⑬ アン・ブーリン
「貴女は……四次元の世界から戻って来たのね?そんな不完全な、壊れかけの、物理的ボディを操ってまで……恐らく、自分の無念を晴らすために……」
「……正解よ。初めて私の正体を、正しく言い当てた人に出逢ったわ。あんな理不尽な殺され方では、私、死んでも死にきれなかったのよ。アナタに恨みは無いの。一人の夜は寂しいから、少しお話したいだけ。だから、私の事を怖がる必要は、無いのよ」
彼女は自分の頭を、首の上に据え直すと、そんな風に語った。そうは言われても、怖いモノは怖いのである。
「ねえ、アナタ。聡明そうだから、是非ご意見を聞かせて下さらない?私はどうすれば、あの卑怯者の憎いヘンリー8世に、思い知らせる事ができるのか」
アタシは全力で考えた。
そして、一つの解答を思いついた。
「そのための、最も合理的な方法は……」
「うん、うん。方法は……?」
アンは期待を込めた瞳で、アタシの事を見た。
「貴女の産んだ娘を、女王にして、英国を統治させる事です。つまり、英国を、貴女の娘のモノにしてしまうのですよ!」
アタシは、思い切ってそう言った。
アン・ブーリンは絶句した。
そして次に、大声を上げて笑い出した。
「ウフフ……アハハハ。ああアナタは、何て素敵な頭脳の持ち主なのかしら」
「……お気に召しましたか?」
「いいわね、アナタ。またもや正解よ。実はもう私、娘に、陰ながらサポートしてあげてたのよ?これから元の時代に戻って、もっと手厚く助けてあげる事にするわね」
「気に入って頂けたのなら、何よりです」
「アナタ、良かったら、お名前を聞かせて下さる?」
「真田……雪子と申します」
「……そう、雪子さんて言うのね?良く覚えておくわ。いつかアナタが困った時には、この私の名を唱えなさい。必ず助けてあげるから」
彼女はそう言うと、霧の中に姿を消してしまった。
今は西暦何年だろうか?アタシは考える。
辺りに、自動車の走る音が、一切しない事から察するに、まだ彼女の処刑が済んでから間もない、中世のとある時点なのかも知れない。でもビッグベンの鐘の音は聞こえた。なら、1859年5月31日以降の筈だ。
すると、このままでは、成仏も転生も出来ない彼女は、これから自分の死んだ時点まで戻り、私のアイデアを実行して行くのね?そう思うと、アタシは少しだけ愉快な気分になった。
そしてまた、アン・ブーリンの願いが、無事に叶う事を祈りつつ、(まあ、叶う事は知ってるけど)アタシは、セーラー服のスカートの裾を翻し、この世界をあとにする事にしたのだった。




