攻撃
俺が足早で匂いの発生源と思われる屋台へ向かうと、他のメンバーも俺に続く。
懐かしい匂いは、屋台へ近づくと香ばしい香りが強くなり、その発生源が目の前に現れた。
屋台には、大型の鉄網の上で、磯焼きが数多く焼かれている。
主に、烏賊が多いのだが、栄螺の壺焼きや、大型の二枚貝も焼かれていた。
そして、何よりも俺の鼻を刺激しているのは、それらの海鮮磯焼きに使用されている調味料だ。
その香ばしい香りを発する調味料は、醤油の焼ける匂いだった。
「おじさん、そのソースは良い匂いだけど、何と言うのですか?」
「ああ、このソースは、アズマ国のショーユだ。焼くと良い匂いだろ」
「ええ、とても食欲を刺激しますね。もう焼けていますか?」
「おお、大丈夫だ。何を食う?」
「そうですね。俺は、烏賊と栄螺を下さい。皆も好きなの食べて」
「アタイも、イカを頂戴」
「私は、その大きな貝を下しゃい」
「……あたしもイカ」
「私も、その壺の様な貝を頂きます」
「毎度あり!熱いから、火傷しないでくれよ。そこのテーブルに持って行くからな」
屋台の親父さんは、そう言って屋台の裏手にあるテーブルを指さす。
俺達は、テーブルの椅子代わりの樽に腰を掛け、香ばしい匂いを発している磯焼きを待つ。
この匂いは、間違いなく醤油だが、アズマ国から輸入されていたのか。
恐らく、西住小次郎大尉殿が、祖国の食事を懐かしんで開発したに違いない。
だとすれば、恐らく味噌も有るはずだ。
「おじさん、その醤油はイサドイベでは、普通に買えるのですか?」
「ああ、買えるよ。ただ、日持ちしないのでな。少しづつ、買って使うんだ」
「この市場でも買えますか?」
「買えるさ。お客さんは、何処から来たんだい?」
「スベニからです」
「そうか、スベニからか。なら、絞る前のショーユの元を買って、スベニで絞れば日持ちするかもな」
なんと、醤油を絞る前の、諸味が存在している事も判った。
俺の無限収納へ収納してしまえば、醤油は劣化しない。しかし、諸味が手に入るのであれば、それをスベニへ運びたい。
「あいよ、お待ち。熱いからな」
「ありがとう。ショーユを少し、いただけますか?」
「いいとも、好きに使ってくれ」
「みんなも、味が薄かったら、この醤油を少し垂らしてみてね」
「うん、あのギョショーとは違う匂いだね」
「似ているけど、全然別ものだよ。これは、大豆と小麦が原料なんだ」
「へえ、お客さん、良く知っているな」
「アズマ国の出身です」
「なるほどな、それじゃ故郷の匂いに釣られて、俺の屋台に引き寄せられたって訳か」
「そのとおりです。おじさん、もう一つ知っていれば、教えてください。味噌は知っていますか?」
「ああ、知っているよ。醤油と一緒に少しだけ輸入されているが、見た目がなあ……」
「ああ、見た目は確かに……俺の国では糞味噌と言う言葉すら有りますから」
「そうなのか。確かに食ってみると、ミソは美味いんだがよ。野菜のソースに使う程度だな」
「はい。見た目は一緒だけど、全く別物と言う意味で糞味噌は使います。つまり、一緒にするなと言う意味です」
「ショーユ、ミソの輸入元の商家へ行けば、樽で買えるさ。なにせ、イサドイベじゃ、あまりミソは人気が無いからな」
「その商家の場所を教えてもらえますか?」
「いいとも、港の倉庫街にあるよ」
俺は、烏賊の姿焼きを食べながら、屋台の親父さんと会話して、輸入元の商家の場所を聞いた。
他の面々は、「美味しいよ、この味」と言って、黙々と磯焼きに舌鼓を打っている。
醤油の磯焼きは、その香ばしい匂いが食欲を激しく刺激する。
夏の海の家などでは、烏賊や栄螺の磯焼きに、ついつい手が伸びてしまう。
未だ、朝食が済んで、さほど時間も経過していないのだが、やはり食欲を刺激する醤油の焼ける匂いは、強力だった。
思いがけずに入手できる事になった、醤油と味噌。
先ずは、屋台の親父さんに聞いた、市場内で売られている露天の店に行く。
その露天の店では、調味料を数多く扱っているらしく、かなり強烈な匂いがする。
店主へ、醤油と味噌が欲しいと言うと、小型の陶磁器の壺に入れられた、醤油と味噌を持って来た。
有るだけ欲しいと言うと、店主は驚いていたが「あいよ、お兄さん。気前が良いね」と笑顔になって、奥の方の荷馬車から壺を抱えて運んで来る。
陶磁器の容器込みなので、価格はかなり高価だったが、遠いアズマ国からの輸入品なので、当然の値付けだ。
既に、味噌も熟成した状態なので、そのまま醤油と一緒に無限収納へ全て格納する。
よし、味噌も手に入った。
今日の昼ご飯のメニューは、味噌を使ったアレしかない。
昼食のメニューが決まったので、広い市場を探し回るのも大変だったから、手分けして材料を購入する事にする。
"九ノ一"のメンバーも、サクラさん含めて9名が此処にいるので、それぞれ手分けして材料を探しに行ってもらう。
俺も市場内を、食材探しに奔走しながら、他の珍しい食材を見て回る。
スベニでは、見られない食材も多く、気になった食材は取り敢えず購入しておく。
海鮮品などは、漁港に行かないと買えないのだが、それでもかなり多くの魚介類が売られている。
俺の知る魚も多く見られ、鮮度も良さそうだったので、これも迷わず大漁に購入。
漁港に隣接するという海鮮市場の方へも、後で足を運んでみる価値が有りそうだ。
海産物だけではなく、野菜や果物の種類も豊富で、それはスベニよりも多かった。
やはり、南に位置しているイサドイベは、温暖な気候なのだろうか、果物も多く栽培されている様だ。
特に、柑橘系の果物の種類も多く、甘い香りが漂っている。
これらも、何種類かを購入しておき、後で味見を皆でしてみよう。
メンバーへ頼んだ材料も全てが揃ったので、俺達は市場を出て屋台の親父さんに教えてもらった、倉庫街へと向かう。
昼食の材料集めと同時に、各自好きな物を購入してと言っておいた。
重い食材は、俺の無限収納や、"九ノ一"部隊が所有している魔法収納鞄へ入れて有る。
ベルとアンは、屋台で買ったのだろう、好物の稲子の素揚げを食べながら歩いており、ナークもなにやら果物を食べていた。
サクラさんは、何も食べてはいなかったが、部下の"九ノ一"達は、それぞれ買い食い散歩中だ。
俺も、珍しい果物が有ったので、それを囓りながら歩いている。
俺が買ったのは、桃に似た果物だ。
桃に姿は似ていたが、味は桃よりも枇杷に似ている。
皮は薄く、簡単に指で剥け、囓った感触は桃にそっくりなのだが、味は枇杷と言う不思議な果物だ。
俺達は、市場から港の方面へ向けて、遠足の様に歩いて行く。
如何にも休日と言った、のんびりとした雰囲気なので、心も安まる。
暫く歩いて行くと、整備された護岸の港へ着いた。
大小様々な船が着岸しており、桟橋には荷揚げされた積み荷や、これから積み込む荷などが山積みだ。
未だ、昼前と言う事で、大勢の人々が荷物の積み卸しをしている。
多くの荷車も、桟橋から荷物を満載してイサドイベの街へと消えて行くし、空の荷車もひっきりなしに桟橋へと向かい走行して行く。
同じ港街でも、イサドイベは軍港である横須賀よりも、横浜に近いのだろう。
軍船らしき艦艇と、商船の明確な見分け方も良く判らないのだが、大型の帆船の中には軍に所属している艦艇が有るのかもしれない。
所謂、黒船と呼ばれるタールで防水してある様には見えず、殆どが木目のままの木造船だ。
勿論、装甲を鉄板で行っている艦艇も無いのだが、大砲や鉄砲の存在しない世界なのだから、それも不要だ。
と、その時、遙か彼方の海から、ドカーンッ!と言う爆発音が轟く。
なんだ、何かが船で爆発したのだろうか。
そして、その爆発音の後に、ヒューンと何かが空から落ちて来て、護岸から少し離れた場所へ落下した。
物体が道路へ落ちると、石畳の路面が激しく吹き飛び、土埃が上がる。
こ、これは……、間違いなく大砲による艦砲攻撃だ。




