が頭の中で合わさる感じがして来ました」
「うん、こうして操縦に慣れるしか無いね」
「はぃ、そぅですね……。でも、飛行を制御するって、思った以上に大変です」
「それも、慣れるしかないね」
「はぃ。頑張ります」
「それじゃ、練習を兼ねてアン達の行動を偵察してみる事にしようか」
「そぅですね。アンさん達は何処まで行くのでしょぅか?」
「コロニちゃんのガイドだから、危険な所では無く、"九ノ一"達の銃の訓練も兼ねて、魔物の討伐じゃないかな?」
「アーティファクトの探索は、しなぃのでしょぅか」
「あんまり、アンやサクラさん達は、アーティファクトに興味が有る訳じゃないからね」
「確かに……。エリーンさんが残してくれた地図の印の場所は、僕たちが探索する事になってぃますからね」
「そうだね。どんな行動をアン達がするのか、偵察者ゴーレムで眺めているのも面白いかな」
「はぃ。でも、少し悪趣味な気がしますけど……」
「確かにね。俺のドローン……使い魔も、そう言う使い方は禁止されていたんだけどな」
ドローンの場合は、ローターの回転音が大きいので、近づいて来ると音で判るのだが、この偵察者ゴーレムの場合は、羽ばたく音がどの位の音がするのか未だ直接聞いていないので不明だ。
しかし、ホバリング状態であれば、翼を羽ばたかせる必要は無い筈なので、殆ど無音なのでは無いかと思われる。
偵察者ゴーレムが飛行する際の音も、あとで表で直接確認しておく必要がある。
程なくして、アン達の乗る96式装輪装甲車が停車した。
96式装輪装甲車が停車した場所は、古代遺跡都市の中央にぽっかりと空いた水の溜まった大穴
の近くだ。
どうやら、あの大穴の近くに魔物の潜む場所が有るらしい。
そして、96式装輪装甲車からアンやサクラさん、そしてウメさんとヒタキさんに手を引かれたコロニちゃんの姿も見えた。
他の"九ノ一"達の姿も現れ、最後に96式装輪装甲車の操縦席からナークが外へ出てきたのが、偵察者ゴーレムの映像に映し出される。
と、その時、映像に映っているアンが、上空を見上げた。
つまり、偵察者ゴーレムに気がついたのだ。
そして、アンは直ぐ様、次の行動に移る。
アンは、96式装輪装甲車の操縦席辺りまで駆け寄ると、背中に背負っている対物狙撃銃バレットM82A3の二脚を開いて、それを96式装輪装甲車の車体に据えてから、スコープのキャップを外してスコープを覗き込みながら銃口を此方に向けた。
やばい、アンは偵察者ゴーレムを、完全に魔物と認識して打ち落とす気だ。
アンの愛銃バレットM82A3の音速を超える12.7mmNATO弾であれば、小さな身体の偵察者ゴーレム等は、一撃で破壊されてしまう。
俺は、ロックに直ぐ様、指揮者ゴーレムの胸の扉を開く様に言う。
「ロック、胸の扉を直ぐに開いてくれ!」
「はぃっ!」
俺達の前面に映し出されていた空間投影映像が全て消えると、胸の扉がゆっくりと開き始める。
俺は、ハンディー・トランシーバーのハンドセットを手に取り、直ぐ様PTTボタンを押して叫んだ。
『アン、撃つな!』




