42. 希望の先にある絶望
「アイク、レント……。」
目を覚ます前の記憶はおぼろげではあるが、覚えている。いや、覚えているというには不明瞭な部分が多いすぎるが、セラが自分に向けて語りかけてくれていたことだけはっきりと覚えている。
「少し眠る」と、そう言っていたことを。
「ライラ、本当に良かった。目を覚まして……。」
そう言うアイクの目には涙が溜められている。それを見て、ライラはエルフェリオン王国でイスカに言われたことを思い出していた。
(私が傷つくと悲しむ人がたくさんいる、か。本当だね、イスカさん。)
自分の危機にこうして涙を流してくれる人がいることに嬉しいと思う反面、こんなにも悲しい思いをさせてしまっていたことに深く後悔する。カイルにも言われた、自分を守るということの本当の意味が分かった気がした。
「心配をかけたね、ごめんね。でも私は間違いなく心臓を貫かれた。何で生きて……。」
「―――俺たちがここに駆け付けると、倒れているライラさんの傍らで大精霊様がいらっしゃったんです。」
そのライラの問いに答えたのはレントだった。
レントは涙こそ流していないが、その表情はアイク以上に焦燥の色が見える。
迷宮でアイクがやられたところを目の前で目の当たりにした彼にとって、ライラが同じような状況になったことは、ある意味でのトラウマを呼び起こすようなものだったのかもしれない。
「大精霊様が……。」
「それと、伝言を預かっています。」
「伝言?大精霊様から?」
そこまで聞き、その大精霊エナレティシアの姿がないことに気付く。まだ疲労の残る身体を起こした時、胸の奥から魔力の拍動を感じた。
「はい―――『主のこれからの歩みに希望があらんことを。』これが、大精霊様の最後の言葉です。」
ライラは目を見開き、胸に手を当てる。
そこには間違いなく―――エナレティシアの存在があった。
「最後の……。何が、あったの?」
ライラの言葉に、二人は口を開く。
―――――
アイク達がそこへ駆けつけた時、光に包まれたエナレティシアが静かに微笑んでいた。
そしてそれを見るセラ表情は、驚きと困惑の表情を隠せずにいた。
「そなた、何をするつもりだ。」
「この娘は、この地を、我が盟友を、我ら精霊の誇りを、未来を守った。その物語を、ここで絶やすわけにはいかない。」
エナレティシアを包む光は、ゆっくりとライラの胸元の傷へと吸い込まれてゆく。
その光はライラの肉体をこの現の世界へと引き戻してゆく。そして同時に、エナレティシアの身体がゆっくりと、だが確実に―――消失していた。
「それは……!そなたが失われれば、誰がこの聖域を守るのだ!」
「失われる?聖域を守る?どういうこと……。」
アイク達は状況が分からない。だが、セラだけが精霊の祖のやろうとしていることを理解していた。
「大精霊は……エナは、自身の存在を対価にライラの肉体に魂を、この世に引き戻そうとしている。」
セラの言葉にエナレティシアはふっと笑い、目の前に横たわるライラ、そしてその奥に宿る紫の魂を懐かしむように見つめた。
「久しくその呼び名は聞いていなかったな。心地良い響きだ。……心配するな、セラよ。もう聖域は妾の存在を留めるためのものに過ぎん。そして勘違いをするな。妾も、進むのだ。その娘に希望を見出した、主のようにな。」
エナレティシアを包む光は、もはや直視できないほどの純白へと染まっていた。
その光の奔流がライラの胸の傷口へと吸い込まれるたび、砕けたはずの命の鼓動が、力強く、確かなリズムを刻み始める。
「主が選んだこの魂は、我ら精霊の悠久の時を以てしても抗えぬ『可能性』に満ちている。」
エナレティシアの足元から、透き通った粒子が風に舞うように解けていく。それは消滅というよりも、世界の一部へと還っていくような、神秘的な光景だった。
彼女はゆっくりと、横たわるライラの頬に、失われつつある指先を這わせた。
「妾の存在は消えるのではない。この娘の一部となり、共に歩むのだ。かつての盟友がそうであったように……。」
その瞳に宿るのは、聖域を数千年も守り続けてきた孤独な守護者の顔ではない。これから始まる新しい冒険を夢見る、一人の少女のような無垢な輝きだった。
「嘆くことはない。この娘を頼むぞ……。そなたたちの絆こそが、この先にある絶望を打ち砕く唯一の剣となるのだから。―――最後に、この娘に伝えてはくれぬか。」
その場にいる者全員が、その言葉をただ聞いていた。
「主のこれからの歩みに希望があらんことを。」
エナレティシアの姿が、淡い薄紫の光に包まれ、最後の一片までがライラの胸中へと溶け込んだ。
静寂が訪れる。
そこにはもう、偉大なる大精霊の姿はなかった。
ただ、ライラの胸元で新たに輝く透き通るような魔水晶の輝きと温かな風が、その場を優しく吹き抜けていった。
「そなたの希望、確かに受け取った。」
―――――
「―――その後、セラと入れ替わるようにライラが目を覚ましたんだ。」
「そう……だったんだ。」
胸の奥から伝わる温もり。赤と青の魔石からは喜びと安堵の響きが聞こえ、そして、紫の魔石は静かに眠りについている。
ここへ来た目的が果たされたのかどうか、それはまだライラには分からない。
それは、これからの選択で証明して行かなければいけない。それが、ライラの使命であり、そしてその道は、希望の光が照らされているのだから。
身体の奥から感じるエナレティシア―――エナの拍動が、より強くなったような気がした。
「……ありがとう、みんな。―――あれ?」
ライラが一つの違和感に気付く。
「アイク、レント。リゼの姿が見えないようだけど、どこにいるの?」
ライラのその言葉に、二人の目にあった微かな希望の光が、消える。
「リゼは……。」
レントがそこで言葉を切る。いや、言いたくないというような後悔と葛藤が見える。
それまで感じていた温もりは、レントの言葉を引き継いだアイクの言葉によって、真っ暗な絶望へと塗り替えられることになる。
「リゼは、連れ去られてしまった。あの『研究者』と、その仲間に……。」
絶望はいつも、背後から牙を向く。
第二章、これにて完結です。
不穏な終わり方のところ申し訳ありませんが、第三章の細かなプロットを詰めて、ストックも作成しようと思うので、少しの間お休みをいただきます。
目を覚ましたライラ、眠りについたセラ、攫われたリゼ……。この後どうなるのか、ぜひ楽しみにしていただければと思います!




