シムカス伯爵
再会を果たした父と娘は、そのまま抱き合い互いの無事を確かめ合っている。
そして、一人の女性が二人の元へと駆け寄ってくると、その女性も嬉しそうに声を発した。
「レティシア、お帰りなさい……」
「お義母様!ご心配をお掛けしました」
「本当に心配しましたよ。でも、無事で本当に良かったわ」
どうやら、レティシア姫の母親らしかったが、それにしては若く見える。
しかし、母親も涙を流して喜んでおり、父であるシムカス伯爵が抱きしめているレティシア姫を、今度は母親が抱きしめている。
母娘というよりは、それは姉妹が抱き合っている様にも見えた。
レティシア姫から離れたシムカス伯爵へは、護衛のローランさんが近づき、何やら報告をしている。
そして、懐から丸められた羊皮紙を取り出すと、それをシムカス伯爵へと渡す。
恐らく、あの羊皮紙は、フェアウェイ大公からの親書だろう。
直ぐに、シムカス伯爵はフェアウェイ大公からの親書を、その場で読み始めた。
親書を読み続けているシムカス伯爵は、表情を時折変えながら、時たま俺の方へと視線を向けてくる。
どうやら、あの親書にも俺達の事が書かれている様子だ。
「お姉様、お帰りなさいませ!」
「アラン、唯今、帰りました。私が留守の間、お母様に我が儘を言って困らせたりしませんでしたか?」
「はい、お姉様。もちろんです!」
「そう、偉かったわね、良い子にしていて」
「はい!」
7歳か8歳くらいの小さな男の子が、レティシア姫の足下へ抱きついて、嬉しそうにしている。
こちらは、レティシア姫の弟らしいが、随分と歳の離れた弟だ。
10歳以上の年の差がありそうだが、ひょっとすると先ほどの若い母親の息子か。
どうも、この異世界では、一夫多妻制によって姉弟といっても、異母姉弟の可能性もある。
確か、レティシア姫は、三女と言っていたので、姉が二人いるはずだ。
しかし、姉二人は、既に嫁いでしまっているのかも知れないので、この場には居ないのか。
その時、親書を読み終わったシムカス伯爵が、俺達の方へ歩み寄ってきて口を開いた。
「ジングージ卿、この度は、娘のレティシアを闇ギルドより救出してくれ、心より感謝する。儂は、港湾都市イサドイベを司るシドニー・シムカスだ。以後、宜しく頼む」
「はい、シムカス伯爵。自分は自由交易都市スベニで冒険者をしております、ジョー・ジングージと申します。宜しくお願いを申し上げます。今回は、同じ闇ギルドに囚われていたサクラの働きにより、救出する事が出来ました」
「うむ、フェアウェイ大公閣下からの親書にも、その様に書かれておった。で、サクラ殿は何方かな?」
「はい、彼女がサクラにございます」
「シムカス伯爵様、私がサクラにございます。縁あってレティシア姫様と同じ囚われの身でありました故、我が主のジングージ様にお助けをお願いしたに過ぎません」
「うむ、サクラ、大儀であったな。感謝するぞ」
「はい、有り難き、お言葉を頂戴し、嬉しゅうございます」
「ジングージ卿、加えて新しき聖女殿が居られるとの事だが、今回は同行されておるのか?」
「はい。同行しております。スベニの教会に所属しております、ミランダと申します。ミラ、此方へ」
「はい、ジングージ様。シムカス伯爵様、初めてお目にかかります。私はスベニの教会にて、見倣いではありますが、回復と治癒を修行しております、ミランダと申します」
「おお、そなたが新しき聖女殿か。今回は、娘の病や従者のローラン・ヴァンチュラまで治癒していただき、誠に大儀だったな。心より礼を申す。本当に、有り難うミランダ殿」
「回復と治癒は、女神様のお力でございます。私は、その代行者に過ぎませぬ故、是非ともイサドイベの教会にて、女神様へお礼を祈って頂ければ、それだけで十分でございます」
「うむ、そうであったな。後ほど教会へ赴き、必ず女神様へ礼を祈ろう」
シムカス伯爵との挨拶が終わると、先ほどまでレティシア姫との再会を喜んでいた母親らしき女性を紹介された。
名前はジョアニータ・シムカスといい、元々はシムカス伯爵の側室であったのだが、正室が逝去されてしまったので、現在では正室となっているとの事。
逝去された正室の三女がレティシア姫との事で、レティシア姫にとっては、義理の母親になる訳だ。
本当に、この異世界の一夫多妻による家族関係は、ややこしい。
加えて、レティシア姫の姉達二人は、既に他国の貴族へ嫁いでおり、既にイサドイベには在住していないのだそうだ。
そして、小さな弟は、アラン・シムカスといい、シムカス家の長男であり跡取り息子だった。
シムカス家との挨拶が終わると、居館の中へと案内されたのだが、それは断った。
「何故だ、ジングージ殿?長旅の疲れもあろう。中で寛いでくれぬか」
「いいえ、シムカス伯爵。未だ、もう一方をお送り届けねばなりませんので、これより出発します」
「もう一人とな。誰だ、それは?」
「人魚……いや、魚人族の方です。魚人族の族長の娘さんで、アリエルさんといいます」
「なんと、あの誘拐されたという、魚人族の族長の娘か」
「はい、鳩便にてお知らせは致しておりましたが……」
「マヌー!マヌー・ドロンは居らぬか?」
「はっ!、此処におります」
「貴様、知らせは受けておったか?」
「はっ、冒険者ギルドと商業ギルドより、その旨の報告がありました」
「馬鹿者、何故、儂に報告せなんだ」
「申し訳ございません。しかし、魚人族には既に知らせております」
「そうか、では魚人族との関係悪化も、これで終わるな?」
「御意。魚人族の族長も、借りが出来たと申しておりました」
「うむ、判った。ジングージ卿、そういう事なので、悪いが直ぐに送り届けてくれ」
「はい、そう致します」
「囚われた娘を思う親の気持ちは、儂も同じだった故に、痛いほど判る。一緒に、我が親衛隊の隊長、マヌー・ドロン卿を同行させるので、よしなに頼む」
「はい。ドロン卿、よろしく魚人族のところまで先導をお願いします」
「ジングージ卿、それがしの不手際で迷惑を掛けて済まなかった。魚人族へは直ちに先触れを派遣する故、許して欲しい」
「はい、問題はありません。宜しくお願いします」
「承った」
「よし、ヴァンチュラも疲れているところ悪いが、ドロンと同行しジングージ卿を先導せい」
「御意!魚人族の娘とは、既に顔なじみでございますし、族長とも面識がございます故、是非とも同行させて頂きますぞ」
「うむ、両名とも頼んだぞ。ジングージ卿、では宜しく頼む」
「はい、直ちに出発します」
俺達"自衛隊"と、"九ノ一"達が、停車してある16式機動戦闘車、96式装輪装甲車、そして73式大型トラック(新)ベースの3 1/2t水タンク車へ向かって歩き出すと、背後からレティシア姫から声がかかった。
「ジングージ様、必ず城へお戻りくださいませ。お願いします……」
「……レティシア姫様、何故にその様な事を?」
「何故か、そのままジングージ様達が立ち去ってしまう様な気がしたのでございます」
くっ、俺の心を見透かされてしまった指摘だ。
レティシア姫は、読心術の心得があるのだろうか。
正直、貴族との付き合いは面倒事に巻き込まれる確率が高いので、アリエルさんを送り届けたら、イサドイベの街を少し観光して、さっさと撤退を考えていたのだ。
それを、レティシア姫に読み取られてしまったのでは、仕方がない。
「大丈夫です。アリエルさんを送り届け、少し街を観光させて頂き、夕刻までには城へ戻ります」
「はい、お待ち申しておりますので、約束です」
「……はい。約束します」




