43. 人でありたい者、人に非ず者
王国ギルド会議室。そこには重々しい空気が満ちていた。俯き責任を感じる者、目を閉じ静寂に身を任す者、怒りを隠さず苛立ちを露にする者、様々である。
会議の参加者は六名。
ライラ・ブルーガーデン、B級冒険者アイク・メルフィス、同じくレント・リーベルト、リアーナ・メルフィス魔術師団団長、レイン・ホーカー王国ギルドサブマスター。そして、キョウ・カラクニ王国ギルドマスター。
議題は―――『B級冒険者リゼ・ミストレイルが連れ去られた経緯について』。
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「リゼが連れ去られた?どういうこと……。」
思考が乱れ、視線が泳ぎ、手足が震える。
ライラは今しがたアイクの口から出た言葉を理解出来ずにいる。いや、正確にはその事実を理解することを脳が拒んでいた。
「すみません、俺達がついていながら……。」
「アイクのせいじゃない。それを言うなら俺もだ。」
二人が各々に責任を口にする。後悔、という言葉では言い表せないほどの自責の念が二人の表情から痛いほど伝わってくるようだ。
だが、それを感じ取れるほどの余裕はライラにはなかった。
「ごめん、状況が分からない。まずは何があったか、教えてくれる?」
『何があったか』その言葉に二人の視線は深く沈み、そして、そのライラの疑問をアイクが引き継ぐ。
それは、ライラの意識が暗い闇の底にいる間に起きた、あまりにも残酷な光景の記録だった―――。
―――――
リゼの最後の奇襲により完全に『研究者』の虚を突き、アイクの刃はその悪意へと届いた。だが……。
「くそ……躊躇った……!」
憎しみはあった。許せないという強い憤りもあった。もっと言うならば、殺意すら抱いていた。だが、アイクの人としての理性が、同じ人間に対して刃を突き立てることにひとかけらの迷いを差し込んだ。
結果、寸前でわずかに剣を引いてしまい倒し切ることが出来なかった。
「あぁ……。まさか二度も同じような手を食らってしまうなんて。でも、殺し損ねたね。もう二度とこんなチャンスは訪れないよ。」
『研究者』は初めて見せるわずかな焦りに息を乱しながら、傷口を手で押さえる。
だが、肩口から胸にかけて付けられた斬り傷は見た目ほどのダメージはなく、致命傷と言うにはほど遠いものだった。―――千載一遇のチャンスを逃した。
フーリヒ、神竜、『研究者』と、休みなしの三連戦での消耗は想像以上に激しかった。リゼは魔力、体力ともに限界でアイクとレントも、もう剣を振ることすら難しい。
何よりも、今の一撃で決めきれなかったことに対しての精神的な消耗が、三人の士気に大きく影響していた。
「すまない、二人とも……。」
アイクが悲痛の表情で地面を見つめている。肩は大きく上下していて膝をつき、剣を支えになんとか倒れずにいられているが、もう指一本すら動かすことができない。
リゼは全ての力を使い果たして『領域』も解け、地面に座り込んでいる。レントは何とか剣を構えてはいるが、その手は震えていて、立っているのがやっとという状態だ。
「本当に、今の一撃が最後だったみたいだね。じゃあ、あとは魔獣達に可愛がってもらうとしようか―――。」
『研究者』はそこまで言うとガクッと膝から崩れ落ちる。自身の身体の思わぬ反応に表情に焦りの色が浮かび上がる。
魔獣数体の召喚に加え、神竜とフーリヒを呼び起こした代償は消耗としてしっかりとその身体に跳ね返ってきており、アイクの負わせた傷自体は致命症に至らなくともそれがダメ押しとなり、『研究者』も限界を迎えていた。
「何で……どうして……!こんなはずじゃあ―――」
「ガキ三人相手に情けない姿ね。ラズベント。」
突如、声がした。
アイク達が顔を上げると、そこには一人の女が立っていた。
『研究者』のことをラズベントと呼んだその女は、軍服のような衣装に身を包み、美しくも苛烈な表情を透き通るような青髮が装飾している。手には身の丈ほどもある長い剣―――というよりも太刀を持っていた。
誰かは分からない。ただ、間違いなく、敵だ。
「アネロネ……。何故君がここに?」
『研究者』―――ラズベントは訝しむような表情で、嫌悪を露わにした声で、自身がアネロネと呼んだ女に問いかける。
アネロネはその言葉に対して露骨な苛立ちを見せ、手に持っていた太刀の鞘で地面を突く。
「何故も何も、貴様の計画の進捗が芳しくないようだったから様子を見に来たんさね。……向こうでどデカいのと戦っているのが例の精霊魔術師か。」
「……そうだ。」
ラズベントのその答えをアネロネは「はっ」と鼻で笑い、一蹴する。
「向こうもえらく苦戦してるじゃないか。あれだけ息巻いて出て行った割には散々なように見えるな?」
アネロネの言葉に反論出来ずにいるのか、歯噛みしながら強い目つきでラズベントが睨む。
「仲間……じゃないのか?でも今はどっちでもいい!」
レントは限界ギリギリの身体に鞭を打ち、アイクの元へと駆け寄る。
「アイク!大丈夫か?」
立ち上がることすらままならないアイクに肩を貸し、立ち上がらせる。真横にあるアイクの表情は、いつもの精悍なものとはかけ離れ、後悔が強く表れた苦いものだった。
「すまない、レント……。僕が弱いばかりに。」
「反省は後だ!まずはリゼのところに!」
二人がリゼの方を向き、駆け寄ろうとした時だった。背後から、ラズベントと言い争っていたはずのアネロネの、氷のように冷たい声が聖域に響いた。
「―――その娘は使えそうね。」
声の方へ振り向くとアネロネの姿はなく、そしてリゼの方へと視線を戻すと―――リゼはいなかった。
「―――!」
状況が理解できず混乱している二人の背後から再び、アネロネの刺すような声が突き刺さる。
「こいつの能力は利用できる。あの精霊魔術師がこっちに来ると面倒よ。ラズベント、離脱の準備を。」
「……!僕に指図をするな!」
二人が振り向くとそこにはリゼを抱えたアネロネとラズベント、そして、その二人の足元には魔法陣が描かれている。
「おい、お前ら……。どうするつもりだ……。」
アイクの声は、震えていた。
「それはこれから考えるさね。」
アネロネのその言葉は、アイクの心を遥か遠くへと置き去りにした。
そして、ラズベント、アネロネ、そしてリゼの姿は次第に見えなくなってゆく。
「アイク……レント……。ライラさ―――」
リゼが手を伸ばし、仲間達の名前を呼ぶ。
しかしその声は不自然に途切れ、その姿はもう見えなくなっていた。
―――――
会議室の面々の反応は静かだが、アイクとレントの報告を聞き、明らかに空気が変わったことは間違いなかった。
語り終えたアイクの拳からは、力が入りすぎていたのか、じわりと血が滲んでいた。レントはその表情が見えないほどに深く俯いている。
聖域で目覚め、初めてアイクからこの話を聞いた時の記憶が蘇り、ライラの胸を締め付ける。
「―――私がこの会議に参加した理由だが……。迷宮での事件、エルフェリオン王国襲撃、これらの調査があらかた完了した。まずはそれについて話すべきだな。」
リアーナは静かに、だがその荒々しい憤りを隠すことはなく、話を始めた。
長らくお待たせ致しました。
第三章開始です。
正直、執筆にかなり手こずっており投稿頻度はかなり落ちますが頑張って書きます、、!!




