38. 色づく戦場
聖域に突如現れた懐かしい波動。
エナレティシアはそれを感じ取り、古き友が自ら選んだ道に驚くと同時に、安堵した。
「全てに絶望していた主が……。希望と光を見つけたのだな。頼む。我ら盟友の絆を守ってくれ。その魂を、解放してやってくれ。」
大精霊の祈りが聖域に響き渡る。
ーーーーー
ライラの肉体から感じる生の拍動が確実に弱まっていくのを感じる。
『研究者』の言う通り、セラが魔術を行使する度に、この肉体は確実に死へと向かっている。
(レアレリーゼよ、力を貸してくれないか。少しでもこの身体への負担を減らしたい。)
セラは、同じ主に尽くす同胞へと問いかける。
その青の魔石はその慈愛の中に、確かな怒りを含ませた光を放っていた。
「そなたも憤っているのか。そうだな、私も同じだ。……急がねば。」
眼下の神竜が、ゆっくりと立ち上がる。
強大な『重力』から解き放たれた神竜は、地に這いつくばらされるという屈辱をその身に刻んだ存在を睨みつける。
いや、見上げる。
神竜を見下ろす者などあってはならない。
自身を見失い操られようと、その超常たる存在の矜持は魂に刻み込まれていた。
漆黒の翼を広げ神竜は飛び立ち、矜持を傷つけた無礼者へと狙いを定める。
「操られていようと、最強の生物たる自負が私を許さぬと叫んでおるのか。いいだろう。何度でも、その身を地へと堕としてみせよう。……そして、これ以上エナレティシアを悲しませるな、神竜よ。」
神竜の魂を鎮めるため、そしてライラを守るため、セラは再び重力を、自然の頂点たるその力を放つ。
神竜は一瞬怯むように動きを止めたが、自然の摂理を捻じ曲げてしまうほどの、凄まじい雄叫びをあげる。
その意地の咆哮で重力を跳ね除け、尾による激しい一撃が襲いかかる。
「……!」
予想していなかった攻撃が飛んできたことに驚くが、セラはこれを防御する。
だか、その勢いは相殺することができず、地面へと叩き落とされる。
「さすがは神竜といったところか。まさかあれを耐えるだけでなく、反撃まで返されるとは思っていなかった。」
レアの防御により直接的なダメージはないが、そう何発も防ぐことのできる威力ではない。
(さて……どうしたものか。)
威力を上げ、力押しに頼れば勝てるかもしれないが、アイクたちや谷そのものを巻き込む恐れがある。
それは避けなければならない。
すると、赤の魔石が熱を帯び、その存在を訴えかける。
(そうだな。分かっている、ルナリーニア。そなたも戦いたいのだな。)
先程とは打って変わって次は神竜がセラを見下ろしている。
「ここからは出し惜しみはなしだ。ゆくぞ!」
『青』の盾、『赤』の矛を携えた『紫』の意思は、その力を神竜へと向ける。
そして神竜も、それを灼熱の炎塊を持って迎え撃とうとしていた。
ーーーーー
空で炸裂する紫の閃光と、神竜の咆哮。
その余波だけで大地が震え、聖域が悲鳴を上げている。
「……すごい。これが、精霊魔術の真髄……。」
リゼが呆然と空を見上げる。
だが、すぐにその視線は別の方へと向けられる。
ライラが命を削って戦っている。
なら、自分たちがすべきことは一つだ。
「アイク、レント。空はライラさんに任せよう。私たちは……あいつを逃がしちゃいけない。」
「ああ、分かっているさ。」
アイクが低く、怒りを隠さない声で応える。
その瞳は、今もなお狂った実験結果を観察するように空を見つめている『研究者』を射抜いていた。
「あはは! 素晴らしい、重力の魔術か! 君とその精霊たちは、本当に僕に最高のデータを提供してくれるね!」
男は、自分の元に迫る三人の殺気すら、娯楽の一つであるかのように笑い飛ばした。
「……笑うな。」
レントが重い一歩を踏み出す。
「ライラさんの覚悟を……その命を、お前の薄汚い好奇心の餌にするな!」
「なんだ、まだいたのか。君たちに何ができるんだい?新たな力を手に入れてはしゃいでいた割には神竜に手も足も出ず。
そしてその力もタネが割れればただの子供騙しの手品じゃないか。」
こちらに向けたその目は、遊び飽きたおもちゃを見るように冷めていた。
そして、退屈そうに指を鳴らす。
すると、男の影からドロリとした黒い魔力が溢れ出し、斧を持った巨大な魔獣へと形を変えた。
「……リゼ、援護を!」
アイクが叫ぶと同時に、リゼの白い魔石が輝く。
「座標指定……! 二人とも、最短距離で叩き込んで!」
リゼの『領域』が展開される。
アイクとレントの体が瞬間移動を繰り返し、現れた魔獣を飛び越え、一瞬で『研究者』の懐へと肉薄した。
「だから!分からないのかい?ただの子供騙しに僕が騙されるわけがないじゃないか。」
来ることが分かっていたと言わんばかりに、『研究者』はひらりと飛び上がってその攻撃を躱した。
そして『研究者』の目に映るのは、術の行使にかかりっきりのリゼへと魔獣が斧を振り下ろそうとする、その瞬間だ。
「あはは!子供騙しに浮かれた末路を、僕に見せてくれ!」
白の魔石が、淡く揺らめく。
突如、リゼに斧を振り上げていたはずの魔獣が目の前に出現した。
「あ。」
「みくびらないで。これが私達の絆だよ。」
空で舞う三色の光に応えるように、地上の三人もまた、戦場を自分たちの色へと塗り替えてゆく。




