魚人族の友
「ジングージ卿、遅くなり申した。爆裂魔法を放った船が居ると報告がありましたが……」
「ドロン卿、敵船は三隻でした。今、三隻共、撃破しましたが、一番遠くに居る船は、間もなく爆発しますので注意して下さい」
「何と!三隻の艦船を撃破されたと……流石、噂どおりですな。で、敵の詳細は、判りますかな?」
「いえ、未だ敵の兵士とは遭遇していませんので、残念ながら不明です」
(敵国の国名などは、今は伏せておいた方が良さそうだ……)
「左様ですか。敵を捕縛して、早々に尋問いたしましょう」
「海賊かもしれませんね。帆柱には、国旗も掲げていませんでした」
「海賊ならば、直ぐに処刑します故。しかし、爆裂魔法を放つとは、侮れませぬ」
「はい。あの炎上している船には、何か残されているかも知れませんが、あの火は消火出来ないでしょうね……」
その時、左手の海面から、ザバッと大きな影が飛び出してきた。
「ジョー、見ていたぞ。お前の爆裂魔法は、本当に凄い破壊力だったな」
「ガイオスさん、驚かせないで下さい。びっくりしましたよ」
「はははは……驚かせて、すまんな。で、何だって、あの燃えている船の消火だと?」
「はい。海水を大量に掛けてやれば、消えると思うのですが……少量では、焼け石に水です」
「よし、俺に、いや俺達に任せろ」
「えっ、魚人族でも、あの火災は……」
「ふふふ……まあ、見ていろ、俺達の友は、お前達だけでは無いぞ」
そう言うと、ガイオスさんは、再び海中へと消えて行った。
ガイオスさんが、海中へ消えるのと殆ど同時に、舵や帆柱を破壊された黒船が、大爆発を起こす。
先ほど、サクラさんが収集してくれた会話にあった、火薬に点火して自爆を決行した模様だ。
黒船は、船体中央から真っ二つに割れ、そのまま海中へと沈んで行く。
これで、黒船で未だ海面に有るのは、炎上している一隻だけだ。
その炎上を消火すると言って、海中に消えたガイオスさんだが、どうやって消火を行うのだろうか。
炎上している黒船を、俺は双眼鏡で観察していると、突然大きな黒い影が海中から現れ、そのまま空中へと飛び出した。
それは、なんと大型の鯨だった。
ジャンプした鯨は、そのまま黒船の直ぐ脇の海面へ着水して、大きな水しぶきを上げて、再び海面へと潜って行く。
海面から上がった強大な水しぶきは、そのまま黒船へと降り注いで行った。
黒船の反対側の海面からも、別の鯨がジャンプし、黒船の脇へと着水する。
先ほどと同じ様に、巨大な壁の様な水しぶきが飛び、その海水が黒船へと大量に降り注ぐ。
既に、黒船の火災は、先ほどの1/3程度までに小さくなっている。
なるほど、ガイオスさんの言う友とは、鯨の事だったのだ。
魚人族は、鯨の様な高度な知能を持った海洋生物と、コミュニケーションを取る事が出来るのか。
二頭の鯨による消火活動で、炎上していた黒船の火災は、程なくして鎮火された。
すると、炎上していた黒船が、急に動き出して、湾の方へと近づいて来る。
それは、まるで幽霊船の様だったが、双眼鏡で確認してみると、後方から二頭の鯨が船を押していた。
どうやら、ガイオスさんが、気を利かせて湾内まで黒船を曳航してくれる様に、鯨へ頼んでくれた様だ。
炎上していた黒船は、幸いな事に船底などには損傷が無かったのか、浸水も無かった模様だったので、もの凄い速度で湾内へと進んで来る。
と、海面から再びガイオスさんが現れて、俺に笑いながら言った。
「どうだ、ジョー、俺達の大きな友達は?」
「凄いですよ、ガイオスさん。まさか鯨達と意思疎通が出来るなんて、夢の様です」
「はははは……クジラ達は、長きに渡って俺達とは友なのだ。イルカ達も友だぞ。それ!」
ゴライアスさんが、そう言うと、ゴライアスさんの背後から多数のイルカ達が海面からジャンプし、空中で一回転して再び海中へとダイビングしていく。
これは、まるで海辺の水族館で、イルカのショーを見ている様だ。
「マヌー隊長よ、俺達とイルカで敵の兵士を捕縛して来てやろうか?」
「ええ、ガイオス殿、それは願ってもない事、お願いできますか?」
「任せろ。港に係留してある大型の艀を借りるぞ」
「構いません。ご自由にお使い下さい」
「ガイオスさん、ついでと言っては申し訳無いのですが、奴らが海中へ投棄した鎧なども回収してもらえませんか?」
「任せておけ。鎧だけで良いのか?」
「後、此に似た鉄の杖が見つかれば、それも、お願いします」
俺は、ガイオスさんにそう言って、89式小銃を無限収納より召喚して、彼に見せた。
「それが、爆裂魔法の発動用の杖か?」
「そうです。彼らの杖とは少し形は違うと思いますが、似ている筈です」
「判った。探してみよう。他には?」
「奴らが投棄した物は、全て手がかりになります。回収可能な物があれば、なんでも構いません。ただし、大型の鉄の筒は、重いので無理だと思いますから結構です」
「よし、それでは暫く待っていろ。ああ、クジラ達には、船をこの岬まで運ぶように頼んである。係留は、お前達でやってくれ」
「承りました、ガイオス殿。それがし達で、敵船を係留いたします」
「頼んだ。じゃあな」
「ジョーさん、また後でねー」
いつの間にか居たアリエルさんが、イルカの背びれに捉まって、ガイオスさんと一緒に沖の方へと凄い速度で海面を進んで行く。
しかし、魚人族は凄いな。
鯨やイルカまでもが仲間だったとは、想像の斜め上を行く事実だった。
海鮮パーティの際に、クジラの刺身が食いたいなんて言わなくて良かった。
今後も魚人族と付き合うのだから、クジラの肉は美味いとは、口が裂けても言えない。
双眼鏡で湾内を見ると、大型の艀にロープが繋がれ、そのロープを多数のイルカ達が牽引してゆく。
更に、艀の上には、十数人の騎士達や、警備兵の姿も多数、見えている。
あの艀へ、船から逃れた敵兵を捕縛して乗せるのだろう。
海へ飛び込んだ段階で、マスケットを持って居たとしても既に濡れてしまって、発砲は不可能だから、剣や槍だけでも問題なく捕縛できるので、任せておいても大丈夫だ。
イサドイベ湾の入り口で、鯨達が曳航して来る黒船と、イルカ達が曳航して行く艀が行き違う。
間もなく、曳航されて来る黒船は、この岬に着岸するだろう。
黒船の係留作業はマヌー隊長以下、騎士達に任せる事にし、俺はロックへ連絡する事にした。
黒船を迎撃している最中に、ロックからの城へ入ったと無線連絡があったのだが、砲撃中だったので後で連絡すると言ったままだったのだ。
『ロック、聞こえる?どうぞ』
『ジョーさん、良く聞こぇます。大丈夫でしたか?どぅぞ……ザッ』
『ああ、全員無事だよ。そちらの様子は?どうぞ』
『こちらも問題ぁりません。街へ着弾した砲撃も、家が一軒破壊されましたが、怪我人は無ぃとの事です。どぅぞ……ザッ』
『了解。それは良かった。それじゃ、WAPCで港まで来てくれ。絶対に、"自衛隊"と"九ノ一"以外は、同乗させないでくれ。どうぞ』
『了解です。WAPCで、港まで行きます。どぅぞ……ザッ』
『頼む。以上、通信終了』
一応、ロックには念を押したが、もしもレティシア姫が同行を希望したりすると、危険が無くなった訳では無いので、転ばぬ先の杖だ。
俺とロックの通信が終わると同時に、中型の黒船が岬の護岸へ着岸した。
激しく船体を護岸へぶつけたが、黒いタールで塗られた下は、鉄の板による装甲板で覆われている。
明らかに、この黒船は戦艦だ。
黒船からは、まだ焦げた臭いが漂っているが、甲板や船側には、炎は全く見えない。
黒船が岬の護岸へ着岸すると、鯨達は、そのまま沖へと帰って行く。
二頭かと思っていたが、二頭の後ろから小型の鯨が一頭、後をついて行く。
どうやら、番の鯨と、その子鯨らしい。
元の世界では、母鯨が子鯨の面倒を見るが、この異世界では父鯨も家族を構成する様だ。
その後ろ姿を見ていると、とても微笑ましい気持ちに包まれる。
そして、三頭の鯨は、俺達に挨拶をするかの様に、大きな潮を噴き上げてから、ゆっくりと海中へと潜って行った。




