第一部第三話 邂逅
七日後。
アレンは空腹で目を覚ました。
頭が痒い。
一体、何日寝ていたのだろうか。
頭をこすってみると、抜け落ちた髪が白い。
何故だ。鏡が欲しいところだ。
「遅い!! わしまで腹を減らしてしまったではないか!」
頭の中で、知らない女の声がする。
相当疲れているらしい。
「お前は阿呆か! 我こと古式龍の肉を食らったではないか!」
確かに、そんな記憶がある。
だが無我夢中だったせいで、記憶が曖昧だ。
「そこから七日。七日だ! 長いことわしを待たせおって!」
言っていることが事実なら、七日も待たせたのは申し訳ない。
「そうじゃろう、そうじゃろう。では早速、お前は我のために飯を探すのじゃ」
思念も読まれるのか……。
街に戻ったら、会話方法を考えないとな。
このままでは「独り言を呟く奇人」だと思われる。
「それも聞こえとるぞ」
やれやれ。
そんなことより、飯だ。
これは生物としての純粋な欲求だ。新鮮な動物でもいれば最上級なんだが。
動く部分を使って身体を触り、状態を確かめてみる。
右腕と左脚は、やはりない。
ただ、傷口は綺麗に塞がっていた。根元からわずかに残った骨を覆うように、新しい皮膚まで形成されている。
これなら、腕のいい義肢屋に行けば何とかなりそうだ。
ただし、義肢屋は素材持ち込み式で加工料を取る店ばかりだ。
出来上がりが悪くても、素材のせいだと言われればそれまで。
うまくリスクヘッジされている。
当面の目標は、牛を狩ることか。
一頭狩れば、大腿骨から手足の義肢を作れるだろう。
さて。
道案内は、この知らないお姉さん――いや、おばあさ……
「次にわしをババア扱いすれば、殺されるより恐ろしい映像を脳内に流し込んでやる」
……お姉さんだ。
お姉さんだ。
お姉さんだ。
自己暗示をかけておかないと、廃人になってしまう。
そのお姉さんの言う通りに進んでいると、剣戟の音と、硬い何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。
相手に視認されないように――
視認されないように……?
見える。
やたらと遠くまで見える。
「当然じゃ。我の肉を食らったのだから、それくらいの効果はあるものだ」
「ちなみに、どれくらい上がったの?」
「一キロ先の山羊が視認できそうなくらいじゃな」
「原住民クラスじゃないか!!!」
まあ、いい。
見えるに越したことはない。
ずり這いで進んでいくと、若い女剣士らしき人物と、巨大な蟻のような化け物が戦っていた。
足の数だけ見ても、明確に不利だ。
先に脚を落とせば楽なのに。
まあ、俺と同じで学校教育しか受けていないんだろう。
あれは対人戦しか想定していないからな。
「ま、俺の知ったことでは――」
「待て、アレン! あれを助けろ!」
「なんで? いつもというか、お前の性格なら無視しそうだが」
「女だ。しかも、かなり面も良い」
「お前、オスだったの?」
「違うわっ! 歴としたレディーじゃ! 恋する相手がメスなだけじゃ!」
「ドラゴン族の高齢化社会の原因の一端もここに……」
「やかましい! それどころではないわ。早くせんと死んでしまうぞ!」
そう言われても、この身体だ。
ずり這いでできることなど、かなり限られてくる。
改めてよく見る。
女剣士が戦っているのは、蟻というよりカブトムシの化け物に近い。
「おい、龍よ」
「失礼な。我にはチャッピーという立派な名前があるわ」
「分かった分かった。チャッピーね、了解。お前、その身体でも氷を針状にして出せるか?」
「そんなもの、余裕じゃわい」
よし。
プランは固まった。
剣の鞘の先端に、小さな穴を開ける。
前屈みになる必要はあるが、その穴に氷の針を差し込み、鞘の上部から吹き出して隙を作る。
即席の吹き矢だ。
「アレン、こっちは準備できたぞ」
「とりあえず一掴み渡してくれ。片手でしか撃てんから、そんなに数はいらない」
氷の針を一本、鞘へ入れる。
狙うのは、甲羅の継ぎ目。
せーのっ!
吹く。
即席吹き矢の出来映えや、いかに。
『グギャアア!』
よし、命中!
甲羅の継ぎ目に当たれば上出来だと思っていたが、さすがアレン4.0。
継ぎ目を貫通している。
精度が段違いだ。
軍でラッパも吹いていた俺の肺活量は伊達じゃない!
「今のうちだ! 脚を落とせ! そのあと頭部と胴体を切り離せ! 油断するなよ! そいつらは各部位が本能だけで動くからな!」
「誰だか知らんが、かたじけない!」
女剣士が、ハッと気合を入れた。
袈裟懸けで半分。
返す刃でもう半分の脚を落とす。
その勢いのまま、頭部と胴体の境目を横薙ぎに一閃。
化け物の身体が、ばらばらに分かれた。
「油断するな! 尻尾から揮発性の毒を出す! 直撃したら目が潰れるぞ!」
「あい、分かった!」
女剣士は迷うことなく、綺麗に尻尾だけを切り落とした。
「ん? 俺、あの虫もどきなんて見たことないぞ?」
「わしの知識じゃ。言ったろ、一心同体だと」
「いや、聞いていない」
「今言った」
そうこうしている間に、先ほどの女剣士がこちらへ近づいてきた。
俺の前でしゃがみ込み――目を見開く。
「おかげで助かった。って……ええっ!? アレン・ヴェイルじゃない! 126期帝国大学戦略研究科同期の!」
一気にまくし立ててくる。
「まあ、私は十席にギリギリ入れなかったようなもんだし、あんたみたいに他を寄せ付けない成績で首席を取った人間からは覚えられてないでしょうけど……って、あなたその姿どうしたの!? 綺麗なブルーだった髪も白髪みたいになっちゃって!」
息継ぎもせず、さらに続ける。
「そういや、有名人のあなたと違って私は自己紹介が必要ね。ノア。ノア・カーディスよ」
「さすがに、ここまで近づけば分かるよ。ノアだろ」
俺は彼女の顔を見上げた。
「研究科ではろくに話すこともなかったけど、剣の腕前は部隊一だったよな。異種との戦いは今が初めてっぽいけど」
「ダメ……」
「ん?」
「ダメなの、あの見た目。神様から制裁を受けた前世は悪人よ!」
「って、今、作戦行動中だろ」
「あ、そうなんだった」
ノアは何でもないことのように言った。
「ちょっとお花を摘みに行ったら、気がつけばこんなところに」
「じゃあ、一緒に出るか?」
「え? ここって有名なドラゴンの巣穴でしょ? なんで道まで知ってるの。さすが126期主席にして、過去最高のオールSで卒業した男!!」
「じゃ、はいどうぞ」
ノアが俺に背を向け、おぶってやるという姿勢を取った。
「男として、女性におぶられるなんて……」
「何言ってんのよ。そんな身なりで一人で歩けるわけないでしょ。つっても、誰彼かまわずおんぶするわけじゃないんだからね」
仕方ない。
その背中を借りようとして――思い出した。
「あ、待ってほしい!」
「ん? 何? あんたもお花摘み? 手伝ってやろうか?」
「違うわ! お前が倒したカブトクワガタの処理だよ」
「あ、焼くの? 『汚物は消毒だー』みたいな」
「お前が十席に入れなかった理由が分かったわ。戦い以外でも観察することを忘れるな」
「折角の天賦の才も、死ぬときは死ぬんだからな」
アレンは、ばらばらになった虫を指した。
「例えば、こいつの脚。よく見てみろ」
「脚?」
「俺には、ちょうど二本足りないんだよ」




