魚人族の里
アリエルさんを魚人族の元へと送り届けるため、俺達"自衛隊"と"九ノ一"は、マヌー近衛隊長と、ローランさんに先導され、魚人族の住むという場所まで向かっている。
しかし、出発前にレティシア姫の勘の良さに俺が驚いた事を皆に話すと、「ジョー兄い、嘘が下手だからよ」とか、「……判りやすい」と言われた。
うう……解せない。
唯一、ベルだけは、「レティシア姫様は、勘が良いのでしゅ」と言ってくれた。
マヌー隊長とローランさんは、馬で先行してイサドイベの街を南へ進んでいる。
俺は、レティシア姫一行を乗せていた96式装輪装甲車を無限収納へ格納し、現在は16式機動戦闘車、96式装輪装甲車、そして73式大型トラック(新)ベースの3 1/2t水タンク車の3輛で走行中だ。
格納した96式装輪装甲車を操縦していたロックとミラは、3 1/2t水タンク車へ乗り込み、アンは16式機動戦闘車へ乗り込んでいる。
イサドイベの街を暫く進むと、整備された港が見えて来る。
かなり良く整備された港で、大型の帆船が数隻、湾内に停泊しているのも見えるし、大小様々な船が接岸して居た。
その港に沿った道を西の方面へ向かう様に、マヌーさんとローランさんが先導する。
どうやら、魚人族の住む場所は、イサドイベの西側に有る様だ。
更に西へと港に沿って進んで行くと、小さな城門が見えてきた。
城門には、警備兵が居たがマヌー隊長とローランさんの姿を見るなり、直立不動のまま敬礼をしてくる。
先導する二人も馬上から敬礼をすると、城門で停止する事なく、そのまま城門を潜り抜け城門の外へ出て行く。
俺達も、同様に停車しないで二人に続き城門の外へと出た。
流石に、近衛隊の隊長と元隊長なので、警備も顔パスだ。
俺達"自衛隊"の車輌の後からも、マヌー隊長の部下達が4名、騎乗して付いて来ているが、同様に馬上から警備兵へ敬礼をしただけで、止まる事無く追従して来る。
イサドイベの城壁から少し離れると、綺麗な砂浜が見えてきた。
まるで南国の観光地の様な、リゾート・ビーチと言っても過言では無い程、美しい海岸だ。
しかも、誰一人として海辺で遊んだり、泳いだりしている姿は見えない。
この異世界の人々は、海で泳いだりとか遊んだりはしないのだろうか。
これは、この綺麗な海で泳いでみたいなと、俺は思ったのだが、また変人扱いされそうな気もする。
いや、もう変人は確定事項なので、気にする必要もないのだが。
綺麗な砂浜を左手に見ながら、暫く進むと岩場へと砂浜の風景が変わって来た。
岩場沿いの道を進んで行くと、先導するマヌーさんとローランさんが止まり、馬から下りる。
俺達も車輌を停止させ、そのままその場で待機状態へ移行。
馬から下りた二人は、そのまま岩場へと歩いて行き、大きな岩の影へと入って行ってしまった。
俺は、車長用のハッチから半身を出していたのだが、岩陰の様子は全く窺い知る事が出来ないでいる。
暫く待機していると、ローランさんが岩陰より現れて、俺に向かって大きな声で言う。
「ジングージ卿、魚人族の方へ事情を話しましたぞ。間もなく族長が此処へ、お越しになります」
「判りました。アリエルさんを乗せた車輌を、そこまで進行させます」
「宜しくお願い致します」
俺は、ハンディー・トランシーバーでロックへ73式大型トラック(新)を前進させる様に指示した。
俺達の乗る16式機動戦闘車を追い越し、73式大型トラック(新)が前へと出る。
後部に搭載されている大型タンクのハッチからは、アリエルさんが半身を乗り出し、俺に手を振っていた。
アリエルさんは、相変わらず無邪気で、本当に元気な娘だ。
俺達は、それぞれの車輌から全員が下車して、73式大型トラック(新)の元へと走りよると、今まで見えなかった岩陰の様子が目に飛び込んで来た。
岩陰には、大小様々な木造の小屋が建てられており、殆どの小屋は海面と接している、
どうやら、此処が魚人族の集落だった様だ。
潮の満ち引きによって、海面と接する部分が変化してしまうだろうが、水の中で呼吸可能な魚人族にしてみれば、それは大きな問題ではないのだろう。
しかし、、睡眠を取る場合には、アリエルさんも水中から出てきて水の外で寝ていた。
恐らく、魚人族も睡眠する場合は、水中で無い方が楽なのかもしれない。
俺は、ロックへ73式大型トラック(新)を後退させて、岩場から少し離れた砂浜へタンク部分を海まで漬かる位まで下げる様に言う。
砂浜なので、そのまま水没させると、再び道路まで上がって来れないかもしれないが、此処まででお役御免の73式大型トラック(新)ベースの3 1/2t水タンク車なので、そのまま無限収納へ格納してしまえば良いのだ。
ロックは、ミラを下車させてから、ゆっくりと後退して行き、海の中へタンク部分を沈めて行き、そして停止させた。
「ジョーさん、ありがとう。私の村まで送ってもらって、とっても嬉しいの」
「いえいえ、帰れて良かったですね。直ぐにお父さんが此処へ来ますので、少し待っていてください」
「ええ、お父様が?お母様も一緒かしら?」
「それは判りませんが、族長に伝えてもらう様に頼んだそうです」
「それじゃあ、この水桶の中よりも、海の中に居た方が良いの」
「そうなのですか。ならば、海へ入って下さい」
「判ったの」
そうアリエルさんは言うと同時に、水タンクのハッチから大きく飛び出して、そのまま海の中へとダイビングした。
アリエルさんが居なくなったので、もはや3 1/2t水タンク車は不要だ。
俺は、そのまま73式大型トラック(新)ベースの3 1/2t水タンク車を無限収納へと格納する。
と、その時、少し離れた海面から、アリエルさんが海上へと大きくジャンプした。
そして、そのジャンプに続く様に、海中から多数の魚人族が同じ様にジャンプをする。
ジャンプをする魚人族は、女性が圧倒的に多いのだが、初めてみる男性の魚人族も見えた。
姿は、全身が鱗で覆われた半漁人の様な姿では無く、アリエルさんと同じ下半身が魚で上半身は人の姿をしている完全な人魚だ。
暫く、人魚達……いや魚人達の楽しそうなジャンプによるダンスを眺めていると、魚人族達がのジャンプが止み、アリエルさんの姿も海面から見えなくなってしまう。
俺達が海を見つめていると、突然、海辺近くの海面から大柄な男性の魚人が姿を現した。
顔には髭が生えており、とても人魚には見えないし、胸にも胸毛が生えていて、更には筋肉がボディー・ビルダーの様だ。
手には、三叉の矛の銛を持っており、その姿はギリシャ神話の海神ポセイドンに酷似している。
「俺は、この海に住む魚人族の長、ガイオスだ。俺の娘アリエルを助けてくれたのはお前か?」
「ガイオスさん、初めまして。自分はスベニの街の冒険者、ジョー・ジングージと言います。アリエルさんを助けたのは、自分では無くタースのフェアウェイ大公閣下です。自分は、此処まで送り届けたに過ぎません」
「そうか。タースの大公がな……直接、礼を述べたいが、俺はタースまで行けん。ジョーと言ったか、すまんが、宜しく伝えてはくれぬか」
「はい、次にお会いした際、必ずお伝えしましょう」
「すまんな。そして、お主にも娘を此処まで送ってくれた事、有り難く思う。感謝するぞ」
「お気になさらないで下さい。元はと言えば、闇ギルドが悪いのです。同じ人族として恥ずかしい限りですので、その償いとしては当然の事です」
「うむ、俺も人族が信用出来なくなっておったが、それもこれで終わりだ。これからも、イサドイベの住人とは、共存共栄を改めて誓おう」
「良かったです。シムカス伯爵も、それを危惧しておりましたので、さぞ安心なさいますでしょう」
「シムカス伯爵へも、宜しく伝えてくれ。そしてジョーよ、お主と我が魚人族は、今日この時より友人だ。以後、宜しく頼む」
魚人族の長、ガイオスさんは、そう言って俺の右手を掴み握手をすると、力強く握りしめて大きく上下に振った。
そして、上下に振る腕と同期するかの様に、尾鰭も力強く海面をバシャバシャと叩くのだった。




