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Lotus  作者: にいさん
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第一部第五話 決着

装備も一新した俺は、当初の進軍ルートを追跡した。

義手義足でも、部隊で移動するよりはずっと速い。しかも義足にはローラーまでつけてくれている。片脚で地面を蹴りながら進んだ。

途中、オオハマツグモが襲いかかってきて、よりによって義手の方を噛んだ。

本来なら、噛まれれば三日三晩は寝込む代物らしい。

だが、噛まれたのは義手だ。

毒を注入しようと必死に噛みついている間に、腹部から伸びている尻尾のような器官が目に入った。どうやら、あそこから糸を出しているらしい。

興味があったので、噛まれたまま引っこ抜いた。

ついでに義手へ食いついている部分も乱暴に引き剥がすと、そのまま動かなくなった。

欲しいのは糸を出す器官と毒針だけだ。

近くにいた同じ種類の蜘蛛も数匹狩り、毒薬袋を満タンにしておく。

糸を出す器官を義手のハードポイントに差し込むと、糸そのものの粘着力で固定できた。

これを試しながら野営地を追跡していこう。

「まずいぞ、アレン」

「何がだい?」

「この先、約四キロ。火の手が上がっている。野営や焚き火の類いではない!」

まったく、楽だったのは出兵した時だけだよ。

仕方ない。ぶっつけ本番でやるか。

義手に二つある射出口の片方から蜘蛛の糸を飛ばし、先の木へ巻きつける。

糸に身体を引かせ、その勢いのまま木から木へ飛び移った。着地と同時にもう一方の射出口から次の木へ糸を飛ばす。

それを繰り返す。

ものの十分ほどで現地付近へ到着し、視界がよく敵にも発見されにくい塹壕を見つけた。

ここって……熊取村。

ブルックの故郷だ。

そこに住んでいる人たちには罪はない。

たとえブルックの家族がいたとしても、あの人たちがブルックのやったことに加担したわけじゃない。

兵は三十ってところか。

村を完全に襲ってるな。

だが、食料庫には手をつけていない。

騎士団領のやつらか。

奴らは戒律で、食料を粗末にすることを禁じられている。

できれば生け捕りにして話を聞きたい。

まずは、しびれ薬だな。

「チャッピー先生、出番だよー」

「あー。こないだの肉の味を思い出して満足してたところを」

それで静かだったのか。

「わかったわかった。今度も美味しい飯を奢ってやるから」

「焼き肉か♪」

「残念。和といえばの食事だよ」

「よし、わかった。おまえの頭の中をちらっと覗かせてもらったが、旨そうだな。寿司というのか。よし、約束だ。氷の針を出せばいいんだな」

「でき次第、そこの液体に浸してくれ。しびれ薬の原液だよ」

氷は証拠を残さない。

射出機も五射撃ちに改造してある。縦にも横にも散らせるし、一点へ集中させることもできる。

見えている見張りは、まずこれで全員制圧しよう。

門は東西南北に一つずつ。

見張りは各二人。

商業的には便利なのかもしれないが、軍事拠点として使うには論外だ。見張り塔すらない。

これなら三十対一プラス一でも、なんとかなりそうだ。

しびれ薬を染み込ませた氷針が完成した。

腕の射出機へセットする。

兵士の首元へ狙いを定めた。

シュッ。

一本目が刺さった。

兵士は虫刺され程度に思ったらしい。

倒れるまでに時間差がある。

隣の兵士には、しびれ薬の原液を使った針を撃ち込む。

こちらは即効性だ。

二人目が膝から崩れ落ちる。

驚いた最初の兵士が介抱しようと近づき、ちょうど相手に触れたところで薬が回った。

二人同時に倒れる。

あとは蜘蛛の糸だ。

絡め取るなら、一人ずつより複数まとめての方がいい。

これを東西南北、四か所で繰り返す。

残り二十二対一プラス一。

一対多の戦いで大事なのは、音と情報だ。

こちらの情報は極力与えない。

一対三十を剣一本でどうにかできる人間なんて、この世界にも数えるほどしかいない。

身近なところだとノアくらいか。

あいつはバーサーカーなので、絶対に正面から相手をしてはいけない。

肉塊になりたくなかったらな。

さて。

次は巡回している見張りを落とす。

建物の陰に隠れ、近づいたところをズドン。

一人が膝から崩れ落ちる。

これを二人一組、四か所。

八名を間引いた。

残り十四名。

よし。半分を切った。

残りはどこだ?

建物の中で武器を物色していたり、交代で食事をしていたりするらしい。

村の図面が欲しいところだ。

だが、運よく上から見られない屋根付きの路地を見つけた。

低い建物がうまい具合にL字型に配置されている。

使える。

削れるだけ削ろう。

反対側の壁を叩く。

音につられて一人出てきたところを、こちらも反対へ回り込む。

背中から針。

倒れたら蜘蛛の糸。

これを六回。

残り八名。

戦いというものは、始まる前に結果が決まっているものだ。

これくらいなら、バーサーカーじゃなくても帝国大学で剣技指導を受けた人間ならなんとかなるか。

……いや。

安全のために、もう少し間引こう。

L字の通路へ入り、反対側を封鎖する。

一人目から四人目までが縦に並んで入ってきた。

まず先頭の二人が落とし穴へ落ちる。

後ろの二人は、仲間の頭を踏んで進めるほど決断力がなかった。

足が止まった。

そこへ氷針を連射。

二名戦闘不能。

残り四人。

相手が剣を抜く。

俺は左手の親父から譲られた剣を振るった。

四本の剣を、柄の少し上からまとめて叩き切る。

呆然とした四人へ、そのまま剣柄で当て身を食らわせた。

倒れたところへしびれ薬を飲ませ、蜘蛛の糸でまとめて縛る。

これで完了。

足元に転がった敵兵の剣を拾い上げ、思わず笑みがこぼれた。

「こいつら、鍛造じゃなく鋳造の剣を使ってやがった」

官給品までこの品質なら、装備そのものがかなり落ちている可能性がある。

もう一部隊を襲うなり様子を見るなりして確認しよう。

本当に標準装備なら、上官へ報告だ。

こいつは大手柄になる。

さて。

こちらが制圧したのに、村人が誰も出てこない。

やっぱり見た目か?

まあ、仕方ない。

戦い方だって、騎士のそれと比べればかなり乱暴だったしな。

遠くから声が聞こえた。

「制圧されたと聞いて命令を無視して引き返してきたが……逆に制圧されてる? どこかの部隊が来たのか?」

ブルックだった。

その後ろには、年老いた女性と少女がいる。

ブルックが少女の頭へ手を置き、二人へ何度も「もう大丈夫だ」と声をかけていた。

軍では見たことのない顔だった。

……家では、あんな顔をするのか。

「村のみんな! ブルックだ! ブルックが戻ってきたぞ!」

その声をきっかけに、家々から人が出てきた。

あっという間にブルックの周囲へ人だかりができる。

怪我人すらいない状況を確認して、ブルックは心底安堵しているようだった。

あの二人は、確か母親と娘だったはずだ。

以前、写真で見せてもらったことがある。

三人で無事を喜び合っている。

軍人じゃない、父親の顔か……。

「ドラゴンの肉」

そんなブルックへ、俺は一言だけ呟いた。

ブルックがこちらを見る。

当然、意味は分からないらしい。

「わからない人だな。それじゃ、これは?」

義手と義足を見せる。

ブルックの表情が凍った。

「ま、まさか……アレンなのか?」

「正解。まあ、髪の色も変わっちゃったし、いろいろ変わったから気づかない人もいるけど。子供の頃から世話してきた貴方に忘れられるとは心外だな」

嘘である。

自分で殺したと思っているからこそ、名前が出てこなかったのだろう。

ブルックは震える手で拳銃を抜いた。

銃口を、自分のこめかみに押し当てる。

「……すまなかった、アレン」

涙が頬を伝った。

「俺は……やってはいけないことをやった。お前の人生を――」

「ブルック曹長」

俺は静かに遮った。

「あなたは帝国軍人です。命は帝国に捧げたはずでしょう」

ブルックの指が止まる。

「それに、後ろを見てください」

ブルックの母親と娘が、こちらを見ていた。

「あなたは今度、自分の手で娘さんやお母さんから家族を奪うんですか?」

ブルックは何も答えない。

「だいたい、あなたが自害したところで、失った僕の手足は帰ってきませんよ」

少しだけ笑った。

「娘さんやお母さんにまで恨まれるのは、まっぴらごめんですよ?」

義手と義足を、ブルックにも村の人たちにも見えるように出す。

ついさっきまで、この村を守るために使っていた手だった。

「この手で今日、何人助けたと思ってるんです?」

「アレン……」

「この脚で、どれだけ走ったと思ってるんです」

俺は少しだけ笑った。

「確かに、あなたに撃たれて失ったものはあります」

ブルックは何も言わない。

「だからって、あなたまで失って帳尻を合わせる必要はないでしょう」

拳銃を握るブルックの手から、少しだけ力が抜けた。

「それに――」

俺はブルックの故郷を見渡した。

「僕はこの身体になったから、出会えた人がいる。知ったことがある。できるようになったこともある」

「だから……許すとでもいうのか?」

「いいえ」

即答だった。

「許すかどうかは、まだ決めてません」

俺はブルックの拳銃を握った手へ、義手を重ねた。

「でも、死んで逃げるのは許しません」

ブルックが顔を上げる。

「生きてください、ブルック曹長」

「あなたが捨てようとした僕の人生が、こんなに面白いものになったんです」

俺は笑った。

「だったらあなたも、最後まで自分の人生を見届けてください」


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