真夜中の出撃
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午前零時をかなり回り、港湾都市イサドイベは、漆黒の暗闇に包まれている。
夜空には、無数の星々が燦めいているが、今夜の星空は格別だ。
何時もであれば、夜間航行を行う船舶のために灯台を始め、港の至る所に灯りが灯されているのだが、今夜はそれらの灯りも消えていた。
ガウシアン帝国の艦隊による夜襲を警戒し、シムカス伯爵によりイサドイベの街へ戒厳令が出されたのだ。
特に夜間の海上からの砲撃を警戒し、灯りを的にされるのを避けるために灯火管制も発動された。
イサドイベの街は、大河によって東イサドイベと西イサドイベに別れているのだが、東西イサドイベの街、全てが灯火管制下にあり真っ暗だ。
俺達"自衛隊"の居る場所は、西側のイサドイベ灯台が設置されている高台で、10m程の灯台にも灯りは灯されていない。
この高台からは、東を流れて海へ注ぐ大河も監視できるし、イサドイベ湾も全て見渡せる。
ガウシアン帝国の艦隊がイサドイベに襲来しても、それを迎撃するには最も適した場所だ。
昼間、三隻の斥候艦隊を撃破した際に、俺の無限収納から召喚した16式機動戦闘車と、既に召喚してありシムカス城へ置いてきた16式機動戦闘車の合わせて二輛を、大河とイサドイベ湾を見渡せる位置へ停車してある。
96式装輪装甲車も、重機関銃M2をイサドイベ湾に向けて停車しており、"自衛隊"と"九ノ一"の休憩場所や避難場所とした。
更に、夕方より仮眠用にテントも設置してあり、全員が交代で仮眠を取った。
また、暗闇に紛れて恐らくは、海からは見えないだろうが、ロックの指揮者ゴーレムもテントの後方で待機状態だ。
既に俺達は、夕食も済ませて交代で夜食を食べたり睡眠を取ったりしているのだが、張り詰めた緊張からか表情も皆が硬い。
灯台の上では、個人用暗視装置JGVS-V8を88式鉄帽へ装着したアンが、遙か彼方の海原を監視している。
愛用のバレットM82A3は、暗視装置対応の赤外線レーザー・サイトも取り付けてあるが、アンによると「あんまり見易く無いよ」との事だ。
裸眼の視力が良いアンには、暗視装置やレーザー・サイトは煩わしいのだろう。
獣人族のベルや、サクラさん、そして"九ノ一"の半数は、夜目が利くとの事で暗視装置は不要との事で、暗視装置をヘルメットへ装着しているのは、アンとロック、そして"九ノ一"の人族達だけだ。
「ジョー様、ナークさん。夜食の用意が調いましゅた」
「ベル、有り難う」
「……ありがとう」
ベルとサクラさん達"九ノ一"が用意してくれた、俺とナークの夜食が出来た様だ。
夕食をしっかりと食べ、その後は仮眠を取っていたので、正直なところ空腹では無いのだが、これからの長丁場を乗り切るには、無理しても食べて置かねばなるまい。
仮眠用のテントから、簡易な作戦指揮を行うために96式装輪装甲車の横へ設置したテーブルへと移動する。
テーブルには、マヌー隊長や何名かの騎士達も居て、俺達の姿を見ると椅子から立ち上がって、敬礼をしてきた。
俺も、自衛隊式の敬礼で返礼してから、椅子へ腰を下ろす。
「ジングージ卿、海で警戒をして頂いている魚人族からは、特に異常は無いとの報告です」
「そうですか。かなり沖までイルカ達が警戒をしてくれているのですよね?」
「それがしは、その様に聞いております。特に鯨達は、外洋まで出ている様です」
「本当に助かりますね。有り難い事です」
「左様ですな。魚人族の方々には、頭が下がります。港に居る部下達から魚人族より一報が入れば、お借りしているムセンキで直ちに連絡が入ります故、案ずる事は無いかと存知ます」
「はい。では、作戦計画どおり食事が終わったら我々も出撃の準備を開始します」
「お願い致します。では、それがしも警備へ戻ります」
マヌー隊長は、そう現状を報告すると闇の中へと消えて行った。
俺の横では、ナークがベルの用意してくれた夜食のスープを飲み、パンを食べている。
俺も出来たての熱いスープを飲み、そしてパンを口へ放り込む。
昼間は暑い程の気温だったが、流石に真夜中となると少し肌寒くなって来ている。
流石にTシャツ一枚では、仮眠をとっている際に風邪を引いてしまいそうなので、しっかりと着込んでから仮眠を取った。
ベルとサクラさん達が用意してくれた夜食を済まし、俺はオブライエン少佐から頂いた、アメリカ陸軍のアクセサリー・パックに収納されているインスタント・コーヒーを飲む事にする。
ナークに「飲むかい?」と尋ねると、「……苦いから、いらない」と断られた。
"自衛隊"、"九ノ一"の全員がコーヒーに対しては、完全に拒否反応を示している。
俺は、コーヒーをブラックで飲むのが好きだが、砂糖やミルクを入れてみても、やはり人気は無かったので、このアメリカ陸軍の嗜好品は俺専用になっていた。
至福のコーヒー・タイムを終え、俺は防衛組の最終確認を行う事にする。
二輛の16式機動戦闘車は、迎撃専用の固定砲台となり、メインの16式機動戦闘車はアンとベルが砲手と装填手を行う。
サブの16式機動戦闘車は、ロックが砲手を行い、まだ訓練不足ではあるがサクラさんが装填手を行う事になった。
先の戦闘で、ベルの装填を見ており「ベルさん程は素早くできませぬが、お役に立ちとうございます」と装填手を買って出てくれたのだ。
ミラは、96式装輪装甲車で待機するが、通信も行う事になっている。
"九ノ一"部隊は、周辺の警護に加えて、指揮者ゴーレムの警備などを担当し、96式装輪装甲車の後部スペースに設置された情報表示端末の警備も担当する。
今回の艦隊迎撃作戦では、遠距離通信と限定的な運用になってしまうが、C4Iシステムによる攻撃連携も運用してみる事にした。
なにしろ、装備の運用を行えるのは、"自衛隊"のメンバーだけなのでC4Iシステムが、使用可能な事だけは判っていたのだが、実際に運用するのは今回が初めてだ。
砲撃に不慣れなロックを補佐してくれるのは、ベルの役割になるのだが、二輛の16式機動戦闘車がターゲット情報を共有できるので効率が良くなるだろう。
特にロックには、自動追尾での砲撃に徹してもらう。
アンによる砲撃の正確さを、彼に求めるのは酷と言うものだ。
そして、索敵に関しては、俺とナークが出撃して情報をC4Iシステムを介して、16式機動戦闘車へデータリンクで送る事になる。
これらのデータは、C4Iシステムを通じて96式装輪装甲車へも伝達されるので、後部スペースへ情報表示を行い、マヌー隊長らシムカス伯爵家の騎士達にも伝えられる事になった。
とは言っても、情報表示用のパネルが小型な上、表示される言語は日本語や英語なので、彼らはおろか"自衛隊"や"九ノ一"達にも理解は出来ないのだが、敵艦隊の位置がリアルタイムで表示されるので、それを表示する事にする。
既に、無線機の調整や、C4Iシステムのリンク・テストは完了しており、後は俺達の出撃を待つばかりだ。
俺は無限収納から、いつもの迷彩服3型や88式鉄帽では無く、新たに召喚可能になった戦闘服とブーツ、専用ヘルメットなどを二人分、召喚する。
そして、召喚した着替え一式をナークへ渡してから言う。
「ナーク、そろそろ出撃する時間だよ。これに着替えて来てくれ」
「……判った。装備はどうするの?」
「拳銃と銃剣は装備してくれ」
「……了解」
ナークはそう返事をすると、テントの中へと消えて行く。
俺も96式装輪装甲車の後部スペースへ乗り込み、戦闘服を着替えてから9mm拳銃をベルトへ装着し89式多用途銃剣を太ももへ装着する。
ヘルメットを小脇に抱えて、午前零時前に召喚しておいた、新たな装備の脇まで行き、新装備を見上げた。
日付が変わる前に無限収納から召喚しておいたのは、午前零時を回れば新たに同じ装備が召喚可能になるからだ。
この新装備は、未だ一機しか召喚出来ないので、慎重に運用する必要がある。
「よし、ナーク。後部座席へ搭乗してくれ」
「……了解」
「ジョー兄い、気を付けてね」
「ああ、アンもな」
「ご武運を、ジョー様」
「ありがとうベル」
「ジョーさん、ナークさん、無事に戻ってくださぃ」
「ロック、心配するな」
「ジングージ様、女神様にご武運を祈っております」
「ミラ、ありがとう」
「主様、ナークさん、お気を付けて、必ず無事にお戻りくださいませ」
「「「「「主様、ご武運を」」」」」
「サクラさん、留守を頼みますね。では、みんな、行ってきます!」
既に、ナークは後部座席の主操縦席に乗り込み、俺が搭乗するのを待っている。
俺は、空席の補助操縦席兼射撃手席へ乗り込み、キャノピーを閉じる操作を行う。
そして、エンジンを始動すると、キーンと言うジェット・タービンの回転音がし始め、4枚のローターが回転速度を高めて行く。
暫く暖気運転を行い、スロットルを操作し十分な回転速度にまでローターが達したのを確認してから、俺は見送る"自衛隊"と"九ノ一"の面々に向けて、拳を握り親指を立てた後に敬礼をし、そしてその手で空を切る。
「AH-64D アパッチ・ロングボウ、発進!」
お陰様で、第五回ネット小説大賞の二次選考を通過いたしました事を、報告させて頂きます。
正直を申しますと、現時点で2万ポイントを超えていない、拙作『目指せ!一騎当千 ~ぼっち自衛官の異世界奮戦記~』ですので二次選考突破は、無理だろうと思っておりました。これも、読者の皆様の応援によるものです。有り難うございました。
一次選考に続き、二次選考を通過できたのも、読者の皆様のブックマーク登録、評価ポイントを頂けたからに他なりません。この場にて、お礼を申し上げます。
来月の最終選考は、更にハードルが高くなりますので、引き続き皆様からの応援が頼りですので、今後とも宜しくお願いをいたします。
2017年4月28日
舳江爽快
以上、本日の作者活動報告より転載。




