表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ディストピア弐零八四年――人類が感情を捨てた街』  作者: 沁みた大根
エピローグ「感情を取り戻した人類編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/29

弐零八.四話「最後の観測」


それから、

何年が経ったのか。


 


もう、

正確に数えている人はいなかった。


 


地下都市は、

少しずつ地上へ開かれていった。


 


崩れた街には、

新しい灯りが増えた。


 


争いは、

無くならなかった。


 


戦争も。


 


分断も。


 


欲望も。


 


全部、

相変わらず人類の中に残っていた。


 


でも。


 


同時に。


 


笑い声も、

戻っていた。


 


誰かの作る料理の匂い。


 


恋人たちの喧嘩。


 


子供の泣き声。


 


夕方の商店街。


 


遠くの電車。


 


セミの声。


 


世界は、

不完全なまま続いていた。


 


ユウトは、

古びた列車へ乗っていた。


 


西へ向かう、

あの旧式列車。


 


昔と違うのは。


 


窓の外に、

ちゃんと空があることだった。


 


灰色じゃない。


 


青かった。


 


完全じゃない。


 


でも、

確かに青空だった。


 


向かいの席には、

小さな男の子が座っている。


 


七歳くらい。


 


落ち着きなく、

窓の外を見ていた。


 


やがて。


 


男の子が、

ユウトへ聞く。


 


「ねぇ」


 


「西の町って、本当にあったの?」


 


ユウトは、

少しだけ笑う。


 


「どうだろうな」


 


「えー」


 


不満そうな顔。


 


その表情が、

少しだけ昔の自分に似ていた。


 


列車が揺れる。


 


 


ガタン。


 


 


ガタン。


 


 


懐かしい音だった。


 


男の子は、

突然真面目な顔になる。


 


「お母さんがね」


 


「昔、人間は感情を捨てたって言ってた」


 


ユウトは、

静かに窓の外を見る。


 


夏の田畑。


 


風。


 


遠くの積乱雲。


 


どこかで、

セミが鳴いている。


 


「本当にそんなことしたの?」


 


小さな声。


 


ユウトは、

少し考える。


 


そして。


 


静かに答えた。


 


「……捨てたかったんだと思う」


 


「苦しかったから」


 


男の子は、

よく分からない顔をする。


 


「でも」


 


ユウトは続ける。


 


「結局、捨てられなかった」


 


風が吹く。


 


列車の窓から、

夏の匂いが入ってくる。


 


その時だった。


 


男の子が、

突然立ち上がる。


 


「あっ!!」


 


窓の外を指差していた。


 


ユウトも、

そちらを見る。


 


丘の上。


 


向日葵畑。


 


その真ん中で。


 


銀色の髪が、

風に揺れた気がした。


 


ほんの一瞬。


 


白いワンピース。


 


琥珀色の瞳。


 


そして。


 


優しく笑った気がした。


 


列車が通り過ぎる。


 


もう、

そこには誰もいない。


 


男の子が、

不思議そうに呟く。


 


「今、誰かいた?」


 


ユウトは、

しばらく答えなかった。


 


やがて。


 


少しだけ笑う。


 


「ああ」


 


「未来に残った感情だ」


 


男の子は、

意味が分からず首を傾げる。


 


でも。


 


ユウトは、

もうそれ以上説明しなかった。


 


説明できないものが、

この世界にはある。


 


列車は走る。


 


壊れた文明の跡を抜け。


 


新しい夏の中を。


 


遠くで。


 


 


ジジジ……


 


 


セミが鳴いていた。


 


その音は。


 


まるで。


 


滅びかけた人類が、

未来へ残した小さな祈りみたいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ