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Refrain - 再起は精霊とともに -  作者: 青黄緑
『大精霊の谷』編
42/43

41. リフレイン


聖域を覆っていた結界がふわりと弾ける。

その弾けた結界が姿を変え、堕ちるライラの身体を透き通った青い光の繭が包み込む。

ライラの肉体の中で疲弊しきったセラに向け、エナレティシアが静かに話しかける。


「礼を言う。我らの物語を守ってくれて。」


 エナレティシアの言葉を聞き、セラがゆっくりと目を開ける。


「私は私の為に、この子とこの子の守りたい物を守る為にやっただけだ。でもそれも、もう叶わぬものになってしまった……。」


 セラは虚な目を空に向ける。それは肉体的な疲労だけではなく、自身に課した使命を全うすることができなかった虚無感が大きかった。


「まだ諦めるには早い。この聖域を守る為に文字通り死力を尽くした者の最期が、こんな形であっていいはずがない。」


 エナレティシアの身体が静かに、淡く、輝きを放つ。


「そなた……。」


 セラは聖なる光に包まれてゆくエナレティシアを驚きの目で見つめる。そしてその目を真っ直ぐに見つめ返し、エナレティシアは優しく微笑む。


―――――


 暗い。ここはどこだろう。私、何してたんだっけ……。

 アイク達と大精霊様に会って……そうだ、『研究者』が聖域にやって来たんだ。

 それから、神竜と戦って……思い出した。私、後ろから貫かれてやられたんだ。ってことは、ここは天国、なのかな。

 

 アイク達、大丈夫かな。とは言っても、もう私には何も出来ない。……また、守ることができなかった。


 そっか。死ぬんだ、私。

 たった二十年。いや、正確には私は十歳の時に、あの戦火の夜に一度命を失ったも同然だった。そんな私に新しい命を与えてくれたのが、セラだったね。


 家は崩れ、肉親も友人も生死すら分からず、ただ血の匂いと焼けるような赤だけが目の前に広がっていた。

 縋るだけ、願うだけ、祈るだけでは現実は変えられない。変えられるのは力を持つ者だけ。十歳の私にそんな力はあるはずがなかった。


 そんな時、セラは私の前に舞い降りた。そして、力を授けてくれた。守るための力。

 冷え切った私の意識の隙間に、紫の火花が散った。

 無我夢中で力を振るって、そして、その火花は大火となって周囲を瓦礫に変えた。そして私は、力尽きた。


 リアーナと出会ったのもその時だった。

 その身の丈に釣り合わない力を、正しく使えるようになる為に、私は魔術師団の見習いとして迎え入れられた。


 そして、魔術師団に入り、副団長に任命された。

 レアとルナと出会ったのもこの頃だったよね。こんな私を二人は温かく迎えてくれた。

 そして―――孤児院を、恩人を失った。


 ずっとセラは生まれ変わってからの私を見守ってくれていた。

 仲間も出来て、まだ自分で言うには照れ臭さもあるけど、弟子も出来た。


 ……もう十分私は満たされた。

 アイク達も強くなったし、リアーナは、言うまでもないよね。

 イスカさんとカイルは怒るだろうなぁ。私は私を、守ることができなかった。

 フレッドは、どうだろう。悲しんでくれるのかな。


 もっと王都の人達とも触れ合いたかったなぁ。他愛もない依頼をこなして、小さな報酬をもらって……。


 でも、もうたくさん受け取った。

 十分だ。ありがとう、みんな。


 ―――――


 すべての想いを吐き出し、ライラは重い瞼を閉じるように意識を沈めていった。

 波一つない漆黒の海へ、ただゆっくりと溶けていく。

 

 だが、その静寂を拒絶するように、凛とした声が響いた。

 

「勝手に終わらせてはならん。ライラ。」

 

 はっとして目を開ける。

 そこは、どこまでも続く紫の霧がたゆたう、私の魂の最奥。

 目の前には、あの日からずっと私の中にいた彼女が立っていた。美しい長髪を揺らし、神秘的な瞳で私を見つめる精霊、セラ。

 共に歩み出した夜以来、十年ぶりの再会だった。

 

 彼女は、まるで十年前のあの日と同じように、深い慈しみを湛えた表情で私を見ている。

 

「セラ……どうして。私、死んだんじゃ……。」

「死なせはしない。まだ、そなたの物語を私は見届けていない。」

 

 セラが一歩、私に近づく。

 彼女の足元から、波紋のように光が広がり、私の死に傾いていた意識を強引に繋ぎ止めていく。


「初めてまみえた時、そなたは私に言っただろう。守る力が欲しいと。もう、私と出会ったあの夜のような無力な少女ではない。そなたはその力を得たのだ。誰でもない、その自らの手で。」


 セラがそこまで言うと、闇に包まれた空間に淡い光が差し込んできた。


「そろそろ時間だ。私は少し、眠る。」

「セラ……どうして……。」

「大丈夫。少し休むだけだ。そなたが私の力を再び必要とした時、私は必ずそなたの力になる。」


 段々と淡い光はその輝きを増していき、次第にセラの姿も見えなくなってゆく。


「そんな、セラ!行かないで!」


 ライラは必死に手を伸ばす。温もりを失った恐怖が、ライラの胸に蘇る。


「心配するな。私はいつもそなたと共にある。約束だ。少し、暇をもらうだけだ。」

「セラ……!」


 辺りは白の輝きに包まれ、そしてセラは見えなくなった。ライラの意識が暗い魂の底から、引き上げられてゆく。


 声が、聞こえた気がした。


 ―――――


「ライラ……!」

 

 次に目を開けると、そこにはあちこちに戦闘の爪痕の残った聖域と、安堵に涙を浮かべるアイクとレントの姿があった。


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