⑯ 不死の山
アタシが近くで様子を見ていると、その老人が振り返った。
そして「アンタ、この薬が欲しいのかい?」と話し掛けて来た。
アタシにはもう、事情が分かっていたので「折角ですが、必要有りません。実はもうソレを服用しているのです。だから私は現在、不老不死なのですよ」と答えた。
その老人は、ちょっと驚いたように見えた。
そして「ほう……それは、それは。実際、どんなご気分ですかな?」と尋ねて来た。
「正直に言うと……あまり愉快なモノでは有りませんね」
アタシは忌憚の無い、ストレートな感想を述べた。
「……そうでしょうとも。やはり人生は、限りが有るからこそ、生甲斐を感じるというもの。ましてや、愛する者が去ってしまった世界で、長生きする事に、何の意味が有りましょうや」とその老人が言った。
アタシは「お気持ち、お察しいたします。それは、カグヤさんの事ですね?」と言葉を返した。
すると老人は、更に驚いた顔になった。
そして慌てて、隣に居た老婦人の袖を引いて呼んだ。
「ご安心ください。カグヤさんは、遠い世界で元気に暮らしていますよ。それに彼女は、目出度く伴侶も見つけました。私は、その世界からやって来たのです」
アタシは更に、そんな情報を付け加えて語った。コレは本当の事だった。
恐らく目の前に居る二人は、竹取の翁とその妻なのだろう。
物語では、天皇の使いの者が、ここに来る事になっていた筈だが……。
何処かで事象のズレが生じたのかも知れない。アタシはそう考えた。
アタシから伝えられた言葉に、満足したのだろうか?
その老人は、無言のまま箱を開けると、火打ち石で火を起こした。
そして、その中身を燃やし始めたのだった。
伝承によれば、ソレが不老不死の薬の筈だ。
その正体はエリクサーか、はたまた例の人魚の肉か?
今となっては判別不能だ。
それに、カグヤ姫が別れ際に渡したとされる、手紙も燃えているのが見える。最早全ては夢の跡だ。
そこまで見届けると、アタシは静かに、その場を去った。
目の前で姿を消したアタシを見て、彼等はどう思ったろうか?
別の世界で元気に生きるカグヤに、思いを馳せて貰えたら幸いだ。
次に目を開けると、そこは浜辺だった。
景色を見る限り、どうやらまた、日本国内のように見える。
まずは一安心だ。
ただ、アタシがよく見ると、浜辺に何やら怪し気なモノが流れついている。
ソレはオレンジ色の、まるで大きな、ソロバンの珠のような形をした物体だった。




