約束
楽しい海鮮食事会も全員が満腹となり、お開きとなる。
魚人族の漁師さん達が取ってきてくれた獲物は、全てを食べ尽くされる訳もなく、ガイオスさんが「持って行け」と言うので、お言葉に甘えて全てをボイルし、俺の無限収納へ格納した。
本当は、生の状態で収納したかったのだが、残念ながら生きている状態では収納出来ない。
海鮮を茹でた大鍋には、蟹や海老の出しがたっぷりと出た煮汁が残っていたので、この煮汁も鍋ごと収納した。
後で、スープにして堪能しよう。
「ジョー、スベニへ帰る前に、必ず俺達の所に、もう一度来いよ」
「はい。必ず寄らせてもらいます。本日は、本当にご馳走様でした。美味しかったです」
「うむ、お前の携帯食料も旨かったし、白米も旨い。これからは、パンだけではなく、米も食うことにしたぞ」
「そうですね。刺身は、やはりパンより米ですから」
「はははは……。お前の言うとおりだ。それでは、また会おう」
「はい。また後日。皆も、ご挨拶をしなさい」
「「「「「ご馳走様でした!」」」」」
「ジョーさん、またね。必ず来てよね」
「もちろん来ますよ。アリエルさん」
魚人族との挨拶も終わり、俺達はマヌー隊長とローランさんの先導で、イサドイベの街へと戻って行く。
俺の乗る16式機動戦闘車には、いつもの乗員であるアン、ベルも戻って来ており、操縦はナークだ。
96式装輪装甲車の操縦はロックが行っており、ミラもそちらへ搭乗し、後部の兵員スペースには"九ノ一"の面々が搭乗している。
それにしても、全く予定外の海鮮昼食会だったが、腹一杯に蟹や海老の刺身が食えるとは、想像も出来なかった。
これは、全員が同じだった様で、アンが感想を言い始める。
「アタイ、あのカニやエビが生で食べられるなんて知らなかったよ」
「私もでしゅ。それも、あんなに甘くて美味しいなんて、とっても凄いでしゅ」
「スベニの河でも、カニやエビ捕れるから、今度捕りに行こうよ」
「市場でも売っていましゅよ」
「買わなくても、沢山捕れるよ」
「……生で食べられるの?」
「駄目だよ、アン。河の魚介類は、生で食べちゃ絶対に駄目だ」
「えっ、ジョー兄い。何んで駄目なのよ?」
「海の魚介類と違って、河の魚介類には、寄生虫という小さな虫が居るんだよ」
「ええ!虫がいるの?」
「そうだよ。その虫が、人の身体に住み着いちゃうから、必ず煮るか焼くかするんだ」
「そうなのでしゅか……サシミ、美味しかったでしゅ」
「……残念」
「また、イサドイベに来て食べれば良いさ。馬車じゃ時間がかかるけど、俺達の車輌なら一日あれば往復できるからね」
「そうだね。絶対、また来ようよ、ジョー兄い」
「ああ、また来ような」
「楽しみでしゅ」
「……サシミは美味い」
どうやら、皆もすっかり海鮮の刺身の美味さに目覚めた様だ。
日本でも、鮮度を保って輸送する技術が未発達だった頃は、刺身を満喫できるのは漁港の近辺だけだった。
今回は、俺の好物の蟹や海老だったが、次は鮪や鯖、鰹なども刺身で頂きたいと思う。
魚人族の漁は、ガイオスさん曰く「三叉の矛の銛で突くのだ」との事だったが、「泳ぎの速い魚なども捕るのだ」と語ってくれた。
烏賊なども泳ぎは速いが、魚人族は更に速く泳げるのだと言う。
その泳ぐ速度は、イルカ並みなのかも知れないが、正確な速度までは判らなかった。
機会があれば、速度を測定してみたいところだが、残念ながら俺には、海を高速で走行可能な装備は無い。
河川で使用したり、災害救助用のボートなどはあるのだが、やはり海上自衛隊の装備には敵わないのだ。
もっとも、海自の艦船が装備に加わったとしても、それを操船するには俺達"自衛隊"と"九ノ一"全員でも乗員が足らないから、動かす事は出来ないのだが。
俺達を先導するマヌー隊長とローランさんは、何処にも寄らずにシムカス伯爵の居城へ向かっている。
未だ日は十分に高いので、イサドイベの街を少し探索したかったのだが、今日のところは残念ながら諦めるしか無さそうだ。
特に、ローランさんは、俺達が何処かに行かない様にだろうか、馬上から頻繁に後方を振り返りながら前進している。
恐らく、レティシア姫から、俺達が逃げ出さない様に、しっかりと命じられていたのだろう。
まあ、魚人族の獲物の土産も出来たので、それを使かって、レティシア姫との約束を今日中に一つ片付けてしまう事にする。
イサドイベの街中を、ゆっくりと走行して行き、そのままシムカス城内へと戻った。
俺達の16式機動戦闘車と、ロックが操縦する96式装輪装甲車は、シムカス伯爵の居館前に停車する。
マヌー隊長とローランさん、更に後方から追従していた4名の騎士達も、馬から下りて車輌の周りへと集まってきた。
96式装輪装甲車の後部ハッチが、ゆっくりと開いて地面へ接地すると、"九ノ一"の面々がサクラさんを先頭に下りてくる。
俺達も、16式機動戦闘車のエンジンを切り、それぞれの乗降ハッチを開いて下車した。
「ジングージ卿、お疲れ様でしたな」
「ドロン卿も、先導を有り難うございました」
「なんの、これしき。それにしても、あの昼食会には、それがし驚き申した」
「はあ、自分は久々に海の幸を満喫できて、とても幸せです」
「いやいや、獲物を生で食すると言う魚人族の習慣、それを苦もなくジングージ卿は率先して行うとは……それがし、修行が足らぬ事を実感いたした」
「いえ、いえ、自分の祖国も同じ習慣が有っただけの事です。本当に、生の魚介類は、美味しいのですよ」
「……それがし、修行して魚人族と一緒に生で食せる様、精進する事に決めもうした」
「それは、それがしも同じですぞ。いやはや、ジングージ卿には、誠、驚かされてばかりですな。はははは……」
港湾都市イサドイベにおいても、新鮮な魚貝類を生で食べているのは、魚人族だけらしい。
これは、貴族だけの食習慣ではなく、住人や猟師、船員なども同じで、必ず調理してから魚介類を食べる習慣なのだそうだ。
確かに、元居た世界でも魚介類を生で食べるのは、日本だけで無いが、少ないのは事実だった。
例えば、牡蠣などは、欧米でも生で食べる習慣があるのだが、それも漁港が近い場合だけだ。
やはり鮮度を保って魚介類を流通させるのは、近代になってからの技術革新を待たねばならない。
俺達が、居館の前で、そんな話しを立ち話していると、居館の扉が開いてメイドに手を引かれたレティシア姫が現れた。
「ジングージ様、お戻りになられたのですわね。お帰りなさいませ」
「唯今戻りました。レティシア姫様」
「アリエルさんは、如何でしたか?」
「はい、お父様のガイオスさんと、お母様のアリシアさんに、お会いできました。皆さん、大喜びでした」
「それは、良かったですわ。これで私も安心です。有り難うございました」
「いえいえ、魚人族の方々に、嬉しい歓迎の昼食会を開いて頂き、自分たちも大満足です」
「まあ、昼食会ですの?それは、魚人族の方々とご一緒にでしょうか?」
「はい。そうそう、お土産も頂いて参りましたので、スベニでお約束した、たこ焼きの作り方を、これからコックの方へ伝授したいと存じますが、宜しいでしょうか?」
「ええ、あの……タコを魚人族の方に頂いてきたのですか?」
「そうです。既に蛸は茹でてありますから、直ぐに調理できます」
「ジングージ様は、何事も抜かり無く行動されるのですわね……では、厨房へご案内させましょう」
「お願いします」
俺は、シムカス家のメイド達に案内され、居館の厨房へと行く。
"自衛隊"と"九ノ一"の面々も、俺と一緒に付いて来ており、レティシア姫もメイドに手を引かれて厨房へと来ていた。
予め、スベニで準備してきた、たこ焼き用の鉄板を無限収納から取り出す。
今回は、二枚用意しておいたので、その内の一枚を実践用に使用する。
厨房のコック長に紹介されたので、俺も自己紹介を行い、必要な具材なども実物を見せた。
そして、魚人族から貰った肝心の茹で蛸も取り出し、調理用のナイフを借りて足や頭を切り刻んで行く。
小麦粉の溶き方や、だし汁の説明を行い、竈の上に、たこ焼き鉄板を置いて熱し、そこへ出し入り汁入りの小麦粉を投入し、刻んだ蛸を入れてピックで転がしながら焼いていった。
出来上がった、たこ焼きをコック長に試食してもらうと、「ふっ、はっ、熱いですが、美味しいです」と、賞賛してくれる。
何時しか、シムカス伯爵夫妻も厨房に来ており、お二人やレティシア姫も、イサドイベ初となる、たこ焼きの試食をした。
試食した全員が、「あのタコが、これほど美味しいとは」と絶句している。
これで、イサドイベの孤児院を出た少年、少女達の仕事が斡旋できるだろう。
後は、生産ギルドに、たこ焼き鉄板の制作を依頼すれば、約束は完了だ。




