攻守交代
オブライエン少佐からの通信を受け、無線機へ繋いだヘッドセットのマイクへ『了解!』とだけ応答する。
そして俺は、ナークへ前進を直ぐに指示した。
「ナーク、前進だ。そして緩やかに左へ旋回」
「……了解。前進しつつ左へ旋回する」
「アン、砲塔を左へ旋回させて、センチュリオンを狙え」
「了解だよ。でも、相手は追って来ないよ?」
「ああ、追っても追いつけない事が判っているのさ」
「目標を捕捉したよ。えっ!あいつ、その場で車体が回転してるよ!」
「そうだ、あれが超信地旋回だよ。此方には出来ない芸当さ」
「同時に砲塔も回転しているよ。狙いを定めているみたい……」
「ナーク、センチュリオンが狙いを定め難くする様に、速度の増減を繰り返せ」
「……了解。速度を変化させる」
俺が左へ曲がる様にナークへ指示したのは、センチュリオンからの砲撃が車体に当たった場合、エンジンへ命中するからだ。
逆に右へ曲がった場合には、操縦席に居るナークが直撃を受けてしまい、危険性が高くなる。
勝敗で言えば、エンジンへの直撃を避ける右へ曲がるのが正解なのだが、これは試合だ。
勝ち負けよりも大事なのは乗員が怪我をしたり、命を落とす事なく試合を終わる事だ。
センチュリオンは俺の想像どうり、その場に留まり此方を狙う作戦だ。
走行速度が遅い事をオブライエン少佐も判っているのだろう。
逆に言えば、16式機動戦闘車の速度が装甲車程度の速度が出る事も予測している事になる。
やはり、最高速度を60Km/hへ押さえて正解だ。
「ジョー兄い、あいつの回転は止まらないよ。砲塔も、こっちを完全に追いかけてるよ」
「判っている。しばらくは、このまま大回りでセンチュリオンを狙い続ける」
「あいつ、横っ腹や背後は見せない気だよ」
「そうだ、前面を砲撃しても、恐らく大破は出来ないから走行は可能だ。それを相手も承知しているのさ」
しかし、オブライエン少佐は百戦錬磨だった。
自分の操っているセンチュリオンを知り尽くしているので、一撃で走行不能になるエンジンを簡単には狙わせてはくれない。
20ポンド砲の90度射撃による射程距離は1000m以上なので、この程度の距離では確実に水平射撃で問題なく攻撃される。
距離を大きく取っても、105mmライフル砲の性能が大きく上回る訳では無いので、意味が無い。
『どうした、神宮司少尉。逃げ回っているだけでは勝てないぞ……ザッ』
『オブライエン少佐こそ、何時でも砲撃できる体勢なのに、撃たないのですか?』
『ははは……。思った以上に、タイプ16が速いのでね。驚いたよ……ザッ』
『それは自分も同じです。センチュリオンの超信地旋回が、これほど高速とは想像してませんでした』
『まあ、お互いに序盤は探り合いが試合の常だからな。砲弾が一発しか無いのだから当然さ……ザッ』
70年前の戦車センチュリオンの性能は、想像以上に高性能だった。
砲塔の回転速度も、超信地旋回との合わせ技で、追尾から逃げ切れない程に高速だ。
これでは、距離を取ったら余計簡単に狙われてしまう。
何んとか、センチュリオンの側面か背後へ回り込みたいのだが、それをオブライエン少佐は全く許してくれない。
何か良い方法は無いかと、俺は必死に周囲を見回した。
砲弾が徹甲弾ではなく演習弾であれば、どんなにか気が楽だったろうか。
オブライエン少佐は、完全に試合を楽しんでいるが、俺には全くそんな余裕は無い。
16式機動戦闘車を停止さあせれば、絶対に側面を砲撃されるだろう。
ん……停車させれば、たぶん砲撃してくる。
恐らく、正面をセンチュリオンに向けて停車させても砲撃はして来ないだろうが、側面か背面なら砲撃を行って来るんじゃないだろうか。
一か八か、16式機動戦闘車を囮にして賭けてみるか。
センチュリオンの残弾が無くなれば、こちらは圧倒的に有利だ。
こちらから逃走するにしても、センチュリオンは低速だから、問題なく追いつけるし、後部のエンジンを確実に破壊できる。
相手に取って16式機動戦闘車の弱点として、どの部分が効果的に走行不能に出来るか、オブライエン少佐は把握しているのだろうか。
その点も、囮作戦には大きな賭けとなる。
「……前方に池が有るので回避する」
「池?」
ナークの報告で俺は先方を見ると、そこには小さな池が確かに有った。
16式機動戦闘車であれば、問題なく走破できそうな深さに見えたが、見た目よりも深ければ動きが取れなくなってしまうだろう。
いや待てよ、これならオブライエン少佐を欺けるかもしれない。
俺は、この池に賭けてみる事を決断する。
「いや、ナーク。池に突っ込んでくれ、直進だ!」
「……了解。直進する」
16式機動戦闘車は、前方に見えた小さな池に向けて、そのまま直進をする。
恐らく、池と言っても雨水が溜まった水たまりだろう。
この程度の池ならば、16式機動戦闘車で問題なく走破は可能な筈だ。
極端に、深さが無ければだが。
池に向かって16式機動戦闘車が突入して行くと、水しぶきが高く舞い上がった。
ガッタンと車体が大きく揺れると、アンが「うわ~」と叫び、ベルも「キャー」と悲鳴をあげる。
「ナーク、右へ車体を向けて直ちに停止!」
「……了解。停止!」
池から抜けきる寸前で、16式機動戦闘車を右に向け停車する。
車体は少しだけ前方を上に向けた状態で、後部の4輪だけは未だ池の中にある。
空からは、飛び散った水しぶきが雨の様に、半身を出した俺の身体へ降って来た。
しかし、未だに砲塔はアンの操作によって、センチュリオンに狙いを定めたままなので、斜め後ろを向いていた。
センチュリオン側から見れば、16式機動戦闘車の後部が丸見えの状態だが、約45度ほどの角度がある。
ここで、少しだけ演技をしなければなるまい。
俺は、ナークへ直ぐさま指示を行った。
「ナーク、ギアをニュートラルに切り替えて、エンジンを派手に空吹かししてくれ」
「……判った……理由は聞かない」
「ああ、後で説明するよ」
16式機動戦闘車のディーゼル・エンジンを何度も空ぶかしをして、如何にも池から抜け出せないと、センチュリオンに思わせるためだ。
こんな簡単な演技で、オブライエン少佐を欺けるだろうかと思うが、距離は200m程離れているので、騙せる事を祈るしか無い。
いや、騙せないまでも砲撃させる事が出来れば、それで良いのだ。
『はははは……沼に落ちたか。あっけないな、装甲車は……ザッ』
『MCVは、元々が市街地戦闘用なのです』
『戦車とは設計思想が違うと言う事か。これでゲーム・オーバーだな、神宮司少尉……ザッ』
どうやら、オブライエン少佐を謀る事は出来た様だ。
後は、センチュリオンが何時、砲弾を発射するかだけだ。
接近してきて確実に砲撃して来る様でであれば、一気に離脱しなければならない。
しかし、この距離からの砲撃であれば、こちらにチャンスが訪れる。
俺は、車長用のハッチから身を沈め、ハッチの扉を閉めて砲塔内へと入った。
「ナーク、完全防御を俺とアン、ベルを包める範囲で発動してくれ」
「……判った」
と同時に、センチュリオンからの砲撃音が轟き、同時に16式機動戦闘車の後部へ着弾した。
後一呼吸、ナークの完全防御の発動が遅れていたら、俺やアン、ベルにも砲弾の破片が被弾して居たかもしれない。
16式機動戦闘車の後部スペースが、一気に明るくなった。
後部のハッチが完全に吹き飛んでしまったのだ。
しかし、これでセンチュリオンの残弾はゼロだ。
さあ、今度は此方が攻撃サイドへと、攻守が交代したぞ。




