40. 神話の終焉
聖域の空が、三つの色彩に塗り潰される。
そこには天を覆わんばかりの巨大なの魔法陣。その幾何学模様は怪しくも神秘的な『赤』の魔力を放っている。
そこから直下、神竜を逃がさぬよう地表までを繋ぐのは、レアレリーゼが展開した『青』の円柱状結界。
それは逃げ場を奪う檻であると同時に、これから放たれる膨大なエネルギーを一点に集約させるための『砲身』でもあった。
そして、その二色が混ざり合うかのように、結界内が『紫』の重圧で埋め尽くされて行く。
その空を焼き尽くさんばかりの三色の光の下では、アイク達パーティと『研究者』の熾烈な戦いが繰り広げられていた。
「ほら、攻撃を当ててみなよ!当たらなきゃ意味ないよ!」
『研究者』はリゼの座標移動で縦横無尽に出現するアイクとレントの攻撃を、ひらりと躱し続ける。
先程の魔獣の時のように『研究者』自身を転移させることができれば手札も増えるのだが、それが出来ない。
(あいつ、ネスの魔力を弾いている。というより、魔法そのものに対して対策をしている。)
ネスの魔術である座標移動は、その相手に魔力をマーキングする必要がある。何よりも、この『領域』の中にいる限りはその条件が満たされるはずなのである。
だが、『研究者』は何らかの方法でそれを防いでいる。
そして何よりも予想外だったことが。
(攻撃が、当たらない……!)
今まで見てきた戦い方、というよりも立ち回り方を見るに、直接戦闘は得意ではない印象を持っていたが、少なくとも現状は一撃も攻撃が当たっていない。
「アイク、リゼが……!」
「わかってる。でも今は信じるんだ!」
再びアイクとレントは転移により『研究者』の喉元へ迫るものの、まるで嘲笑うかのように攻撃を躱し、その薄ら笑いはより一層不気味さを増してゆく。
「無駄だよ。君たちの動きは魔力の流れを見ればすべて『計算』できる。予測の範疇を出ない稚拙な連携だね。」
その時、その不適な笑みが三色の光に照らされる。
世界が軋むような音が聖域に響き渡る。
上空、三色の魔力が臨界点を超え、結界という名の砲身では、神話を終わらさんとする終焉の『紫』が一層輝きを増す。
「凄まじい力だ。あれを手にすることができれば……。」
『研究者』はまるで目の前の三人は意に介さないかのように、恍惚とした表情で空を見上げている。
「もうこれ以上その侮辱するような表情で……ライラを苦しめるな!」
アイクが地を蹴り、その悪意を断ち切るため刃を突き立てる。
しかし『研究者』は後ろへ下がり、これを難なく躱わす。
「小細工が通用しないからってやけを起こしたのか?そんな馬鹿正直な攻撃が当たるわけないじゃないか。」
「……キィン。」
剣が鞘から抜かれる。
『研究者』のその背後。躱した先に待っているのは、レントだった。
「その汚い薄ら笑いを、二度と俺たちの前に見せるな!」
剣光一閃。
その断罪の剣閃は悪意の闇を切り裂いたーーーかに思われたが、そこに『研究者』の姿はなく、頭上から不適な声が聞こえた。
「今のは危なかったね。でも残念。努力も工夫も信念も、何一つ僕には届かない。悲しいけどそれが現実なんだよ。」
しかしその言葉を遮るように、魔法が放たれる。今まで『領域』の運用に専念していたリゼが、その悪意を穿たんと。
「正真正銘これが最後。もう、限界みたい。」
リゼの最後の力を振り絞った攻撃だ。
だが、攻撃の行く末を見上げた顔には諦めの色は微塵もない。
「裏をかいたつもりかもしれないけど、そんなバレバレの攻撃が当たるわけないよ。それに、僕には魔法は効かないからね!」
『研究者』が口を開けると、そこには無色透明の魔石が舌の上に見えた。
「魔封石。これがある限り僕には魔法は効かないんだよ!残念だったね!」
魔封石の力により、魔法攻撃に対して無傷が約束されている。その余裕が侮蔑の高笑いとなって聖域へと響いている。
ーーー魔封石の効果は、魔法に対してのみである。
『研究者』へと放たれた魔法が、その眼前で姿を変える。現れたのは、アイクだった。
「なっ……!」
アイクがいたはずの地上に目をやると、そこではリゼの魔法が炸裂していた。
「リゼが言っただろう。これが最後だと!」
ついにその刃が、届く。
ーーーーー
アイクの刃が『研究者』へと届くその刹那。セラは神竜の眼前へと浮かび上がる。
「眠るのだ。その矜持がまだ輝くものである間に。」
突き出した掌を力強く握りしめる。
瞬間、『砲身』の中に凝縮された紫の超重力弾が、音を、光をを置き去りにして放たれた。
逃げ場のない青の檻の中で、流星のような輝きが神竜を呑み込んでゆく。
静寂。
空に展開されていた青の円柱結界が、役目を終えてガラス細工のように砕け散る。
それは同時に、神竜を縛り付けていた唯一の『檻』が消えたことを意味していた。
紫の砲撃に焼かれ、致命傷を負った神竜。
だが、その瞳から命の火は消えていなかった。むしろ、結界が解けた瞬間にその闘志はさらに鋭く、猛烈に燃え上がる。
「……まさしく伝説、だな。」
セラが呟いた瞬間、神竜は残された全ての生命を、その喉元に凝縮させた。
それは咆哮ではない。
全てを無に帰す、純白の熱線。
結界を維持していた魔力の反動で、回避の術を失ったライラの肉体へと、死の光が肉薄する。
「ライラの物語を、ここで終わらせはしない……!」
砕け散った結界の残滓を強引に集束させ、セラは目の前に三重の障壁を築く。
だが、神竜の執念はそれを容易く紙のように引き裂いていく。
障壁が砕かれるたび、血が蒸発するような熱気と凄まじい衝撃が全身の骨を軋ませた。
「神竜よ、そなたの神話を穢させはしない……!」
その祈りは三色の輝きとなって、熱線をかき消した。
ーーー神竜の瞳から濁りが剥がれ落ちる。
光の粒子となって消えゆく巨躯。その最後の一瞬、神竜は金色の瞳で自分を呪いから解き放ってくれた少女を、静かに見届けた。
勝利と引き換えに、支えを失ったライラの体は、重力に従い地上へと真っ逆さまに墜ちていった。
そして、そのお伽話の結末を見届けるもう一つの影が、聖域の侵食を加速させる。




